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時は今から数百年前。 その島では10年に一度、忌まわしい儀式が行われていたという。 その儀式の名は通称『鎮蛇祭』。 正式には『白蛇姫御魂鎮魂祭』だったと言われている。 その祭りは、島の中心にある山に住むといわれる蛇神こと『白蛇姫』の心を鎮めるための祭りであった。 その島をあげての祭りの夜は、みな夜を徹して酒を飲み、友と語り、楽器を掻き鳴らして賑やかに騒いだそうだ。 なぜ、御魂を鎮めるのに騒ぐ必要があるのか? その祭りのどこが忌まわしいのか? その答えは、この島の主である白蛇姫の住む洞窟・・・白蛇洞にあった。 その洞窟の奥深く、澄んだ水をたたえた地底湖のほとりに、その祭壇はあった。 そこに置かれた物は、みなこの洞窟に住む主・・・白蛇姫への捧げ物なのだ。 幾つもの大瓶に満たされた酒と、猪や魚などの供え物。 そして・・・生贄。 それは人間が自分達の理解を遥に超えた存在である、この島の主『白蛇姫』に毎回捧げられてきた供え物であった。 その供え物が、翌朝残らず祭壇から跡形もなくなる事も、また事実であったのだ。 そして島に住む者は、思うのだ。 『これで、これからの十年は何事も無く過ごせる』 『あの子には申し訳無いが・・・ワシの子が選ばれないで良かった』 そんな自分勝手な供え物を、白蛇姫がどのように思っていたのか・・・。 それを考える者など、一人もいなかったのである。 その巨大なシルエットを持つ蛇は、その巨体に見合わない程の静さをもって池のほとりに姿を表した。 その胴体は、白銀の鱗に覆われており、目は真紅に輝いている。 しかし、その姿には邪悪さなどカケラもなく、ただ美しく、神々しかった。 そして、これも何度目になるのか・・・まるでため息をつくかのような声で、その祭壇で震える生贄に声をかけた。 「・・・女子、今回の贄はお前か?」 その長大にして、神秘的な姿を持つモノの前にあるのは頑丈な竹で編まれた籠。 その籠の中には、白い着物を身につけ、死の恐怖に震える一人の女性の姿があった。 逃げられないように、手足を縛られ、目隠しされたその姿は、まさに生贄であった。 その女性は、突然かけられた声に心底怯えながらも、必死で答えた。 「は、はい。 蛇神様」 「・・・生贄など必要無いと、私は何度も言ったハズ。 なぜ、お前達は私を恐れる?」 「ア、アナタ様は、こ、この島の・・・ま、守り神でございます」 「フッ・・・主と言いたければそう言うが良い。 確かに、お前達の無礼な振る舞いに怒った事もある。 だが、今はもう、お前達人間がこの島に住む事を許しているし、怒りも怨みもないのだ」 「それについては感謝の言葉もありませぬ。 だからこそ、こうして・・・」 「勘違いするなというに。 私は崇められたくて人間が島にすむことを許したわけではないのだ。 この供え物は正直、ありがたく思うが・・・生贄など要らぬのさ」 「・・・では、私は・・・」 「戒めを解いてやるから、どこにでも好きなトコロに行くといい」 「・・・し、しかし・・・今更、村には戻れませぬ。 村に戻れば、逃げかえったと言われ、今度は躯(むくろ)となってここに供えられるでしょう」 それはおそらく本当の事だろう。 そういった考え方しか出来ないから、白蛇姫は人間とこういった付き合い方しか出来ないのだ。 それを思うと、白蛇姫は毎度の事ながら、疲れを感じずにはいられなかった。 「毎度毎度、面倒な話しだのう。 お前ら人間には、平和的な共存という言葉はないのか?」 「申し訳ございませぬ。 私達は、仕える事しか知らぬのです」 「仕方ない・・・それなら、しばし待つが良い」 その言うと、その白蛇は一つ身震いして・・・縮んでいく。 その姿はいつしか人の姿となり、その体は白磁のような肌の白さと蛇の鱗を持つ姿となった。 そこにいたのは、もはや巨大な白蛇などではなく・・・異国の物と思われる服に身を包んだ貴婦人であった。 もっとも、その袖から覗く手の甲や頬に、白銀の鱗が一部残っているので、人間離れした姿であった事は確かであろう。 その姿を見た者が、いつしかこの白蛇の化身である貴婦人を『白蛇姫』と呼び、崇め始めたこともうなずける話しであった。 「・・・娘、名はなんという?」 「小春です」 「では、小春。 戒めを解くゆえ、動くでないぞ」 そう言うと、白蛇姫はその手を一閃させる。 その手刀は、竹で編まれた籠を戒めの縄もろとも切り裂いた。 「・・・もう良いぞ。 さあ、その目の戒めを外すが良い」 そう言い残すと、白蛇姫は祭壇に向かって行き、供え物を物色し始めた。 そんな白蛇姫に、戒めから開放された小春が怪訝そうに問いかける。 「・・・なにをなさっておいでなのですか?」 「ん? 私とて腹は減る。 美味い物を肴に酒を飲めるこの日があるから、人との生活はやめられぬのさ」 そう嬉しそうに言うと、幾つかの肴を懐に入れ、両手で酒の詰まった大瓶を抱えて洞窟から出ていこうとした。 「あ、あの・・・白蛇姫様? どこに行かれるのですか?」 「麓の祭りの喧騒と、月の明かり。 毎回、それを眺めながら酒を飲むのが楽しみでな。 お主も来るか?」 「は、はい・・・」 「人と話しをするのも十年ぶりだ。 今宵は良い夜になりそうだな」 それは麓に住む村人達の知らない真実の姿。 祭りの夜、生贄の娘と酒を飲みかわし、その娘を本土に送るのが、白蛇姫のここ数百年の恒例の行事であったのだ。 そして、その生贄の娘達は、白蛇姫の霊力に守られ・・・慎ましくではあるが平和な人生を送ったといわれている。 それは、バイトからの帰り道のこと。 青年はいつも通る帰り道で、一人の女性に声をかけられた。 「少年。 少し話しを聞かせてもらえんか?」 その女性は、夜の闇の中でもはっきりと分る程、肌が白かった。 そして、その腰まである髪は漂白されたかのように白く、御丁寧に着ている着物まで白一色であった。 歳は二十代にも見えるし、見ようによっては十代にも見えた。 しかし、ここは東京である。 こんな格好をした人物など、そうそういる筈もない。 その青年は、内心嫌な予感を感じつつも、恐る恐る問い返した。 「あの・・・もしかして、オレに言ってます?」 「お前の他に誰がいる? 私はお前と少し話しをしたいのだがな?」 その女性は、外見にまるで似合ってない言葉使いで、帰り道を急ぐ青年にそう答える。 声をかけられた青年の名は『風森 昌平』。 今年から大学生になり、背も180近い。 決して少年などと呼ばれるような外見ではないのだが・・・。 「・・・あなた、誰ですか?」 「そうだな・・・白姫とでも名乗っておくか」 妖し過ぎる回答であった。 しかも、妖しい言葉使いと外見でもあった。 しかし、その浮世離れした感じのある外見を見ると、その言葉使いは不思議と違和感がなかった。 昌平は、目の前の白ずくめの白姫を見ていると、過去に出会ったとある女性の事を思い出していた。 『そういえば、あの人もこんな雰囲気があったな・・・ここまでズレた感覚はなかったけど』 その人物は真っ当世界の住人ではなかった。 今回もそうなのだろうか? 昌平は、この場にいない親友の言葉を思い出していた。 『お前はオレ達のような存在に縁の深い血統だ。 偶然にせよ何せよオレ達のような存在に出会ってしまうんだ』 ここ数年は、そんなになかったのだが・・・今回は大当たりなのかも知れない。 なぜか昌平には、この出会いが悪い結果を生むであろう事を、直感で理解していた。 そして、そう感じた昌平は、逃げる事を躊躇わなかった。 「・・・急いでますんで」 そう言って逃げ様とした昌平を、追いかけるようにして白姫は言葉を続ける。 「まあ、そう邪険にするものではない」 「なにか用でもあるんですか?」 「用があるから声をかけたのだ」 「・・・それで?」 「少年。 そう急がないで、少しは立ち止まらんか?」 「さっきも言った通り急いでますから」 そんなやりとりをしながらも、昌平の足はどんどん速くなる。 しかし、白姫は着物を着ているにも関わらず、それに平然とついてきて文句を言う。 「私を誰だと思っているのだ?」 「白姫さんでしょ?」 「うむ。 そのとおりだ。 だが、私をあまり怒らせると後が怖いぞ?」 「オレの中の何かが、聞くなと言っているんです」 「この話しは、お前にとっても聞いておくべき話しではあるのだがな・・・」 「拒否する事は出来ないんですか?」 「お前さんは、見ず知らずの相手にこんな無礼な態度をとるのか?」 その言葉に足を止めると、昌平は背後の白姫に向き直って答えた。 「人に対してはいつもそうだという訳ではありません」 「どういう意味だ?」 「・・・アナタが人間で無い事だけは理解しているつもりです」 「ほう。 なかなか勘の良い少年だな」 その何処までも落ち着き払った答えに、昌平は逃げることを早くも諦めた。 「・・・分りました。 話しくらい聞きますからその少年って言うのやめてもらえませんか?」 「分った。 それでは、名を聞かせてもらえないか?」 「・・・そう言えば自己紹介もまだでしたね。 オレは風森昌平です」 「そうか。 では昌平と呼ばせてもらおう」 「構いません」 「では、昌平。 お前の纏う妖気の主を探している。 心当たりはないか?」 「キリト・・・二郎になにか用でもあるんですか?」 「そうか。 お前は知っておるのだな。 案内してもらいたい。 私は大カマイタチの二郎に用があるのだ」 「用?」 「そう。 とてもめでたい話しだ」 「めでたい?」 「自己紹介が不充分だったようだな。 私は白姫。 正確には白蛇姫と呼ばれる縁結びの神だ」 「神!? 神様なんですか?」 「人は私を神様扱いしておるがな。 私は二郎の同類だよ」 「ということは・・・白蛇の化身ってことですか?」 「そうだな。 百年くらい前から神として崇められるようになった」 「じゃあ、それ以前は?」 「私の住んでいる島の主として認知されておったよ。 10年に一度、生贄まで捧げられていた」 その言葉に、身を固くする昌平。 「そんなに緊張するな。 邪悪な存在を神として崇めるはずがないだろう?」 「で、でも、生贄って・・・」 「その話しにはオチがあってな」 「オチ?」 「そう。 私はその生贄の娘とその夜に酒を飲み交わし、島の外・・・本土へ送り幸せにしてやるんだ。 それを島の者達に知られて、いまではすっかり縁結びの神様扱いというわけさ」 「じゃあ、おめでたい話しがあるっていうのは?」 「昌平。 縁結びの神が同族に対しておめでたい話しを持ってきて、それがどんな事なのかもわからないというのか?」 「・・・もしかして・・・」 「そう。 縁談。 お見合い話しだ」 そう笑顔で告げた白姫に、なぜか疲れを感じる昌平だった。 『妖怪で縁結びの神? どんな人なんだ? いや、人ってのはおかしいよな。 でも神様? 妖怪なのに? しかも、お見合い? 相手はキリトだってのか?』 その脳はまだ混乱から立ち直っていなかった。 しかし、ここでこれ以上押し問答していてもしょうがない。 とりあえずキリトに相談する為にも、家に案内することにした。 「・・・わかりました。 とりあえずウチの家に案内します」 「そこに二郎がいるのか?」 「今は二郎は、風守切人と名乗ってオレと一緒に住んでいます」 普通の歩調で歩きながら、昌平は背後の白姫にそう答えた。 それを聞いた白姫は、少し考え込むような声で呟いた。 「風守・・・ほう、興味深いな。 あいつ人間と共に住んでいるのか」 「こっちからお願いして共存関係を結んでもらったんです」 「お前がか?」 「はい。 オレは昔、あいつの話しを聞いて・・・」 「同情でもしたか?」 「いいえ。 謝罪のつもりです。 いつか人と妖怪が仲良く暮らせる時がくるまでオレ達と共に生きないか・・・そう言ったんです」 その答えに白姫は、皮肉っぽく答えた。 「・・・ずるいな、人というのは」 「何故ですか?」 「そう言えば、あいつは断れない。 それを承知で言ったのだろう?」 「そんな下心なんてありません! オレは純粋に謝罪したくて!」 「・・・そうか。 知らないのだな。 昌平、お前はあいつの事を知っていると言ったな?」 「はい」 「あいつの事を・・・本当に過去の出来事を全部知っているのか?」 「知っています。 過去の出来事も・・・里が人間に滅ぼされて、人と敵対するようになった事も、本人の口から聞いています」 「では、あいつが、過去に人間の女と恋仲になった事がある事も知っているのだな?」 それを聞いた昌平は、思わず振り返った。 「どういう事です?」 「知らないらしいな。 ・・・どうやら本当の事は何も知らんらしい」 「本当の事って?」 「あいつの力は知っているな?」 「はい」 「あいつが本気になって人と敵対していたとする。 一体、どれくらいの人間がいればあいつを殺せるとおもう?」 「そうですね・・・百人いても相手にならないでしょうね」 「そうだ。 そして、あいつの昔いた里には・・・あいつと同じ大カマイタチが何十人もいた。 それがどういう事かわかるか?」 それは、昌平がずっと疑問に思っていた事だった。 確かに、今までキリトの圧倒的とも言える戦闘力を見てきて、不思議に思ったことがある。 それは『あの無敵とも思える力がありながら、なぜ皆殺しにされたのか?』という事だった。 いや、それ以前に『なぜキリトは過去、自分と戦った時に、本気を出さなかったのか?』という事であった。 それは今のキリトの力を知っているだけに、疑問となって昌平の中でくすぶり続けていたのだ。 少なくとも、キリトと兄の二人が無事であったなら、人間がいくら集まったところで相手ではないはずなのだ。 現に、その日からその谷に潜むカマイタチ兄弟のせいで何百人もの人間が死んでいる。 その後、討伐者達の依頼を受けた密教僧の集団に封じられるまで、カマイタチ兄弟は無敵の存在だったのだ。 たった二人・・・本来の力を発揮出来ない3人ですらない兄弟の前に、討伐者は無残な敗北を喫したのだ。 それが、なぜ、あの日に限って、大した武装もない人間・・・しかも百人足らずに里は滅ぼされたのか? その疑問は、白姫の指摘で一気に氷解した。 「・・・それが、人間との恋の結果だとでも言うんですか?」 「さあね。 それは私からは言えない。 本人が黙っているのなら、私に言えるのはここまでだ」 「あなたこそずるいですよ。 なんで、そこまで言っておきながら・・・」 「忘れたか? 私は蛇の化生だぞ? ずるくて当たり前なのだ」 そう悪戯っぽく返された言葉に、昌平はこれ以上の追求を諦めた。 「・・・分りました。 本人がいつか話してくれるまで待つ事にします」 「待つか・・・呑気なことだ。 知りたくないのか?」 「知りたいですよ。 でも本人が言いたくない事を無理に聞き出そうとは思いません。 まあ、いつか話してくれるでしょうから、それを大人しく待つ事にします」 「ふふふ・・・聡いな。 昌平。 あいつは信じるに値する人間と出会えたようだ」 「どういうことですか?」 「悪かったな。 少し試させてもらった。 お前は、十分、信じるに値する人間のようだ」 「なぜです?」 「二郎・・・いや、今は切人だったな。 切人の事を信じ、同格の存在と考えているようだったのでな」 「そりゃあ・・・親友だし、家族ですから」 「親友で家族か。 良い言葉だ。 切人の事を信じるその心・・・忘れるでないぞ」 そういうと、白姫は右手で、額を覆い隠してした前髪をどける。 そこに、縦に割れた第三の目が現われた。 それを直視した昌平は、眩暈にも似た感覚を味わう。 「これは、我ら蛇の眷属の持つ第三の目・・・さあ、先ほどの会話を忘れるが良い」 それから数秒間が経った時。 白姫の第三の目は閉じられ、今まで通りに前髪で隠された。 そして、その視線から開放された昌平は・・・。 「えっ・・・と、何を話していたんでしたっけ?」 「そんなに若いのに、もう痴呆にでもなったか? お前の家に案内するといったではないか?」 「そ、そうでしたね。 それじゃあ、オレの後についてきて下さい」 「分った。 手間をかけるな」 「いえ。 めでたい話しなんでしょう?」 「そうだ」 「なら、キリトだって喜びますよ」 「そうだな。 では、参ろうか」 「はい」 昌平は何か釈然としないまま、白姫を自分とキリトの住むアパートまで案内していくのだった。 <続く> |