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今夜の番組チェック

東京魔人學園SS 妖怪ハンターシリーズ13 作;雪乃丞

永遠の歌姫 《3》






 壬生は、深夜のコンビニで、ノートとシャーペンを買いながら、記憶を整理していた。
このノートとシャーペンはジュリアとの会話に使用する。
それ以外にも、自分の考えをまとめるのにも使えるだろう。
そして、会計を済ませると、側にいなくなっていたジュリアの姿を探した。

「ジュリア?」

 そうして、壬生はミネラル・ウォーターのペットボトルを欲しそうに眺めるジュリアの姿を見つけた。

「ジュリア、それが欲しいのかい?」

 その声に、僅かに頬を赤く染めてうなずく。 緊張でもしたのか、咽喉が乾いたらしい。

「分った。 欲しいだけ持っておいで」

 そういって、壬生はペットボトルを二本抱えてレジへ向かう。 その内、一本は自分用である。
その後には、両手で大切そうにペットボトルを1本抱えるジャリアの姿。

『母親が海の魔物っていってたからな。 それで、地上では咽喉が乾くのかもしれない』

 そう考えると、ジュリアが咽喉が乾くのは分るのだが、声の事が分らなくなる。
先ほどの話しを総合すると、人魚の母を持つジュリアは人魚の子供のはずだ。
人魚ってのは美しく歌う事の出来る種族のはずではなかっただろうか?
まあ、セイレーンほどではないかもしれないが・・・。
人にも色々いるように人魚にもいろいろいるのかも知れない。
そう考えると、コンビニを出たところでジュリアにノートとシャーペンを渡した。

「これに、話したい内容を書くといい。 咽喉が痛いんだろう?」

 ジュリアは声を出すたびに顔をしかめていた。 もしかすると、咽喉を痛めているのではないだろうか?
そう考えての事だったのだが・・・。
ジュリアは、その気遣いに笑顔を浮かべて、さっそくノートに言葉を書きこむ。

「ありがとう。 この恩は決して忘れません」
「いいんだよ。 ボクにはどうする事も出来なかったんだ。 感謝するんなら来須さんにするんだね」
「それでも、私はあなたの事を忘れない。 勿論、来須さんの事も忘れない」
「なんだが、死んだ人の事を話してるみたいだ」
「無事だといいね」
「大丈夫。 きっと平気だよ」

 二人のそんな奇妙な会話は何の不自由も無く続いていく。
数時間前とは、二人の精神的な距離は大きく異なっていた。
それは会話の節々にあらわれているが、恐らく互いに自覚してなどいないだろう。
なにはともあれ、壬生は何の不安もなくシュリアに関われるようになったし、シュリアも安心して接していられる。
その姿は、仲の良い兄弟のようでもあるし、見ようによっては・・・恋人同士にすら見えるかも知れない。
 そして、二人はなんでもない会話を続けながら、壬生が予約を入れていた高台にある宿に辿りついた。
この宿の売り物は、温泉と風景。 夏になれば海水浴客が部屋を埋め尽くすのであろう。

「ここからなら、九流和の家も見える」

 部屋の窓からは、この街の風景が一望できる。
そんな風景の中でも、その一角は異様な雰囲気をもっていた。
そんな難しい顔をして、遥か彼方の屋敷を眺める壬生に、ジュリアのノートが差し出される。

「全てを書いておくから、温泉に入ってきて」

 そのノートの言葉に、壬生は苦笑を浮かべて答える。

「そのへんの事情は別にいいんだ。 助け出すのは来須さんに任せておけば大丈夫さ」
「それだけじゃないの」
「どういう事だい?」
「お母さんは、自殺するかも知れない」
「難しい・・・話しだね」
「だから全部書いておきたいの。 一緒に説得して欲しいの」
「・・・わかった。 けど、一人でいるのは危険だ。 魚人の狙いは来須さんだけじゃないかもしれない。
あの会話を聞かれた以上は、キミもボクも危ない」
「いつも一緒?」
「そうだね。 なるべく二人でいたほうが無難だと思う」
「迷惑じゃないかな?」
「大丈夫。 これは自分自身納得できる仕事だよ。 何としても守り抜いてみせる。
それが、不甲斐ないボクに出来る精一杯の事だし・・・便宜を図ってくれた来須さんへの恩返しにもなるのさ」
「ありがとう」

 そう書いて見せるジュリアの頬は、なぜか赤く染まっている。
ずっと一緒にいるというのが、人魚にとって特別な意味を持つ言葉だと壬生が知る筈もない。
しかし、鈍感というかそんな感情を持ちあわせているのかどうかすら妖しい壬生は、その事に気付かない。

「まあ、来須さんの言葉を鵜呑みにすれば決行は数日後だと思う。 それまでに全部教えて貰うよ」
「はい」
「それじゃあ、寝る前に温泉に入りにいこう」
「?」
「ボクが外で監視しておくから安心して欲しい。 潮風に吹かれて気持ち悪いだろう?」

 確かに、一日中潮風の吹く街でウロウロしていたせいで体がベタついてはいる。
寝る前にさっぱりしたいと考えるのは、間違ってはいないだろう。
おそらく本人も良かれと思って、たいした意味もなく言っていると思われるのだが・・・。
そして・・・。そんな事を勘ぐらないのか、ジュリアは平気でOKを出した。

 そして、十分後。
浴衣に着替えた二人は、温泉の前で固まっていた。 いや、正確には壬生が固まっていた。
 その視線の先には、たった一つしかない入り口。
つまり・・・分れていないのだ。 男湯と女湯に。 端的に言うと『混浴のみ』。
しかも、脱衣所からはツイタテ一枚で区切られた先に湯気をあげる温泉がある。
たいして大きくも無いこの宿なら、こんなパターンもありなのかも知れない。
・・・が、こんな事を予想していなかった壬生は困っていた。

「・・・どうする?」

 それでも困惑する壬生を、ジュリアは引っ張って行く。
どうやら、どうしても温泉に入りたいらしい。
それはいいのだが・・・。

「ジュ、ジュリア。 ボクはここで待っているよ」
「?」

 なぜか今度はジュリアの方は困惑していた。
そして、ここまで持ってきていたノートになにやら書きこむ。 そこには・・・。

「一緒に温泉に入ろう? 私もその方が安心できるから」
「・・・キミはボクと一緒に入る事が気にならないとでもいうのかい?」
「全然」
「・・・ボクは気にする」
「大物の魚人は塩水を通って移動出来る能力があるって聞いたことがあるの。 側にいて欲しいの」
「温泉は、塩水じゃないと思うけど?」
「でも、塩分濃度が高いって書いてあるよ」

 そこには、温泉の効能と特徴を書いた板があった。
そこに書かれた内容は・・・。 お湯は濁り湯。 その上、塩分濃度は海水の数倍。 たしかに、塩水だった。

 そうして、もめること十分後・・・。
白っぽく濁った熱い塩水につかりながら、壬生は背中ごしに聞こえる声に答えていた。

「ギモヂイイネ」
「・・・そうだね」
「温泉ッテ、始メデ入ルノ」
「・・・そうか。 よかったね」
「ネエ、ナンデゴッヂ向カナイノ?」
「色々あるんだよ。 そう色々とね」

 どうやらジュリアの感性は人とは少し違うらしい。 恐らくは育った環境のせいであろう。
人魚の母と共に育ったのだとすると、その母親が服を着ていたかどうかは非常に妖しいと言わざるえないだろう。
そんな環境で育ったのだから、肌を人に見られること自体は、何も感じないようだった。
人の世界にくるのに必要だからという理由で、服を着ているに過ぎないのだろう。
しかし、壬生はそんな環境では育ってはいない。 やっぱり恥ずかしいのだろう。

『無、無、無、無、無』

 そんな壬生は、今でも交流のある忍者という変わった仕事?をしている人物の座右の銘を唱えていたそうな。







 ジュリアの濡れた髪を丹念に乾かしながら、壬生はこれからの事を考えていた。

 まず、母親説得の為にもすべての事情と情報を聞いておく必要はあるだろう。
その上で、時期を待つ。 その時に備えて準備だけは、しっかり整えておかないと・・・。
後は・・・魚人の襲撃に備えるって程度か。

 髪が8割方乾いた頃に、ようやく考えがまとまった。
そんな時、ジュリアは壁に張られたポスターを見つけていた。
そして、ノートを取り出すと・・・。

「昔、お母さんによくあんな風にしてもらったの」

 その視線の先は、三つ編みの女のコのポスター。 手には生ビールをもっている。

「・・・三つ編みにしたいのかい?」
「うん。 でも難しいから良いの」
「その程度なら簡単な事だ。 ボクでも出来るよ」

 そう苦笑を浮かべると、手先の器用な壬生は腰まである長い髪を、あっという間に三つ編みにしてしまった。
案外、美容師とかも出来るのではと思えるような、そんな見事な手際であった。
ちなみに簡単とか言っているが、実際やるとなるとかなり難しい技なのではないかと思われる。

「すごーい!」

 そんな言葉を書いたノート片手に鏡の前で、綺麗にまとめられた自分の髪を嬉しそうに眺めるジュリア。
今まで長過ぎる感のあった長髪も、綺麗にまとめられていれば、やはり見栄えが良い。
壬生が自分の作業の結果に何点をつけたかは不明であるが、満更でもないその表情をみるに、結構良い出来らしかった。

「部屋に帰ったらキチンとリボンとかで止めないとね」

 ちなみに今は、浴衣から抜き取った数本の糸で簡単にとめてあるだけだ。
派手に動くと折角まとめた髪もばらけてしまうだろう。
このへん、普通の男性とたいして変わらないかもしれない。
几帳面で細かそうでも、結構大雑把なところもあるようだった。

 そうして、風呂を終えて部屋に戻ると、ジュリアはノートにひたすら今までの事を書き始めた。
そんなジュリアを尻目に、浴衣から普段着に着替えた壬生は窓の外、九流和邸を眺め続ける。
そして、静かだが、安らぎのある数時間があっという間に過ぎた。

 夜も更け、時計の針は12を指そうとしている。
部屋の外を飽きる事無く眺めていた壬生は、安らかそうな寝息によって現実に戻っていた。
苦笑を浮かべると、その布団の上に乗った状態で眠ってしまっているジュリアにちゃんと布団をかけてやる。
そして、書きかけらしいノートを手に、窓辺の椅子に座ると読み始めた。

 ペラペラとページをめくること数十ページ。
どうやらここが始まりらしい。 なんの脈絡もなかった言葉の羅列から、突然意味のつながった文章になっていた。

『私のお母さんの名前は、オーロラ。
北極のオーロラの下で生まれたからそう名乗っていると聞いた事がある。
私はお母さんが百数十年前に出会った人間との間に産まれたのだそうだ。
そのころの記憶はほどんないけど、きっと幸せだったんだと思う。
だって、私の覚えている一番古いお母さんの顔は笑っているから。
でも、最近のお母さんの顔にはあまり良いものはない。
お母さんの顔も疲れた顔か、泣いている顔しか見たことないから。
いつかきっと、二人で楽しく海の中でイルカさん達と遊べる日が再びやって来ると信じたい』

 壬生は、そこまで読むと安らかそうに眠る少女に向かって心の中で問いかける。

『似たもの同士・・・か。 来須さんは結局この子のことについては何も教えてくれなかったな』

 そうして、ノートの次のページをめくる。

『私と、お母さんが九流和って人に出会ったのは、いまからもう何十年も前の話しだ。
あの人は、若い頃はそれはハンサムだったとお母さんは言っている。
きっと本当の事だったんだろうと思う。 もっとも、今はもうヨボヨボのおじいちゃんだけど。
そんなだけど、昔は優しくて強い人だったらしいのだ。
私も子供の頃に優しいおじちゃんに遊んでもらったことがある。
もしかして、あれが九流和って人だったんだろうか?
今のようにヒトデナシになったのは、いつの頃の話しだったんだろう?
ある時期を境に、おじちゃんは鬼になった。
今まで出入りに使っていたトンネルの出口に鉄格子を取りつけてしまったのだ。
それ以来、私達はその地底湖から出れなくなった。
そして、九流和って人は、私の妹コロナをどっかにつれていってしまった。
コロナは昔よくお母さんに会いに来ていたおじちゃんとの間に生まれた子供だと聞いている。
それ以来、私はコロナとは会っていない。
今も生きていれば、私と同じくらいになってると思う。
私達は人よりずっと遅い速度で成長するのだがら、きっと今は・・・』

 淡々と書かれているが、その内容は結構悲惨なものだった。
どうやらジュリアは、九流和の事をコロナという妹の父親だとは信じていない、いや信じたくないようだ。
まあ、それも当然かも知れない。 何よりも自由と愛に生きる事を至上とする彼らを閉じ込めたのだから。

『とてもそんな過去があるとは思えないな』

 そんな壬生の思いは、安らかそうな顔で眠るジュリアに注がれている。
そこで、一息つくためにコップにコンビニで購入したペットボトルのミネラル・ウォーターを注ぐ。
ミネラル・ウォーターは既に3本中一本が空になっていた。 いくらなんでもこの量は飲み過ぎだろう。
よっぽど咽喉が乾いているのだろうか? それともこれが普通だというのだろうか?
まあ、水くらい幾らでも買えるし、いざとなれば水道の水もある。 どうにかなるだろう。
そうため息まじりに考えると、読みかけのページに視線を戻した。

『・・・きっと今は人でいうと10才くらい。
私もコロナにもう一度会いたいな。
お母さんはきっと海の神様が守ってくれるってゆってるけど。
その顔はいつも言い難い話しとか、ウソを言う時にうかべるものだった。
もしかすると、お母さんにはコロナがどうなったか分っていたのかも知れない。
でも、もしも生きているなら、もう一度でいいから会いたいな。

その日から何日もたって、私達を逃がすために仲間の人魚が来てくれた。
でも鉄は固くてとてもではないけど逃げ出したりできなかった。
その代わり、その人魚は私達に薬をくれた。 これで逃げられると聞いた。
でもお母さんはそこから逃げなかった。
多分、いつかコロナが帰ってくるって信じていたのかもしれない。
その日から何日かたって、九流和って人は、ある日私も連れて行こうとした。
それをお母さんが、必死になって助けてくれて、私はそこから逃げ出した。
逃げ出してからもう1ヶ月がすぎようとしている。 あの薬の効果もあとわずか。
薬の副作用で(この間は塗り潰されている)なる前に、お母さんにあいたいな・・・』

 そこで話しは終わりらしい。
段々と自分の心情描写が増えていっているのが、その出来事がそう遠くない過去にあったことだというのを示している。

『はやく、お母さんにあいたい・・・か。 早く会わせてやりたいな』

 壬生はそう素直に感じていた。
自分はまだ時間許す限り母親と一緒に居られる。 それに比べて、この子は・・・。
そう考えると、一刻も早い来須からの合図を祈るのだった。







 窓の外の闇に包まれた町並を眺めながら、壬生はずっと悩んでいた問題を自分なりに考えていた。

 この話しには何か大きな事項が、故意に書かれていない。 そう感じているのだ。
それは、あくまでも壬生の勘にすぎない。 あるいは考えすぎなのかもしれない。 しかし・・・。

『消された形跡のある個所が気になる。 薬の副作用・・・不穏な言葉だ』

 昔は優しかった、九流和。 いつの頃からか、その男は父親で無くなった。
逃げるのに使ったという薬。 その効果は不明、副作用も不明。 ただし、効果はあとわずか。
そして、地底湖の出入り口と、そこにはめられた鉄格子。
 その場所には・・・海に通じるトンネルがあり、ジュリアの母親オーロラと、義理の父である九流和がいる。
あるいは、妹のコロナも・・・まあ、生きていればの話しだが。

 それが、ジュリアの書いた話しの全貌だ。
そんな断片的にかき集めた情報には、特におかしい個所は見当たらない。
しかし、今一つ腑に落ちないのだ。
大切な・・・完成に必要な重大なピースが欠けている。 そう感じるのだ。
そんな思い悩む壬生の視線は、ジュリアに注がれたままだった。

「キミは・・・一体、何を隠しているんだい?」

 思わずそう呟く。 しかし、熟睡しているジュリアにそう問いかけても意味が無い。
返って来るのは安らかな寝息だけだった。
それを苦笑混じりに眺めて、壬生は自分も布団に横になると、電気を消して闇に包まれた天井を眺める。

『そう。 ジュリアは何か・・・大切な事を黙っている』

 壬生はそう確信していた。

『・・・ジュリアの母親は人魚。 ジュリアも当然、人魚なのだろう。
しかし、今は人間の姿をしている。 これはどういう事なのだろう?
ジュリアは人魚としては規格外な部分が多いように思える。
第一に、人の姿をしている人魚がいるのか? まあ、そうでないと地上では生活出来ないのだろうが・・・』

 そこまで考えた時、壬生の脳裏に、一人の人魚の話しが浮かんだ。

『人魚姫・・・そういえば、人魚姫も人間の姿になるタメに薬を飲んだ』

 闇の中で、壬生の脳裏をかすめるのは、その人魚姫の使った薬の事だった。

『たしか、あの話しに出てきた薬も30日で効果がきれるんじゃなかったか?
いや、あれは所詮おとぎ話し。 信憑性なんてものを求める方が間違ってる』

 壬生はそう考えると、その突拍子もない考えを捨てた。
第一、あんなおとぎ話しの人魚とシュリアを同一視するのは間違っているだろう。
そう考えての事なのだが、それは人魚姫の末路を思っての事だったのかもしれない。

『後は、あの声か・・・。
声は何か理由があって、あんな風になったのだろう。 先天性の物だとは、どうしても思えないしな。
美しい声を無くすってことは、人魚にとって耐え難い苦しみだろう。
それに耐えているだけでもジュリアは立派だ。
しかし、魔物という生物は人より優れた回復力をもっている生物だと思ったが・・・。
まあ、まだ出会って一日しかたっていないしな。 今の状況が永遠に続く訳ない』

 そこまで考えた時、壬生は苦笑混じりに今の状況を省みた。

『そうか・・・まだ出会って一日過ぎてないんだな』

 なんだが、夕方から今までの時間が数週間分にも匹敵しているような・・・そんな気分を味わっていた。
この子は不思議な子だと思う。 いや人魚に惹かれる人間の心もわかるような気がするのだ。
声を失った上に人の姿をしていても、これなのだ。
本性の美しい姿と、声で出会ったら・・・十中八九、自分も魅了されていただろう。
しかも、人魚は人間に恋する事が多いように感じる。
それは、人魚姫もそうだし、オーロラもそうだ。 短命の人間相手だから、あそこまで惹かれるのだろうか?
そして、その結末はいつも悲劇が待っている。 人魚姫は水になり・・・オーロラは幽閉された。
それは人魚が悪いのだろか? それとも人間が悪いのだろうか?

『なんで九流和は人が変わっでしまったんだ?』

 こればっかりはいくら考えても分らない。 話しをする機会があれば・・・聞いてみたいものだ。
そうして闇の中で天井を眺めているうちに・・・壬生は眠りに落ちたのだった。







 翌日。 部屋に荷物が届けられた。

 中身は不明だが、壬生には少なくとも荷物が届くように手配した覚えはなかった。
届けにきた仲居さんに聞いてみる。

「なんです? これ?」
「御存知ないのなら、前のお客さんの物かもしれないですね」
「前のお客?」

 壬生の問いかけに、その仲居は声を低めて答える。

「ええ・・・お客さんが来る3日前まで他の人が泊まってたんです。
それで・・・言い難い話しなんですけどね、前のお客さん、行方不明になったんです」
「物騒な、話しですね」
「そうですね。 しかもその人の御家族まで行方が知れなくなってて・・・」

 それはどこかで聞いたことのあるような話であった。

「ここ数年で何回も似たような事件が起こってるって・・・警察の人も不思議がっていました」
「そうでしょうね。 確かにおかしな事件ですから。 でも・・・もう起こりませんよ」
「・・・そうでしょうか?」
「そんな珍しい『偶然』何度も起こるはずないですよ」
「そうですね。 それじゃ、これどうします?」
「まあ、一応中身確認します。 もしかすると知人からの物かもしれないんで」
「そうですか? それじゃあ、不要なものならゆってください」
「わかりました」

 仲居さんが、部屋を後にすると、壬生はその荷物の出された日付を確認する。
それは、丁度3日前。 その人物が行方知れずになる当日のものだった。

『もしかして・・・』

 壬生は、躊躇なく包装紙を破る。 その中身は、カセットテープに手紙が添えられていた。
その手紙には・・・。

『私の知ったすべての事実を、このテープに収める。
もしも、このテープを受けとってくれる方がいたなら、何も考えず警察に届けて欲しい。
これで、私と、あるいは家族全員の無念がはらされるはずであることを祈っている。』

 その乱れた文体と、読み難い筆跡は大急ぎで書いた物であることを示していた。
それは・・・遺言であったのかもしれない。

「ジュリア、買物にいこう」

 そう問いかけると、窓辺で日光を浴びながら、水片手に外を眺めていたジュリアが嬉しそうにうなずいた。

 数十分後。
その街の商店街にきた壬生はラジカセを探し、シュリアは興味津々で店先にならんだ物を眺めていた。
ここに来る間もジュリアは色々な商品に興味をひかれていた。
あるいは、このように色々な物が売っている場所にくるのは始めてだったのかも知れない。
そんな姿を見て、壬生は苦笑混じりに問いかける。

「ジュリア、何か欲しい物でも見つかったかい?」

 そう問いかけると、シュリアは心もち頬を赤くして、ノートで答える。

「欲しい物はないけど、こんなに物が一杯ある場所にくるのは始めて」

 その答えに、壬生は声を低くして問いかける。

「今まで、どうしてたんだい?」
「あんまり人のいない場所にいたの」
「どこに?」
「山の中とか、人の住んでない家とか」
「・・・その服は?」
「干してあったのを、盗んだ」

 まあ、予想通りといえば、その通りな回答であった。

「人の家から?」

 その答えに、シュンとなってうなずく。 恐らく怒られるとでも思っているのだろう。

「まあ、しょうがないかもね。 服の一着くらいなら許してくれるさ」

 その予想の反対をいく、壬生の言葉にますますシュンとなるジュリア。
その、どこまでもお人良しなその反応は、壬生を困惑させる。

『この子は・・・自分の立場というものを分ってないのか? 他の調達方法なんてないのに・・・。
なんで、この子は、こんなに自分勝手な考え方というものが出来ないんだ?』

 それは、昨夜の一件でも分る。 とこまでも相手の都合を優先させるのは、あるいは人魚の性質なのだろうか?
いや、それはこの子だけのものだろう。 そう考えた壬生は、話題を変える事にした。

「それじゃ、ラジカセを買いに行こう」

 その言葉に、ノート片手に首をかしげるジュリア。

「ラジカセというのは、音を保存したり、保存した音を聞けるものだよ」
「声も?」
「そうだね。 声も音の一種だからね」

 その言葉を聞いても、まだ納得できていないジュリアに証拠を見せる為に、空テープの3本セットを追加で買うと店を後にした。
そして、宿に帰ると、早速試してみせる。

「いいかい? このテープをここに入れて、巻き戻しして、このボタンを押す。 そして、数秒待ってから何かを言う」

 その言葉に、シュリアは手をパンパン打ち鳴らす。

「そう、その音も録音されるのさ」

 そうして、テープを止めると、巻き戻す。 そして、再生。

『パンパンパン・・・そう、その音も録音されるのさ』

 その音に、驚きながらも手を叩いて喜ぶジュリア。
それから数十分間、ジュリアは色々な音を録音、再生して遊んでいた。
そんなジュリアに苦笑混じりに壬生は声をかける。

「すまないけど、そろそろ返してくれるかい?」

 その言葉に、ジュリは素直にラジカセを返す。 そして、思い出したかのように、水を片手に窓辺に戻った。
おそらく来須からの合図を待っているのだろう。

 そんな姿を見ながら、壬生は本題である遺書のテープを聞き始めた。
もちろん、ジュリアが聞いて楽しい内容でもないだろうから、一緒に買ってきたイヤホンもつけている。

『このテープは、九流和の犯罪・・・いや、私の見たおそましい施設の全貌を暴くためのものだ。
このテープを聞いている人には分るとおもうが、私はすでにこの世にはいないだろう。
九流和は秘密を知った部外者を皆殺しにしている。 そして、それは家族まで・・・』

 その声を聞きながら、壬生は内心イヤホンを買ってきてよかったと思った。
こんな内容のテープはジュリアには決して聞かせられる代物ではない。

『その施設の中では、伝説の人魚のクローニングが行われている。
九流和はその人魚を原料にして、あのとてつもなく高い効果を持つ化粧品を作っていたのだ。
これを聞いた人は私の正気を疑うかもしれない。
しかし、私は別に気が狂った訳ではない。 これは全て本当の事なのだ。
それだけは信じて欲しい。
その施設では無数の人魚が収められたチューブが存在していた。
そして・・・その人魚は、一定の大きさになるとプラントに送られる。
そこで、解体され、化粧品の原料にされるようだった。
こんな事が許されるのだろうか?
こんな悪魔のプラントに忍びこんだ結果、家族もろもと殺される事になるなんて・・・。
自分が産業スパイのなんてやってる事を今ほど呪ったことはない・・・』

 壬生は自分の予想が最も悪い方向で当たっていた事を知った。
九流和は、自分の子供を殺し、その細胞をクローニングして化粧品の原料としていたのだ。
確かに、部外者に知られては困るはずだ。 化け者を原料とする化粧品なんて誰も買いはしないだろう。
しかし、それは、人とて決して許せない行いだった。
壬生の心は、九流和に対する激しい怒りと憎しみで満たされた。

『九流和、貴様は外道なんて生易しい生物じゃない。 正真正銘の悪魔だ』

 そして、荷物に入っていた毛糸を一房手に取ると、部屋の片隅に置かれた花瓶にいけられた花に向かって振る。
その細い毛糸はまるで意志を持ったかように、宙を走るとその花に絡み付き、両断した。
それは、壬生の『氣』を込められた毛糸の起こした奇跡の技であった。

「ジュリア、行こう」

 そう言った壬生に、ジュリアは不思議そうに振り向く。

「やはり、九流和は人任せなんかにしてはおけない。 君の母親を、助け出そう」

 その言葉に、涙を浮かべた満面の笑みで答える。 答えは勿論、イエスであった。



<続く>