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どんな人間にも素人だった時代ってのはあるものだ。 オレの相棒を名乗るジャニスって魔女も、最初はただの村娘。 単なるホテルの受付譲だった。 それがある事件をキッカケに業界屈指の魔法使い、魔女・ジャニスになったのだ。 つまり・・・オレにも修行時代ってのはあったんだ。 「訓練生・来須狩夜。 あなたは今日から別の肩書きを名乗ることになります。 すなわち・・・ハンター・来須狩夜。 それが明日からのあなたの新しい肩書きです」 目の前に座る老いた老婆は、オレに歳に見合わない張りのある声でそう告げた。 オレが今までの人生を捨てて、ハンターになるための訓練施設に入ってはや半年。 異例の速さでカリキュラムを終了させたオレは、最終段階『白魔術』と呼ばれる技術の習得に入ることになった。 「しかし、当組織の正式なハンターとなるからには最後の試練が残っています。 これをクリアした時、あなたは比類無い力を得るでしょう。 しかし、忘れないで欲しいのです。 その力は・・・今までの常識を超えた先にあるのだということを・・・」 「わかりました。 それで、私は何をすればよろしいのですか?」 「簡単な事です。 この扉を抜けてただ進むだけです。 ただし、この通路は『一方通行』です。 決して引き返す事はできません。 通り抜けられなければ・・・待つのは『死』だけです。 覚悟が出来たなら進みなさい」 言われるまでもない。 その覚悟は半年前にはできている。 オレがこの半年間、何のために血反吐を吐きながら地獄の訓練を受け続けてきたと思っているんだ? 全てはオレの家族を皆殺しにした『化け物』を狩る力を得るため。 ただそれだけのためにオレは耐えてきた。 その力を得るためならば、オレは・・・この命を賭けろといわれても惜しくはない。 躊躇もなく扉を開けたオレに、その老婆はたった一言忠告する。 「命を賭けてまで・・・復讐したいのですか?」 「私の魂はすでに地獄に落ちました。『狩る者』になれないのなら生きていても仕方ありません」 こうして、オレの最後の試練は始まった。 その通路は闇に閉ざされていた。 一寸先どころか、自分の腕すら見えない。 それは完璧な闇だった。 数分間歩く間に、オレは自分の方向感覚と平衡感覚が早くも狂いはじめているのを感じた。 『・・・闇とは恐ろしいものだ。 何も分らなくなる』 そうして、闇は次々にオレの心に攻撃を仕掛けてきた。 それは幻覚。 周囲を飛び交う光のハーレーション。 それは幻聴。 周囲に聞こえる亡者の雄たけび。 繰り返される幻覚。 無形の生物は何度となくオレを殺し、オレは何度となくその場で死んだ。 繰り返される幻聴。 亡者の叫びに加えて、時に失ったはずの家族の声すらも聞こえてくる。 しかし、それは全て自分の弱い心が呼ぶ幻だ。 オレは自分が狂っていない事を祈りながら歩を進める。 そうしてどれくらいの時間がたったのだろう・・・数分かもしれないし、数時間かもしれない。 オレの目の前には出口が待っていた。 『なんだ? えらく簡単な試練だったな』 オレが自分の勘違いに気付くのはその出口を出てからのことだった。 オレが出口を抜けると、そこは森に囲まれた広場だった。 その森は、霧雨の降る寂れた山の中にあるらしかった。 周囲は鬱蒼と茂った森に囲まれ、目の前には巨大な岸壁があった。 高さはざっと数十メートル。 取っ掛かりになりそうな出っ張りもないため、登攀は困難なようだった。 オレはそこで、岸壁に向かって座り込んだ奇妙な男に出会った。 その男は石で作られたいびつな造詣の仮面をかぶって、ただひたすらに岩肌から何かを切り出していた。 「なにをしているんだ?」 オレの問いに、そいつは手も休めず答える。 「面を彫っている」 オレには、そいつがなぜそんな事をしているのか分らなかった。 「麓に降りたいんだがな・・・どっちにいけばいいんだ?」 「麓? あんた・・・『外』から来たのか?」 男の常葉はオレにある予感を抱かせた。 「・・・ああ・・・多分『外』から来たんだろうな・・・」 「そうか・・・なら、諦めるんだな。 ここからは何処にもいけん」 「なんだ? それは? 道くらいあるだろう?」 自分でも、その男の答えは予想していた。 たぶん・・・。 「そう思うなら、いくらでも試してみると良い。 森には入れても、少なくとも『ここから出る』のは無理だ」 ・・・やっぱりな。 「・・・試してみるか」 それを信じたくないオレは、その森に入り・・・予想通り、その場所に戻ってきた。 この男の言うとおりらしい。 オレはここに閉じ込められたのだ。 『どうにかしてここから出てみろ』。これはそういう試練らしかった。 「・・・確かにそうらしいな。 しかし・・・お前のやっている事がわからん。 こんな場所で面を彫る事に、何の意味がある?」 「意味など無い。 これがオレの『有り方』なのだ。 生涯をかけて己のために面を彫る。 それ以外の意味はないし、求めようとも思わん」 ・・・訳がわからない。 「今かぶっているのもそうか?」 「ああ」 「それは何の面なんだ?」 「・・・鬼だ」 「鬼?」 「ああ」 「・・・今までに、幾つ彫った?」 「覚えてなどいない。 オレが彫り始めた時からオレは彫ってはかぶり、かぶっては彫っている。 古いものはみな壊した。 今あるのはこれ一個だけだし、これからも一個だけだ」 「・・・禅問答のような話しだな」 「己のための面だ。 一個で十分だ」 「・・・どうやって生きているんだ?」 「心配はいらん。 ここにいるかぎり飢えはない。 乾きもない。 あるのは無限の時間だけだ」 「そんな馬鹿な・・・」 「信じるも信じないもお前の勝手だ。 そう信じればそうなる。 ここはそういうところだ」 オレは、この男との問答に疲れて、雨のしのげそうな場所を探した。 「休みたいなら、そこの小屋で休むと良い」 男に言われてそこを見ると、確かに少し離れた場所に小屋のような物をみつけた。 なぜ今まで気付かなかったのだろう? 「じゃあ・・・休ませてもらう」 「ああ。 この雨は明日にはあがる」 「・・・天気を読めるのか?」 「いや、そう信じているだけだ」 「・・・なぜだ?」 「お前も信じろ」 「・・・分った。 お前の話し、信じてみよう」 オレが小屋に入ると、そこには粗末な寝具と・・・壁に飾られた一個の鬼の面があった。 「あの大ウソツキめ。 なにが一個だけだ。 ちゃんとしたのがあるじゃないか」 板張りの床に座り込んだオレは、気付くと無意識のうちにその面に見入っていた。 なんと言えばいいんだろう? 躍動感? 生命力? いや、そんな生易しい物じゃない。 これは・・・鬼気だな。 この面はなにか人の魂を揺さぶる物を持っている。 まさしくこれぞ『鬼面』といえる代物だろう。 「その面は何だ?」 気付くと、小屋の入り口に男が立っていた。 その面は新しい物に変わっている。 しかし・・・いびつな造詣は直っていない。 いや、それどころかますます酷くなっていた。 もしやとは思っていたが・・・やっぱりヘタクソなのか? 「ここにあった」 「ふむ。 お前はオレの面をどう思う?」 「・・・ヘタクソだ」 「ヘタクソか。 しかしな・・・面とは造詣の妙だけで、真価が問われるものではないぞ?」 「ならば何で真価を問う?」 「魂だ」 「魂?」 「ああ。 面とはそれだけで一個の命なのだ。 それは被る物に力を授ける」 「・・・異国の部族で、そんな言い伝えがあると聞いたことがある。 鳥の面は、被るものにその力を。 勇者の面は被るものに勇者の勇気と力を与えると・・・。 だから彼らは勇者を模した面を被り、その勇気を・・・その魂を己に宿すのだという」 「そんなところだ」 しかし、それは一種の自己暗示に過ぎない。 所詮は『オレは勇者だ』といった思いこみで、いつもより力が発揮できるというだけだ。 所詮は言い伝え・・・おとぎ話しにすぎない。 「本気で信じているのか?」 「ああ。 見栄えの良い面が良い面とは限らん。 全ては・・・込められた魂次第だ。 形なんてのは所詮飾りに過ぎん。 それを・・・いつか証明してみせよう」 「そんな事・・・出来るのか?」 「さてな。 生きてる内に『本物』が彫れるかどうか」 そうため息混じりに言うと、その男は小屋の中にあった道具を掴んで出て行く。 頭痛がしてきた。 オレは床に横になるとそのまま眠りについた。 目を閉じたオレは、男の槌を振るう音を聞きながら眠りにつき、その音で目が覚めた。 そんな一日が何度か過ぎた。 オレは不思議な事にここ数日食事をとっていない。 しかし、空腹に苦しむ事もなければ、乾きに苦しむこともなかった。 だが、オレは睡眠だけはとっている。 真っ暗な夜には何もすることがないからだ。 しかし、この男はオレが起きている間中面を彫っていた。 いつ寝ているのだろうか? 「いつ寝ているんだ?」 「眠ってない」 「少しは寝ろ。 死ぬぞ」 「心配いらん。 ここではそんな常識は必要ない」 「・・・オレの方が非常識だってのか?」 「そうだ。 ここは人の世界ではない」 「そうだったな・・・月もないのか?」 「知らんな」 「そうか。 オレが来てから・・・まだ一度も夜の月どころか星にも目にかかってないんだがな」 「さて・・・月がくるといいな」 「・・・オレが月にお目にかかるのが先か、お前の面の完成が先か・・・」 「さてな。 月に聞け」 「面は何個目だ?」 「・・・お前が来てから10個くらいだ」 「まあ・・・頑張ってくれ」 「ああ」 なんだか疲れたオレは小屋に戻ると、横になって考え事を始めた。 それはこれまでの事、これからの事。 色々だ。 しかし、それも数時間のことだった。 「・・・こんなトコロでボケっとしてる場合じゃないな」 オレはその日からひたすら歩き回った。 どこかに出口があるかも知れないからだ。 そんな探索行が数日間続いた後、オレは出口を探すのをあきらめた。 そうして何日目かの朝を迎えた。 朝といっても太陽が出たわけじゃない。 単に明るくなっただけだ。 住人同様に世界も狂ってやがる。 そうして、オレがその奇妙な住人の元を訪れた時。 オレはおかしな点に気がついた。 「不思議なんだが・・・お前はほとんど毎日面を彫っているよな?」 「ああ」 「では・・『なんでその岩肌の形状が変化しない』んだろうな?」 「さあな。 岩に聞け」 「ああ、そうさせてもらう」 それは唯一の突破口なのかもしれない。 昼と夜という時間が存在する空間の中で、唯一存在する『変化しない壁』。 あるいはこの先にこそオレの求める出口があるかもしれないのだ。 オレは訓練過程で身につけた登攀技術を生かして壁をよじ登る。 コツは基本的な事だ。 常に3点を確保しておくこと。 これだけだ。 数時間後。 オレはあの男の岩を打つ音を聞きながら、岸壁の中ほどまで登った。 しかし、ここから先は指どころか爪すら引っ掛ける場所がない。 これ以上は登攀できないってのか? どうすればいいんだ? 「くそっ・・・別のポイントから攻めてみるか・・・」 それはどう場所を変えても同じ事だった。 この岸壁は中ほどから・・・まるで一枚岩のように滑かな岩肌となっていたのだ。 その岩肌は、これ以上の登攀を阻んでいるかのようだった。 オレは登る時以上に慎重に降りると、疲れ果てて岩を削る男の側に座り込んだ。 「なあ・・・ここから出るにはどうすればいいんだろうな?」 「さあな」 「お前は面が彫れれば良いかも知れんが、オレはここから出なきゃならん」 「・・・オレには関係無い。 出れると信じろ。 いつかは出られる」 「・・・また『信じろ』か・・・それになんの意味がある?」 「信じる事は力になる」 「そうだな」 「面は信じる力の象徴だ。 お前もいつか分る時がくる」 「そうか? そうかもしれんな」 「分ったら邪魔だ。 信じない者が側にいては面は出来上がらん」 「・・・信じる・・・か」 オレは立ち上がると、この世界のルールについて考えて始めていた。 この世界には唯一のルールがある。 それは・・・信じた事が常識になるってことだ。 それを生かして何とか脱出できないものだろうか? 「信じる・・・信じる・・・岸壁を登る。 登りきれる。 登る・・・登る・・・」 ・・・そうか。 なにも『登る』必要はないんだ。 オレは岸壁に対して右足をつけると、そのまま左足も岸壁につける。 「・・・歩ける・・・歩ける・・・」 オレは自分の信じた通り、『岸壁に垂直に立っていた』。 ここではこういう事も出来るんだ。 そうさ。 何も無理して登る必要なんてないんだ。 歩いていけばいいじゃないか。 そうして、例の境界線を越えると後はあっけないほど簡単に頂上まで辿りついた。 その岸壁は厚さ数センチの薄い物で、その先には無限の闇が広がっていた。 「じゃあな、もう会うことも無いだろうが達者でな」 「そうか」 そういうと、その男はオレに始めて素顔を見せた。 その顔は・・・。 「これを持っていけ」 もう一人のオレはそういうと、手に持った仮面を投げてよこす。 その仮面の鬼は歪んではいたが、確かにオレの顔をしていた。 今なら分る。 これは確かに鬼面だ。 それも・・・『復讐に狂った鬼を模した面』だったのだ。 確かに以前見た鬼面のような造詣の妙はない。 しかし、そこに込められた『復讐』という名の魂はこの仮面を別次元の物に進化させていた。 「これが、オレ自身の『力の象徴』か?」 「疑うな。 信じる者にのみ力は与えられる」 「・・・そうだったな」 オレは餞別の面を顔にはめると、一気に壁から飛び降りる。 それは、もう一人のオレから見たら滑稽な姿かもしれない。 なんといっても、壁に垂直に立った男が真横に向かって落ちていったんだからな。 気がつくと、オレは試験開始の部屋の入り口に戻っていた。 「おめでとう・・・ハンター・来須狩夜」 「ありがとうございます」 「これはキッカケにすぎません。 あなたが得た『常識を覆す認識』を、今後どのように力にするかはアナタ次第です」 おれはその言葉を聞きながら、あの不思議な体験をした訓練を思い出していた。 「あの場所は何だったんですか?」 「恐らくは・・・アナタの心の中でしょう」 「心の中?」 「ええ。 人によって行く場所、出会う人間は様々です。 あなたはどのような人に出会いましたか?」 「私は・・・」 そう話しながら、オレはもう一人のオレの事を思い出してした。 あいつはいった。 『意味など無い。 これがオレの『有り方』なのだ。 生涯をかけて己のために面を彫る。 それ以外の意味はないし、求めようとも思わん』 それはオレのことだったのだろうか? 『組織のハンターになる事に大した意味は無い。 ただ、オレは復讐のために生きているだけだ。 それは手段にすぎないし、目的でも無い。 オレは・・・化け物を狩れればそれでいい。 他の道など・・・知ったことではないし、求めようとも思わない』 オレはずっとそう考えていた。 恐らく、それが『もう一人のオレ』を作り出した原因だったのだろう。 オレは、この試練で自分の得た力がどのような物なのか・・・正直よく分らない。 ただ、『狩る力を得た』。 そういう風に感じていたし、使いこなせる自信もある。 オレは目の前にかざした手に、力が宿る事を『信じる』と一閃させた。 「・・・おお! 早くも精神力を操る術を身につけたか!」 オレの手刀は目の前にあった天然石の置物を、恐ろしく綺麗な断面で真っ二つにしていた。 そうだ。 オレはこの力で・・・オレから全てを奪った化け物どもをこの地上から一掃してやる。 オレはハンター・来須 狩夜。 化け物ども専門の殺し屋だ。 化け物ども・・・この瞬間から貴様らに安息の時間はないと思え! <終わり> |