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何処とも知れない薄汚れ、深い闇に包まれた路地。 闇の中から僅かな月明かりを求めるように、数人の男女が息を切らして駆けだしてくる。 その時。 路地の奥で閃光がはしり、狭い路地に轟音が響いた。 その轟音と共に、逃げる男女の最後尾にいた男性の胸が、何かにえぐり取られたかのように吹き飛んで転倒する。 傷口からは白い灰が舞い、鮮血を周囲に飛び散らせた。 その男性が転倒して数十秒後、まだ息のあった男性の前に一人の男が現われた。 「・・・クソッタレ」 その男の侮蔑に唇を歪めて笑う男は、手にした銃を相手の眉間に当てて呟く。 「塵は塵にかえるがいい」 そうして、反論も許さずに男の頭を吹き飛ばす。 すると、その男の体は粉微塵に砕け散り、灰にかえる。 人間ならこんな死に方はしない。 この男女は、全員『魔物』と呼ばれる人外の生物だったのだ。 そして、彼はそういった化け物を殺す事を専門とする人間なのだ。 「化け物ども・・・一匹も逃がさんぞ」 そう誰にという訳でもなく呟くと、黒いコートの裾をひるがえして追跡を再開する。 そうして追いかける事、十数分後。 袋小路に追いつめられて、身を寄り添わせるかのようにして震える数人の男女の前の闇の中から、銃をさげた男が音もなく現われる。 男女にとって、その姿はまさに死神そのものだった。 「お、お前は何物なんだ!?」 その悲鳴にも似た問いかけに、男は空いた手で懐からタバコとジッポーを取り出すと、器用に火を点す。 そうして、紫煙と共にゆっくりと答えた。 「ハンターだ。 貴様らのような化け物を狩るのを仕事にしている」 そう答えると、男は震える男女の中央にいた女性の額を無造作に撃ち抜いた。 「う、うわぁぁあああ!!」 「キャアアァァァア!」 周囲の男女の悲鳴の中。 その女性は全身を塵に変えて砕け散った。 「観念するんだな。 どうあがいてもお前らに生き残る術はない」 「オレ達が何したってんだ!」 「そうよ! 私達は人を殺して生きてる訳じゃないのに! 人と・・・人と共存したいって望んでいるだけなのに!!」 その抗議の声に、男は歪んだ笑みを浮かべて数発の銃弾で答る。 その銃撃で、さらに数人の男女が灰になった。 残ったのは顔面を蒼白にした男一人だった。 「知ったことか。 貴様ら化け物は存在自体が罪だ」 「こっ・・・この悪魔!!」 男はその涙混じの怒声に、歪んだ笑みで答えを返す。 「悪魔か・・・そうだな。 オレは貴様らを殺し尽くす悪魔だ。 オレの名はハンター『来須 狩夜』。 地獄の底まで忘れるな」 その言葉と共に男の額に撃ちこまれた最後の銃弾が、その体を灰にする。 「なにが・・・共存だ。 化け物が人と共に生きられるはずがないだろうが・・・」 その表情同様に『憎しみ』の満ちた声に答える者はなく、周囲にはただ塵が舞うだけだった。 それから数時間後。 来須は上司の車に乗っていた。 来須のように組織上層部からまだ十分な信頼を得ていない者には、彼のような監視役が常に行動を共にする。 そうして、来須の欠点を指摘するのも彼のような人間の役目だ。 「ハンター来須くん。 困るんだよ、あんまり派手にされるとねぇ。 いや、君の能力は申し分ないんだがね。 だが、組織としてはあんまり派手にやられると、事件のもみ消しに・・・」 来須はその初老の域にさしかかった上司の声を聞き流しながら別の事を考えていた。 来須自身、ハンターになったからには『一流』と認知される存在になりたいと思う事もある。 だが、化け者を前にすると・・・どうしても憎しみが押さえ切れない。 自制心が揺らぐのだ。 それは自分はハンターとして、まだ二流以下だという証明でもある。 そう自己評価を下した時、上司の声で来須は我にかえった。 「聞いているのかね?」 「・・・すみません。 なんでしょうか?」 「次の仕事はもう一ランク上の仕事・・・暗殺をやってもらいたいんだよ」 「暗殺・・・ですか?」 組織の運営上、その活動は利益至上主義なところもある。 そんな仕事も受けなければ運営資金はまかなえないのだ。 それは来須にも分っている。 しかし、今まで組織は来須に人間相手の殺しはさせなかったのだが・・・。 そんな不満が表情に表れたのか、初老の男は苦笑混じりに話しを続ける。 「安心したまえ。 誰もハンターに一般人を殺せなんて理不尽で意味の無い指令は下さないよ。 そんな仕事はエージャントやジャッカルの連中だけで十分なんだしな。 次のターゲーットは魔物だよ。 だが・・・ただの魔物の始末じゃない」 「・・・どんな相手なんです?」 「最近増えてきている『共存を望む』変わり種の一種だ。 もっとも、その裏で何をやっているかは分らんがね」 「・・・調査して、殺せ・・・そう仰るんですか?」 「相手は一般人同様に生活している。 妻と子供までいるんだ。・・・信じられんかね?」 「とても信じられません。 魔物と人間が仲睦まじく暮らしているなんて・・・」 それは来須の想像力の範囲外にある事実だった。 最近、人間と共存しようとする魔物が増えてきているのは、来須自身も知っている。 納得や理解は出来なくとも、経験上そういった魔物すらも殺してきたのだ。 ・・・さっきの魔物もその類の一種だ。 しかし、隣人が魔物で『自分達と違う生物』であることに気付いた人間は、例外なく団結して排除にかかる。 自分達で手に負えないと判断すれば、高額の依頼料金を出し合ってでも組織へ依頼してくるのだ。 相手がいくら温和で優しい生物でも・・・一旦、本性を表せば自分達は皆殺しにされる。 そんな恐怖の前では、人間のちっぽけな優しさや倫理観など吹き飛ぶのだろう。 そうやって、今までも無害になりかけていた魔物を皆殺しにしてきたのだ。 しかし、それは牙を持たない人間達の精一杯の抵抗方法なのだ。 だから・・・自分のような戦う牙をもっているハンターが、そんな人達を魔物の脅威から守るのだ。 それは、決して邪悪な行いのはずがない。 そう来須は考えていた。 「それでも私達の仕事は、依頼さえあれば無害な存在すらも殺さにゃならん・・・昔はこんなじゃなかったんだがね」 その呟きは誰に対しての物だったのだろうか? 来須にとって、魔物を狩るのは当たり前のことだ。 しかし、目の前にいる初老の男はそう考えてはいないらしい。 それが来須には不思議だった。 「・・・共存したければ、そうさせてやればいい。 そう考えてらっしゃるんですか?」 「変かね?」 「はい。 魔物は所詮魔物です。 共存なんてのは所詮、生き残るための方便。 ウソに過ぎません。 いつか・・・キツイしっぺ返しがくる。 それを分っていながら、放置するのは愚の骨頂だと思います」 「キミはまだ色々なケースにあたっていないからな。 そう思えるのも無理はないだろうがね」 来須には、その考えにはどうしても納得できない理由がある。 それを目の前の男も知っているはずなのだが・・・。 「確かに経験が浅いのは承知しています。 しかし、私には家族を殺された者の悲しみは分ります。 そんな目にあった者が、どんな方法でも良いから仇を取りたい。 そう考えるのは間違ってますか? 家族を、自分の愛する人を・・・いつか殺すかもしれない存在を放置しておけと? 冗談じゃありません。 そんな・・・悲しみを背負い込む人間を・・・これ以上増やしてはいけないんです」 来須の悲しみと怒り、憎悪の混じりあった声に・・・初老の男は悲しそうな顔を向けるだけだった。 「キミにもいつか分る。 危険を承知でも・・・愛し合う者同士は一緒にいたいと望むものなんだよ」 話しはそれで終わりだった。 それから、支部のあるビルに到着するまで車内は重苦しい空気に包まれたままだった。 車から降りると、その上司は来須に背を向けたまま告げる。 「次回から私はもう同行できない。 今日で組織ともオサラバさ。 悠々自適な年金生活ってやつだ。 次のケースを上手く処理できれば、今後監視役が派遣されることも無くなるだろう。 一流のハンターになれるチャンスだ。 上手く処理したまえ」 そういうと、その男は一人去っていく。 来須がこの男と最後に交わした言葉。 それは・・・。 「もしかして・・・過去にそんなケースがあったんですか?」 「そんな上等な人生は送ってないよ。 又聞き程度に過ぎない話さ」 そう言うと、その男は背後の来須に手を振って去っていった。 そうして・・・数日後。 その男性は自室で死体で発見された。 自殺だった。 なぜ自殺などしたのか? それは、誰にも分らなかった。 来須は面倒な手間をかけたくなかった。 仮にも世話になった上司が、原因不明ではあったが自殺したのだ。 その葬儀に参列するためにもさっさと片付けたかった。 来須は、エージャントからもたらされた情報を反復しながら、家のチャイムを鳴らす。 時刻は夕方。 この時間なら家族は全員家を空けているはずだった。 『どなたです?』 「調査会社の者です。 少し話しを聞かせて頂けませんか?」 『・・・分りました。 どうぞ』 そう答えると、ターゲットのカルロスはドアのカギをあけた。 「調査会社と仰ってましたが・・・」 「ああ。 申し遅れました。 私・・・こういう者です」 来須は笑顔でそういうと、ドアが背後で閉じるのと同時に懐に手を入れて、サイレンサー付きの銃を取り出して連射する。 とっさの事で反応出来なかったカルロスは、腹部に数発の弾丸を撃ちこまれて背後に倒れこんだ。 しかし、相手は人間ではない。 これくらいでは死にはしない。 「魔物なら、これくらいでは死なんだろう?」 来須の憎しみの篭った声に、血と灰にまみれた腹部を押さえてカルロスが上半身を起こす。 しかし、眉間にポイントされた銃を視界に収めて、それ以上何も出来なくなる。 「クッ・・・お前は何物なんだ?」 「ハンター・・・そう言えば分るだろう? お前を狩りに来た」 「な、なぜ、そっとしておいてくれないんだ・・・私は闇で生きる事をやめたのに・・・」 「いい加減人間のマネはやめるんだな。 貴様は所詮魔物にすぎん。 家族すら騙して生きて来た努力だけは認めてやるがな」 来須がそういって、止めを刺そうとしたとき。 誰もいないはずの奥の部屋から銃を構えた女性が現われた。 「それは違います! アナタ、早く逃げて!」 どうやら今日に限って、家にいたらしい。 自分が焦って仕事を進めたツケが回ってきた。 そんな最悪のケースだ。 「・・・まったく・・・間が悪い。 奥さんですね?」 「は、はい・・・その人の妻でサーラといいます。 でも、彼が人でないのは承知しています」 「・・・死にたいんですか? こいつはいつか人を襲う時がきます。 それが・・・闇に生きる魔物の宿命なんです。 真っ先に犠牲になるのはアナタか、子供さんですよ?」 「良く言う・・・妻は見逃しても、子供は見逃せないだろうに・・・」 カルロスの憎しみの篭った目が、来須の目を真正面に捉える。 すると、来須は突然平衡感覚が狂って、眩暈にも似た状態に陥った。 『魔物の目を直視してはいけない。 魔物の種類によっては、その視線で相手を惑わす者もいる。 酷い場合には、そのまま死に至ることすらある』 そんな基本を忘れていた来須の失態だった。 そうして、その一瞬が勝負を分けた。 カルロスは、一瞬で青銅の肌と翼、鋭い爪と尻尾持つ夜魔(ナイトゴーンツ)の正体をあらわして来須の銃を払いのける。 とっさに撃った銃は、カルロスの肩を撃ち抜いてはいたが、致命傷には程遠い。 そうして、隙だらけになった来須の咽喉を、カルロスの尻尾がなぎ払う。 咽喉を強打され、呼吸の出来なくなった上に、平行感覚の狂いがピークに達していた来須はたまらずに倒れこんだ。 こんな状態で追い打ちを受ければ、ハンターとはいえタダでは済まない。 しかし、そこに追い打ちは来なかった。 来須は、倒れこんだ状態で回復用の呪術を使うと、眩暈が収まり、呼吸も平静なものに戻った。 そうして、今まで閉じていた目をあけると・・・そこには誰もいなかった。 ベランダに通じる窓が開いているところをみると、空に逃げたらしい。 相手は夜魔。 夜の闇を高速で移動できる魔物だ。 薄闇に包まれはじめた郊外の田舎街を、妻を抱えて飛び去っていくのはそんなに困難では無いだろう。 急がなければ、街から逃走される。 そんな危惧を抱いていた来須に声をかけてくる者がいた。 「おじちゃん・・・誰?」 「・・・パパの友達さ。 キミを連れてくるように・・・たのまれたんだ」 来須の浮かべた笑みは、カルロス以上に危険なものだった。 来須が、危険な笑みを浮かべて子供を連れ出している頃。 街外れの森に不時着したカルロスは痛みに呻き声をあげていた。 「アナタ・・・大丈夫なの?」 「あ、ああ。 これくらいの傷で、どうにかなるほどヤワな体はしてないよ」 そういと、カルロスはジャツの残骸をさらに引き裂いて包帯代わりにすると傷口を縛る。 その傷口からは、まだ血が染み出していた。 『クソッ・・・血が止まらない』 いつもならすぐに閉じる傷口も、祝福された弾丸で撃たれたせいで癒着してくれない。 「サーラ・・・苦労をかけるね」 「いいえ。 これくらいの苦労は覚悟してます。 あの日、あたなに出会った日から・・・」 二人が出会ったのは、まったくの偶然からだった。 今からもう10年近くも前の話しだろう。 それはサーラが飛行機に乗っていた時の話しだ。 その日、カルロスは自分の本能の赴くまま夜の空を駆け抜けていた。 そうして、夜の闇の中を飛びまわっていた彼の前に一機のジャンボジェット機が見えてきた。 その日は新月。 肌の黒い彼らにとっては、恐ろしく好都合な夜だったのだ。 そうして・・・イタズラを仕掛けたのだ。 今でも航空機の窓から、彼ら夜魔の姿が目撃されることがある。 それは、彼らのイタズラ心のせいなのだ。 そうして、窓に下から近づくと、ノックした。 まさに中の人間にとっては仰天物の体験になるだろう。 その姿を想像して大笑いしながら調子に乗って、さらに何度かノックした時。 窓の向こう側にあったブラインドが上げられ・・・二人は出会ってしまった。 二人の間に言葉はなかった。 耐圧ガラスをはさんだ出会い。 その距離はわずか数十センチ。 そうして・・・二人はどちらからともなく笑みを浮かべ・・・恋に落ちた。 なぜ、恋に落ちたのか? それは二人ともわからなかっただろう。 ただ、もう一度会いたい。 その想いだけに突き動かされて、二人は夜の郊外の原っぱで再会し・・・。 ついには、カルロスに夜の世界を捨てさせるに至った。 そうして、祝福に満ちた年月を経て・・・死神が黒いコートを着てやってきたのだ。 カルロス自身、いつかこんな日がくるだろうとは、常々思っていた。 『人と人ならざる者の恋の終焉』 そんな言葉が今はとてもチープな物に思える二人であった。 「幸せな時間にも、ついに終わりが来たってことかな?」 「アナタ・・・まだ諦めるには早いんじゃないかしら?」 「キミは諦めるという事を知らないんだね」 「フフフ・・・人間はね。 決して最後の一瞬まで諦めないのよ」 「・・・そうだね。 ボクもまだまだ諦める訳にはいかない。 君と別れるなんて考えたくも無いしね。 アイリーンがそろそろ帰ってくる頃だ。 ひとっ飛びして連れてくる」 「気をつけてね」 「大丈夫。 ぜんぜん平気さ」 傷の痛みに引きつる頬を笑みの形にすると、カルロスは闇に包まれた街の上空を自宅に向かって飛ぶ。 サーラを抱えていないだけに、その速度は夜を生きる魔物に相応しいものだった。 そうして、夜眼に利く体質を生かして部屋に音もなく入りこんだ時。 テーブルの上に残されていた一枚の書き置きに気がついた。 『子供は預かった。 今夜10:00。 郊外の廃屋の地下室で待つ』 それは、まさに・・・悪夢そのものだった。 「子供は・・・アイリーンは無事だろうな?」 カルロスの怒りに満ちた声に、明かりが一斉に照らされる。 その地下室の際奥。 太い柱に鎖で縛り付けられた我が子を見たカルロスは怒りのために声も出ない。 来須は内心複雑な物を感じながら、アイリーンに向けていた銃をカルロスに向ける。 「魔物でも我が子は可愛いか・・・来るとは思わなかった」 「当たり前だ! 我が子を愛しいと思わない親などいるはずがないだろう!!」 その時。 カルロスの背後から銃を構えたサーラが姿を表した。 「アナタ!」 「サーラ! ここは危険だ。 まだ入ってきちゃダメだ!」 「私もあの子の母親です!」 そういうが早いか、サーラは来須に向かって銃を撃つ。 しかし、今まで人間を撃ったことなどなかったのだろう。 その銃弾は全然見当外れの場所にしか飛ばない。 それでも、一発だけ来須の頬を掠めていく。 しかし、来須はなぜか撃ち返しもしない。 そうして、マガジンに残っていた10発あまりの弾丸を撃ち尽くしてしても、サーラはなお引き金を引き続ける。 俗にいう、ハッピートリガー状態。 我にかえったサーラが見たのは・・・哀れみに満ちた来須の目だった。 来須は頬から流れる血も拭わずに、サーラに静かに問いかけた。 「気が済んだか?」 「あ・・・あああ・・・なんで・・・なんで、私達がこんな目に会わなきゃいけないのよぉぉおおお!」 思わず撃った銃が、来須を傷つけてしまった。 そんな後悔と、状況に対する悲しみ。 そんな混乱した思考が、サーラに涙を流させていた。 泣き叫ぶサーラを、カルロスは優しく抱き締める。 そこには種族を超えた愛が確かにあった。 「サーラ。 もういいんだ。 キミは良くやってくれた。 良い母親だった。 愛していたよ」 「アナタ・・・アナタ! 死なないで!」 「分ってる。 でも・・・もうお休み」 そういうと、カルロスはキスをしながら、その目に宿る魔力を開放した。 すると、サーラは安らかそうな笑顔を浮かべてその腕の中で崩れ落ちた。 そのサーラを優しく床に寝かせると、着ていたコートをその体にかける。 「・・・何をした?」 「全て夢だったんです。 ボクの事も、アイリーンの事も。 目が覚めたら・・・彼女は人間の世界に帰りますよ」 そういうと、カルロスは静かに立ち上がる。 「せめてアイリーンだけでも助けてくれませんか?」 「・・・悪いな。 もう殺した後だ」 「そうだと思いました。 あの子からは呼吸音が聞こえない」 「・・・覚悟は出来たか?」 「ええ。 アナタを殺す覚悟がね。 楽に死ねるなんて考えない方が良いですよ。 アナタは私から全てを奪ったんだ。 生まれた事を後悔させてあげます」 その悲しみと憤怒に満ちた声に・・・来須は自嘲気味に答える。 「オレもお前も立場が違うだけ・・・か」 「何の事です?」 「オレはお前ら魔物に家族を皆殺しにされた。 お前も人間に家族を奪われた。 オレとお前は同じだ」 「・・・」 カルロスは、その言葉に答える事もなく、翼を広げ、爪を伸ばす。 それを見た来須も、右手で銃を構え直し、左手に懐から抜き出した短剣を構える。 そうして・・・悲しみと後悔に包まれた戦いは始まった。 翌朝。 廃屋の隙間から差し込んでくる朝日に照られて、サーラは目を覚ました。 「あ、あれ? 私・・・こんなところで何してるのかしら?」 その体にかけられたコートは見覚えのない物。 しかも男物だった。 サーラには状況から何から、何もわからなくなっていた。 まさに混乱に極みといえるだろう。 「確か・・・昨日は何もなく、いつも通りベッドに眠ったはずなのに・・・」 そうして、そのボロボロになった廃屋から外に出ると、自分の家に帰る。 しかし、サーラは何か・・・自分が何か大切な事を忘れているような・・・そんな気分を味わっていた。 「変ね。 まあ、シャワーでも浴びたら気分が良くなるでしょ?」 まるで、誰かに話しかけているようだと、自分の行動を不思議に思いながらもシャワーを浴びる。 そうして、もう一眠りしようとベッドルームに向かう。 そして・・・ベッドルームでなにげなく写真スタンドを目にした時。 自覚もなしに涙が頬を伝う。 「あ、あれ? な、なんで・・・私、泣いてるの?」 目にした写真には、嬉しそうに微笑む自分と、その周りで幸せそうな笑顔を浮かべた『知らない男性と子供』。 どこかで遊んだ時の写真であろうか? どうやら郊外の原っぱのようであるが・・・しかし、この場所はサーラの『よく知らない場所』だった。 なせ、この写真がこんなに悲しみを感じさせるのか?。 どうして手は、目覚めた場所から捨てもせずに持って帰ったコートを握りしめているのか? そうして・・・このコートから匂う男性用コロンの香りが、なぜこんなに切なさを感じさせるのか? 「なんで・・・なんで、こんなに悲しいの・・・なんで・・・」 それは、彼女自身にもまったく分らなかった。 ただ、無性に悲しく・・・切ない。 そうして腕でコートを掻き抱くと・・・ただ泣き崩れる。 そんな彼女を写真の男性が、ただ優しく見つめていた。 <終わり> |