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東京魔人學園SS 妖怪ハンターシリーズ13 作;雪乃丞

永遠の歌姫 《1》






 深夜の公園。
その広く、街灯に照らされながらも、なお闇の深い公園は、大通り同士を結ぶ近道として人々に利用される事が多かった。
そして、今夜。 その公園の闇に溶け込むようにして、一人の青年の姿があった。
年齢は20をこえている事はあるまい。
そのすらりと均整の取れた体を黒い服で覆い、御丁寧にサングラスまでかけていた。

 その青年は、数十分前からその場所にいる。
そして、それから何をすると言う訳でもなく、ただ立っているだけだった。
待ち会わせとしては場所が変だし(分りにくすぎる)、それ以外の目的ならもっと変であろう。
なんといっても・・・その青年は、その場に立ってから一歩も移動していないのだから。

 そうして、数十分前ぶりに、その青年は体を動かした。
どうやら携帯電話が鳴ったらしい。 ちなみに着信音はない。 バイブ機能だけをONにしているのだろう。

『ターゲットは予定通り今日から休暇に入ったそうです。
各種航空券の手配内容も変わってないので間違いないと思います。
予定通り、処理してください。
あと数分でそちらに現われると思いますが、何も問題ありませんか?』

 その連絡らしき内容に、「ああ」とだけ答え、携帯電話を切りながらその青年はサングラスを外した。
夜の闇に慣らした目なら、闇に包まれている公園の中でも問題なく見渡せる。 準備は万端であった。
 そのまま待つこと数分。
公園の入り口から一人の男が入ってきた。 そして、闇の中に立ち尽くす彼の前を通り過ぎる。
どうやら彼が『ターゲット』と呼ばれた男のようであった。

 その青年はその男性の後をつけるようにして、その背後に音もなく近づく。
そして、その足が流れるようにして振り上げられ・・・そのターゲットの首に振り下ろされた。
ブラジリアン・ハイキック。 格闘技に詳しい人間ならそう見るかもしれない。
その技は、全身の筋肉がバネのようにしなやかかつ、強靭でなければ出来ないとされている。

 ゴクッ。

 そんな嫌な音と共に、その男性は倒れこむと白目をむいて体を痙攣させる。 しかし、それで終わりではなかった。
青年は素早く、歩み寄ると・・・。

 グォギッ。

 そのおかしな具合に曲がった首を、容赦なく踏み砕いた。
もはや人間の取れる姿勢の限界を超えた、その奇妙なオブジェを見下ろして、その青年はため息混じりに携帯電話をかける。

「処理した」

 それから数分後。
その奇妙なオブジェと化した死体を数人の男性が回収していくのを見届けると、その青年は背後の林に振り向いた。

「出てきたらどうだい?」

 それは奇妙なセリフであった。 その視線の先には誰もいないというのに・・・。 しかし、それでも声は返ってくる。

「よく気付いたな」

 声は聞こえども、姿は見えず。 いや、常人ならその気配すら感じ取れはしなかったであろう。

「足止め・・・かい?」
「まあ、そんなところだ。 悪く思うな。 あの男の所持品に用がある。 余計な抵抗さえしなければ何もしない」
「・・・ボクを足止めして、本命は彼らの方ってことかい?」
「そういう事だ。 お前らはあの死体の所持品に用はなかろう?」
「一つ忠告しておくよ。 お喋りは・・・身を滅ぼすよ!」

 その声とともに、数メートル先にある木の裏に向かって飛びこむと、そのまま足払いをかける。
相手は、それを真上に飛んでかわしながら、右手で懐から何かを取り出そうとする。
それを見た青年は、素早く起きあがりながら自分に向けられようとしていた右手を掴み、振り上げた足で相手の首を押さえつけた。
 それは、テコンドーの極め技に酷似していた。
世界でも珍しい極め技である。 その技は『立ったまま相手の首を極める』ところに真髄がある。
そのまま腕を引をひけば、足の裏で押さえつけられた首は無残に折れるであろう。
しかし、青年はその右手を引くことが出来なかった。 その胸には左手に構えられた銃が突き付けられていたのだ。
そんな、動きの取れなくなった青年に、面白がっているような声がかけられる。

「どうする?」

 良くて相打ち。 悪ければ一方的に殺される。 そんな状態であった。
答えない青年に、その男はさらに言葉を続ける。

「ここはおとなしく引き下がらんか? それとも・・・若い命を意味もなく散らすか?」

 これ以上抵抗しなければ、命は取らない。 そう言っているらしい。
確かに、この状況ではそれ以外に助かる術はないだろう。
その青年は、一つため息をつくと静かに答えを返した。

「名前くらい教えてくれるんでしょうね?」
「来須 狩夜」
「ボクは・・・」
「壬生 紅葉」
「・・・よく知ってますね?」
「オレ達の調査能力は、お前ら拳武館より上だからな」
「・・・わかりました。 ここは引き下がりましょう」
「そうか。 オレも人間相手の殺し合いなんて真っ平だからな」

 そういうと、壬生と名乗った青年は、腕を放して相手を解放する。
それと同じくして、来須と名乗った男性も懐に両手の銃をしまう。
しかし、この余裕は何なんだろうか?
相手は素手格闘の達人だというのに、銃をしまっては抵抗もできないだろうに・・・。

「そろそろ向こうも片付いた頃だろう。 青年、久しぶりに良い戦いを楽しめた。 礼を言っておく。
もう会うこともないだろうが、今後も『正義の味方』を頑張るんだな」

 来須は聞き様によっては馬鹿するかのような言葉を言い残すと、平然と背中を向けて歩み去る。
まさに隙だらけの状態。
戦いの中で相手に背中を見せるなど考えられない。 そして、それを黙って見逃すほど壬生は甘い男でもない。
来須の隙だらけ背後に向かって、音もなく飛び蹴りを放つ。
しかし、その足は何かに弾かれるようにして来須の体に届かなかった。

「青年。 覚えておくといい。 世の中には・・・お前が過去相手した怪物を日常的に殺す仕事をしている人間もいるんだ。
そんな人間は・・・例外なく格闘技の通用しない世界にいるんだってな・・・」

 壬生の攻撃を難なく退けた来須は苦笑混じりにそう告げると、背後にうずくまる壬生に手を振って去って行った。
壬生は、その言葉を聞きながら、今度こそ黙って見送るしかしなかった。
その足は・・・まるて鉄を蹴りつけたかのように痛み、血を流していた。

 壬生が、回収班の男達が銃で武装した集団に襲われ、ターゲットの所持品を残らず奪われた事を知るのは、それから数分後の話しである。







 翌日。 拳武館の館長室で、壬生は鳴瀧館長から説明を受けていた。

「御苦労だったな」
「館長、昨夜の件は大丈夫だったんですか?」
「ああ。 昨夜の一件は『路上強盗致死傷害』としてカタがついた」

 所持品が財布まで含めて全て奪われたのだがら、それ以外に決着のつけ方はなかったのだろう。
そして・・・犯人の目撃者もなく、その男性の死は迷宮入りするというわけだ。
勿論、裏で拳武館の情報操作の手が警察にまで伸びている事は言うまでも無いだろう。

 壬生を始め、拳武館に所属する人間の主な仕事は『法で裁けない悪を裁く』というものだ。
その裁く方法も、『暗殺』という最悪の方法から『社会的抹殺』という物騒な方法まで色々ある。
昨日の男は、人道に外れた外道な行いの片棒を担いでいた輩だったと聞いている。
そのため・・・最も重い罰の『死』が下された。 その背後に潜む輩にも当然『死』は下される。
そして・・・正義の為に人を殺した、己も悪に染まるのだ。

『悪を倒し、正義をなすために、己も悪に染まる』。

 その壮絶極まりない『覚悟』と、拳武館の理念と己の信じる正義に対する絶対的な『忠義』がなければ勤まらない仕事である。
そして、その仕事を勤め上げた暁には、膨大な報酬がもたらされる。
やっている事がやっている事だけに、ボランティア団体などでは、決してないのだ。
正当な理由のある依頼に付随する報酬もあれば、援助という形で寄せられる寄付金もある。
その報酬目当てに入ってくる者も多いが、そんな輩は大抵、初仕事で己の認識の甘さを思い知り、脱走して・・・死ぬことになる。
忠義には正当な代価を。 裏切りには死を。 ここはそんなトコロである。

 壬生もお金が目的でこの仕事を始めた。 もちろん、遊ぶ金欲しさなどではない。
病気になった母親の長期入院費用を立て替えてもらったのを返済するためだ。
ちなみに、その返済はまだ完全には済んではいない。
母親が倒れたのは、壬生がまだ幼い頃だった。 幼い壬生に母親を助ける術などあるはずもなかった。
そして、困り果て、絶望に涙した時。 救いの主は現われたのだ。
それが、当時通っていた古武術道場で己の師となってくれていた鳴瀧だったのだ。
鳴瀧は、幼い壬生の秘めた潜在能力と、その身に宿る己と同じ《宿星》を見て、己の『裏の龍』の技の後継者として欲しかった。
壬生は、母親の命を救う為に、お金が欲しかった。 そして・・・契約したのだ。

『どんな方法でも返済するから、お金を貸して欲しいんです』
『どんな方法でも? 君はその言葉の意味を分っているのか?』
『はい。 どんな事でもやります』
『それが・・・例え、人の道を外れた事でもか?』
『ボクは・・・お母さんさえ救えれば・・・それでいいです』

 その幼い壬生の瞳に、己の過去を見たのだろうか?
鳴瀧は愛する者のために、己の半身とまで感じていた友を裏切ったのだ。 その結果、その友を異国の地で永遠に失った。
その罪の意識は、増すことはあっても、決して消えはしないだろう。
幼い壬生は、己と同じ《宿星》を持つ者として、己と同じような修羅の道を歩み出そうとしているのだ。
だが、そんな人生に、楽しみなどあるはずもない。 待つのは、自分同様『魂の煉獄』のみであろう。
鳴瀧のそんな苦悶を感じ取ったのか、幼い壬生は鳴瀧にただ一言告げた。

『お母さんを・・・失いたくない』

 全てを犠牲にしてでも、愛する者や大切な者を失いたくない。
そんな幼い壬生の覚悟は・・・鳴瀧に目の前の少年を、己の歩む修羅の道へ引きずり込む決意を決めさせた。
そして、母親の延命を代償に・・・壬生は人殺しの技を極めた拳武館の刺客となったのだ。

 壬生自身、もはや正義の名の元に犯した『己の大罪』の数を覚えてすらいないだろう。
それにその罪を一々覚えていては、身がもたないだろう。
しかし、その事実は、壬生から同年代の青年にあるはずの、色々な物を奪っていた。
昨夜、自分の犯した殺人の結末を平然として受け止められるその精神も、決して同年代の人間のもつものなどではない。
あるいは、これが・・・壬生の犯した数々の大罪の代償なのかもしれなかった。

 しかし、そんな壬生にも、昨夜対峙した男の事は気になっていた。
自分の及ばぬ領域にいる人間。
その男の存在は、仕事の邪魔になるという理由で捨てたはずの『格闘家としてのプライド』を著しく傷つけていた。

「ところで・・・昨夜のヤツラは何者なんですか?」
「私も詳しくは知らない。 だが、噂程度なら知っている。
お前が過去遭遇した数々の事件のような人外の力を持つ人間や、魔物と呼ばれる怪物を始末する専門の組織だと聞いている。
もっとも、その実体は誰も知らんがな」

 そう自嘲気味に答えると、今度はうって変わって真剣な表情で告げる。

「紅葉。 お前は過去、怪物や怪物もどきの人間を相手に戦った。
だが、ヤツラはそんな世界のトップクラスと言われている集団だ。
過去の戦いで《力》を得たお前なら、あるいはその組織の人間にも勝てるかも知れない。
しかし、ほかの拳武館の人間はお前のように《力》はもっていない。 それを忘れるな」

 つまり・・・間違っても敵対するような行動はとるな。 そういっているらしい。

「わかりました」
「それなら、良い。 傷が直るまでお前を仕事からはずす。 ゆっくり休むといいだろう」

 怪我をしては、暗殺に失敗するかもしれない。 それは当然の処置だった。
しかも、精神的に負った傷はかなり深い。 完敗を喫したことなど、ここ数年なかった。

 最後に完敗を喫したのは、いつの事だろう? あれは・・・。
壬生の脳裏には『表の龍』の技を戦いの中で極め、今もどこかで自分同様に戦い続けているであろう半身の友の顔が浮かんだ。
その人物とは・・・よき友であり、ライバルであり・・・そして・・・。

『まったく・・・らしくないな』

 そんな混乱気味の思考を中断して、壬生は館長室を後にした。







 折角、休みを貰ったのだ。 これからどうしようか・・・。
母親の見舞い帰りに久々に新宿を訪れていた壬生が、そんな考えめぐらしていた時。

「うふふふ〜、壬生くんじゃな〜い」

 我知らず、黒衣の魔女。 もとい、占い師に捕まった。

「裏密さん・・・お久しぶりですね」

 こんなときにも、冷静な男である。

「うふふふ〜、本当に久しぶり〜」
「今日はこんな昼からやっているんですか?」
「そう〜。 ここのところお客さんが少なくて〜」

 世紀末ブームの終焉と元に、占い師の稼ぎも減ったらしい。

「どうしたんです? 何か用でも?」
「そうなの〜。 壬生くん・・・人魚って知ってる〜?」
「人魚? あの・・・おとぎ話の人魚?」
「そう〜。 その人魚が見つかったらしいの〜」
「・・・本当に?」
「そうなの〜。 この本によるとね〜」

 そういって取り出したのは、不景気もなんのその。 こんな御時世でも毎月発行されている『月間黒ミサ通信』。
今月の特集は『蘇る魚人伝説! 世紀末に海神は目覚める!』。 いつもに増して妖しさ大爆発な雑誌であった。

「・・・で、見つかって話題になったんだって〜」

 話し半分程度に聞き流していた壬生に、裏密は特集ページを開いて見せる。
そして、そのページを何気なく見た壬生の目は、そのページに乗っていた数々の体験談の住所に釘付けになった。

「この街は・・・」

 そこに載っていた場所は、本来なら壬生の担当になるはずだったターゲットの住む街であった。

「これ・・・貰って良いですか?」
「いいよ〜。 頑張ってね〜。 うふふ〜、お土産はウロコがいいな〜」

 その言葉は全てを見とおす魔女の目が言わせた言葉だったのだろうか?
その洞察眼といおうか、勘といおうか・・・。
風体は怪しいが、実力のある目の前の魔女に、壬生は思わず苦笑を浮かべながら別れを告げた。

 もしも、その話しが本当なら・・・長寿の秘薬となる生き血と生肝が手に入るもしれない。
そんな眉唾ものの話しは、数年前の壬生なら決して信じはしなかっただろう。
しかし、過去の数々の出来事から、壬生は己の考えを改めたのだ。
この世には『魔物』や『妖怪』や『鬼』といった伝説の生物が実在する事を身をもって知ったのだ。
だから人魚の事も今なら素直に信じられるのだ。

 そして・・・その事件には、尋常な人物ではなかった来須と名乗った人物も絡んでいる。
ここまで状況が揃っては、単なる怪談話しなどではないだろう。 人魚は・・・そこにいるのだ。
そして、その街のどこかに居るのが本物の人魚であるなら・・・母親の弱った体をも直せるであろう。
例え、それが、その人魚の命の代償としても・・・。

 そんな危険な期待を胸に・・・壬生は人魚が目撃されたという街で休暇を過ごす事をきめた。







 都心から電車で揺られること、はや数時間。

 暇つぶしに編み始めていた、今年の母の日のプレゼントのセーターも既に半分くらい完成していた。
こんな彼は学生時代に手芸部に所属していた。
手芸を始めて数年が経った今、編物などはすでに得意分野になっていたのである。
 別に、彼も自分から望んでそんなクラブに入った訳ではない。 鳴瀧に薦められて入ったのだ。
第一、拳武館高校は男子校なのだ。 部員も当然の事ながら全員男。
入るには、なかなか勇気のいるクラブではあるだろう。
しかし、拳武館高校で裏の仕事の実行班に所属する者は、ほぼ例外なく手芸部や園芸部など文科系に所属している。
それは、もちろんカモフラージュの意味もあるが、それだけではない。

『単純作業は、物を考えるのに向いている。 それに・・・何かを作るというのは心の均衡を保つのに有効だ』

 そう言われて初めた手芸は・・・確かに自分に向いていた。
現にこうやって、何も考えずに編物をしていると、心を悩ます数々の問題も、割と単純な問題に思えてくるのだ。
そして・・・『人を殺すための手足が、何かを作り出せる』というのは、確かに新しい発見だった。
 最初の頃。 まだ己の大罪に心がくじけそうになっていた頃。 その頃は、人一人につき一品作っていた。
それは、自分なりの供養方法だったのかもしれない。 しかし、そんな人間らしかった自分はもういない。
今は単純な作業で己の心と向き合う。 これは、そんな作業だった。
あるいは、それは『禅』にも似た行いだったのかもしれない。

 キリの良いところまで編んだところで、壬生は手を休めて数時間ぶりに窓の外を眺めた。
すでに、周囲の光景は都心などとはうって変わって田園風景などが広がっていた。
情報として知ってはいたが、都会育ちの彼ではこんな風景はなかなかお目にかかれない。

『きっと空気も綺麗なんだろうな。 こんな土地で元気になった母さんと暮らせたら・・・。』

 そんな事を考えながら外を眺めていると、目の前を高速で通り過ぎる雑木林の隙間から綺麗な青に輝く海が見えてきた。
どうやらこの海が、人魚が目撃されたという海であるらしい。

「海・・・か」

 そんな風に海を眺めていると、記憶の底に沈んでいた過去の風景が蘇ってきた。
あれは・・・。 母と一緒に最後に海に行った夏は、何時の頃だっただのだろう・・・。

『母さん! 海が見えてきたよ!』
『紅葉は本当に海が好きなのね。 でも座席にそんな風に乗ってはダメよ』
『はーい』

 それは、壬生がまだ幼いころの記憶。 もう・・・忘れたはずの記憶だった。
その当時は母も元気で、そんな母親に見守られながら、自分も肌が真っ赤になるまで遊び、楽しそうにはしゃいでいた。

 その当時は・・・自分も母さんも確かに幸せだった。
しかし、今、母さんの前に広がるのは、病室の白い壁だけ。
隣にいるのは・・・子供っぽさなど欠片も残っていない自分だけ・・・。
・・・一体、僕たちが何をした?
・・・ボクも母さんも神とやらの気紛れでこんな目に会っているのか?
・・・一体、誰が、どんな理由で・・・ボクと母さんをここまで苦しめる!?

 思わず・・・封印していた激情が蘇る。 それは、誰に対しても漏らしたこともない本音だった。
彼だって・・・決して望んで暗殺者などになった訳ではないのだ。
そんな運命という名の不条理に、いくら怒りをぶつけても空しくなるだけ。
そう分っていても・・・一度、蘇った激情は彼の心を無意識の内に、怒りで満たしていた。

 そんな最悪のタイミングに、少し離れた場所で騒いでいた男達が声をかけてきた。

「お? オイ、アレ見てみろよ?」
「あ? ・・・おめー、オコトのくせして編物なんてしてるのかぁ?」
「ぎゃはははは! 優男に似合った趣味ってか? それとも・・・コレへのプレゼントってやつかぁ?」

 そういって、酒を飲んでいたらしい数人の男達のグループの一人が中指を立てる。

「アホか。 それじゃ違う意味だろ?」
「いや、合ってるかもしんねーぜ? なんたって・・・コマシくせーからな」
「ばーか。 こんなヤツに女なんているハズないだろ?」
「そうそう。 どうせ自分のだって」
「ちげーねーや」
「ぎゃははははははは!!」

 その声に、壬生は静かに答える。

「残念だったね。 これは母さんへのプレゼントだよ」

 その声には少なからず、怒気が含まれている。

「おお? いっちょまえに怒ってんのか?」
「無理すんなって。 オレたちゃ空手部だぜ?」
「へっ。 どうせ、マザコン野郎にそんなマネできねーだろ?」
「まあ、謝っても前歯数本貰うけどな」
「じゃあ、オレ右手! 編物なんて辛気臭せー趣味二度と出来なくしてやるぜ」
「それじゃあ・・・オレ様はその綺麗なツラ壊してやるかぁ〜」
「はははは! あんまり虐めんなよ。 お前らまだホゴカンついてんだからよ!」
「うっせーな。 ウチのクソババアみたいな事いってんじゃねーよ」

 その言葉が、壬生の最後の理性を壊したことに・・・彼らは気付かなかった。

「キミ・・・そこの坊主頭のキミだよ」
「ああぁ? テメー・・・何か言ったか?」
「ああ。 クソババアっていうのは?」
「オレのクソやかましいお袋にきまってんだろ? 今日もあんまりウルセーから静かにしてやったぜ」
「静かに?」
「へ! 鈍いヤローだ。 サンドバッグ代わりに丁度良いってなもんだぜ」
「おめー・・・やりすぎたら、今度こそ壁の中だぜ?」
「心配いらねーよ。 そうなりそうになったらバラして埋めてやるぜ」
「おお! コエーコエー・・・お前、悪魔」

 その言葉は最後まで言えなかった。
そのタバコのヤニに黄色く染まった歯は、数メートルの間合いを一瞬で詰めた壬生の足で蹴り折られていた。
その男性は、先程『壬生の前歯を貰う』といっていた人物だった。
哀れで愚かな犠牲者第一号は、そのまま白目をむいて床に転がった。

「テ、テメー!!」「ぶっ殺すぞ!!」「何、しやがんだ!!」他多数。

 口々に脅し文句を吐く男達に向かって、全身から殺気を放つ壬生は・・・。

「ふん・・・君達に本当の恐怖という物を教えてあげるよ。 覚悟するんだね」

 そういって、手にしたままだった編み棒を空いた座席に置くと、かけていた薄い色のサングラスを外した。

「テメー・・・オレ達が誰か知ってんのかぁ? 空手部御一行様だぜ? 身の程ってのを教えてやんぞ?」
「キミ達の方こそ・・・誰に喧嘩を売ったか教えてあげるよ」

 そういって、ポケットに手を入れた壬生に、男達がいぶかしげな視線を向ける。

「なんの・・・つもりだ?」
「ハンデさ。 キミ達ごとき雑魚に手を使うまでもないしね」
「「「「「ブッコロス!!!」」」」」

 そう吠えて屈強な男達が群がっていく。 その男達の中心で、壬生の右足が・・・男達の視界から消えた。
そして、何が起こったのか理解も出来ないままに、次々に吹き飛ばされ、床に転がっていく。
その床に伸び、呻き声を上げる男達は、みな壬生の『〜を貰う』と豪語していた連中だった。
その代償とでもいおうか・・・その個所は反対に貰われていた。
最後に残った男は、その逞しい体を恐怖に震わせて、うめき声にも似た声を上げる。

「て、てめー・・・何者だ?」

 その答え代わりに、苦笑を浮かべた壬生の右足が一閃する。 そして、床でピクリとも動かなくなった男に低く答えた。

「ただの通りすがりの親孝行者さ。 これに懲りたら親孝行するんだね。
あんまりオイタが過ぎると・・・またこんな目にあうよ?」

 そういって、床に転がる男達の上を荷物片手に踏みつけて去って行く。
後に残されたのは、痛みにうめくか、白目をむいて気絶した男達だけだった。

 こうして、不幸にも壬生の逆鱗に触れた親不幸者どもの集団は成敗されたのだった。
彼らが以降、親を大切にした事はいうまでもないだろう。
なんといっても・・・親の背後に、黒い悪魔の姿が見えるのだから。



<続く>