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闇の生き物を狩る狩人にとって、後方支援の組織というものは非常に重要な役目を持っている。 それは時に援助だったり調査だったり、緊急時の治療だったりする。 しかし、組織に属するというのは、自分の意志よりも指令を重んじる事でもあるのだ。 『どんなに理不尽な指令でも、やらなきゃいけない時は必ずやりとげる』 それは信頼第一の仕事であるハンターの第一条件なのだろう。 そんな仕事の中では時として、ありえない存在というものに遭遇することがある。 今回の事件でも、そんな不思議な存在に出会った。 なぜそんな存在が生まれたのかは今もって分らない。 これはそんな事件の話しだ。 その人物は、本部に報告に来ていた来須を自分の部屋へ呼ぶと、静かに告げた。 その人物は、来須の上司にあたる人物だった。 「ハンター来須」 「はい」 「キミはこれまで随分と戦い続けてきた」 「自分の選んだ道です。 後悔はしていません」 「・・・少しは休みたまえ。 今キミに倒れられては、組織としても良い事は何一つない」 「休暇を取れ・・・そう仰るんですか?」 「ああ。 きみの非公式の相棒にはすでに休暇を取らせてある。 彼女も組織の魔法使いの教育と、キミへの協力で疲れているだろうからな」 そういって、来須の前に分厚い封筒と、航空券が置かれる。 「今の欧州は過ごしやすい気候だそうだ。 そこのホテルに一ヶ月間部屋をとってある。 キミがいつも使うような安い宿ではないから安心したまえ。 これは臨時ボーナスだ。 ゆっくり羽を伸ばしてくるといい」 そこまで言うと、それを受け取るのが当然だというように椅子ごと背を向けた。 こうなっては来須も断れるはずもない。 しょうがなしに休暇に入ることにした。 「もしかすると、休暇中に急ぎの仕事が入るかもしれん。 次の仕事はヴァチカンからの特令で、場所は欧州のどこかのはずだ。 キミは断る事は出来ない。 それは覚悟しておいて欲しい。 以上だ」 その声を聞きながら来須は部屋を後にする。 『休暇? 現場待機の間違いじゃないのか?』 そう思ってもしょうがないだろう。 「よろしいのですか? 確か彼を指名してきた仕事があったはずですが・・・」 その秘書の言葉に、その人物は悠然と答える。 「キミ、彼の最近の弾丸の使用数を知っているかね?」 「いいえ」 「今年に入って負傷回数と程度、弾丸の使用数、事件の後始末にかかる費用。 どれもが昨年の今ごろの数字よりあがってしまっているんだよ。 これは彼の疲労からくる能力の低下を指していると、私は考えている。 このままでは、彼のように優秀な『手駒』が無駄死にすることになるだろう。 かといって、休めといって聞く男ではないしな・・・。 だからこういったケースを最大限に利用して休ませるんだ。 なんといっても、彼は自分を省みることをしない男だからな。 これも未来に対する布石だよ」 その言葉は冷たいものだったが、顔に浮かべた苦笑は優しいものだった。 そして、秘書は知っていた。 来須への臨時ボーナスは、組織から出た物などではなく、目の前の男からのプレゼントだということを。 そして、その事を来須には決して告げないだろうということも・・・。 「お客様、冷たい飲み物はいかかがですか?」 「・・・貰おう」 そういって来須はサービスのドリンク片手にプ−ルサイドにある椅子に座った。 来須の目の前のプールでは、銀髪の女性が白い水着で楽しそうに泳いでいる。 『なんで・・・こうなるんだ?』 来須は自分と目の前の女性の関係が、周囲にどのように捉えられているか考えたこともなかった。 そんな関係ではない。 すっとそう思っていたし、周囲もそう思っていると信じていた。 しかし、現実には来須の事を誰よりも知っているはずの上司ですら勘違いしていたのだ。 来須は、せっかくの休暇なのだから一人でゆっくりと過ごしたかったのだ。 だから、現地につくなり観光もしないでホテルの向かったのだ。 しかし、そのホテルで案内された部屋には・・・なぜか先客がいた。 しかもよく知っている人物だった。 「あんたの上司も気がきいてるねぇ」 その先客はそういって「相部屋なんだってさ」と付け加えると意地悪そうに笑った。 その先客の名は『魔女・ジャニス』。 来須の自称相棒で、実際に一人で手に負えないような事件への協力をしてもらっている。 『非公式の相棒』という風に周囲は認識しているばずだった。 そう・・・来須はずっとそう考えていたのだ。 実際にはこういう風に認識されていたとも知らずに。 『帰ったら周囲の誤解を解かないとな』 来須の考えを知ってか知らずか、ジャニスは楽しそうに泳いでいた。 その日の夕方。 豪華な夕食を食べながら、ジャニスは来須に告げた。 「明日からしばらく留守にするんで、荷物頼めるかい?」 「なにか用でもあるのか?」 「まあね。 これでも色々と用事が多いのさ」 そういって、ジャニスは一通の封筒を取り出した。 「それは?」 「招待状さ。 しかもVIP。 凄いだろう?」 「なんの招待状なんだ? 黒ミサか?」 「残念だけど違うよ。 錬金術士の協会からのものだよ」 「錬金術士の集会か・・・想像もできんな」 「馬鹿にしたもんじゃないよ? 今の科学なんて足元にも及ばない成果の発表があるんだからねぇ」 「なんの発表なんだ?」 「人造の生命。 ホンムクルスってやつさ」 「ますます、妖しげな集団にしか思えないな」 「クローンなんて目じゃないよ。 私達は命を作り出すんだからねぇ」 「・・・まあ、頑張って来い。 オレはゆっくりさせていてもらう」 そして、翌朝。 来須が目をさますとジャニスはすでに出かけた後だった。 そして・・・ジャニスは荷物をホテルに残したまま音信を断った。 ジャニスが姿を消して丁度一週間たった日の夜。 夕食を済ませて部屋でくつろいでいた来須に、フロントも通さずに来客が訪れた。 「ハンター来須さんですか?」 「ああ。 アンタがヴァチカンからの使者か?」 「はい。 今回の依頼・・・いや、指令ですね。 それを伝えにきました」 その使者の告げた指令は驚くべきものだった。 来須も存在だけは知っていた『人形師』とよばれる邪教の体現者の殲滅だったのだ。 しかも刺客は来須だけではないらしい。 そうとう大掛かりな掃滅戦だと思っていいだろう。 「まだいたとはな・・・正直信じられない。 協会にあれだけ狩り尽くされたというのにな・・・」 「悲しむべき事に、その手の邪教徒は決して滅びないのです。 人の欲とエゴが存在している限りは・・・主も悲しまれている事でしょう」 「それで? オレは誰を狩ればいいんだ?」 「人形師クエイド・ベイナードという邪教徒と、彼の保有するすべての忌まわしい怪物どもです。 怪物の中には暗殺用の物も含まれています。 美しい見た目に騙されてはいけません。 そいつらは、みな邪教の技術で生み出された怪物なのですから・・・。 相手を単なる邪教徒ではなく、怪物そのものだと思って殲滅してください」 「まあ、人間と人間もどき相手に遅れはとらないけどな・・・」 「最新の情報では、最近その邪教徒の屋敷から異様な魔力が観測されています。 妖しげな錬金術士と思われる女性を雇い入れたとの情報も入っています。 あるいは・・・その人物は『魔女』かもしれません」 協会の過去の歴史には、魔女に対する深い恐れと嫌悪の感情がある。 それが使者の言葉を強張ったものにしているのだろう。 「・・・それならしばらく時間を貰おう。 魔女相手に真正面から仕掛けるのは得策じゃない。 調査後、隙をついて人形師ともども一気に殲滅する。 それでいいだろう?」 「はい。 方法はお任せします。 ただし、屋敷の邪教の道具は全て破壊してください」 「心得た。 今日から10日間に殲滅するんだったな?」 「はい。 それでこの地の邪教徒は一掃されるはずです。 主もお喜びになって下さるでしょう」 話しはそれまでだった。 使者が帰った後、来須は一人ウィスキーのグラス片手に考えていた。 「邪教徒狩りか・・・どっちが人間離れしてるんだかな」 人間の尊厳を踏みにじって巨額の富を得る人形師達。 自分達の信じる神を信じようとしない異教の信仰者を『邪教徒』と呼び、人間扱いしないヴァチカンの聖職者達。 確かに人形師の行いは、人間として許されるものではない。 しかし、彼らのおかげで救われる人間が、わずかだがいるのも事実なのだ。 果たしてどちらが悪なのか? どちらが善なのか? 信仰というフィルターを通さないで見た場合、来須にはどちらもグレーの存在にしか思えなかった。 まあ、おそらくヴァチカンの方がより正しい存在なのだろう。 絶対の正しさなどこの世には存在しない。 それはわかっている。 しかし、だからといって無条件にヴァチカンの考え方にも賛同できないのだ。 それが、来須の酒を不味くするのだった。 数日後。 休暇を中断した来須は、目的地の田舎町である人物と待ち合わせをしていた。 その人物は来須の予想通りに、ベイナード家に滞在していた。 それで、話しがあると呼び出したのだ。 その人物とは、ここのところ音信を断っていたジャニスだった。 ジャニスと今回の依頼の話しをすると、予想以上に事態は複雑な様相を呈しているらしかった。 とりあえず急いで実験を成功させる必要がある。 来須はそう忠告すると、実験の成功を阻んでいると思われる要素について、自分なりの考えを伝えた。 「・・・とにかく今の言葉を励みにしてもう一回実験をやり直してみるよ」 ジャニスはそういってベイナード家に帰っていった。 それから数日がたった。 おそらくは、ジャニスも実験を終えて屋敷を後にしているだろう。 最早、時間を引き延ばす事は出来ない。 来須は、人形師を殺すために屋敷に向かった。 その広大な敷地を持つ屋敷は、鬱蒼と茂った森に囲まれるようにしてあった。 開かれていた大きな門をくぐり、玄関の前まで車で行くとノックもせずに玄関を開ける。 玄関にカギはかかっていなかったようで、意外なほど簡単に屋敷に入り込めた。 『無用心な屋敷だ』 そんな事を考えていると、屋敷の奥から一人のメイドが出てきた。 そのメイドの顔はまるで能面のように無表情だった。 その顔が完璧な作りだけに、その無表情さは気味が悪かった。 おそらくはこれが人形と呼ばれる人造の人間なのだろう。 そのメイドは、表情と同じ抑揚のない声で来須に語りかけてきた。 「お客様、当家になにか御用でしょうか?」 「主はいるか?」 「はい。 ですが、主はただいま手が離せませんので・・・」 「そうか。 御苦労だったな」 そういって来須は、懐から銃を抜くと話しの途中にも関わらず、その人形の額を打ちぬいた。 至近距離から額に弾丸を撃ち込まれた人形は頭の後ろ半分を吹き飛ばされ、床に白銀の体液(血液)をぶちまけた。 その銃声は屋敷中に響き渡り、屋敷の奥から銃を構えたメイド達があらわれた。 「仲間が撃ち殺されても悲鳴すらあげんとはな・・・流石は人形だ」 その来須の言葉に答える者はいない。 メイド達の集団は手にした銃で来須を撃ってくるが、来須を傷つけることは出来ない。 無数の弾丸は、全て来須の周囲で何かに弾かれたように軌道を捻じ曲げられる。 これが来須の強力な精神力によって、作り出された白魔法の守りの力であった。 全身から火花を散らしながら、来須はメイド達の体を次々と撃ち抜いていく。 体の各所を撃ちぬかれたメイド達は、白銀の体液を床にばら撒きながら、次々に崩れ落ちていく。 しかし、どんなに仲間が倒されようとも、一人も逃げ出すどころか悲鳴すらあげない。 そんな悪夢のような光景の中。 来須は圧倒的優位に立っているはずの自分が、精神的に追い詰められていっているのを感じていた。 「・・・キリが無いな」 実際には相手の数には限りがあるのだが、頭を破壊しない限り動きを止めない人形は厄介であった。 体のあちこちから白銀の体液を流しながら、立ち上がってくる人形は不気味なこと極まりない。 人形達の包囲を精神力を込めた弾丸で崩しながら、来須は一気に屋敷の奥に進む。 本当のターゲットである人形師を探して地下に下りた時、来須は廊下の先に異様な形状の剣を構えた人形を見つけた。 その人形は黒いラバー製の服を着ており、手に持った鎖状の刃を持つ剣からはおかしな魔力が感じられた。 『あの剣は、まさかギリアン・ソード・・・罪人の剣か!・・・まずいな』 その剣は、はるかな昔。 中世の頃に、騎士が魔法使いに勝つために錬金術士達に依頼して作らせた剣だった。 別名、蛇腹剣。 剣の柄をひねることによって鎖状になるその剣の特異性からそう名づけられた。 鎖状に伸ばされた状態の刃は、あらゆる呪術的防御を打ち消す力を備えていたといわれる。 来須のような、守りを白魔法の防御に任せて攻撃に専念するタイプのハンターには、最も恐れるべき武器だった。 ここは先手必勝とばかりに銃を撃つが、それは狭い通路であるにも関わらず難なくかわされてしまう。 どうやらコレが暗殺用に作られた人形であるらしかった。 その人形は殺気も無く来須に近寄ると、すれ違いざまに来須の腕に蛇腹剣を巻きつけて引き裂いていく。 普通の切り傷ではありえないその傷からは、血が噴き出して周囲の壁を赤い斑点に染めた。 「くっ・・・聖霊の矢よ!」 振り向きざま精神力を弾丸に込めて撃つが、それは又もや避けられる。 しかし、来須の狙いはそれだけでなかったのだ。 その弾丸は、そのラバー人形の背後に迫っていた何人ものメイドを数体まとに貫通して砕いた。 その数体の死体から溢れる白銀の体液は床を銀色に染める。 しかし、至近距離からの弾丸をかわした人形は、今度は来須の足に剣を巻きつけて引き裂いていった。 『なんて奴だ・・・この距離からの弾丸を難なくかわすとはな』 来須はこのラバー人形に無傷で勝つことを諦めた。 再度鞭のようにしなって襲いかかってきた蛇腹剣を、傷ついた腕に巻き取るとそのまま肉が抉られるのも構わずに渾身の力で引っ張った。 すると、予想通りにラバー人形はバランスを崩して床に倒れこむ。 「聖者と聖霊の御名を持って魔を滅ぼせ! アーメン!」 渾身の精神力を込めた弾丸は、そのラバー人形の体を砕き、床に銀色の華を咲かせた。 来須は傷を癒しながら、なぜ自分が指名されたのかようやく理解できた。 確かに、この恐るべき戦闘力を持った化け物を殺せるのは、自分達のようなハンターだけなのだろう。 しかし、一体倒すのにこれほど手間がかかっては残り何体いるかも分らない人形を同時に相手にしたときどうなるのか? 相手は、自分のようなハンターや魔法使いに詳しい人形師で、場所は相手の住居だったのだ。 こちらの弱みを見ぬいて、そこを重点的に突いてくることくらい予想しておかなければならなかったのだ。 『ジャニスの協力が必要なケースだったって訳か・・・』 廊下の奥から現われた数体のラバー人形とその手に握られた罪人の剣。 さらに、背後に迫る数十体の人形とその手に握られた罪人の剣。 その両方を視界に収めながら、来須は自分の油断と予測の甘さを思い知らされていた。 来須が罪人の剣を持った人形相手に苦戦している頃。 屋敷の一角では、二人の女性が地下のラボに向かって走っていた。 そうして、地下の際奥。 行き止まりまでくると、壁に隠されたレバーを引いてラボへと続く隠し通路をあけた。 「さ、後は私がなんとかしてあげるから、急いでクエイドさんのところにいくんだよ」 「でも・・・本当によろしいのですか?」 「かまわないさ。 アンタは不幸な目に会いすぎたんだ。 これからはもっと幸せになるんだね」 「では・・・御武運をお祈りしています」 「まかせておきなって」 そう言って、ラボへ続く隠し通路を開くとメイド服の女性を押し込む。 その女性は、隠し通路の扉が閉じて一人っきりになるとため息混じりにつぶやいた。 「まったく・・・私は何をしてるんだろねぇ」 その姿はうちしがれていつもの覇気がなかった。 そうして、愛用の銀の杖を握り締めたまま床に座り込むと、そのまま『ある人物』が来るのを待ちつづけた。 「・・・なんでお前がここにいるんだ?」 その声が発せられたのは、どれくらい時間がたった時だったのだろうか? その女性の前に現われた来須は、全身のいたる個所に切り傷を負っていた。 もっとも、出血は止まっているので見た目ほど大怪我をしているわけではない。 しかし、その乱れた息使いと疲労の浮かんだ顔は、紛れもなく死闘を潜り抜けてきたことを物語っていた。 「あれから色々あってね・・・なんだかアンタと敵対することになっちまったんだよ」 その声には悲しみがにじんでいた。 その女性の名は『魔女・ジャニス』。 本当なら相棒の来須と決して敵対するような人物ではない。 しかし、今度の仕事で知り合った女性に幸せになってほしい。 その想いは、ジャニスに来須への敵対という、自分の想いを裏切らせる行為に走らせていた。 先程の戦いで失なった銃の代わりに、白銀の体液に濡れた剣を片手に立つ来須。 白い錬金術士の格好で、愛用の銀の杖を構えたジャニス。 二人の間の距離は5メーター足らず。 共に必殺の距離であった。 「なぜだ?」 「さあねぇ・・・自分でも馬鹿なマネしてるとは思うよ」 ジャニスの苦笑混じりの言葉に、来須は剣を肩に担ぐと自分も苦笑混じりに答える。 「今なら何もなかった事に出来るが?」 「嬉しいねぇ。 けどさ・・・クエイドの死を心から悲しむ女性がいるんだよねぇ」 「情に流されては仕事はできんぞ?」 「確かに哀れみに流れていては何も出来ないだろうけどさ・・・私はアンタほど割り切れないんだよ」 そういって、ジャニスは銀の杖を構える。 「お互いに譲れない場合は・・・こうするしかないだろう?」 「そうかも・・・しれんな」 その言葉を最後に、来須は剣を構えて一気に間合いをつめていく。 その来須の動きに惑わされることもなく、ジャニスは会話中に展開しておいた幻覚を発動した。 来須の周囲には、何十人ものジャニスが現われ、その動きは複雑怪奇でどれが本物なのか判断がつかない。 こうなっては来須にもそう簡単には手が出せない。 少なくとも背後からの攻撃を避けるために、壁を背にして剣を構える。 「・・・時間稼ぎにしては本格的だな」 「まあね」 来須の問いに答えを返したジャニスを一刀の元に切り捨てる。 しかし、そのジャニスには来須の予想通りに実体がなかったので、剣はその体を素通りした。 「やるな・・・幻覚とはいえ手が込んでいる」 来須の言葉に、周囲の何人ものジャニスが代わる代わるに答える。 「そうだろう?」 「色々研究してるからねぇ」 「それぞれの幻に喋らせるのは難しいんだよ?」 それは高度な幻覚であった。 「・・・分ってるとは思うが、攻撃を仕掛けた時が最後だぞ」 幻は、しょせん幻でしかない。 攻撃を仕掛けてくるのは一体しかいないのだ。 「分っているさ」 「しかし、アンタに何十個の幻覚の中から本物を見つけ出せるのかい?」 そういうと、何十人ものジャニスは懐から短剣を取り出して一斉に襲いかかってきた。 それを見た来須は、目を閉じて本物を迎え撃とうとする。 それは尋常な精神力で出来ることではない。 しかし、殺気を感じさせないジャニスを見切るためには、こうするしかないのであろう。 何十個もの幻の短剣が来須の体を素通りしていく中、来須の剣はたった一人のジャニスを切っていた。 「甘かったねぇ」 そういってジャニスはその場に崩れ落ちた。 隠し通路を通り抜けた先にあった異様な研究施設に目指す人物はいた。 「人形師クエイド・ベイナードだな」 剣を突きつけられた人物は、背後に一人の人間をかばいながら答える。 「そうですが・・・自己紹介くらいしてくれるのですか?」 「ヴァチカンからの使者・・・いや、刺客だ。 そういえばお前なら分るだろう?」 「ついに見つかりましたか」 「ああ。 上の人形は片付けた。 後はお前だけだ」 「そうですか・・・では、私も抵抗させて頂きます」 クエイドはそういうと、腰にかけていた銀色に輝く細剣を抜いた。 「クエイド様!」 「アリシア・・・下がっていなさい」 「しかし・・・」 「もしもの時には・・・一人で逃げなさい」 そういうと、剣を構えて来須に対峙する。 「そのアリシアというのは、人間か?」 「もちろんです。 私の・・・愛する妹です」 「ならば、依頼からは外れている。 見逃してやるから安心して死ね」 「嬉しいですね。 もっとも、私はおとなしく死ぬつもりはありませんよ」 そういってクエイドはするどい突きを放ってくる。 それは、本来の体調の来須なら簡単に避けられるものであるだろう。 しかし、これまでの戦いで体力・精神力を共に使い果たしている来須にはかわせない。 ならはどうするか? 答えは簡単であった。 右腕を盾にして細剣を受けとめたのだ。 そうして左手に構えた剣で、クエイドの腕を切ってその剣を奪う取る。 その壮絶な戦い方に、さしものクエイドもしばし呆然となってしまう。 「な・・・なんという・・・・」 「もらったぞ!」 剣を振りかぶって切りつけた来須の前に人影が割り込んできたのは、その瞬間であった。 来須の剣は、その人影を切り裂いていた。 「な!?」 「クエイド様・・・御無事・・・ですか?」 「ア・・・アリシア!!」 来須に腕を切られ、床に倒れこんでいたクエイドをかばったのはアリシアだった。 その体からは、白銀の血が噴き出していた。 「・・・人形?」 「ア、アリシア! アリシア! 死なないでくれ! もう私を置いていかないでくれ!」 来須には何がなんだかわからなくなっていた。 先程、クエイドは確かにアリシアの事を妹だといった。 ジャニスもクエイドが死ぬと悲しむ人間がいると言っていた。 それは恐らくこのアリシアだったのであろう。 しかし、その体から噴き出して床とクエイドを銀色に染めたのは、間違い無く人形の体液。 それがますます分らない。 たしか人形は感情を持たないはずだ。 人間そっくりの感情を持たない人造人間。 それが人形と呼ばれる存在であったはずなのだ。 目の前で死にかけているアリシアの言動や仕草、表情などそれはまるで人間そのものであった。 「どういうことだ?」 来須の言葉に、クエイドは震える声で答えた。 「この子は一度死んだんです。 私をかばってね」 「死んだ?」 「私の才能に嫉妬した父親に奪われた挙句に・・・私をかばって殺されたんです。 でも私はそんな事を許さなかった。 それで死んだアリシアの体からこの子を作ったんです。 死んだ大切な人の代用品としてね。 この子は本物のアリシア以上に私を愛してくれました。 だから私は・・・この子を本物のアリシア同様に妹としてずっと側に置いておきたかったんです」 そういうと、クエイドはアリシアを抱いて床に手を伸ばした。 「この子は私だけのものだ。 誰にも渡さないし、一人でどこかにいくのも許さない」 その目には狂気の光が宿っている。 「これが・・・なんだかわかりますか?」 そういうと、クエイドはアリシアの体を抱いたまま、床にある鍵穴を指して問いかけた。 来須が答えないと、その鍵穴にカギをさしてゆっくりと告げた。 「これはね・・・自爆装置ってやつなんです。 自決用のね・・・一緒に死んでください」 そういうと、一気にカギを回してスイッチをいれた。 その瞬間、部屋のあちこちから爆発が起こって、来須の体を吹き飛ばした。 来須が生きていられてたのは、とっさに張り巡らす事のできた防御呪法のおかげであった。 だが、自分でもなぜ精神力の残っていない状態でそんな真似が出来たのかは分らなかった。 それはまさに奇跡と呼ばれるものだったのかも知れなかった。 ジャニスが目を覚ましたのは、来須の背中でだった。 二人の目の前で屋敷は炎に包まれて焼け落ちようとしていた。 「何で・・・」 「お前を担いで、地下から逃げ出すのは苦労したぞ?」 その言葉には、とがめるような様子はなかった。 しかし、ジャニスにはなぜ自分がここにいるのかが分らないかった。 「アンタ・・・助けてくれたのかい?」 「本気で向かってこない相手と、本気で殺しあってどうする?」 「でも・・・私は本気だったよ」 「お前が本気になっていれば、オレは今ごろこの世にはいない」 「だって・・・」 「大型攻撃呪法を使っていれば・・・オレに防ぐ術はなかった」 「・・・全部お見通しってやつかい?」 その言葉に来須は何も答えない。 ジャニスは悩みぬいた結果、自分の使う手段に制限をかけて来須に立ち向かったのだ。 「そ、そうだ! アリシアは! アリシアはどうなったんだい!」 「あの人形は・・・主ともども自殺した」 「人形? そうじゃなくて人間で・・・」 「クエイドが妹とかゆってたやつか?」 「そう! それだよ! その子は!?」 「アリシアというのは・・・不思議な人形だった」 「え?」 「アリシアは人形だったんだ。 クエイドは自分の才能に嫉妬した父親に奪われた挙句に殺された恋人の代用品だといっていた。 それで、妹として側に置いていたとな。 だか、人形であるはずのアリシアには、あるはずのない豊かな感情と表情があったんだ。 お前が勘違いしてもしょうがないだろう。 オレも最後まで分らなかったからな」 「・・・人形? そんな・・・馬鹿な・・・」 「確かだ・・・なぜそんな人形が生まれたかは、今となっては永遠に謎だがな」 その時、炎に包まれた屋敷から逃げ出したらしい一対の妖精が飛んでいくのが見えた。 『私達みたいに、ずっと一緒にいれるといいね』 アリシアのゆったりと笑う笑顔と言葉を思い出したジャニスはなぜか無性に悲しくなる。 「私は・・・アリシアにクエイドと一緒に幸せになってほしかったのさ」 「あるいは、これも運命だったのかもしれんな」 人形師の家に生まれて、人形師としての人生を選ばざるえなかったクエイド。 そんなクエイドは、愛する人物を才能への嫉妬に狂った父親に奪われ・・・殺された。 そんな辛い事実を認めたくないクエイドは、愛する人物の代用品としてアリシアを作り出した。 アリシアは存在しないはずの感情を持った不思議な人形だった。 それは、父親から与えられなかった愛への渇望が生み出した奇跡の産物だったのかもしれない。 クエイドに代用品として作り出されながらも、クエイドを愛し生涯共に生きる事を望んだアリシア。 そんなアリシアをクエイドは自分なりの方法で愛し、アリシアもそんなクエイドを愛した。 この二人が出会ったのは、あるいは運命であったのだろうか? どうすれば、幸せになれたのだろうか? 何が二人をここまで不幸にしてしまったのだろうか? 何もかもが不幸に包まれていた二人の生涯に・・・ただ深い悲しみを感じるジャニスだった。 〜錬金の章〜 <終わり> |