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東京魔人學園SS 妖怪ハンターシリーズ14 作;雪乃丞

月下の剣士 《1》






 闇の中に銀光が走った。 その月明かりを反射するものは刀。 恐らくは日本刀であろう。
その高い芸術性を持つ鋼鉄の刃は、明確な殺意を帯びた時、世界一の切断力を持つ凶器と化す。
技を極めた者の手にかかる時、その刃は石はおろか鉄をも断つといわれる。

 その刃は、闇の中に白銀の残像を描きつつ・・・獲物の片手を斬り飛ばす。
その片手は握っていた棒――警察で使用される特殊警棒――もろとも数メートル先に転がった。

「つまらん・・・貴様も剣士なら、それなりに抵抗してみせるんだな」

 そう情け容赦無く告げるのはどこにでもいるであろう、平凡なサラリーマン。
年齢は30前後であろうか・・・そのくたびれた背広から感じられるのは平凡な日常。
今のような異常な状況に相応しい人物などでは、決してなかった。

「・・・そんなにオレが憎いのか? お前は、あと何人殺せば気が済む?」

 そう脇の下を押さえながら、うめくようにして答えた人物は平凡なスーツを着ている。
その人物は、刑事である。 おそらく犯人を逮捕しようとして返り討ちにあった。
そんなところなのだろう。 しかし、その言葉は犯人に対するものではなかった。

「・・・貴様ら全員を地獄に送るまで・・・オレは何度でも蘇ってみせる」
「もう過去の話しじゃないか。 今のオレ達に・・・何の関係がある?」
「貴様にとっては、遠い昔の話しだろう。 しかし、オレにとってあの日は永遠だ。
まあ、無粋な銃など取り出さなかったことだけは誉めてやるがな」
「銃はどうにも好かなくて・・・な!」

 そういうと、地面に転がる警棒に向かって飛ぶ。
既に腕の出血は止まっていた。 それは脇の下の動脈を押さえる応急処置が上手くいったことを示していた。
それを黙って見送ったサラリーマンは、ゆっくりとした足取りで刑事に向かう。

「・・・地獄に落ちる覚悟は出来たか?」
「オレは、今を生きる人間だ。 この亡霊め、地獄に送り返してやる!」

 そういうと、刑事は構えた警棒を一気に叩きつけた。
それはまともに、サラリーマンの横っ面にめり込み、口から血に混じった歯を飛ばせた。
頭蓋骨折くらいはおこしているだろう。 しかし、それでもサラリーマンは倒れない。

「それでも、打ち込みのつもりか!」

 そして、逆襲の刃は走り・・・残された腕も宙を舞った。

「ぐわ!」
「死ぬがいい!!」

 そういうと、そのサラリーマンは手にした剣を振りかぶり・・・その胸を撃ちぬかれた。
その乾いた銃声は、木霊となって深夜の住宅街に響く。

「クソッ、ここまでか」

 そう言うと、目の前の地面でうめく両腕を失った刑事に、その剣を振り下ろす。
その剣筋は、とても致命傷を負った人物のものとは思えないほど正確に、その刑事の体を切り裂いた。
そして、口から血の泡を溢れさせながらも、そのサラリーマンは闇の中に走り去って行った。

 そして、数十秒後。
その場に数人の同僚が駆けつけた時、その刑事はすでに息絶えていた。

「くそ! さっきのヤツはどこに行った!?」
「わかりません!」
「こっちに血痕が残ってます!」

 その指し示す先には、夥しい量の血痕。 致命傷に違いなかった。

「・・・この出血量からして、そう遠くまでは逃げられません」
「だと、いいが・・・」

 そう答えたその男は、地面に横たわる無残に切り裂かれた同僚を悔しげに眺めた。

「だから、あれほど銃を携帯しろといったんだ!」

 その数分後、現場からほど近い公園で、胸を銃で撃たれた男が見つかった。
その男は、自分で行ったらしい応急手当のおかげで、命だけはなんとか取りとめそうなのだが・・・。
その手には、凶器となったはずの日本刀は握られていなかった。







 翌朝。
部屋で朝食をとりながら、来須借夜は向かいに座る相棒のジャニスに問いかけた。

「連続殺人事件の裏に謎の凶器・・・か。 奇妙な事件だ」
「新聞くらい食事の後にしたらどうだい? 冷めちまうよ?」
「これは習慣だ。 それに、ここ数週間、奇妙な事件が続いている。
仕事に関係なくても、一応の情報を掴んでおくことは悪い事じゃないさ」

 そう言うと、テーブルの上の朝食には目もくれずコーヒーを飲む。
当然、作った人物にとって面白いはずもない。

「アンタ、この食事残したら承知しないからね」
「オレは朝は食わない主義なんだ」
「だったら、なんで作る前に言わないんだい? せっかく作った食事が・・・」

 その言葉を遮るかのように、部屋の電話が鳴った。

「悪いな、電話だ」

 そういうと、来須は席を立って電話に向かった。

「来須です」
『ハンター来須。 束の間の休息は楽しめたか?』

 電話の相手は、来須の所属している組織の上司にあたる人物だった。 名前をフレデリック・龍(ロン)という。

「何事も無く。 いたって平和なものです」

 その言葉は正確ではない。 正確には組織のお世話になるような大事には至っていない。 そう言うべきだろう。
現に、昨夜も数体の魔物を塵に返し、帰るのが面倒くさいというジャニスが部屋に泊まったばかりだ。
ちなみに昨夜の帰りは、午前4時。 彼にとって、これでも平和な部類に入るのだろう。

『それは結構。 それでは、そろそろ次の仕事に取りかかってもらうとしよう』
「珍しいですね、こんな方法で連絡してくるなんて」
『急ぎの依頼でね。 とにかく、今から言う場所に向かって欲しい』

 指示されたのは、とある警察署だった。 そこで依頼人と待ち合わせすることになっているらしい。

「警察関係者からの依頼ですか?」
『そうなるな。 詳しい話しはここでするべき事ではない。 依頼人から直接聞いてくれたまえ』
「わかりました」

 そういうと、来須は電話を切った。

「仕事かい?」
「ああ、今度は警察関係筋らしい。 ・・・厄介な仕事だ」
「厄介?」
「頭の固い大馬鹿者が多いって話しだ」

 来須は過去、銃の不法所持で何度か警察につかまった事がある。
なにをかくそう、目の前相棒・ジャニスの冗談のためだ。
しかし、それのせいで下らない仕事を受けることになった来須にとって、それは冗談では済まない話しだったのだ。
冗談にもならない原因で組織の手を煩わせた来須は、いい笑い物であった。
それ以来、来須はどうも警察関係者が好きになれなかった。

「それじゃあ・・・」

 そう言いかけた来須は、自分を見つめる魔女の金の瞳に気が付いた。 その瞳は『残したらコロス』と物語っている。

「・・・まあ、食事くらい済ましてからでもいいだろう」
「そうこなくっちゃね」

 ジャニスの嬉しそうな笑顔を見ながら、日頃食べない朝食を食べる来須。
その味は、なかなか美味しかったという。







 念のため銃を車に残すと、来須は一人警察署に入った。 ちなみにジャニスは別件で他の場所に出向いている。
そして、受付に向かおうとしていた来須に、一人の青年が声をかけてきた。

「来須狩夜さんですね?」
「そうだが・・・アンタは?」
「私は、この件を担当している一人で、柳井 弘一(やない ひろかず)といいます。
アナタへの協力を指示されています」

 その青年は、歳は二十代なかばくらいだろう。
いかにも新人っぽいが、制服を着ていないところをみると刑事なのかも知れない。
しかし、来須はその優しそうな顔に、不釣合いな程に鍛えられた体を、動きから察知した。
何か武道でもやっているのかも知れない。

「依頼したのは、アンタか?」
「いえ、私個人の依頼ではありません。 本庁から、そちらへ依頼があったはずです。
もっとも、アナタへの協力は私一人が専任となるので、そういう意味では私が依頼人だと思って下さって結構です」

 言い方で誤魔化そうとしているが、どうやら歓迎されない雰囲気らしい。
まあ、それもそうだろう。 殺人事件の犯人逮捕に、秘密結社の手を借りるなど聞いたこともない。
こうして協力者をつけるのも、何かあったときの保険・・・監視役兼、捨て駒なのだろう。
それを本人も分っているのか、柳井は生真面目そうに来須へ問いかけた。

「・・・アナタは、おかしな事件の専門家と聞きました」
「まあ、おかしな事件には違いないんだろうが・・・詳しい話しを聞かせてもらえるか?」
「はい。 こちらにどうぞ」

 そういって案内されたのは、会議室らしき場所だった。

「ここのところ世間を騒がしている『連続殺傷事件』について御存知ですか?」

 その言葉を聞いた来須は昨夜の事件を思い出していた。
昨夜の事件は深夜とはいえ、住宅地で警官が発砲したというので、かなり大きな事件になっていた。
犯人は、胸を撃たれながらも逃走。 現場からほど近い公園で見つかっていた。
犯人は自分で施したらしい応急手当のおかげで、一命はとりとめたのだが、現在のところはまだ面会謝絶。
その犯人が刑事を殺した時に使ったと言われる凶器は、前回同様まだ見つかってない。

 こういった事件は、ここ一ヶ月の間にもう何度も起こっていた。
始めは、普通の主婦が亭主を切り殺した。 そして、次は大学生が、高校生とその友人を。
・・・何度も犯人は逮捕され、その度に違う殺人鬼が生まれた。
そして昨夜は、何人目かの殺人鬼となるサラリーマンが、職場の同僚を切り殺すといった事件が起きた。
そのサラリーマンを逮捕に向かった刑事は死傷。 犯人も意識不明の重体となった。

「新聞やニュースで流れてる程度にはな。 凶器は日本刀で、犯人は複数人。 しかも記憶が無いんだったな」
「はい」
「しかも、肝心の凶器が一切見つかってない」
「そうなんです」

 そう。 それらの事件には奇妙な共通点があるというのだ。

「どう考えている?」
「どう・・・とは?」
「尋常な事件でないから組織に依頼したんだろ?」
「・・・昨夜、ついに刑事までもが犯人の凶刃に倒れました。
しかし、その人物は剣道の有段者です。 警棒を扱わせたら、署内で敵う者はほとんどいませんでした」
「そいつが、切られた。 だが、実戦と訓練とは次元が違う。 相手が真剣だったら尚更だ。
切られても不思議でも何でもない。 違うか?」
「しかし、相手は平凡なサラリーマンです。 素人がいくら真剣を持っても、経験者に勝てる道理はありません。
しかも、そのサラリーマンは銃で撃たれても痛みを感じたふうではなかったそうです。
現に、そいつは犯人が撃たれた後に・・・大怪我を負ってから切り殺されたんですから」

 もしこの話しが本当なら、疑うべきはその次々に現われる犯人の奇妙な共通点――日本刀を使う事――ではなく、その異常性であろう。
オカルト話しにする前に、まず薬物――麻薬など精神高揚系の薬物――を疑うべきではないのだろうか?

「痛みを感じない・・・か。 クスリの線は?」
「真っ先に調べました。 麻薬の類はやってませんでした」

 警察の検死解剖結果からは薬物反応は見つかっていない。
そうなると、いよいよ話しは分らなくなる。 いや、来須の守備範囲に入ってきたというべきか・・・。
それでも、思いつく限りの質問をぶつけてみる。

「昨夜の犯人だが・・・過去に武道を習った経歴はないのか?」
「中学、高校と美術部に所属、大学では文科系サークル、就職後も武術を習った事はないそうです」
「では、暗示は?」
「昨夜の犯人については、現在面会謝絶のため、わかりません。
しかし、今までに逮捕された犯人達は全員催眠術や暗示などにかかっていた痕跡はありませんでした。
さらに催眠術によっても、その・・・犯行時間の間の記憶は一切思い出せないようです。
担当した医師の説明を信じるなら、その間は眠っていた状態に近かったのではないか、と言うことです」

 いよいよ、その事件の異常性が際立って見えてきた。
犯人達は、全員記憶を無くす・日本刀を巧みに操る・その凶器を無くすといった共通点がある。
この3点だけを見た場合、科学では証明出来ない犯行の可能性が見えてくるのだ。

「・・・そうなると、考えられる事は一つだ」
「どんなトリックなんです?」

 その来須の言葉に、身を乗り出すかのようにして聞き耳を立てる柳井。

「犯人は、何らかの方法で他人を操っている。 そう見て良いだろう。 しかも、それは科学に無い方法でな。
恐らくは人格や精神の乗っ取り。 憑依かもしれんな」
「・・・本気で言ってますか?」
「本気だ。 お前らには分らんだろうが、この世には不思議な事件も多いのさ」

 この短いやり取りで来須は、目の前の男が単なる邪魔者にしかならない事を理解していた。
所詮は、表の世界の住人なのだ。 来須の生きる闇の世界を知りうるはずもない。

「問題は『なぜ、そんな事をする必要があるか』という事なんだが・・・。
なんにせよ、依頼は受けた。 後は情報だけ流してくれれば、それでいい」

 つまり、後は自分だけでやる。 そう言っているのだ。 そう言われた柳井は不満もあらわに反論した。

「私も同行させてもらいます!」
「・・・足手まといだ。 邪魔をするな」
「依頼には、私の同行も含まれているはずです!」

 来須は、その言葉にため息を交えながら答えた。

「・・・分った。 依頼は依頼だ。 同行を許可しよう。
ただし、オレにはオレのやり方というのがある。 一切、口出するな。 邪魔をすれば置いて行く。
無論、オレの命令には従ってもらう。 生きて犯人を逮捕したいなら命令を守れ」
「分りました」

 その諦めすら混じった答えに、柳井は生真面目にうなづいた。







 柳井を連れた来須は、車に戻ると銃を懐に収めた。
それ見た柳井は、先ほどの忠告も忘れたのか、大慌てで来須の腕を押さえる。

「く、来須さん! 日本では銃は許可されていません!」

 その常識人ぶりに、呆れた風に答える来須。

「ったく、これだから警察関係者と組むのは嫌なんだ。
平和ボケも結構だが、オレは大した理由も無くコレ以外の武器を使うつもりはない」
「し、しかし、違法です!」
「オレ達は法の外どころか人の世界の外にいる『敵』と戦うのが仕事だ。
そいつらが人の決めた勝手なルールに従うか? 答えはノーだ。 従うわけがない。
それなら、自分だけ法に縛られる必要はない。 何が悲しくて自分だけルールを守る必要がある?」
「き、詭弁です!」
「違うな。 真実だ。
いいか? 人は銃をもってようやく獣と同格になれる。 人には戦う牙も爪もないからだ。
これがオレにとって戦う牙であり爪なんだよ。 まして相手は素手で人間を引き裂くような怪物どもだ。
銃を持ってもまだハンデだらけなんだ。 お前がこれから目にする『敵』はそういった連中なんだ」

 その言葉には経験からきた重みがあった。 それを感じたのか柳井はようやく腕を放した。

「私は・・・それでも法を守りたいんです。 これでも、一応刑事ですから」

 日本の警察にはここ最近、不祥事が多い。
しかし、現場の大多数の警察官や刑事などは、市民の安全を守るために日夜その体をはって社会の悪と戦っているのだ。
そこには、一般に浸透してしまった悪いイメージとは真反対の真実の警察官の姿があった。
しかし、来須には己のやり方を変える気などなかった。

「勝手に理想でもなんでも抱いているがいいさ。
しかし、それを押しつける気なら・・・今すぐ車から降りてもらおうか」
「・・・わかりました。 ただし、それを一般市民のいる中で振り回すのは勘弁してください」
「心配するな。 そのへんは心得ている」

 そういった会話を続けながらも車は警察署から離れ、渋滞気味の道路を走っていた。

「どこに向かうんですか?」
「オレの相棒との待ち合わせ場所にな。 ところで、お前・・・銃は?」
「今は携帯していません。 訓練は受けましたが、人に向けて撃った事は一度しかありません」
「そういえば、昨夜の犯人は射殺されそうになったそうだな?」
「私が・・・胸を撃ちました」

 しかし、犯人は撃たれた後に刑事を斬殺している。 それは、致命傷にはならなかったのだ。

「しかし、それでは殺し切れなかった」
「はい。 私は・・・同僚を助けることが出来ませんでした」
「人間の体ってのは以外と頑丈に出来ているものなんだ。
次からは、頭か心臓を狙うんだな。 一撃で仕留めてやるのも情けの内さ」

 来須は、苦笑を浮かべながらそう言うと、口に咥えたタバコに火をつける。
そう平然と返された言葉に、窓の外に流れる町並みを眺めながら、柳井は問いかけた。

「来須さん。 あなたは・・・人を殺した事がありますか?」
「ああ。 こういう仕事だからな。 何十人も殺してる。 人間以外なら数えきれん程な」
「・・・よく平気ですね? 罪悪感とかはないんですか?」

 その言葉に、苦笑混じりに答える来須。

「ある訳ないだろう。 そんなものは仕事の邪魔にしかならない」
「・・・私には耐えられそうもありません」
「昨夜の事、後悔してるのか?」
「はい。 昨日はほとんど眠れませんでした」
「それが普通だ。 恥じる必要はない」

 その言葉を聞いた柳井は、返事もしない。 恐らく生涯で始めて人を撃ったのだろう。

「こんなオレでも、時々思う事がある」
「・・・なにをですか?」
「オレは死んでも決して天国ってトコロにはいけないだろうなってな。
死んでから、地獄にいる過去殺したヤツラと御対面って事になるんだろうな・・・。
まあ、それも良いだろうさ。 地獄で再戦ってのも悪くない」
「・・・よくそんな仕事が出来ますね?」
「なに、自分の望んだ道だ。 後悔なんぞする気はない」
「家族の方が悲しみますよ?」
「それは心配いらんさ」
「なんでです?」
「オレは家族を怪物どもに殺されたから、この仕事についたんだからな」
「・・・すみません」

 その言葉を最後に、車内は沈黙に包まれた。







 待ち合わせ場所は、人気もまばらな喫茶店。 話しをするには好都合な場所であった。
そして、来須は柳井をつれてジャニスの待つテーブルへ向かった。

「待たせたな。 彼は今回の依頼人、柳井さんだ」
「始めまして。 柳井弘一といいます」
「私は、ジャニス。 日本語は大丈夫だから安心して良いよ?」

 ジャニスは、いつも通り白いスーツに黒のサングラスをしている。
それに加え、手には色とりどりの宝石、手首には銀のアクセサリー・・・エトセトラ。
柳井の目には、さぞ妖しい風貌に映っているであろう。

「ジャニス・・・なにさんです?」
「ジャニスとだけ。 私たちの世界では、本名は必要無いからねぇ」
「・・・彼女は、来須さんの仕事の同僚の方なんですか?」
「まあな。 職業は・・・そのうち分るさ」
「はあ・・・」
「それで? 依頼内容はどんな話しなんだい?」
「それがな、色々おかしい事件らしくてな・・・」

 そういうと、来須は事件とその依頼内容を説明する。 それを聞いた、ジャニスは一つうなづくと問いかけた。

「やっぱり、その刀ってのが今回の事件のカギになりそうだねぇ」
「オレもそう思う。 だが、次に誰が狙われているのか・・・それが分らんことにはどうにもならん。
今は待つしかないだろう。 今度、その殺人鬼が現われたら、殺さずに刀もろとも生け捕りにしないとな」
「しっかし・・・犯人はいままでにも捕まっているんだろう?」
「はい。 すでに5人を超えています」
「そいつらを捕まえた時、その刀はどうしたんだい?」
「すでに持っていなかったんです。 気絶しているか、朦朧となっている状態のところを保護された者がほとんどです。
保護した後に、手配書の人相と似ているというので・・・。 捕まえられたのは偶然です」
「その刀を誰か、あるいは次の殺人鬼に渡した。 そう考えられないか?」
「そうかもしれません」

 そこまで言うと、少し悩むそぶりを見せてから柳井は話しだした。

「・・・でも、不思議なんです。 その刀、一度も研いだり修理に出されたりしていないんです」
「どういうことだ?」
「刀ってのは、人を一人斬っただけでダメになる物なのさ」
「・・・そうなのか?」
「はい。 時代劇などで一人で何十人も斬り殺すシーンとかあるせいか、あまり知られていないんですが・・・。
刀は人の血や油などで、すぐに切れ味が落ちるんです。 どんな名刀でも良くて数人、普通は一人が精一杯でしょう。
そうなったら刀身は歪むし、刃はボロボロのノコギリ状態です。
3人も連続で斬ったら鞘に収まらなくなるのが普通なんです。 でも修理に出されたような形跡はないんです」
「そうか、修理に出されていないというのは・・・」
「はい。 その刀はすでに十人以上を切ったのに、研ぎにすら出されていない。 だからおかしいんです。
日本刀は、その研磨技術も砥石も特殊な物が必要なんです。 素人にどうにか出来るような代物ではないんですよ。
もっとも、この話しは署の同僚や上司には一笑されたんですが・・・」
「仕方ないさ。 事件がオカルト絡みじゃ一般人にどうにか出来るはずもない」

 そこまで話した時、来須は柳井に訝しげに聞いた。

「しかし・・・やけに詳しいな?」
「実家が剣術の道場をやっていまして・・・親戚は刀鍛治をやっています」
「そうか。 それだけ詳しいなら、お前がこの事件を担当するのも道理だな。 オレは刀にいつては殆ど知らん。
まさか日本刀がそんなにデリケートなものだとはな・・・正直驚いた」
「西洋の剣は、切るより叩き潰すのが目的の鈍器だからねぇ。
東洋の刀のようにカミソリの鋭さとナタの強さを持った剣は特別なのさ。
そして、その刀はデリケートであるから、あそこまで人を惹きつけるのかも知れないねぇ」
「・・・そういえば、日本には刀に魅入られるという逸話があったな」
「妖刀ってやつですね」
「まあ、死を感じさせる存在に惹きつけられるのは、人のサガなんだろうけどねぇ」
「そうなんですか?」

 いつの間にか、話しは妖しい方向に流れていた。

「こんな話しを知っているかい? 人は誰しもねぇ・・・自殺衝動を持っているんだよ」
「自殺衝動?」
「そうさ。 破滅願望とも言えるねぇ。
死を感じさせる妖しくも美しい刀や銃、無骨な甲冑、呪われたとしか思えないような不運を呼ぶ宝石・・・。
それらに接することで、人はある種の快楽を感じるのさ。 無意識のうちにね。
他にも、バレたら全てが終わるような・・・不倫関係とか、野外での性交や人に言えないような趣味。
そういったものも、その範疇に入るだろうねぇ・・・。
まあ、そういった『自分を追い詰める行為に酔う』のが人って生物の精神的な特徴の一つなのさ。
心がザワザワするような感触・・・アンタも一度くらい味わった事あるだろう?」

 ジャニスは、そう告げるとサングラスをおもむろに外した。 そして・・・閉じていた目を開く。
その金色の瞳を、驚愕と共に凝視する柳井。 そこに生じた心の隙をジャニスの魔術が捕らえた。

「夜魔よ、我が瞳に宿れ」

 その魔力を秘めた視線に、柳井は呪縛された。
夜魔の瞳には、様々な魔力があるという。 記憶操作、感覚変調、そして・・・呪縛。
心の隙を突かれる形で呪縛された柳井に、逃れる術などあるはずがなかった。

「どうなんだい? アンタにはそんな体験はないのかい?」

 そのせいか、普通なら他人に話さないような事まで喋ってしまう。

「・・・分りません。 でも、昔、始めて真剣で試し切りする時に、心が痺れた感じような感じがしました」

 それはまるで夢の中のような感覚・・・その先に待つ『何か』に、柳井の心は激しくざわめいていた。

「似たようなものさ。 火事を見て恍惚となるヤツだっているしねぇ。
その場所にいると死ぬと分っていても、その場に留まることで自己陶酔に酔いしれるような輩だっているのも事実さ。
なにも特別な事じゃない。 そいつらはみんな・・・死を感じさせる炎や、状況に酔ってるのさ・・・。
アンタの場合は、その標的が人に見えていたのかも知れないねぇ」

 そう告げられた柳井は、心の中で過去の風景を思い出していた。
その光景は、なぜか真紅――鮮血の赤――に染まっており、柳井はその中で恍惚の表情を浮かべて人を切り殺していた。
そんな体験など、柳井にあるはずもない。 全ては呪縛を併用した暗示のせいなのだが、柳井にそれが分るはずもない。
そして、その光景は、ますます柳井の心を掻き回すのだった。

『な、なんだ・・・これは?』

 このままだと、あることないことあらいざらい喋ってしまいそうになる自分がそこにいた。

『あの・・・視線のせいなのか?』

 しかし、呪縛された柳井の視線は、ジャニスの魔力を秘めた視線からは逃れられない。
痛みや薬物などによる『苦痛』は訓練次第でどうにか耐える事が出来る。
しかし、『快楽』に耐えられる人間は、ほとんど存在しないと言って良いだろう。
ジャニスは、精神的な快楽を与える事で相手の心のタガを強引に壊そうとしているのだ。
それは、まさに魔女の視線による呪縛。 恐るべき尋問術であった。

「さあ、何を隠しているんだい? 洗いざらい喋っちまいなよ?」
「わ、私は・・・何も・・・隠してなんか・・・」
「恥じる必要なんてないのさ・・・言っただろう? 誰にだって・・・『墜ちる快感』を味わう権利はあるのさ」

 柳井の心を支配するのは、坂道を転がり落ちるような絶望感と、それをも上回る快感。
それは、まさに『墜ちる快感』と呼ばれるものだった。
柳井は、そんな混乱する思考の中で、先ほどの会話を思い出していた。
あるいは、先程からの会話は全て『この瞬間』のためだったのかも知れない。
これは柳井の知りうる尋問術の範疇を大きく超えていた。
柳井は、この時始めて、目の前の女性に戦慄と共に恐怖を感じたと言っていいだろう。

「さあ、何もかも喋りな。 その代償としてアンタには、この世界で味わえる最高の快楽をあげるよ?」
「た、助け・・・」

 しかし、その視線による呪縛は、来須の差し出した手によって遮られた。

「そこまでだ、ジャニス」

 ようやく視線から開放された柳井は、その場に崩れるようにして突っ伏すと気を失ってしまった。

「何をするかと思えば・・・やめておけ。 相手は表の世界の住人だし、だいいち依頼人だぞ?」
「甘いねぇ。 そいつ、何か隠しているよ?」
「だからといって、相手の破滅願望を逆なでするようなマネを許すと思うか?」
「分ったよ。 けど、私はこいつの破滅願望を増幅はしたけど、それは元から持っていたものだよ?」
「人間なら誰しも持っていると言ったのは、お前だろうが・・・。
それに、そう言うお前はどうなんだ? お前にも破滅願望ってのはあるのか?」

 その言葉に、虚を突かれた表情になるジャニス。
しかし、それも数瞬の事で、その顔にはすぐに意地悪そうな笑みが浮かんだ。

「そうだねぇ・・・時々、思う事があるよ。
もしも、アイツに言いたい事を言って、自分も一緒に死ねたら楽になるかもなぁ・・・ってさ」

 そう悪戯っぽく告げたジャニスに、来須は訝しげに問う。

「デイジーの事か?」
「さあねぇ。 それは言えないねぇ」

 しかし、それに答えるほどジャニスも素直ではなかった。







 気を失った柳井を前にして、来須はジャニスに問いかけた。

「で? 何がおかしいんだ?」
「コイツの事かい?」
「ああ。 何か隠してるんだろ?」
「そうだね。 間違い無いと思うんだよ。
さっきアンタに頼まれた件で、エージェントに会いに行って来たんだ」

 来須は依頼人に会いに行くために、エージェントからの情報を受け取るのをジャニスに任せたのだ。

「それで?」
「やっぱり、今回の被害者には共通項があったよ」
「どんな共通項だ?」
「全員、おかしな夢をみてセラピーを受けてたんだよ」
「夢?」
「ああ。 その夢のせいで、全員・・・自分はある剣士の一族の生まれ変わりだって思ってたらしいんだ」

 それは警察では触れることの出来ない情報だった。
医療関係者には『患者のプラーバシーを守る』、つまり守秘義務という物があるのだ。
それに、精神系医療を受ける患者の秘密を調べるなど、組織の情報収集能力があって始めて可能になる芸当だろう。

「剣士・・・いよいよもって怨恨の線が臭いな」
「そうだねぇ。 裏柳生・・・柳生一族だってんだからねぇ」
「柳生・・・あの柳生谷の柳生か?」
「そうさ・・・徳川の裏方として暴れ回った裏柳生に対する怨念かもしれないねぇ」

 時は遥かな昔。
徳川幕府の二代将軍秀忠、三代将軍家光に仕えし隠密、忍びの一族がいたという。
その名は裏柳生。
 集団戦術に優れた伊賀忍びの技と、柳生新陰流の剣術を組み合わした独自の戦法で徳川の闇の歴史を担ったといわれる。
その基本戦術は、集団による個の殺戮をもって良しとした。

 その最も有名な技が、『虎乱の陣』と呼ばれる技だ。
四人で一人の周囲を囲み、その外側にさらに4人。 計8人によって行われる狂気の戦術。
内側の四人が相手の周囲を時計回りに走り、その外側はその逆方向に回転する。
そして、切り込む瞬間。 その内側の4人は相手の足を狙って切り込む。
その外側の4人は、内側の4人の背を踏み、上から切り込む。
そして、標的は上下計8刀の同時の討ち込みによって、絶命は免れないだろう。
 同士討ちすら辞さない、その切り込みをかわした人間は存在しないとまで言われる必殺の陣。
それは、まさに集団で個人を殺戮するための技であったといわれる。

「裏柳生か・・・コイツもそうなのか?」
「間違い無いよ。 ここ数ヶ月、セラピストのところに通ってる」
「それは、どんな夢なんだ?」
「それはね・・・一人の剣士を巡る話しなんだよ」
「剣士の名は?」
「左門 友矩(さもん とものり)。 柳生 宗矩(やぎゅう むねのり)の妾腹の子でね・・・。
三代将軍家光との恋に生き、親兄弟の面子のために殺された・・・不世出の天才剣士さ」

 それは、かの剣豪にして裏柳生の総帥まで勤めたと言われる、柳生十兵衛の右目を奪った男である。



<続く>