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東京魔人學園SS 妖怪ハンターシリーズ17 作;雪乃丞

眠り姫の見る夢は 《4》






「どうしたら良いんだろう?」

 その呟きに答えるものはいなかった。 場所は、昌平の家である
あれから優美の事を探し回った昌平だが、結局見つからず、一人で家に帰った。
事情が事情なので病院には、もう顔を出せない。 明日の今頃は大騒ぎになっているかもしれない。

「こら。 そこは醤油を置く場所だと決めているんだ。 勝手に配置を変えるな」
「うるさいねぇ。 アンタ男なんだろう? 少しくらい調味料の配置が変わって・・・」
「味付けが濃いな・・・」
「いちいちうるさい妖怪だねぇ。 少しは黙って料理くらいしたらどうだい?」
「うるさい魔女だ。 そこの塩を取ってくれ」
「はいはい」
「はい、は一回で十分だ」
「・・・姑みたいだねぇ」
「うるさい」

 そして、先に帰宅していたキリトとの相談の結果、こうなった。
今は夕食の準備をしているらしいのだが・・・漫才じみたやり取りがあるのは何故だろう?
そんなキッチンのやり取りとは無縁な黒ずくめの男は、ため息混じりに告げた。 もちろん来須である。

「始めから素直に協力していれば、こんな事にはならなかったかもしれんがな」
「すみません」

 それについては謝るしかない昌平である。 すでに昌平も、キリトから今回の一件の事情を聞いていた。
昌平がもっと優美の側にいてやればよかったと後悔したのは言うまでもなかった。

「来須さん、これからどうしたら良いんでしょうか?」

 そう問いかけた柳井に、来須は平然と答えた。

「まだなんとも言えんな。 しばらくは様子を見るしかないだろう。 肝心のドリーマーが連れ去られるなんて考えもしなかったからな」

 こうなった以上、後はなりゆきに任せるかしかないのである。

「しかし、優美ちゃんを連れ出したのは、誰なんでしょう?」
「確か、昌平くんソックリだったって言ってたんだよね?」
「はい。 しかも黒い服着てたって・・・」
「お前は黒の服は持ってないのか?」
「はい。 ハーフコートなら黒系の色もありますけど・・・今はもう着ません」
「時期が時期ですしね・・・って、来須さん、その格好で暑くないんですか?」

 来須はまるで季節を無視したかのような格好をしていたのだ。
今は脱いでいるが、この時期黒のコートを着ている事自体が少しおかしいと言えるだろう。
しかも、その下は長袖の飾り気のない白のシャツに、コートと同じ色のズボン。 靴は編み上げのブーツである。
来須がこれ以外の格好をしているのを、昌平は一度しか見たことがなかった。
しかも、それはジャニスも同様である。 二人とも合うたびに真冬のような格好をしてるのだ。

「別に暑いとは思わん」

 あるいはハンターや魔女という生物は、暑さや寒さを感じなのだろうか? そう考えた昌平は、柳井に言う。

「まあ、来須さんは・・・ねぇ」

 そういって曖昧に笑った昌平に、柳井も思わず曖昧な笑みを返すしかなかった。
そして、話題の来須は押し黙ったまま否定しようともしない。 なぜか場にはイヤな空気が流れていた。
それを破ったのは、両手に皿を抱えたジャニスである。 ちなみに、今はサングラスをしていない。
自分の事を良く知る者達しかいない状況では、不用なのであろう。

「何、男同士で笑いあってるんだい? 気持ち悪いねぇ」

 そういってジャニスは、3人の前にお皿を置いていく。 4人前(キリトは食事をしないので)の料理は結構な量があった。
煮物数種から始まって、ちょっとした小鉢が幾つか、煮魚に残り物らしい焼き物。 止めは納豆と卵焼きである。
当然、味噌汁と漬物類は外せない。 その横にはノリも鎮座していた。
そんな和食の中に大鉢に入った洋風サラダがデンと居座っているのは、なぜか滑稽ですらあった。

 なぜ、妖怪と魔女が協力してこうなるのか・・・それは誰にも分らなかったし、指摘しようとも思わなかった。

「また、随分と用意したな」

 そう苦笑混じりの言葉を来須にかけられたジャニスは、平然と答える。

「これから大物との勝負が控えてるんだから、食事くらいはしっかり採っておかないとねぇ。 はい」

 そういって自分の横に置いた電子ジャーからご飯をよそうと、来須に差し出した。

「大物・・・ですか?」
「仮にも柳生十兵衛に勝ったんだ。 もっと自信を持つんだね。 はい」

 そういってご飯を差し出したジャニスから、ご飯を受け取った柳井であったが、それでもまだ不安であった。

「しかし・・・相手はこの世界の神でしょう?」

 そう不安げに聞いた柳井に、昌平は努めて明るく答えた。

「大丈夫ですよ。 来須さん達に加えて、今はキリトもいるんです。 神相手だって負けやしないですって」
「流石に慣れているね。 アンタとキリトのコンビには期待してるよ? はい」

 そういってジャニスからご飯を受け取ると、昌平はキリトに声をかけた。

「なあ、キリト。 一緒に食事にしないか?」
「・・・そうだな」

 そう言うと片付けをしていたらしいキリトは、彼にとって唯一の食事といっても過言ではない日本酒を抱えて入ってきた。
彼は滅多に食事をとらない。 彼がどういう体の構造をしているのか、昌平はよく知らないがそれを気にした事はなかった。
この無頓着さがある意味、妖怪との共存を可能としている要因の一つだったのかも知れない。

 テーブルを囲むのは闇の世界の住人であるハンター来須と魔女ジャニス。
その向かいに日のあたる世界に住む刑事柳井と一般人昌平。 その横に座って日本酒を水のように飲む妖怪キリト。
普通なら絶対に出会うことのないであろう5人である。 それが今こうして一緒に食事をとっている。
そんな偶然の悪戯とでもいえる状況を、なぜか昌平は嬉しく感じるのであった。

 しかし、そんな昌平の想いとは裏腹に、食卓はなぜか騒がしかった。

「これ美味しいですね」                   と、柳井。
「キリトが作ったんだけどね」                と、そっけないジャニス。
「そ、そうなんですか。 で、でも、これも、美味しいですよ」 と、焦りの入った柳井。
「私の作った料理を避けて食事をするなんて器用だねぇ」    と、冷笑ジャニス。
「・・・・・・・・・これは?」               と、おそるおそるな柳井。
「美味しいかい?」                     と、食べる前から聞くジャニス。
「それは魔女の作ったものだな。 腹を壊すなよ」       と、いぢわるキリト。
「前にも言ったけどさ。 名前で呼んでくれないかい?」    と、青筋なジャニス。
「そうだったな。 魔女」                  と、喧嘩腰なキリト。
「天邪鬼な妖怪だねぇ」                   と、喧嘩上等なジャニス。
「まあまあ」                        と、及び腰な仲裁役こと柳井。
「お前達、もう少し静かに食事は出来ないのか?」       と、呆れ顔な来須。

 それでも、昌平は嬉しかったのであろう・・・たぶん。







 結局、行動を起すのはまだ先になるだろうという事になり、その日は昌平宅で過ごすことになった。
無論5人が一緒にいないと、何かあった時に戦力の分散になるという意味もある。
なんと言っても連絡手段がないのである。 ここは一緒にいた方が安全なのであろう。

 白いドームの様子を写すTV中継を眺めながら、昌平は室内を見渡していた。

 今は来須は風呂に入っている。
最初は銭湯にでも行った方が良いのではないかと言ったが、それは来須に却下された。
それが理由あっての事なら良いのだが・・・来須は何も言わなかったのである。

「ジャニスさん」
「なんだい?」

 そう指輪の手入れ(?)をしていたジャニスに聞いた昌平は、その手にある傷跡に気がついた。
今までは、その手を覆う装飾品のせいで気がつかなかったのだ。

「どうしたんです? それ?」
「それ? ・・・ああ、これの事。 怪我を治せるって言ってもさ、跡は残るんだよ。 それでね」
「・・・昌平くん。 ちょっと良いかな?」

 そう柳井に呼ばれた昌平は、一緒に日も暮れて暗くなったベランダに出た。
そして、その扉が閉められるのを確認した柳井は昌平に告げた。

「キミは、過去に狙撃された事があるそうだね?」
「え? え、ええ」

 その時の事をあまり思い出したくない昌平は、そう曖昧に答えた。
その直後、生物兵器としての力を発動させてしまったヒミコを、他でもない昌平が撃ち殺したのだから。
それは、その傷跡の事を認識する度に、苦い思い出として蘇るのだ。
その時の事は柳井も既に知っている。 もう彼は昌平の事を犯罪者などとは決して呼ばないだろう。

「キミは、その銃創がある限り・・・普通の子とは付き合えないと思った方がいいだろうね」

 それは公共の施設にはそう簡単には行けないという意味でもある。 傷の種類が種類だけに、刺青よりも厄介であった。
しかし昌平自身、そんな事は言われなくても百も承知している。 だから昌平は今まで大学で彼女を作れなかったのだ。
今も、夏の海に行こうという誘いを断るのが大変なのだ。 昌平は友達も多いし、結構モテたりもするのである。

「・・・そんな事を言うために呼んだんですか?」

 そう嫌そうに答えた昌平に、柳井は平然と続けた。

「キミはそれを見られるのが嫌かい?」
「ま、まあ。 ・・・人に見られたら、良い印象は持たれないでしょうからね」
「そうだろうね。 でも、それはね、彼ら二人も同じなんだよ、
いや、だからこそ、彼らはいつも肌を見せないで澄むような格好をしているのかもしれないね。
特にジャニスさんはまだ若いんだ。 傷跡の事を言われて喜ぶはずないだろう?」
「・・・そうでした。 オレが迂闊でした」

 柳井に指摘されて、ようやく昌平は来須が銭湯行きを却下した理由が分った。
来須は全身に傷跡があるだろうし、それは来須と短い付き合いでもないジャニスも同じであろう。
そこまで考えが至らなかったのは昌平の不覚であったが、それは彼が一般人であるからであって、普通は気がつけないであろう。
では、なぜ柳井はその事に気がついたのだろう? 昌平にはそれが疑問であった。

「なんで柳井さんは、その事に気がつけたんですか?」
「オレは若くても刑事だしね。 殺人担当の刑事は意外と怪我が多いんだ。 マル暴から入って来る人もいるしね」
「・・・ああ、そういうことですか」

 追い詰められた犯人が何をするかは、その時になってみないと分らないのである。
特に、マル暴・・・組関係を相手にする刑事の怪我は、時として普通の怪我では済まないのだろう。
ここは東京。 日本一物騒できらびやかな歓楽街『新宿歌舞伎町』を内包する地域であるのだ。
新宿署の1年が、他の警察署の3年に匹敵するというのも満更ウソでもないだろう。

「やっぱり、殉職とかって・・・あるんですか?」
「そうだね。 けど、刑事が殉職する一番の原因って知ってるかい?」
「いいえ。 やっぱり撃たれてとか・・・」
「そんな派手な殉職なんて滅多にないよ。 一番の原因はね・・・過労死なんだ」

 意外過ぎる原因であった。

「ええ!?」
「意外だろう? けどさ、夜勤明けにコンビニ強盗とかがあって、36時ぶっ続けの勤務ってのも珍しくないんだ」
「どっかのゲーム会社のプログラマみたい・・・」
「そうかもしれないね。 でも、まあ、オレ達はさ。 そうやって市民の安全を守るためにいるんだから、それで良いんだよ」
「けど・・・体がもちませんよ?」
「先輩でこんな事を言う人もいたよ。 過労死は刑事の名誉だってね。
市民のために頑張って、それが原因で死ねるのならそれが一番だって・・・そう言うんだ」
「その人は?」
「仕事が終わっても私服で捜査とかしてたらしくてさ・・・結局、犯人を捕まえてからしばらくして過労死したよ。
でも、オレはそんな刑事になりたいんだ」

 そう言う柳井の目はどこまでも澄んでいるように昌平には思えた。
あの二人の前では、何処となく情けない感じのある柳井ではあるが、こうして話すとやはり自分などよりも余程色々な経験をしている。
そう考えた昌平は、目の前の柳井に対する認識を大きく変えたのだった。

「オレ、さっきの失言謝った方が良いですよね?」
「いいや。 黙ってた方が良いよ。 気付かないフリをするのも、優しさなんだと思うよ?」
「・・・分りました」

 そう言われて昌平と柳井は部屋に戻った。
この日は昌平にとって色々と得る物が多い日であったであろう事は間違い無い。
しかし、翌朝。
街は、異様な世界と化す事になるのだが・・・それをこの時にはまだ誰も知るはずもなかったのである。







 夜の闇と深い霧に閉ざされた街を、昌平と優美は腕を組んでゆっくりと歩いていた。
あれから半日。 それが優美の力であったのか、周囲には誰も現われなかった。
もしかすると『誰にも、昌平と自分の時間を邪魔されたくない』とでも考えていたのかもしれない。

「この街はこんなに綺麗だったんだな?」
「そうね。 本当に綺麗。 霧のお陰かも知れないわね」

 二人の見る先には噴水のある公園があった。
その公園は夜になると噴水がライトアップされるらしい。 あるいはそれが見どころであるのかもしれないが・・・。
いつもなら周囲にあるビルや、道路を走る車のライトのせいでその噴水の美しさは半減しているだろう。
しかし、今は周囲のビルに灯る明かりはなく、道を走る車もない。
夜の闇と霧と静寂に包まれた公園の中に浮かび上がる噴水は幻想的な光景であった。
しかし、これが優美の力で作り出された光景であることを、優美自身はまだ気がついていなかった。

「疲れたんじゃないか? 少し休もう」
「うん」

 そういって嬉しそうに腕に込める力を強めた。 優美はまだ昌平が本物でないという事にも気がついていない。
だが、仮に気がついてもそれを認めようとはしないであろう。

 優美にとって、今一緒にいる相手が誰であっても、それは変わらないのである。
『過去も含めた、ありのままの自分を大切にしてくれている』という、その一点だけが重要であったのかも知れない。

 来須は一つ思い違いをしていた。 優美は夢の世界の事は忘れていても、過去の事件そのものは全て記憶していたのだ。
優美の心は、そんなに弱くなかったのである。 それは他のドリーマーには見られない特徴であった。
他のドリーマーは例外なく夢の世界を夢見る現実逃避癖のある人物・・・つまり、心が弱い人物であったのだ。
しかし、優美は違った。 優美は限りなく現実主義者である。
過去の体験から絶望し、疲弊した心を閉ざした結果、偶然にも夢の世界に到達してしまったに過ぎないのである。
 それは来須には到底想像できない事であっただろう。
そして、昌平の偽者のお陰で、既にそのトラウマを大方解消していたなど、来須が知る筈もない。
来須が色々調べ上げた情報は、優美にはすでに通用しないのだ。
あるいは、これも昌平の偽者の狙いの一つであったのかも知れない。

 半日前まで、こんな事になるとは優美自身、考えてすらいなかった。
そして、魂の平穏を得た優美は今や少しずつではあったが、夢の世界の事を・・・この世界にきた理由を思い出し初めていたのである。

 噴水が正面に見えるベンチに寄りそうようにして腰掛けた二人は、しばし無言だった。
どう言って切りだそうか、そう考えて昌平の方を見た優美は、昌平も自分の方を見つめていたことに気付く。
それに勢いを得たのか、優美はおそるおそるではあるが話しを切り出した。

「ねえ、昌平?」
「なに?」
「もしも、よ?・・・もしも、私が・・・こことは違う場所に一緒に来てって言ったら・・・笑う?」

 折角得た安らぎを手放そうなどと考えられる程までには、優美は強くない。
嫌われたくない一心からか、その問いかけが恐る恐るになった事は、誰にも責められはしないだろう。
そして昌平は、その心配が杞憂であるかのような真摯な態度で答えた。

「笑わないよ。 それに、優美と一緒なら何処にでも行くよ。 約束したろ? いつも一緒にいるって」
「それが・・・海外とかでも?」
「勿論。 オレは優美を絶対に裏切らない」
「じゃあ・・・夢の世界・・・なんて言ったら・・・信じてくれる?」
「そうだな・・・他でもない優美の言うことなら信じるよ。 でもどうやって行くんだ?」
「私一人なら、簡単なんだけど・・・」

 優美一人ならもう一度心を閉ざしさえすれば、向こうに帰る事が出来る。 しかし、二人で行くには、どうすれば良いのかわからない。
そう考えて悩み出した優美に、昌平は当たり前のように告げた。

「そう言うと思ったよ。 実はオレもそういう事には詳しいんだぜ?」
「・・・そうなの?」
「ああ。 やっぱ、男なら一度は夢の国に行って見たいよな」

 そう平然と、夢の世界・・・夢の国の事を言われた優美はかえって驚いてしまう。

「どうして?・・・どうして、あなたが夢の国の事を知ってるの?」
「有名じゃないか。 果ての国。 読んだことない?」
「・・・ごめんなさい。 知らないわ」
「そっか。 でもさ、オレの読んだ本だと、夢の国からなんとか高原とか未知なるなんとかって所に行けるらしいんだ。
面白そうな場所だからさ、よかったら夢の国に行った後に一緒に行ってみないか?」

 そうまるで夢の国が存在し、そこに一緒にいく事を当たり前の事のように言う昌平に、優美はなぜか疑問を持たなかった。

「そうねぇ・・・もし、私が嫌って言ったら?」
「そうだな・・・。 優美が嫌だっていうなら諦めるよ」

 そう平然と言う昌平に、苦笑混じりに優美は言った。

「分ったわ。 一緒に行きましょう。 だから・・・」
「分ってる。 夢の国に行く方法だろ? これが意外と簡単なんだ」
「簡単?」
「そう。 願うんだ。 試しにやってみてよ。 夢の国をこっちに引き寄せるんだ」
「そんな事・・・出来るの?」
「一人なら無理だろうね。 けど、今はオレもいる。 きっと出来るはずだ」
「で、でも・・・」

 それでも難色を示す優美を、昌平は不意に抱き締めた。 しかし、今や優美はそこから逃げだそうという気はなかった。

「体を残していったら・・・そんなに長くは居られないんだ。 だけど、今なら体ごと向こうに行ける」
「なんで? なんで、あなたはそこまで詳しいの?」
「果ての国を読んだからさ」
「・・・」

 いくら優美でも、そろそろおかしいと感じ始めていた。
しかし、その疑問は、続けて言われた昌平の言葉によって、優美の中で『どうでも良い事』になった。

「ずっと一緒にいよう、優美。 オレ達は永遠に一緒だ」
「昌平・・・」
「優美・・・一緒に行こう。 夢の国へ」

 そう励まされるようにして言われた優美にもはや不安や疑問はなかった。

「分った。 私、やってみる」

 そう言うと、昌平の腕から名残惜しそうに離れた優美は、手を組んで一心不乱に祈リはじめた。
すると、世界はその願い・・・ドリーマーの力によって奇妙に歪んでいく。
いよいよ夢の世界から現実への本格的な侵食が始まったのだ。

 その侵食の結果はすぐに明らかになった。
優美の目の前に広がる空間が奇妙に歪み、そこに黒い炎の踊る空間が現われたのだ。
それは浅き眠りの領域と呼ばれ場所にあるもので、通称《焔の洞窟》とも呼ばれる夢の国へ通じる唯一の道であった。
しかし、その炎はいかなる物質をも焼き尽くすと言われ、それゆえに夢の国には生身では行けないのである。
 人がその夢を通じて到達できる、夢の理想郷『夢の国』。
そこへ行くには夢の中から悪夢よりも恐ろしい、その洞窟を超えなければならないのである。

 しかし、この空間では夢は現実となる。 それゆえに、ここからなら夢の国へ生身で入れるのである。
その長大な長さを持つ焔の洞窟も、ドリーマ−優美の力で奇妙に圧縮され続け、どんどん短くなっていく。
ドリーマーの力は、その焔の洞窟を無限に圧縮出来るのだ。 その先にまつ《深き眠りの門》に到達するまで。
そして、その深き眠りの門の先にこそ、《夢の国(DreamLand)》は存在するのだ。
しかし、その名とは裏腹に、その地が邪悪な存在の住む世界に通じる中継点に過ぎない事を知る者は少ない。
あるいは、夢の国は中継点に過ぎないからこそ、あそこまで美しく平穏な場所なのであるのかも知れない。

「よし、焔の洞窟が見えて来た。 優美、頑張って。 深き眠りの門をここまで引きよせるんだ」

 そんな励ましの言葉に、優美は目を閉じたまま答える。

「その深き眠りの門というのは、なんなの?」
「その門の向こう側に、夢の国が存在するんだ。 頑張って! もう一息だ!」

 昌平の姿をした者は、その歪み、圧縮されていく焔の洞窟を、邪悪な笑みを浮かべて眺めていた。
そして、一心不乱に祈る優美がそれに気付く事はなかった。



<続く>