[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

東京魔人學園SS 妖怪ハンターシリーズ17 作;雪乃丞

眠り姫の見る夢は 《3》






「ねえ、なんで他人のためにそこまで一生懸命になれるの?」

 その問いは休憩がてら食事をとっていた昌平に向かってかけられた。 尋ねたのは優美である。
昌平の側に、そう尋ねながら優美は腰掛けた。 場所は廊下に置かれた長椅子である。

 周囲にあれだけいた怪我人も、もう大分治療が済んで家に帰ったのか人数は半減していた。
優美もあれから自分で歩く練習などをしていたのか、もう歩くだけなら問題ないらしい。
しかし、手すりから離れないようにして歩く姿は、病み上がりであることを何よりも強く感じさせた。
いまでは、昌平も優美がずっと意識不明の状態であった事を知っている。
もっとも、その原因までは知らされてはいなかったが・・・。

「なんで? そんなに変か?」
「うん。 他人のためになんで一生懸命になれるのか・・・それが分らないの」

 そう聞かれた昌平はお茶を飲みながら、しばし考え込んで答えた。

「そうだなぁ・・・そんなに特別な事じゃないと思うけどさ。 例えば、道で怪我人を見たとするだろ? どうする?」
「そうね・・・放っておくかもしれない」
「なんでだよ・・・普通助けようとかするだろ?」

 そうゲンナリした顔で尋ねた昌平に、優美は平然と答えた。

「その人は血を流しているの?」
「そうかもしれない」
「なら、救急車を呼ぶわ。 でも私は血は嫌いだし、汚れたくないもの。 だからその場では何もしないと思う」
「まあ、それも手だけどさ・・・」
「アナタには血を流して苦しむ人を助けられるの? お医者さんでもないのに?」
「そ、それは・・・」
「無駄なことはしない方がその人のためよ」

 そう言って立ち上がろうとした優美に、昌平は続けた。

「でもさ・・・心細いと思う」
「・・・心細い?」
「誰も苦しんでる自分に気付いてくれないって思ってるかも知れないだろ?
オレにはその人を直す事は出来なくても、その人を救急車がくるまで励ますことが出来るんだ。
これはその場にいない医者には出来ないことだし、オレにしか出来ないと思うんだ」

 そう笑顔で答えた昌平に、優美は小さな声で答えただけだった。

「・・・口先だけよ。 みんな」

 しかし、その声は小さ過ぎて昌平には聞こえなかった。







 優美がその場を去って、暫くしてから昌平はキリトに言われて屋上に上がった。
屋上へ続く扉を開けると、そこには霧に閉ざされた空間が広がっていた。

「しっかし、この霧はいつになったら消えるんだろうな?」
「消えないだろうな。 ここからは見えないが、あの公園からも、まだ霧が噴き出していた。
他にも何箇所か霧の噴き出す箇所もあった。 それをなんとかしないとこの霧はなくならない」
「見に行ったのか?」
「ああ。 オレ一人ならこの中を調べるのにそう時間はかからない。 さっき見に行って来た」
「それで? 何か分ったのか?」
「偵察の結果、面白い事が分った」
「面白い?」
「まず、この霧に閉ざされた空間からは逃げられない。 オレでも外までいけなかった。
どうせそんな事だろうとは思っていたから、これはその確認みたいなものだ。
だが、外からは自由に入れるらしい。 何人かマスコミ関係者らしき人間を見た。
慌てふためいてはいたが、まあ、自業自得だろうな」

 そう平然というキリトに、昌平は若干焦りを感じさせる口調で聞いた。

「閉じ込められたって事か?」
「そうだな。 これは霧で出来た結界かもしれない。
あと、霧の発生している箇所は8箇所だった。 しかも、この病院から放射状に点在している。
霧の結界もここを中心としているようだった。 これがどういう事かわかるか?」

 それは結界の中心が、この病院である可能性が高いという事だった。

「・・・犯人がこの中に居るってのか?」
「オレはそう考えている」

 そう言われた昌平は、しばし悩み出した。 あるいはすでに無意識のうちに目星をつけていたのかもしれない。
それを見ながら、キリトは昌平に告げた。

「昌平。 お前は自分がどういう血を持っているか分っているな?」
「ああ。 オレはこういった事件に遭遇しやすい」
「しかも、この病院でお前はある事件に遭遇した」

 それは数日前の事だった。 昌平はある重病患者の目覚めに立ち会っていたのだ。

「・・・優美ちゃんか?」
「おかしいと思わないのか?
今まで意識不明だった患者が急に目覚めて、それと同じくしてこの街に雹が降り、霧で閉じ込められた。
普通なら単なる偶然が重なっただけと思うかも知れない。 だが、お前がいた時に起きたとなると見方も変わる。
オレには、お前だけが遭遇したからこそ、彼女が妖しいと思えるんだ」

 それは不可思議な事件に遭遇しやすい昌平の血のおこした偶然であったかも知れないのだ。
それは昌平も考えていた事だった。 昌平はただそれを認めたくないだけだったのだ。
そして、その事実をキリトによって再認識させられた今も、昌平はその事実をまだ認めようとはしなかった。
その脳裏に一人の少女の姿があった事もその原因の一つであったのかもしれない。

「けど、あの子にはなんの力もない。 今だってようやく歩けるようになっただけだ」
「まあ、お前が信じたくないというのも分るし、オレもまだ確信を得ている訳じゃないんだ。 全ては憶測の域を出てない。
でも、あの子はまだ目覚めていないだけかも知れないんだ」
「目覚める?」
「オレ達妖怪も、生まれてからすぐに力が使える訳じゃない。 力に目覚め、それを使いこなすのには長い時間が必要だ」
「・・・」
「あとな・・・お前はこういった事件で、よく顔を合わせるヤツラがいたな?」
「まさか!?」
「多分、あの二人が来るだろう。 案外、もうそこまで来ているかもしれん」

 それは確かに考慮すべき点だったかもしれない。 ここまでおかしな事になっては、こういった事件の専門家の登場は必然といえるのだ。
そして、彼らは必要とあれば・・・優美を殺す事を躊躇うような人物ではない。

「オレは、どうしたら良いと思う?」

 そう、うめくようにして尋ねた昌平に、キリトはため息混じりに答えた。

「とりあえず連絡をとってみるか? 情報交換するくらいは問題無いだろう」
「どうやってだ? 携帯も電話も通じないんだぞ?」

 しかし、なぜかTVやラジオは受信出来る。 それは外部から入ってくる電波だからという事かも知れない。
それは電気や水道なども同じである。 なぜか下水道が溢れ出して無いところをみると、下水だけが出入り自由らしい。
もっとも、それがなければ暴動のようなパニックになったとしてもおかしくはないのだが・・・。

 そういう理由で昌平は疑問を感じたらしいのだが、キリトの答えは単純で、しかも彼にしか出来ないような手段であった。

「オレならあいつらを呼び出せる。 妖気を抑えなけば、ハンターか魔女が必ず気付くだろうしな」
「・・・それならオレも行くよ」
「お前はここに残れ。 たしか、優美はもうすぐ退院できるんだったな?」
「確か、その気になれば退院出来るって看護婦さんから聞いたけど・・・」
「そうか。 優美を殺したくないなら・・・そうだな、自宅にでも連れて帰っておけ。
親戚の子だという事にでもしておけば、当面誤魔化す事くらいは出来るだろうしな」
「キリト・・・済まない」
「任せておけ。 オレはもう二度とお前に人殺しをさせたくないんだ」

 そういって屋上から飛び立とうしたキリトに、昌平は待ったをかける。

「キリト!」
「どうした?」
「あの時言いそびれた事を言っておくよ」
「・・・公園の時の事か?」
「ああ。 お前にはいつも守ってもらって感謝してる」
「そうか」
「だけど、お前はいつもオレの盾になろうとする。 それは・・・嬉しくないんだよ」
「・・・」
「オレはお前が傷つくのを見たくないんだ。 いくら妖怪だからって・・・怪我は痛いし、下手したら死ぬんだそ?
もし、オレとキリトとの命を天秤にかけるような時がきたなら・・・キリトには自分の命を優先して欲しいんだ」
「・・・分った。 覚えておく。 だが、オレは自分が平気だと判断する限り、お前を守りつづける」
「キリト・・・」
「それが、オレにとって『やりたい事』なんだ。 これだけは誰に言われても変える気はない。
そんなに、心配するな。 オレは自分から進んで死ぬほど愚かではない。 約束もあるしな」
「・・・分った。 これからもよろしくな」
「ああ。 それじゃあ行って来る。 優美を出来るだけ早く逃がせ」
「分った」

 そう言い残すと、キリトは今度こそ屋上から飛び立っていった。
それを見届けた昌平は、急いで優美の元に向かった。







 キリトは場所を選んでいた。 どこでも良いという訳にはいかないのだ。
そして、キリトは結局自宅近くの公園を選ぶとそこに向かって行った。
その公園は、いつのまにか死体が撤去されていた。
おそらく警察のやった事だろう。 霧のせいで機動力は落ちていても、仕事は放棄していないらしい。

「さて、はじめるか」

 そう呟くと、今まで限界まで抑えていた妖気を一気に開放する。
それを受けて周囲の霧は僅かに流れを起す。 どうやらこの霧も普通のものではないらしい。
そう考えながらも、キリトは待ちつづけた。 そして30分くらいたった頃だろうか。
公園の入り口あたりから、何か強い力を感じた。 そして、霧の向こうから声がかけられる。

「なんの真似だ? キリト?」

 そう不満げに言ったのは来須の声である。 仕事の邪魔をするなとでも言いたいのであろう。

「そうだよ? 近くにくるまでアンタだって気付かなかったのはこっちのミスだけどさ・・・。
こういう邪魔は勘弁して欲しいねぇ」
「あ、あの・・・キリトって誰なんです?」
「昌平の同居人さ。 例の核兵器事件の犯人。 もっとも、妖怪だから人間の法は通じないだろうけどねぇ」
「よ、ようかい!!」

 どうやら一般人を連れているらしい。
その推測は、すぐに実証された。 霧の幕の向こうから二人組みと共に、一人の背広を来た男が現われたのだ。
来須とジャニス、それに加えて布に包まれた聖剣を持った柳井である。
その3人に歩み寄ると、キリトは妖気を抑えながら声をかけた。

「済まないな。 昌平と相談した結果、こうするのが一番早いと判断したんでな。
別に害意とか邪魔のためにこんな事をしたんじゃない。 情報が欲しいんだ。 何がおきているんだ?」

 どうやらキリトは無関係を貫いて情報を聞き出す気らしい。

「・・・お前は、今何をしているんだ?」
「何も出来ないから、こうして困っているんだ。 出るに出られない結界というのは気味が悪い。
中で何が起きているのかは分っても、原因がわからなければどうしようもない。
そこでお前らが来る事に賭けてこうしていた」
「それで? 内部はどうなっている?」
「始めから話そう。 まず雹が降ってきた。 サイズは最初は1センチ足らずだった。
だが、それがどんどん大きくなって最後には10センチを超えた。 街中、怪我人だらけだ。
しかも、その雹はただの雹じゃない。 これを見てくれ」

 そう言うと、キリトは右手の傷付いた鎌を伸ばす。 それを見て驚いたのは柳井である。

「な、なんです!? それ!?」
「彼は妖怪カマイタチなのさ。 驚いたかい?」
「そ、そりゃあ・・・ビックリしました。 妖怪って本当にいたんですね」

 基本的すぎる疑問であり、目の前に妖怪がいる状況では、それは愚問であった。
面と向かって妖怪って珍しいなんて言われたのは、始めてであろうキリトは疲れたような声で尋ねた。

「誰だ? そいつは?」

 あるいは、単に呆れかえっているだけなのかもしれない。

「柳井という刑事だ。 これでも剣の天才でな。 柳生十兵衛に勝った男だ」
「柳生十兵衛? 知らん名だな」
「・・・そうえば、500年封じられていたんだったねぇ」
「有名な剣士の名だ。 つまり強いという事だ」
「人間にしてはやると言うことか?」
「そうだな。 もっとも、風よりも早く動けるお前には及ばないだろうがな」
「下手すると銃弾より早く動く相手に、人間が太刀打ちできる筈ないだろう?」

 目の前で繰り広げられる人外な会話に、ただ柳井は目を白黒させるだけであった。
真実に辿りつくまでに、彼は知らなくても良い世界を嫌という程目撃する事になるのだが・・・。
それを後悔するのはまだ先の話しである。

「話しがそれたな。 その鎌はどうしたんだ?」
「雹を切ろうとして、この有り様だ。 砕くだけで精一杯だった」
「それで? その後はどうなった?」
「街中が霧に閉ざされた。 原因は8箇所の霧の噴き出す穴のせいだ。 この公園にもある」

 その視線の先に、霧が噴き出す穴があるのだ。 その直径は僅か数センチ。
しかし、その穴からは絶え間無く霧が噴き出し、この公園は他の場所よりも霧が濃かったため見ることは叶わない。

「場所は覚えているか?」

 そういって来須が取り出した地図には赤い円の他に、幾つかの印がついていた。
あれから来須達は色々と情報を集めていたのだ。 そして、ドリーマーに勝つための手段はほぼ完成していた。

「ここと、ここ・・・あとはここだ」

 そこに新たに8つの印が書き込まれる。 そして、それを見た来須達はやはり同じ結論に辿りついた。

「やはり、病院か。 御国優美の仕業だろうな」
「御国優美?」

 キリトはあくまでもシラを切り、それに来須達が気付く事はなかった。

「そいつがこの事件の犯人・・・ドリーマーだ」
「こっちは全部教えたんだ。 その話し・・・詳しく教えてくれるんだろな?」

 そうして来須はこの事件の原因となったドリーマーの事、御国優美の事などを話して聞かせた。
そこには新たに分った真実ともいうべき事柄もあったのだ。

「御国優美はな・・・悲惨な経験だけが原因で死んだ訳じゃないだ。
彼女は・・・酷い裏切りに会って自殺したんだ。 いや、そうせざる得なかったのかもしれん」

 そして・・・真実とはいつでも残酷である。 真実は推測を遥に上回っていたのである。
人間に裏切られ、心を深く傷つけられた経験のあるキリトにとって、その言葉は聞き流せなかった。

「裏切り行為だと?」
「御国優美は当時想いをよせていた男がいた。 実際に恋人同士だったと言った者もいたから、そういう関係だったんだろう。
だが、ある時、御国優美は酷い目にあった。 まあ言わなくても分るだろうが、天国から地獄に突き落とされたんだ」
「・・・それで自殺したのか?」

 その事については、誰も口に出そうとはしない。 来須も過去に虐待されて狂った末に自殺した少女の亡霊に出会ったことがある。
その為だろうか? この件に関しては始めから言葉にしようとはしなかった。

「いや。 御国優美は生来の負けん気の強さと意地っ張りな所があった。 それだけで自殺するほど弱くなかったんだ。
だが、その事件は御国優美に暗い陰を落してしまった。 それに気付かない程、つきあっていた男も鈍くなかったらしい。
なんとか原因を聞き出そうとして、いろいろ言い募っていたらしい。 だが、そんな事を相談なんて出来るはずもない」
「だが、最後には相談する事にしたんだな?」
「最後の望みに賭けたんだろうな。 だが、その男はその事実に向き会えるほど強くなかった。
それを相談された男は、悩んだ末に、一方的に別れを告げて・・・御国優美の元を去ったそうだ。
しかも、それから数週間後・・・その事件が、噂として広がった。 犯人は誰か、考えるまでもない」
「・・・それで、自殺未遂か」
「だが、それは失敗した。 父親はそう簡単に御国優美を楽にはさせなかったんだ」
「それから、どうなったんだ?」
「登校拒否、自殺未遂、最後は・・・すべての原因となった男を刺し殺して、自分も飛び下り自殺しようとした。
だが、それでも死ねなかった。 結局、御国優美にはもう夢の世界から帰ってくる勇気は残ってなかった」
「悲惨だな。 同情する」
「しかし、御国優美は戻って来た。 しかもドリーマーという存在になってな。
もしかすると、寂しかったのかもしれんな。 一緒に向こうで暮らしてくれる伴侶を探しているのかも知れん」

 それを聞いたキリトの脳裏には、唯一優美が自分から話しかける相手・・・昌平の姿があった。
優美は担当医にすら自分からは声をかけない。 そっけないというよりも存在を認めてないとでもいうような態度だった。
病院内でも、昌平は唯一優美の話し相手となっていたのだ。
そして、それを知った担当医から、昌平に優美の話し相手になってくれるよう頼まれれた事も知っている。
だが、優美の目的が伴侶探しだとすると、昌平が危ない。

 そう考えたキリトは、とっさに身をひるがえしかけたが、自分の事を観察するかのような3人の視線に気付き、危うく制止する。
そんな、ぎごちなく静止したキリトに、来須は不思議そうに問いかけた。

「どうした?」
「いや、視線を感じたんでな・・・気のせいだったようだ」

 それにキリトは咄嗟の嘘で答えたが、お世辞にも上手い誤魔化し方とは言えなかった。
そして、キリトは、自分が来須の罠にはまったことを知った。
なぜ、優美との接点のない事を装った自分に、そんな事まで教えるのか? それは、その必要があると判断したためだろう。
それは来須が、昌平とキリトが、すでに優美と出会っていると考えているためだ。
それは正解なのだが、昌平と優美のためにも、ここでボロを出すわけにはいかない。
勤めて平静を保つと、自分を見つめる来須に向かって平然と尋ねた。

「・・・それで? そいつが伴侶を探すためにこんな真似をしでかしたと言うのか?」
「こうなったのは副産物に過ぎない。 だが、このままにしておくわけにいかんしな」

 来須はそう言うと煙草を取り出すと、愛用のジッポーを探す。
しかし、それが見つからないとすると、柳井から100円ライターを借りた。 いうまでもないが、挑発である。
こうやって一刻も早く昌平の元に行きたいキリトを足止めし、挑発しているのだ。
もしも、ここで話しを中断させて急いで昌平の元に向かおうものなら、来須達はきっと後を追ってくるだろう。

『芸の細かい男だ』

 そう考えながらも、これが実に苛立つ手段であることを自覚していた。
あるいは、キリトが自分達に接触を持ってきた段階で、すでに優美との接点を勘ぐられていたのかもしれない。
キリトは貴重な情報と交換に、自分が監視下におかれた事を知った。







「何? 話しって?」

 そう言って、優美は自分をこんなところまで連れ出した黒すくめの昌平に向かって尋ねた。
ここは病院の中庭である。 しかし、いつもならさほど広くないここは散歩するにも不向きなくらい狭い。
しかし、今は違った。 霧に覆われた庭。 霧の切れ間から覗く木々。 霧に煙る花壇。
それらは、幻想的ですらあった。 しかし、優美には、なぜかこれが見なれた風景であるように感じていた。
なぜ、見なれた感じがするのか・・・それは優美自身にも分らない。
なぜなら、優美は夢の世界の記憶を、まだ思い出していなかったのだから・・・。

「綺麗だと思わないか?」
「そう? なんだか見なれた感じがするけど・・・そんな事言う為にこんな所まで連れだしたの?」

 目が覚めてからというもの、優美は昌平といろいろと話しをしていた。
その成果だろうか? 優美の無愛想な言葉も、いつしか昌平に対してだけは、不思議と優しいものになっていたのである。
あるいは、これが本来の彼女の話し方なのかもしれない。

「綺麗だったから見せてあげたかったんだけど・・・」
「まあ、確かに綺麗だけどね。 でも、変な人ね」
「変な人は酷いな」
「変な人よ。 けど、ありがとうって言っておくわ」

 そういうと、優美は久しぶりに笑顔を見せた。 この病院で優美に笑顔を浮かべさせる事が出来るのは昌平だけであろう。
しかし、それも長くは続かない。 すぐにいつもの無表情に戻ると平然と告げた。

「用件はそれだけ?」
「いや、それだけじゃないんだ」
「なに?」
「今っていうのも変な言い方だけど・・・好きな人とか、いる?」
「・・・さようなら」

 そう言うと優美は背を向けて来た道を帰ろうとする。

「ま、待ってよ。 これでもシチュエーションとか色々・・・」
「ゴメンね。 私、もう男の人と付き合う気はないの」

 そういって昌平を降り切った優美に、昌平はため息をつくと静かに告げた。

「優美ちゃん。 話しは全部聞いたよ。 辛かったんだろうね」

 そう顔も見ずに告げた昌平の一言は、優美の動きを止めていた。 顔を青ざめさせた優美は、それでもなんとか言葉を返した。

「な、なにを・・・」
「オレはキミの事を絶対に裏切らない。 約束するよ」

 そういって昌平は優美の肩を掴んで振り向かせた。 今の優美に逃げる術はない。 動揺した優美はそれでも言葉を返した。

「い、いきなり何をいうの? アナタ、変よ?」
「なぜ? オレはキミの事が好きになっているのに? 迷惑かな?」
「ふざけないで! 冗談でもそういう事は言って欲しくないわ!」
「オレがこんな事冗談で言ってるとでも思うのかよ?」

 そう悲しそうな顔で言われた優美は、涙を滲ませた目で昌平を睨み付けると、静かに答えた

「・・・可哀相だとでも思ったの?」
「え?」
「同情なんていらないわ!」
「同情なんかじゃない! オレは本気だ!」
「だって! だって・・・私には・・・そんな事言ってもらう資格なんてないのに・・・」

 そういって俯いて手を握り締めて震える優美を昌平は、優しく抱きしめて頭を撫でた。

「もう一人で苦しまなくて良いんだ。 これからはオレがいつでも側にいる。 なんでも相談してくれ。
オレはキミの味方だ。 裏切ったりしないし、どこにもいかない。 すっと側にいるよ」

 それはあの日、自分の事を捨てた男からは決して与えられなかった言葉だった。
あるいは、この一言を聞きたくて、優美はこっちに帰ってきたのかも知れない。
昌平の腕の中で、優美はただ静かに涙を流す。 そして、一度流れ始めた涙はもう止まる事はなかった。

「ウ・・・ウウウ・・・・ウウウワアアアアアァァァァァ!」

 優美はいつしか号泣していた。 それは・・・あの日から一度も流したことのない涙であった。

「悲しい時は気が済むまで泣けばいいんだよ。 少しでも楽になるなら・・・オレはいつでも優美のために胸を貸すよ」

 昌平が優美のことを呼び捨てにした事にも、優美は気がつかなかった。
そして、この時。 昌平がまだ屋上にいた事を、優美が知るはずもなかったのである。







 病室に入るなり、昌平は呆然となってしまう。

「優美ちゃん! ・・・って、あれ?」

 そこには空になったベッドだけが残されていた。 そこに看護婦が現われた。

「あら、昌平くんじゃない? 優美ちゃんと一緒じゃなかったの?」
「いいえ。 さっきまでは一緒だったんだけど・・・」
「早く行かないと彼女いなくなっちゃうわよ?」
「いなくなるって?」
「さっき、一緒に廊下歩いてたじゃない?」
「は?」
「そういえば、いつ着替えたの? でも、そっちの方が似合ってるわよ。 あんな黒ずくめなんて、趣味じゃないものね?」

 それを聞いた昌平はようやく何かあったのだと理解できた。 しかし、それを悟られる訳にはいかなかった。

「す、すみません。 それっていつの事でしたっけ?」
「なに言ってるの? 10分くらい前じゃない」
「そ、そうでしたね。 時計が狂っちゃって・・・」
「おかしな子ね。 さあ、急いで行きなさい。 アナタが一緒だから止めなかったんだからね?」
「は、はい。 すみませんでした。 すぐ、行きます」

 そう言うと、昌平は早足でその部屋を後にした。

『何があったんだ? オレそっくりで黒ずくめ? 一緒に歩いてた? 何処にいったんだ?』

 昌平はただ、混乱しながらも病院から出た。
 しかし、ここから何処に向かえば良いのか・・・昌平はただ途方に暮れるだけであった。



<続く>