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東京魔人學園SS 妖怪ハンターシリーズ13 作;雪乃丞

永遠の歌姫 《5》






 その施設の奥は天然の洞窟につながっていた。

 その洞窟は、海とつながっているらしく海水の満ちた地底湖になっていた。
どうやらここが例の地下トンネルの出口にあたる場所らしい。
その岸辺で、来須は闇に閉ざされた地底湖に響く大声で呼びかける。

「オーロラ! どこだ! 返事をしろ!」

 その声が聞こえたのか、暫くして岸辺に一人の人魚が姿をあらわした。
しかし、洞窟は闇に閉ざされ、その姿はまだはっきりと見る事が出来ない。
もっとも、人魚のシルエットは独特であるために、見間違える筈もないのだが・・・。
そして、その人魚は美しい声で歌うように問いかける。

「人間のひと。 あなたは、誰です?」
「オレは、魚人どもの敵対者。 ダゴン教団壊滅を望む者だ」
「かれらを・・・滅ぼすと?」
「ああ。 お前を助けるから、その代償としてヤツラの根城に行くための方法を教えて欲しい」
「・・・断ります」
「なんだと?」
「敵対しているとはいえ同じ海の住人です。 仲間を売るわけにはいきません。
そんな事をするくらいなら、私はここで死を迎たいと思います。 さいわい、我が子は逃げ延びました。
もう思いのこす事もありません」

 そう疲れきった声でいうオーロラに、来須は苦渋に満ちた声で答える。

「・・・済まないが・・・シュリアは『まだ人の姿のまま』ここにいる」
「なんですって!」

 その声に動揺もあらわにして、その人魚は近寄ってくる。 そして、その手は我が子を求めて宙をさ迷う。

「ジュリア! ジュリアが本当にそこにいるの!?」

 壬生と来須は、その間直に近寄ってきた人魚の姿を見て、絶句した。
その人魚の美しい顔には無残な切り傷が走っていた。 その目は潰されていたのだ。
おそらくは九流和の仕業だろう。
 全ては、ほかの人魚や人間に目を奪われないため・・・そんな、嫉妬と妄執に狂った老人の所業だった。
いくら回復力が高い生物だと言っても、再生力までは持ってはいない。
失った目は永遠に元通りにならないのだ。
そんな変わり果てた母の姿に、涙を流しながらジュリアは答える。

「オ、オガアザン」
「ジュ、ジュリア?」

 その変わり果てた声に驚きつつも、その手はようやく探り当てたジュリアの顔をなでる。
そして、顔の形でようやく我が子と分ったようだった。
そんなオーロラに、来須は静かに語りかけた。

「人化の秘薬は人魚にとって猛毒と同じだと聞いている。 恐らく・・・咽喉が焼けてしまったのだろう」

 そして、その猛毒に耐えられた者のみが、人の姿になれるのだ。
しかも、その効果は永遠に続くものでもないのだ。 よほどの事が無い限り、服用できる類の薬ではない。
その言葉に、オーロラは僅かにうなずくと、我が子を抱き締めながら問いかけた。

「ジュリア・・・昨夜、海に行かなかったの?」
「ウン」

 そう答えた我が子を無言で抱き締めるオーロラを横目に見ながら、来須は壁にもたれかかってうなだれる壬生に声をかけた。

「青年。 少し席を外してくれるか?」

 そんな言葉に、うなだれた壬生は覇気も無く答える。

「・・・そろそろ、教えてくれませんか?」
「何も聞かずに、言う事聞いてくれんか?」

 その答えに含まれるのは、強い拒絶。 何も教える気はない。 そう言外に告げていた。
その言葉を聞いて壬生は追求を諦めた。 来須は決して意味も無くこんな事をいう男ではない。
それは、短い付き合いながらも、壬生は感じ取っていた。 そういう以上、何か言えない事情でもあるのだろう。

「・・・分りました」

 そう力なく答えると、壬生は来た道を一人でひき返す。
その道中。 壬生はなぜだが、とてつもない疲れに襲われていた。

『なぜ・・・あの親子がこんな目に会わねばならない?』

 その脳裏に浮かぶのは、狂った老人によって子供と光を奪われたオーロラ。
そのやるせない思いと共に、拳が岩肌に撃ちつけられる。

『なぜ・・・あの子は、ここまで・・・不幸にならねばならない?』

 その脳裏に浮かぶのは、母親の為に自分の唯一の宝であった筈の『声』を捨てたジュリア。
再度岩肌に叩きつけられた拳は、血を滲ませる。

『なぜ・・・人は・・・ここまで残酷になれる!?』

 そんな親子の姿は、自分と母親の姿をダブらせたのかも知れない。
だからといって、感じるのは老人の行いへの怒りでも憎しみでもない。
ただ、やるせなかった。
なぜ、人魚という生物は、ここまで自分を犠牲にして誰かの尽くそうとするのか?
それは、あるいは母親のために己の命をもかける自分への問いかけだったのかもしれない。

 そんな思いが、壬生を、ただ・・・疲れさせるのだった。







 ようやく地上に返ってきた壬生に静かに声がかけられた。

「酷い顔をしているね」

 そう声をかけてきたのは、机に腰掛けて服のあちこちから血を滲ませた龍麻だった。
一体、あれから何人の敵を倒したのか・・・その姿は、激戦の跡を物語っていた。

「そう、かい?」
「うん。 何か辛いことがあった。 そんな感じがする」
「キミは・・・いや、いい」
「?」
「それより、礼をまだ言っていなかったね。 助かったよ」
「いいよ。 前は色々手伝ってもらったしね」

 その言葉に、壬生は僅かに口元をほころばせる。
龍麻は、こんな事に巻きこんでも決して恩にきせようとしないのだ。

「それより、何か聞きたい事があるんだろ?」
「なんの事だい?」
「すぐそうやって一人で抱え込もうとするのは、君の悪いクセだよ。 さっき何か言いかけただろ?」

 そういって龍麻は壬生の目を覗きこむようにして直視する。
その真っ直ぐな視線に、壬生は内心『敵わないな』と思いつつも、苦笑混じりに白状する。

「・・・別に対した事じゃないんだけどね。 キミは何か・・・かけがえのないモノのがあるかい?」
「そうだなー・・・仲間かな?」
「それじゃあ、仲間のためなら・・・自分の全てを犠牲にしても良いと思うかい?」
「難しい質問だね」
「だろうね」
「・・・仲間の為ならこの命をかけても良いとは思う。 けど・・・」
「けど?」

 壬生がそう重ねて聞くと、龍麻は苦笑混じりに答えた。

「アイツにこんな事言ったら殴られるよ」
「蓬莱寺かい?」
「まあね。 多分、醍醐も同じだと思う。
みんな仲間の為とはいえ、自分の命を捨てるようなマネは許さないと思うんだ」
「そうかい?」
「うん。 仲間も、自分も生き残る。 そんな方法で無いと許してくれないんだ」
「君達らしいよ」

 おそらく、その通りだろう。 彼の親友はそんな考え方をする人物ばかりなのだ。
しかし、その壬生の言葉を遮るようにして龍麻は言葉を続ける。

「けどさ・・・どうしてもっていうなら・・・」
「命も捨てる・・・かい?」
「いや、オレはそれでも・・・どんな方法でもいいから生き残る道を探すと思う。
これでも、残される者の苦しみは、知っているつもりさ」

 そう龍麻は真面目な顔に悲しみを混ぜて答える。
あるいは、龍麻は親しい人物を亡くした事があったのだろうか?

「・・・」
「命を捨てて何かに尽くすってのは一見潔く見えるけど、そんなに難しいことじゃないと思うんだ。
それはていの良い逃げの口実だよ。 後のことなんて知ったこっちゃないってね。
そんな人は、大抵残された者の苦しみや悲しみなんて事は考えちゃいないんだよ。
本当に大変なのは・・・どんなに惨めな想いをしてでもいいから生き残って・・・。
自分のやった事へ責任を取ることなんだと、オレはおもうんだ」

 その声は、誰に向けられた物なのだろう?
しかし、その静かな言葉には『残された者』の悲しみに満ちていた。
それを感じ取った壬生は、そんな龍麻の否定する生きかたをしている自分の事を彼がどう考えているのか聞いてみたくなった。

「間違ってるのかな? 僕のやってる事は?」

 その恐る恐るといった問いかけに、沈んでいた表情を明るくして龍麻は答える。
それは、彼なりの心使いなのだろう。

「それこそ分らないよ。
参考になるかどうか分らないけどさ。 革命家の人が残した言葉でこんなのがあるよ。
『これらの行いの意義と真価は後世でのみ語られるだろう』・・・ってね。
どんなにズゴイ事をやった人も、やってる時には自分に出来ることを精一杯やる事しかできないんだ。
そして、その行いの意味と、その意義は後世でのみ語られるってね」
「自分に出来ることを精一杯やる・・・か」
「そうだよ。 紅葉は自分に出来ることを、いや、自分にしか出来ない事をやってるんだ。
少なくとも間違ってはいないと思うよ?」
「自分自身、己の行いが正しいなんて思っちゃいないよ。 けど、そう考えると少し楽になったよ」
「そうかい?」
「ああ。 ありがとう、龍麻」

 その言葉に、まるで子供のような笑顔を見せる龍麻。
あるいはこの笑顔が見たくて、自分は彼の仲間になったのかもしれない。 壬生はそう感じていた。

「それじゃ、オレはそろそろいくよ。
正直に言うと、実はまだ事件が片付いてないんであんまりゆっくり出来ないんだ。
明日には帰らなきゃいけない。 それまでに鳴瀧さんにも挨拶しときたいしね」
「そうなのかい?」
「ああ。 これで事件も解決なんだろ?」
「多分ね」

 壊れたドアをくぐりながら、龍麻は背を向けたままで静かに言葉をかける。

「紅葉」
「なんだい?」
「忘れないで。 キミが死んだら少なくとも、キミのお母さんだけじゃなくてオレも泣くと思う」
「・・・」
「オレ達は宿星で結ばれた永遠の相棒なんだからね。
一人で勝手にどっかに行ったり、死んだりなんかしたら許さないよ?」
「覚えておくよ」
「さよならなんて言わないよ。 それじゃあ・・・またね」

 そういうと、龍麻は壬生の前から姿を消した。







 壬生が龍麻と話しをしている頃。

 ジュリアは母オーロラに抱かれて泣いていた。

「ジュリア、なぜ昨夜海にいかなかったの?」
「本当バイクヅモリダッタノ。 デモ、ソゴニ行ッタラ・・・アノオ兄チャンガ泣イテタノ」
「泣いてた?」
「ウン。 アノオ兄チャン、ドッテモ苦ジソウダッダノ」
「あなた、その人の事が好きなのね?」
「ワガンナイ。 デモ、オ兄チャンドッテモ悲シソウダッタノ。 元気ニナッテ欲シガッタノ」
「お前って子は・・・本当に優しいわね」

 その背をやさしく撫でながら、オーロラは来須に向かって語りかける。

「人間の方」
「なんだ?」
「お願いがあります」
「・・・この子の呪いの解呪なら無理だぞ」
「いいえ。 そんな無理はいいません。 人化の呪いは昨夜の満月の光を海で浴びることでのみ解ける物。
すでに、この子は助からない・・・それは分っています。 しかし聞いて欲しいのです。
私の知るすべてをお教えしますから、この子の想いを遂げさせてあげて欲しいのです」
「それはあの青年次第だがな」
「方法はお任せします」
「まあ、努力はしてみる」

 その言葉を聞いたオーロラは、目を伏せると静かに語り出した。

「彼らのダゴンの民の根城は、この地から遥か北。 私の産まれし地、オーロラの舞う氷の大地の奥深く。
そこに辿りつくには・・・」

 そしてオーロラは来須に己の知るすべての情報を語って聞かせた。

「・・・これが、わたしの知るすべての情報です」
「分った。 協力を感謝する。 ここから逃げるのなら鉄格子を壊すが?」
「いえ・・・どの道、今の私では海にまで辿りつけはしないでしょう。
その代わり、私をこの子と二人きりにしてください」
「分った」

 そういうと、来須は壬生の後を追うかのように、その洞窟を後にした。

「ジュリア、おなたはあの人や一緒にいた人にお世話になったのですね?」
「ウン。 デモ、何モ恩返シジテアゲラレナイノ」
「アナタの恩返しに、私が手を貸してあげます」
「オカアサン?」

 その言葉を聞いたオーロラは、我が子を抱きしめると、ゆっくりと言葉を・・・唄をつむぎだす。
それは彼ら人魚の使う魔法であったのかも知れない。

「我らが神、海神様に願い奉る。 我が命をもって今ひとたびの奇跡を起こさんことを・・・。
復活の奇跡を我が子、ジュリアの身におこしたまえ・・・」

 そう歌うように唱えた、オーロラの体から柔らかで暖かい光が溢れだす。
その光を浴びたシュりアは、劇薬である人化の秘薬のせいで焼け爛れた己の咽喉が癒されるのを感じていた。
そして、その光が弱まるのとと同時に、母の体から力が抜けていくのも・・・。

「お、おかあさん!」

 その声は、今までのようなダミ声などではなかった。
それは、まさにオーロラ譲りの美しい美声。 まさに伝説の人魚ローレライもかくやといったものだった。

「ジュリア、忘れないで。 私達の行き様は・・・愛に殉じる事を至上とするということを」

 そう弱々しく告げたオーロラの体からは、どんどん力がぬけ、その体は水に還っていく。

「おかあさん! おかあさん!」
「悲しまないで。
海神様の元で、アナタが想いを遂げて・・・笑顔でやってくるのを・・・コロナと一緒に・・・待っています」

 そう言い残して、オーロラは母なる海につながるこの薄暗い洞窟でその数百年にも及ぶ長い生涯を終えた。
愛娘ジュリアに己の全てを捧げて・・・。







 龍麻が後にした部屋で、来須達の返りを待っていた壬生に、返ってくるなり来須は厳しい声で告げた。

「青年。 話しがある」
「なんです?」
「お前は、何も知らないで幸せになるよりも、全てを知って苦しむ方が良い。 そういったな?」
「はい」
「それは今も変わらんか?」
「無論です」
「なら、お前に教えておくことがある」
「・・・ジュリアの事ですか?」
「予想していたか?」
「推測ですが・・・何か隠している。 そんな感じはしていました」

 それは昨夜、ジュリアから事情を教えてもらった時からずっと感じていた事だった。
そう答えた壬生に、来須はその故意に隠されていた項目を教えた。

「あの子に残された時間はもうわすかしかない」
「残された時間?」
「ああ。 あの子は自分の命を削って人の姿をしている」
「・・・なぜ?」
「お前のためだ」
「な!?」

 その言葉に驚愕の声を上げた壬生に、来須は苦笑混じりに言葉を続ける。

「勘違いするな。 別にお前を責めてる訳じゃない。
ジュリアはここから逃げ出すために、自分に人の姿になる呪いをかけたんだ。 人化の秘薬という薬を飲んでな。
それは元の姿に戻らない限り解けない」
「だったら・・・」
「人魚の姿には、もう戻れないんだ」
「本当に?」
「ああ。 昨夜海の中で満月の光を浴びれば・・・元に戻れたかもしれないそうだがな。
今となっては全ては手遅れだ。 あの子も昨日まではそうするつもりだったんだ。
しかし、そこでお前に出会ってしまった。 お前と出会ったのがあの子の不幸だったんだ。
お前・・・海を見て泣いてたそうだな?」

 その言葉に、バツが悪そうに壬生は答える。

「・・・悪いですか?」
「そんな悲しみを感じていたお前を・・・あの子は何とかして助けたかったんだそうだ」
「・・・」

 その言葉に、壬生は何も言えなくなる。
そんな優しさを持って自分に近づいたジュリアに、自分は何と答えただろうか?
最初は強い拒絶。 そして・・・次は、ゲスな勘ぐりと自分勝手な勘違い。 そして最後にはやはり拒絶。
それでも、ジュリアは自分に対してどこまでも優しかった。
最終的にジュリアを信じて協力することになったが、それは目の前にいる来須のおかげであった。
今も、来須が教えてくれなかったら、自分は永遠に、あの時のジュリアの真意に気付かなかっただろう。
そう思うと、壬生の心はジュリアに対する申し訳なさで一杯になるのだった。

「まったく・・・人魚ってのはなんでもっと自分勝手になれないんだろうな?
とにかく、そんな訳であいつは、自分に残された時間をお前の側で過ごす事を選んだ。
無論、諦めかけていた母親を助ける手助けが得られるかもしれないって期待もあったんだろうがな。
だが、それはその日の夜にオレが解決してやることを約束した。
もう心残りはない。 そう考えたのかもしれんな。
まったく・・・生き急ぐモノが人だと言うが、あいつらは死に急ぐモノってやつだな」

 その来須の苦笑混じりの言葉に、壬生はなぜか不快感を感じる。

「愚かだと・・・思いますか?」
「わからんよ。 生き方ってのは色々だ。
ひたすら金儲けをするために生きているヤツもいれば、何も生きる目標ってのを持たないヤツもいる。
お前みたいに、母親の為にその命を賭けるってヤツもいれば、オレみたいに復讐の為に生きてるヤツもいる。
九流和みたいに愛した者を失いたくないっていう一心で人の道を踏み外すヤツもいるしな。
人の生き方ってのは・・・人の数だけあるんだ。
救いたいと願った相手の為にその命を捧げるってのも、そんなに悪い生き方でもないだろうさ」

 その苦笑はあるいは自分に向けられたものだったのかも知れない。
そう感じた壬生は、あの時の言葉の真意をようやく理解した。
来須は自分とジュリアを似ているといった。
それはあるいは、自分達3人は似ていると言いいたかったのかもしれない。
その生き様は、自分の為でなく誰かの為に。 そんな生き方しか知らない者同士だったのだ。

「なんで・・・もっと自分勝手になれないんでしょうか?」

 その言葉は、ジュリアだけでなく自分自身と来須に対してのものだった。

「それが、人魚の生き方ってやつなんだろうさ」
「不器用ですね」
「まあな」

 その言葉に含まれた真意を汲み取ったのか、その言葉は苦笑が含まれていた。
そして、それは自分達にも言える事だった。 それは、死ぬまで変わらないのだろう。
そう言葉を告げると同時に、隠し扉を通ってジュリアが戻って来た。

「お兄ちゃん!」

 そういって、涙を流しながら胸に飛び込んできたジュリアを受けとめた壬生の姿を見ながら、来須はその部屋を後にする。

「最後まで一緒にいてやるんだな」

 そう言い残して。

「これから、どうするんですか?」

 その背後にかけられた言葉に、来須は振りかえることもなく答える。

「これからオレは北の大地で魚人どもと戦争だ。 命があったらまた会える事もあるさ。 元気でな青年」

 この事件が片付いても、彼の戦いはこれから本番を迎えるのだった。







 その日。 街の名士として有名な九流和の家は火災で全焼した。
その火災の規模は大きかったが、焼け跡からは一人も死者がみつからなかったそうだ。
しかし、その家の持ち主である九流和本人は行方知れずになっている。

『行方知れず・・・か。 まあ一般にはそういうことになるんだろうな』

 壬生は、そんなTVのニュースを編物をしながら見ていた。
あの後、壬生の胸で泣き疲れたジュリアは、そのまま眠ってしまったのだ。 恐らく疲れていたのだろう。
そのジュリアを背負って壬生は宿に帰ってきていた。

 そこに布団で横になっているジュリアが声をかけてきた。

「お兄ちゃん」
「目が覚めたのかい?」
「うん」
「ゴメンね」
「なんで謝るんだい?」
「だって・・・ここまで運んでくれたんでしょう?」
「大した事じゃないよ」

 その脳裏には、来須の残した言葉が今でも残っている。

『最後まで一緒にいてやるんだな』

 壬生自身、もうすぐ死を迎えることになる目の前の少女にどう接していいのか分らない。
しかし、それを黙っていたジュリアの思いだけは尊重しよう。 そう決めていた。

「咽喉が治ったんだね」
「え? う、うん。 お母さんが直してくれたの」
「よかったね」
「う、うん。 それでね・・・何かお返しをしてきなさいって」
「お母さんが?」
「うん。 それが済むまで帰ってきてはダメって・・・言われちゃった」

 そういって、ジュリアは外を眺める。
その視線の先にあるのは、月明かりに照らされた夜の海。
その海にジュリアの母オーロラが眠る事を、壬生が知るはずもなかった。

「海に行ってみるかい?」
「・・・そうだね。 これ持って行っていい?」

 そういってラジカセを手にするジュリア。

「それを、どうするんだい?」
「私に出来るお返しって考えたら一つしかないの」
「お返し?」
「うん。 歌をプレゼントさせて欲しいの」
「歌・・・か。 いいのかい?」
「うん」

 そういうと、布団から出てラジカセを手に部屋をでようとする。
その時、足がもつれたのか、倒れそうになったジュリアを咄嗟に壬生がささえる。

「まだ寝ていた方がいいんじゃないかい?」
「う、ううん・・・どうしても今夜海にいきたいの」

 その額には僅かに汗が浮かんでいた。
そんなジュリアの額に手を当てた壬生は、その額が熱を持っていることに気付く。

「熱があるじゃないか」
「・・・でも・・・どうしても海に行きたいの」

 そのすがるような視線に、壬生はため息混じりに答える。

「わかった。 でも、そこまで歩いていっては体に悪いだろうから背負っていってあげるよ」
「・・・うん」

 そうして、壬生はジュリアを背負うと。夜の闇に包まれた街を浜辺まで歩いていく。
その道中。

「お兄ちゃん」
「どうしたんだい?」
「お兄ちゃんは、どうしてこの街に来たの?」
「・・・どうしてだろうね。 忘れてしまったよ」

 壬生はこれまで、自分が何を求めてこの地にやってきたのか思い出さないようにしていた。

「結局は・・・同類ってことかな」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
「へんなの」

 そう・・・人魚の生き胆を探しに来た自分は、結局は九流和と同類なのだ。
あの施設の中で九流和の狂気に触れた壬生は、自分がどこまでも自分勝手な考えをしていた事を思い知らされた。
結局は、人間はどこまでも欲深く自分勝手な生物なのだろう。

「すまない」

 そう思わず謝罪した壬生に、背後の少女は首をかしげるだけだった。







 夜の闇に包まれた浜辺はどこまでも静かだった。

 そこは、人工の光の溢れる街から遠く離れた浜辺。
壬生はジュリアに指示されるままに、街外れのある静かな浜辺を訪れていた。

 周囲に聞こえるのは波の音だけ。 そのゆっくりと繰り返される波の音は、どこまでも優しい。
その海を彩る夜空に散らばる無数の星と、柔らかい光を投げかける月。
そこには太陽の光の中では決して感じられないであろう、そんなある種の安らぎが満ちていた。

 そんな安らぎを感じながら、壬生は背後の少女に静かに問いかける。

「これを見せたかったのかい?」
「うん。 ここは私が小さい頃、育った場所なの」
「良い場所だね」
「私もここは大好きなの。 昼間より、夜の方が綺麗なんだよ」

 そういうと、壬生の背中から降りたシュリアは、ゆっくりと波打ち際まで歩いて行く。
そして、その場に座ると、遥か彼方に視線を向ける。
その視線の先にあるであろう、自分達の故郷を思い出しているのかもしれない。
そんなジュリアの近くに、壬生も腰掛けながら、ゆっくりと問いかける。

「ニライカナイってのは、どんな場所なんだい?」
「ここからずっとずっと遠くにあるの。
そこは・・・緑色の透き通った海で、その海はどこまでも遠くまで見渡せるの。
その海は色んな魚がたくさん泳いでいてね。 いつまで見ていても飽きないよ。
私も、始めてそこにいった時は、何日も海を眺めていたな・・・。
でも・・・一度でも同じ光景って、なかったよ。
多分、人のいう楽園ってやつだと思う。 みんな楽しそうに笑っているの」
「綺麗な場所だったんだね」
「うん。 凄く綺麗な場所。 珊瑚が綺麗でね。 いろいろ作ってもらったの」
「珊瑚で?」
「うん。 珊瑚で作った髪飾り。 私の宝ものだったな」
「それは?」
「親友になった子にあげちゃった」
「・・・」

 そして、その親友とはもう会えないままに、この子は短い一生を終えるのだろう。
そう思うと、不憫でしょうがない壬生だった。

「お母さんも、そこにいたら幸せなままだったのかな?」

 その問いを発したジュリアの顔は、壬生からは見えない。
しかし、決して笑ってなどいないであろうことを壬生は感じていた、

「どうだろうね。 でも、こうしてキミと出会えた事は感謝すべきなんだろうね」
「・・・」
「君の母親はなにも悪くない。 悪いのはいつでも人の方なのさ」
「・・・ありがとう」

 そう答えると、ジュリアはラジカセを手にして告げる。

「それじゃあ、今から歌を歌うから、静かにしていてね」
「わかったよ」

 そして、録音ボタンを押すと、ジュリアは静かに歌い出す。
その澄んで、複雑な音を持つ歌は人の声では絶対に歌えないであろう。
そこに混じる優しい波の音。
それはどこまでも複雑で美しい。 まさに、偉大な自然そのもの。
あるいは母なる海を表現するかのような・・・そんな歌だった。

 壬生は、そんな歌に、ただ心が安らいでいくのを感じ、その目を閉じる。

 聞こえてくるのは、どこまでも優しい波の音と、心に染み渡るジュリアの美声。
そして・・・その声は、悲鳴に変わった。

「キャアア!」
「な!?」

 その悲鳴に驚いて目を開けた壬生の視線の先には、紫の鱗を斑に張りつけたピンク色の脈動する生物。
どこまでも、醜い不快な色の魚人。
その足ともには、肩から血を流し痛みにうめくジュリアが倒れていた。
その魚人は、その鋭い爪についた血を舐め取ると、耳障りな声で告げる。

「ギャギャギャッ。 お前の声は本当にオーロラに似ているなぁ〜」

 その声は、地下の施設で死んだはずの九流和のものだった。

「貴様・・・生きていたのか」
「ワシは生まれ変わった。 みろ、この体を。 ワシはもう老いる事はない。 永遠の時を得たのだ」
「・・・どうして、そこまで生にこだわる?」
「もう死と老いによって、愛する者を失う心配はない。 この子は貰って行くぞ。
オーロラの子ならワシと一緒に生きる事もできるだろう」
「・・・愚かな」
「なんじゃと?」
「愚かだといったんだ。 お前は自分の姿を見たことがあるのか?」
「知ったことか。 醜い姿など、相手に見えなければなんの問題もないのだ」
「貴様・・・この子からも光を奪うつもりか!?」
「ギャギャギャ」

 その醜く笑う魚人に一歩踏み出そうとした壬生の足は、魚人の一言で止められる。

「お〜と、動くなよ。 お前はそこでこの子が連れ去られるのを黙って見ておれ」

 そのねじ曲がった爪は、ジュリアの咽喉に当てられていた。

「くそっ・・・」
「ギャギャギャ、悔しいか? そうでなくては面白くない。
もっと面白い事を教えてやろう。 ワシは目覚めてすぐにあるモノを食った。
残さずな。 それがなにか・・・わかるか? 若造?」
「・・・まさか・・・」

 その青ざめた壬生の顔に、嬉しそうに高笑いをあげる魚人。

「そうだ! コロナどもだ! 美味かったぞ! 人魚の肉は!」

 その言葉に、静かに涙を流すジュリア。
そして、魚人はジュリアの腕を掴むと海に向かって一歩を踏み出そうとして・・・バランスを失って倒れた。

「あん?」

 いぶかしげに、自分の足を見る魚人。 その足は、脛の部分から先がなかった。

「ギャア!」

 その悲鳴と共にジュリアを放り出して、足を押さえてのたうち回る魚人に静かに声がかけられる。

「鎮魂歌を聴くがいい」

 そして、魚人の全身に絡みついた毛糸は、その体を無数に分解した。



<続く>