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来須が苦境に陥る何時間も前。 昌平は一軒の骨董品店の前に立っていた。 古めかしい看板に書かれた文字は『如月骨董品店』。 事前に知っていたとは言え、こう歴史の漂う店構えを前にすると、なかなか入りにくい雰囲気であった。 一つ深呼吸をすると、昌平はその扉を引き開ける。 「やあ、いらっしゃい」 その昌平よりも若いと思われる店主は、端正な顔を笑みの形にして声をかけてきた。 しかし、昌平にはその人物のはなつ僅かな警戒心が感じ取れた。 そして、その警戒心を感じ取った瞬間、昌平は自分が金縛りになったような気分を味わっていた。 『まさか・・・キリトの気配を感じ取っているのか?』 年齢に見合わない落ち着き様。 隙のないたたずまい。 その端正な顔に浮かぶ微笑からは想像も出来ない厳しさをたたえた目。 その全てが昌平を金縛りにしていた。 それでも来須を救うためには、なんとしても頼まれた品物がいるのだ。 昌平は腹腔に溜まったままの空気を搾り出すようにして、必死で声を出す。 「あ、あの・・・勾玉を・・・」 その言葉に、先程まで昌平を金縛りにしていた眼光が優しくゆるむ。 「ああ、先程連絡のあった代理の人だね。 話は聞いているよ」 そういうと、その店主は店のカウンターの奥から木箱に入った一個の石を取り出す。 「これは非常に珍しい物だ。 それだけに値段が張る。 支払方法は一括と聞いているんだが?」 「は、はい。 預かってきてます」 そういうと、昌平は懐に入った封筒を手渡す。 その薄っぺらい封筒の中には小切手が入っている。 細かい金額までは知らないが、尋常な値段でないのはその書く時間の長さで想像が出来ていた。 「・・・確かに」 そういうと、店主は小切手を机に仕舞いこんで昌平に勾玉を手渡した。 それを受け取ると、昌平は勝手に震えだした体を押さえるようにして店から逃げ出そうとする。 その背後に店主の静かな声がかけられた。 「待ちたまえ」 「な、なにか?」 「いや・・・その勾玉が他にも無いかと聞かれて探して見たんだが、残念な事にそれ一個しかないようだ。 今後も入荷するかどうか分らない。 そう伝えておいて欲しいんだ」 「わ、わかりました!」 これ以上ここにいたら何をされるか分らない。 そんな変な危機感を抱いて昌平は逃げ出す。 そんな昌平の後ろ姿を見ながら、その若き店主は一人呟く。 「オサキ持ち・・・いや、それに近い人間か」 オサキ持ち。 それはオサキ様と呼ばれる霊獣を宿らせた一族の名称である。 その力は操る者の資質にもよるが、一説には長雨の原因となっていた荒れ狂う龍神をも静めたといわれる。 徳川の治める地の『治水』を生業としていた一族の末裔である彼にとっては、縁深い一族だったのだろう。 オサキ持ちは、水の神『龍神』を始め、様々な妖魔を自分達同様に封じてきたのだから・・・。 昌平の側には、店に入る前まで常にカマイタチがいたので、その《氣》が彼にオサキ持ちを想像させて警戒させたのかも知れない。 もっともこの結界に包まれた店の中には、キリトは入れなかったのだが・・・。 仮に一緒に入っていたらどんな事態になっていたのだろうか? そういう意味では昌平は運がよかったのかもしれない。 店から離れた場所でタクシーを拾いながら、昌平はようやく震えの収まった体を撫でながら一人で文句を吐いていた。 「なんだって、こんな目にあわなきゃいけないんだ? 第一、あの店主はなんであんなに若いのに怖いんだ?」 そんな混乱気味の昌平の周囲に風が舞う。 キリトであった。 「首尾は?」 「一応、大丈夫。 おっかない店主にはまいったケドな」 「まあ、尋常な商売でない人物だ。 凄みというものもあるだろう」 「そんな事いったって・・・第一、この石はなんだんだ?」 ロクな説明も受けずに頼まれたので、この勾玉と呼ばれる石の価値をしらない昌平は戸惑うばかりだ。 「さあな。 それを聞くためにも早いところ魔女と合流しないとな」 そうして、合流したキリトと一緒にジャニスの待つ喫茶店に辿りついたとき。 ジャニスは一心不乱に地図の上にペンダントをたらして瞑想していた。 そのペンダントの先では青い宝石がゆれている。 「なにしてるんです?」 「ダウンジングってやつさ。 これで地域を絞り込むから、そこをキリトに探して欲しいんだよ」 「探す?」 「ああ。 来須はおそらく地下にはいないと思うんだ。 勘だけどねぇ。 でも携帯電話は通じない。 そうなると・・・結界の中。 それも質の悪い結界の中に閉じ込められている。 私はそう考えているんだよ」 そうして、ペンダントがある一点を中心に大きくゆれ始める。 「・・・このあたりか? いや・・・これは違う。 ・・・こっちか・・・」 ペンダントは色々な学校の上で揺れ動く。 「・・・なんでこの街には、こんなに能力者がたくさんいるんだろうねぇ」 「能力者?」 「ああ。 普通の方法じゃ見つからないだろから、条件を変えてやってみているんだ。 この街の『《力》を持つ者に関係する場所』を片っ端から探してみているんだよ。 これなら来須の場所を隠す結界も含めて探し出せるはずなんだ。 来須を探してるわけでないから邪魔が入りにくいって訳さ。 今まで見つかったのは・・・新宿を囲むようにして存在しているみたいだねぇ。 まさに・・・魔都ってやつだね。 ここまで強い力の持ち主が何十人もいるなんてねぇ」 その地図の上にはすでに20を超える赤丸がつけられている。 「これ全部が・・・来須さんみたいに普通じゃない『力』をもっているって言うんですか?」 「みたいだね。 しかもみんな来須級の力を秘めているよ。 なんなんだろうね? この街は・・・」 そうして、最も反応の弱い場所にバツ印を書く。 場所はこれといった特徴すらない市街地の外れ。 「まあ、今までみつかったのが・・・」 ジャニスが気を抜いて目を離した瞬間。 ペンダントが何かに引きつけられるようにして一点を指して制止する。 そうして、ヒビが入ったかとおもったら砕け散った。 それはとてつもない反応だった。 「こ・・・これは・・・」 砕け散った宝石の破片が囲むのは、新宿真神学園。 来須に驚愕の声をあげさせた学校の名前だった。 「こんな強い反応が、あの人のはずがない。 もっと強い力を秘めた・・・怪物がいる」 「怪物?」 「これはタダ事でない反応だよ。 人知を超えた・・・いや、とてつもないレベルの神格の魂をその身に宿した人間のようだね。 もっとも『魔物だった』ってオチもあるんだけどね。 そんな怪物級の生物が多数生息しているって感じだねぇ。 もしもこんな怪物どもが人類の敵に回ったら・・・考えたくもない結末が待っているかもしれないけどねぇ」 そういうと、ジャニスは役にたたなくなったペンダントを地図に落す。 それでも、青い石の残骸は真神の上から離れようとはしなかった。 「まあ、その件は置いておいて、今は来須さんの事だけ考えましょう」 「そうだね。 今まで見つかった候補は20を超えるけど、学校以外を指したのが数カ所しかない。 まあ、学校は外して良いと思うんだよ。 来須が立ち寄りそうな場所として考えると、学校ってのはないだろうからね。 同じ理由で、真神学園って薄気味悪い化け物どもの巣窟もパス。 そうなると、歌舞伎町、浜名離宮、中央公園・・・この神社と病院の周囲。 ・・・あとは、どことも知れない市街地の外れ。 これのどこかのはずなんだけどねぇ」 そういうと、今までの○印にバッテンを書きこんでいく。 残る候補は数カ所。 しかし、範囲が広いだけに全部を調べるわけにもいかない。 そんな、腕ぐみながら地図を睨み付けるジャニスに、こわごわと昌平が声をかける。 「・・・敵から逃げまわるには、市街地なんて良いんじゃないですか? オレ達の時みたいに」 昌平は以前にテロリスト扱いされて、国家権力の手先と一般市民のみなさんに追いかけ回された事がある。 その時には、人ごみにまぎれて逃げきったのだ。 「予想だけど、人間を相手にしてる訳じゃないだろうからねぇ。 まあ、今なら人間相手にも逃げまわる事もあるかもしれないけど・・・」 「駄目もとでキリトに見てきてもらったらどうです?」 「それにしても、歌舞伎町も人が多いし、入り組んでいるしねぇ。 逃げまわるには最適だろう?」 「そっか・・・でも新宿に近いですよ? ここ?」 「そうか・・・来須はなんだか真神学園ってトコロに近寄りたくなさそうだったしねぇ。 そうなると、思いきり新宿から離れたココってことか・・・いいね! ここにしよう!」 そうして、昌平に頼まれたキリトは夜の東京上空を、覚えこんだ地図の場所めがけて駆けぬけていった。 それを追う様にして、地上の二人も移動を開始する。 そのタクシーの車中で、昌平は手にしたままになっていた木箱の事を思い出した。 「そういえば、この石はなんなんです?」 「これはね・・・伝説に語られるような珍しい勾玉で、あらゆる類の呪いの身代わりになってくれるのさ」 「・・・?」 「つまり・・・あらゆる種類の『呪い』を完全に肩代わりしてくれて、砕けるんだよ。 そうして・・・その呪いは勾玉相手に達成されて、完全に消え去るって寸法さ。 滅多に作り出せない神秘の勾玉。 数百年の間に1個作れれば、良い方だろうって代物さ。 世界でも1〜2個しか出まわってないしね。 だから非常に珍しいし、値段もベラボーに高いのさ。 これがあれば・・・来須は力を取り戻せる」 「さすがに詳しいですね」 「まあ・・・色々あって呪いを解く方法の情報を集めるのが趣味になってねぇ」 「それで日本に?」 「ああ。 何年か前に、この東京のどこかにある骨董品店で、最後に目撃されたって情報を掴んだんだ。 まあ、もう一つ目的はあったんだけどねぇ。 そっちはもう済んだよ」 「・・・占い師の方ですか?」 「まあね」 「それにしても・・・よかったですね。 来須さんの呪いを解く方法がみつかって」 「ああ・・・そう・・・だね。 よかった・・・んだろうねぇ。 きっと・・・」 「?」 その答えは妙に覇気のないもので、意味不明であった。 この勾玉が見つかるまでは、ジャニスは来須の身の安全の事だけに悩んでいた。 しかし・・・目の前に伝説の勾玉が現われた時から・・・ジャニスは平常心を無くしかけていた。 ジャニスがなぜ昌平にいつまでも高価で希少な勾玉を預けたままにしておくのか? それは、ジャニスの心にある誘惑のせいだったのだ。 自分の幸せをとるか、来須の命を取るか。 手を伸ばせば、自分の幸せそのものが、そこにはある。 しかし、これを使ってしまうと、ハンターの力を失った来須は近い将来組織の手で殺されるだろう。 来須が使えば、来須の命は間違いなく助かる。 今囚われている魔物も自分でどうにかするだろう。 しかし、ジャニス本人の幸せは、決して手の届かない場所にいってしまう。 ジャニスの望みは来須と幸せになる事だ。 しかし、ジャニスの場合は、来須以外の人間と幸せになる道が残っているのも、また事実なのだ。 そうして・・・来須とは二度と会えなくなる。 それだけだ。 そんな誘惑は、ジャニスの平常心を少しずつ奪っていく。 自分の幸せか、来須の命か。 ジャニスにとって、それはとても辛い選択なのだ。 その二律背反する感情がジャニスの中で荒れ狂っているのだが、そのことを昌平は知るよしもなかった。 キリトが夜空を駆け抜けている頃。 来須は地べたに這っていた。 その体はあちこちが軽い火傷を負っている。 そんな来須を囲むようにして数体の怪物と、占いゲーム機の中のピエロがあざ笑っていた。 『ヒャッハッハッハ、オマエ全然大した事ないな。 警戒して閉じ込めておくほどの相手じゃネーか? ギャハハハハハッ』 そのピエロの声を聞きながら、来須は大森の手を借りて立ちあがる。 「く、来須さん!」 「クッ・・・に、逃げろ」 「え?」 「ここから、逃げるんだ。 少なくとも・・・ここで死ぬよりはまともな死に方が出来る」 「そ、そんな・・・どっちにしても死ぬんですか?」 「オレ達はあいつの『呪い』を受けている。 どっちみち死ぬんなら人間の世界で死にたくないか?」 「わ、私は・・・」 「分ってる。 誰でも死に直面したら怖くなる」 「死にたく・・・ないです。 でも・・・アナタを見捨てていく事も・・・」 「無視するな。 お前が死んだら悲しむ者がいるはずだ。 せめて・・・一目でも会ってやれ。 オレは簡単には死なん。 オレが生きてここで逃げまわっている間は・・・お前は死なないはずだ。 あいつがここから動かないからな」 その説明に大森は、いぶかしげに来須に問いかける。 「な、なんでそんなに詳しいんですか?」 「オレは・・・あんな化け者を殺すのが仕事なんだ。 今はその力が使えないんだがな・・・」 「私達・・・運が悪いんですね」 その時、来須の知覚に僅かに触れてくるものがあった。 それは・・・懐かしい感触だった。 「そうでもないかもしれんがな・・・逃げろ!!」 そう言うが早いか、来須は大森を抱えて飛ぶ。 来須が飛んだ場所には数体の魔物が殺到して・・・真紅の閃光に壁ごと切り裂かれた。 「この程度の相手に苦戦しているとは・・・兄者を倒した者とは思えんぞ?」 そうして、結界を壁ごと切り裂いて飛びこんできたのは、全身黒づくめの青年キリトだった。 キリトは余裕を見せつけるかのように、傷だらけの来須に笑いかける。 もう大丈夫。 そう確信した来須も、そんなキリトに緊張を解いて苦笑混じりの声を返す。 「いつも絶好調って訳にはいかないさ」 「・・・その子は?」 「被害者だ。 オレ同様、ここから逃げ出せない」 「フン、昌平と魔女が今ここに向かっている。 結界に穴を開けたんだ。 電話くらいしてやれ」 「済まんな。 後は任せるぞ」 「世話の焼ける・・・それでもハンターか?」 「呪いさえなければ、大昔のトランプについた厄病神なんぞに負けやしない」 無視された事が悔しいのか、占ゲーム機から飛び出したピエロは青筋を浮かべながら怒鳴る。 『・・・ギャハハハハ、詳しいな人間。 そうだ! オレ様はナポレオンのトランプ様だ! 雑魚扱いしているとイタイ目に会うぜィ!!』 そんな怒鳴り声に、キリトは侮蔑の篭った視線。 来須は完全無視を決め込む。 怯えているのは大森ただ一人だけだった。 そうして、妙に白けた空気の中、来須の携帯で話す声だけが響く。 「・・・ああ、そうだ。 一応無事だ。 なに、キリトが相手しているからゆっくり来い。 キリト相手に十分もったら奇跡だろうさ」 これでは、せっかくの親玉登場も締まらない。 再度、怒鳴り声を上げようとしたピエロの前に、キリトの左手から生えた真紅の鎌が差し出される。 「大人しく呪いを解けば良し。 さもなくば・・・同族といえど、切る」 戦闘種族カマイタチ相手では、いくら魔物とはいえこのピエロ程度では歯が立たない。 誰もがそう思った。 だからこそ、この余裕だったのだが・・・。 脂汗を浮かべたピエロは、それでもおどけた仕草で奇声を上げる。 『キャハハハハァ! かの有名なカマイタチ殿かぁ。 確かにオレ様程度でどうにか出来る代物じゃねーなぁ。 お会いできて光栄だぜ。 私はナポレオンのトランプと申します。 以後、お見知りおきを・・・。 そして・・・さようならァ!!』 サーカスのピエロのような格式ばった仕草で礼をしたピエロが、最後の言葉を吐いたのと同時に、店内の電気が一斉に落ちる。 『キャーーーーハッハッハッハッハッハッハ・・・』 そんな勝ち誇ったかのようなピエロの笑い声の消えていく、真っ暗な店の中で・・・。 「・・・キリト。 逃がしたな」 「面目ない」 まんまと一杯食わされた男二人の呟きが聞こえた。 もっとも、ピエロの逃走によって呪いは解けたのだから、勝ちと言っても良いかもしれないが・・・。 ナポレオンのトランプ。 それは、かの有名なナポレオン・ボナパルトが愛用していたと言われるトランプ。 その占い結果は、その人物を幸せの絶頂に導くと言われる。 しかし、油断してはならない。 その占いは・・・最後の最後で持ち主を破滅へと追い込むのだ。 そうして、そのトランプのジョーカー、死に神の名を持つピエロは、次の主を求めて高笑いを上げて去っていくという。 今回のピエロも時代の流れによって、こんな姿になったのかもしれない。 数々の妖怪伝説。 それは時代と共に手を変え、品を変え、都会の片隅で今も都市伝説として生き続けているのかもしれない。 そんな逸話を思い出しながら、来須はジャニスの到着を待っていた。 呪いの解けた大森が極度の緊張の反動か、呆けて座り込んでいる中。 ジャニスは顔を真っ赤にして、来須に怒鳴り声を上げていた。 サングラスを外した状態で睨みつけていることもあって、その姿はひたすら怖い。 「まったく! 何考えているんだい!! アンタは今一般人に過ぎないんだよ!!」 「悪かったな。 心配をかけて」 「まったく・・・私が気がつかなかったらどうなっていたと思っているんだい!?」 「だから・・・悪かったといっている」 「誠意ってもんが感じられないんだよ!! このスカタン!!」 そういって愛用の銀の杖で思いきり来須を叩くジャニス。 はっきりいって・・・メチャクチャ痛そうだ。 さすがの来須も叩かれた頭を抱えて座り込んでいる。 これが、仮にも裏の世界で有名なコンビのやる事であろうか・・・。 「お、おまえ・・・今のは酷いぞ」 「おだまり!! 私は怒っているんだからね!!」 そういって再度杖を振り上げたジャニスを昌平とキリトが必死になって押さえる。 「ジャニスさん! 殺す気ですか!?」 「知ったことかい! こんな事で死ぬはずない!」 「落ちつけ。 それより・・・プレゼントを買ってきたんだろう?」 キリトの精一杯の静止の声に、ようやく怒りを収めたジャニスが昌平から勾玉を受け取る。 「来須。 アンタにこれを渡す前に・・・一つ相談があるんだよ」 「・・・なんだ?」 その声に、ジャニスは満面の(邪悪な)笑みを浮かべて再度問いかける。 「・・・アンタ、これ買わないかい?」 「プレゼントって言ってなかったか?」 「冗談じゃない。 誰がアンタみたいな身のほど知らずにこんな貴重な物をやるもんかい」 「・・・それはなんなんだ?」 「アンタの呪いを解く道具さ」 「・・・それで?」 「格安で売ってやるよ? 今なら3割増しってトコロだねぇ」 「・・・あがっているぞ?」 「あら? イヤなら良いんだよ? 私もこの道具は欲しいんだ。 他にも買い手は腐るほどいるんだからねぇ」 「しかし・・・現金か?」 「そうだねぇ。 ・・・ローンも受け付けているけどねぇ」 「・・・分った。買おう。 幾らだ?」 「その言葉、忘れんじゃないよ」 ジャニスは、そう言うと来須に勾玉を握らせて、その手に己の念を込める。 すると、その勾玉は鈍く輝き、来須の体に宿っていた呪いを引き受けて砕けた。 その瞬間。 来須は自分の体の奥から懐かしい『力』が溢れ出してくるのを感じた。 ついに、ハンター来須狩夜はその力を取り戻したのだった。 「解けた・・・やったぞ! 力を、オレは牙を取り戻した!!」 歓喜に打ち震える来須に、ジャニスは音もなく近づくと、その耳元に値段を呟く。 その金額を聞いて、来須は椅子からずり落ちた。 まさに天国から地獄。 魔女の本領発揮であった。 「な!? なんだと!!」 「商談は成立したし、アンタはそれを使った。 もうクリーンオフなんて出来ないんだ。 諦めるんだねぇ。 安い物だろう? 命の代価なんだから。 それと・・・年利30%だから覚悟するんだねぇ」 借金地獄。 来須の目の前には無限に広がる生き地獄が待っているようだった。 「いっただろぉ? 魔女の貸しってのは死ぬまでついて回るんだ。 逃げられるなんて思っちゃダメだよ? 返せる時に返してくれればいいけど、返し終わるまで私はアンタの側を離れないからねぇ。 ・・・覚悟するんだね?」 その金額を考えるに、どうやら来須はジャニスから生涯離れられないようであった。 大森同様に呆けてしまった来須に、ジャニスは今度は本物の満面の笑みを浮かべる。 『自分の幸せの代償に、来須を決して自分から離れられなくする』 それが・・・ジャニスの悩み抜いた結果、下した結論だったのだ。 あるいは、このまま死んだ方が来須としては幸せだったのかもしれないが・・・。 「・・・悪魔だ」 この事件で、来須の人生が終わったと思うのは、決して昌平の勘違いではあるまい。 しかし、周りにどう思われようと、ジャニスは幸せであった。 『黄金色のエンゲージリング』 この借金をそう日記に記したことを、その場にいる誰もが知るはずもないし、知りたくもないだろう。 来須からジャニスへ返済されたお金が、来須名義で今まで通り施設へ寄付され続けていた事を来須が知るのは、 ずっと後になっての話しである。 <終わり> |