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錬金術士の永遠の夢。 それは『金の創造術』だったり『未だ見ぬ数々の秘儀の探求』だったり『無限の命の探求』だったりする。 人によってテーマは様々であるが、そういった研究は錬金術の世界に身を置く者すべての夢でもあるのだ。 その人物も『人造の生命』の製造に生涯を捧げた人物だった。 そして十数年後、悪魔のイタズラか神の奇跡か・・・その生命は生まれた。 生涯唯一の傑作にして、最大の失敗作。 ありえないはずの存在。 それ以降、その人物は同じような生命を二度と作り出すことはなかった。 その人物はその唯一無二の存在を憎み、そして愛した。 これは私が魔女ではなく、錬金術士として働いた時の話しだ。 その人物は数年ぶりに訪れた集会で、見事なまでに浮いていた。 周囲は黒一色の服装で統一されているのに、その人物だけはそれに反発するかのように白一色の服を着ていた。 白い肌、真っ白な錬金術士の礼服、真っ白なケープ、真っ白なフード。 そして・・・白銀の髪。 頭から被った白いフードのせいで見えにくいが、その人物の目は人の物ではなかった。 金色に輝く蛇の目。 邪眼である。 その調和を乱す者を、周囲の人物はよく知っていた。 最強クラスのフリーランスの魔法使い。 上級魔術師にして伝説の大錬金術士『魔女デイジー』の魂を受け継ぐ者。 その名は『魔女ジャニス』。 その人物は、畏怖と賛美を込めて『白い魔女』と呼ばれている。 数年に一回だけ開かれる錬金術士の集会では、毎年VIP待遇の賓客として招待状が送られていた。 「・・・このように、我々の研究では命を延ばすだけでなく、作り出す事を主題としています。 すなわちホンムクルスという・・・」 今回のテーマは『人造の生命』。 古来から研究されてきた永遠のテーマの一つである。 ちなみに前回のテーマは『万病を癒す薬』で、そのまえは『逆進化と生命の誕生』だった。 ジャニスは、その二つの発表会を欠席していた。 『今回も来ないのではないか』と噂されていたが、予想に反してその人物はやってきたのである。 壇上で発表する人物は、緊張の余り顔面を蒼白にしていた。 研究の成果の発表はこのような人々にとっては、晴れ舞台である。 錬金術士を胡散臭いエセ学者と思ってはいけない。 これでも立派な研究者の集団なのだ。 しかし、自分の遥かに及ばないレベルの大錬金術士相手に何を発表しろというのか。 それは幼稚園児が、大学生相手に足し算を教えるような・・・そんな滑稽な代物であったのだ。 「これが・・・私達の研究の結果分った『ホンムクルス製造方法』です」 プロジェクターで映し出された論理整然とした製造式を前に、その人物は覇気もなくうなだれた。 その姿は、まるで死刑執行を待つ囚人のようであった。 「・・・無駄が多いねぇ。 私なら・・・その第三工程で電気を流して、一気に第一八工程まで進めるけどねぇ」 その呟きは静まり返った会場に、予想以上の大きさで響く。 「・・・しかし・・・その段階では、いくら電気を流しても・・・」 「あんたらの使う電気は弱いんだよ。 最低でも雷くらいの出力がいるからねぇ」 「・・・しかも、それを数分間にわたって維持するとなると・・・」 「あんたも黒魔術を覚えな。 簡単にそれくらい出来るようになる」 そういって、ジャニスは床に置いていた籠から二匹の妖精を取り出した。 「私からのプレゼントだよ」 ジャニスの手を離れた妖精達は、金色の帯を描きながら壇上の人物の周囲を飛びまわる。 それは、壇上の今の技術の最先端をいく理論の、はるか先にある技術の成果だった。 その妖精の姿に、会場からは割れんばかりの歓声と拍手が(ジャニスに対して)巻き起こった。 その影で、妖精に髪を引っ張られながら落ち込んでいる壇上の人物は・・・ひたすら不幸であった。 それから数時間後。 結局、『自分には勿体無い』と二匹の妖精は、あわれな錬金術士から返却された。 手に妖精を入れた籠を持ちながら、帰路につこうとしていたジャニスに一人の老紳士が声をかけてきた。 「ジャニス様でございますか?」 「ああ。 そういうアンタは誰だい?」 「これは失礼しました。 私はベイナード家の執事でございます。 以降お見知り置きを・・・」 「それで? これから招待でもしてくれるってのかい?」 「さようでございます。 当家の主が是非にでもお目にかかりたいと申しております」 「そうかい。 まあ、急ぎの用事がある訳でもないしねぇ。 構わないよ」 「それでは、車を表に用意してありますので・・・」 そうして、老紳士に先導されて表に出たジャニスは、思わず苦笑を浮かべた。 「えらく古い・・・だが、良い『車』だねぇ」 それは、やたら立派な装飾の施された・・・5頭だての重厚な作りの『馬車』であった。 「当家の主のささやかな趣向にございます。 古代の魂を持つ高貴な方を招待するのに、無粋な車は似合わないと・・・」 ジャニスは、一気にその人物に対する興味がわいた。 「気に入ったよ。 ぜひ招待して頂こう」 そうして招待されたのは、これまた立派な屋敷だった。 周囲は鬱蒼と茂る森に囲まれており、そんな場所で馬車にゆられていると、自分がまるでデイジーになったような・・・。 そんな気分をジャニスは味わっていた。 「ようこそいらして頂きました。 私は15代目ベイナード家の当主でクエイド・ベイナードと申します」 その歴史のある屋敷の大広間で、当主と名乗った人物は時代錯誤な格好でジャニスを迎えた。 ジャニス自身が、古めかしい様式の錬金術士の格好をしているので、それは意外なほど違和感が無かった。 あるいは、そこまで計算して今のような格好をしているのだとすると、目の前の人物は意外と侮れないのかもしれない。 そんな事を考えながら、ジャニスは今まで顔を隠していたフードを取り去る。 普通なら、ここで相手は恐れを浮かべるものだが、その人物は当然のようにジャニスの目を見ながら言葉を続けた。 「本日は色々と楽しい趣向を用意してございます。 ごゆっくりおくつろぎ下さい」 「クエイドさん・・・この目が怖くないのかい?」 「これほどまでに、その白銀の髪に似合った目は他にはございませんよ」 そこまで言うと、クエイドは指を鳴らしてメイドを呼ぶ。 「では、荷物をお預かりいたします」 そのメイドは、動きの滑らかさに反する異様に無表情な顔に、抑揚のない声でそう告げた。 そうしてジャニスの荷物を受け取ると、来客用の部屋へ荷物を運び込む。 「それは当家の作品・・・人形でございます」 「そうかい。 ようやくあんたの事がわかってきたよ。 あんた『人形師』だったのかい。 今でもまだいたとは驚きだねぇ・・・」 「はい。 我々は人間の欲望がある限り決して滅んだりはしないのです。 しかも最近は人形の製作過程に錬金術を取り入れたおかげで、あのように自然な人形が作り出せます。 お客様は『コレこそ自分の求めていたモノだ』だといって大変満足して下さっています。 そう言ってくださる瞬間が、私のようなモノにとってはなによりの報酬です」 そこには人造とはいえ人を物扱いする倫理を無くした顧客と、優雅で残酷な自信にあふれた悪魔。 いや、『人形師』がいた。 人形師。 それは普通の人形を作る職業とは訳が違う。 いわば、古代にあった『人造人間』の製作法を今に伝える・・・闇の世界の住人であった。 その技術は教会によって滅ぼされるまでは、時代の闇で常になんらかの形で生かされていたという。 いわく、死んだ要人の代用品。 いわく、死んだ恋人の代用品。 いわく、狂った嗜好の生贄。 サバトや、倫理に反する秘められた趣向の犠牲者。 血に狂った殺人者への生贄。 遂げられない想いの代用品。 人形師達は常に感情を持たない人造の人間を・・・こういった闇の世界に捧げてきたのだ。 それは協会の必死の殲滅戦の末、時代の闇へと消えていったはずだった。 クエイドは日の当たらない世界で行われてきた狂気の技術の・・・存在しないはずの『後継者』だったのだ。 「それでは、夕食までごゆっくりおくつろぎ下さい」 そう言うと、クエイドは優雅に一礼して屋敷の奥へと消えていった。 一人残されたジャニスは、早くも招待にのった事を後悔していた。 悪魔や外道の代名詞とも言える『人形師』相手に何を望まれるのか・・・考えたくもなかった。 魔女の所業は時に、人間の倫理に反する事が多々ある。 サバトでの悦楽を限界以上に参加者に与え過ぎたために、参加者全員が発狂したこともあっただろう。 しかし・・・人間の欲を満たすために、人間を作るような事は決してしない。 まして・・・人形の材料は・・・生きた人間からしか採れないのだ。 ここはまさに魔窟。 悪魔の住む屋敷だった。 人形師の常識は、人間の常識ではありえない。 それをジャニスが思い知らされるのは意外と早かった。 それは夕食時のことだった。 給仕係りの人形が、グラスを落してしまったのだ。 幸いな事に、下はふかふかの絨毯であったために割れはしなかった。 しかし、それを見たクエイドは笑みを浮かべたままに、側に控えていた人形から鋭い短剣を受け取る。 そうして、その場で立ちすくんで無表情な顔にわずかな怯えを浮かべる人形に短剣を渡した。 「さっさと地下に行って自分で処理しろ」 冷たい声でそう言われると、その哀れな人形は短剣を大事そうに胸に抱いて部屋を後にした。 「御見苦しいところを見せて、申し訳ございません」 クエイドは、たった今残酷な死刑宣告を下したとも思えない態度で、ジャニスに謝罪した。 そこには人形を殺すよりも、客人に対してみっともないトコロを見せた事を悔やんでいる人間がいた。 それが・・・倫理を無くした人間ということなのだろう。 「あの子はどうしたんだい?」 「今ごろは自分で・・・まあ、今は食事中です。 そんな話しはやめておきましょう」 「・・・そうだね」 人形にとって、主の命令は絶対だ。 主の命令は自分の命より重いのだ。 今ごろは痛みと恐怖に震えながら、自分で自分を・・・解体しているだろう。 その様子を思い浮かべると、目の前にある美味しそうなシチューが血のスープのように思えて食欲が失せた。 ジャニスは、わずかに酸っぱいものがこみ上げてきた口元を軽く拭うと、クエイドに招待の目的を聞く事にした。 こんな屋敷からは用件を済ませてさっさと引き上げたかったのだ。 「それで・・・なんで私を招待したんだい?」 「アナタの持つ古代の錬金術で・・・完全な人間の体を創造をしたいのです」 「無理なんじゃないかい?」 「いいえ。 アナタなら・・・デイジーになら出来ます」 「だから私だったわけだねぇ。 それで? デイジーの何が欲しいんだい?」 クエイドは、たたずまいを直すと真摯な表情で話し始めた。 「御存知の通り、人形は寿命が短いのです。 もって10年。 それも私の調整があっての話しです。 普通に使えばもって数年でしょう。 色々と狂いが出てきて壊れてくる。 末路は哀れなものです。 どんなに綺麗に作ってもグズグズの肉の塊になってしまう。 そうなっては皮の腐ってない死体と同じです。 それをなんとかしたい。 なんとしても・・・50年、いや100年はもつ体を作りたいのです。 それにはアナタの古代の錬金術の・・・人造の生命・・・ホンムクルスの製造法がいるのです。 エーテルから作りだされた体なら・・・あるいは・・・」 そこまで言うと、クエイドはうつむいて黙ってしまう。 「・・・死んで欲しくない人間でもいるのかい?」 「はい。・・・妹です」 「それは・・・悔しいだろうね」 「はい。 われわれの持つ技術はあくまでも『人間の代用品を作り出す』だけなんです。 こんな技術では、あの子は・・・アリシアは救えないんです」 それは皮肉な話しだった。 クエイドは人体の構造・仕組みを表裏合わせてすべて持ち合わせている。 その気になれば、世界一美しい完璧なフォルムを持ったボディービルダーですら作り出せるだろう。 しかし、その技術は死にかけた人間の苦しみを長引かせはしても、決して救えはしないのだ。 「不完全ではありますが、一回だけなら使用に耐える『魂を移す方法』はすでに見つけています。 後は・・・完全な体だけなんです。 私はあの子を・・・失いたくない」 これは天罰なのだろうか? しかし、その瞳に宿る狂気にも似た輝きは、ジャニスの心に激しく訴えかける『何か』を持っていた。 「わかったよ。 あんたの望みを私の全てをもって叶えてやるさ。 ただし・・・魔女に頼むんだ。 それなりの『代償』は払ってもらうよ」 その言葉にクエイドは今までのような完璧な笑い顔でなく・・・歪んだ笑みで答える。 「あ・・・ありがとうございます・・・ありがとう・・・ございます」 それは表情からは想像できないほど・・・真摯さに溢れた感謝の言葉だった。 ジャニスは後に知る事になるのだが、それがクエイドの本当の笑顔だったのだ。 クエイドは悲惨な幼少期の経験から感情の大半と表情を失った。 彼の完璧な表情と振舞いは、全て学習によって身につけたものだったのだ。 彼は感情と表情を失う代償として、驚くべき人形の教育技術を手に入れたのだ。 その学習の成果は人形にも反映されて、彼の人形の評価は一際高くなったのだ。 そこには人生の全てを人形作りに費やしてきた人間の悲しみがあった。 翌朝、準備に忙しく動き回ったジャニスは一休みするために中庭に向かった。 名も知らない世話係のメイドにお茶の準備を頼むと、中庭に置かれたテーブルに座ってため息をつく。 『・・・人間サイズのホンムクルスの体をエーテルから作り出す。 たしかに私にしか出来はしないだろうけどねぇ・・・しかし、難題だよ。 これは・・・』 ジャニスは掌サイズのホンムクルスの製造技術は、世界でも最高レベルの物を持つ。 しかし、それが等身大となると話しは大きく違ってくる。 掌サイズの体を作り出すのに必要なエネルギーは、雷数十回分にも相当するのだ。 等身大の体に、一体どれほどのエネルギーが必要になるのか想像もつかなかった。 『・・・魔法陣で増幅と維持をおこなって・・・ダメだね。 もっと根本的に方法を考え直さないと・・・』 その時、思い悩んで本日何度目かも分らないため息をもらしたジャニスに声をかける者がいた。 「どうなさったんですか? 随分と深刻そうな顔をなさっていますよ?」 その女性は、ジャニスの腰掛けたテーブルに紅茶のセット一式を置くと、自分も向かい側に座ってカップにお茶を注ぐ。 目の前に置かれた紅茶を飲みながら、ジャニスは初対面の女性を問いただした。 「・・・アンタは誰なんだい?」 「私は、この家のメイド頭をやらせてもらっているアリシアと申します」 「アリシア・・・アンタもしかしてクエイドさんの妹さんかい?」 「はい・・・名義上はそうなっています。 でも、血はつながってないんです」 「そうなのかい? それにしては・・・随分と大事にされていると思ったけどねぇ」 「私は・・・あの人の・・・その・・・」 「?」 真っ赤になってうつむくアリシアの様子から、尋常な関係ではないとは思える。 しかし、その関係はただの義理の妹というには・・・アリシアの反応はおかし過ぎた。 「もしかして・・・男女の仲なのかい?」 「・・・はい。 一応は・・・」 「さすがは・・・人形師だねぇ。 名義上だけとはいえ妹に手を出すとはねぇ」 「ちがうと思います。 多分・・・執着心からの行動だと思うんです」 頬を赤く染めたまま、アリシアはゆったりと否定する。 その表情には、わずかな諦めが混じっていた。 「・・・よければ、詳しく聞かせてくれるかい?」 「私は最初『教材』として、この家に買われた女の子の一人だったそうです」 「だった?」 「よく覚えていないんです。 その頃の記憶が・・・ないんです」 「まあ余り面白いものでもないだろうから良いんじゃないかい? ところで・・・教材ってのは本当なのかい?」 「はい。 ほかの子達と同様にクエイド様の・・・勉強用の教材として買われたそうです」 「それはまた・・・よく生きていられたねぇ」 人形師の教材。 それは死よりもつらい生を意味する。 死にたくなっても相手は人形師である。 例え自分で首を引き千切っても、無理やり生かされるだろう。 そのサンプルの役目が済むまでは・・・。 「ほかの子はみな死んだそうです。 でも、私は先代の慰み物として生かされていたんだそうです」 「・・・辛いなら・・・ここで話し終わってもいいんだよ?」 「いいえ。 この家に十年以上もいます。 もうどんな事も辛いとは感じなくなりました」 「・・・そうかい」 アリシアは、自分の悲惨な過去を話しているとも思えないような笑顔をうかべる。 その十年もの間に、目の前の女性に何があったのか・・・ジャニスには想像もつかなかった。 「それを救たのがクエイドだったと言う訳かい?」 「はい。 結果的にはそうなります」 「父親から・・・奪い取ったって訳かい?」 「はい。 でも私は幸せです。 自分の好きになった方に・・・どんな方法であれ、愛されていますから」 アリシアはそういって手首を撫でる。 その手首には紐状の痣が幾重にも残っていた。 「私は・・・クエイド様の執着心からくる愛だけでもいいんです」 アリシアはその痣を、まるで愛の証明であるかのように愛しそうに撫でていた。 おそらくその痣は、色々な『傷』と一緒に全身にあるのだろう。 『どんな方法でも・・・愛されているならそれで良いか。 みんな狂ってるねぇ・・・まあ、それで本人が幸せなら・・・それでいいんだけどね』 「クエイドさんから聞いたんだけど・・・アンタ体の調子が良くないんだって?」 「そうらしいです。 私自身よくわかないんです。 でも、クエイド様がそうおっしゃるのならそうなんだと思います」 それから数時間、アリシアと話したジャニスはこの不幸な女性を助けたくなった。 それは哀れみだったのかも知れない。 それから数日に渡って、ジャニスは独自の製造方法を模索しながら実験を重ねていた。 ジャニス専用の実験室の中央には複雑でゆがんた形状の魔法陣が幾重にも描かれていた。 その中央では太陽にも似た白銀の輝きを放つ雷球がうなりを上げて滞空している。 その雷球のエネルギーを受けて部屋はオゾン臭に包まれ、ひっきりなしに閃光が走っていた。 その強大なエネルギーは、魔法陣の中央に置かれた容器の中にあるエーテルに流れ込む。 そうして、人造の生命を誕生させようとしているのだ。 そして、数十分後。 雷球は最後の閃光を発した後に消え去り、その容器には等身大の体を持つホンムクルスが残されていた。 「出来上がり・・・だといいけどねぇ」 「しばらく様子をみましょう」 さらに数分がたった後。 濃いサングラスを外したジャニスとクエイドの目の前で、その体はゆっくりと分解してエーテルの中に消えていった。 安定させるのに必要なエネルギーは十分過ぎるほど注いだはずだったのだが・・・。 「やっぱり・・・安定しなかったねぇ」 ジャニスの顔には疲労が色濃く浮かんでいた。 今の雷球はジャニスの精神力の限界に挑んだ代物だったのだ。 しかも原因不明な理由で安定してくれない。精神的にも疲労がたまっていた。 「これで駄目だったとなると・・・もう一回最初から考え直すかい?」 「とりあえず、子供の体から作っていってみましょう」 「そうだね。 まずは小さい体から作ってみるかねぇ」 実験に必要な精神力にも限界がある。 今日の実験はこれまでとして、ジャニスは自分の部屋で休むことにした。 そうして、夕方。 ジャニスに電話がかかってきた。 『ジャニスか? 来須だ』 「よくココが分ったねぇ」 『まあな。 それより今・・・にいるんだが、出てこれないか?』 「いいよ」 電話を終えたジャニスは、執事に頼んで車を借りると指定された場所に向かった。 そこはある意味馴染み深い場所。 町の片隅にあるさびれたBARだった。 待ち合わせの時間通りにその店に入ると、その人物は人のまばらな店の隅のテーブルで酒を飲んでいた。 『ハンター・来須 狩夜』。 裏の世界では、ちょっとした有名人である。 妖物・魔物を専門とする凄腕の狩人であり、ジャニスの相棒といえる人物でもあった。 「お前さん、もうちょっと洒落た場所で待ち合わせしようって気はないのかい?」 「場所はどこでも良いだろう? 人に聞かれたくない話しをする場合は特にな。 ・・・それよりなんだ? その格好は?」 ジャニスは今回は錬金術師として働いているため、服装も作業着かわりの錬金術士の格好だったのだ。 日頃、魔女としての白いスーツ姿しか見たことのなかった来須には、その錬金術士の格好は異様に見えるのかもしれない。 しかもその格好でサングラスをかけているので、妖しい事この上なかった。 「今回は魔女でなく錬金術士として働いているからねぇ。 まあ作業着みたいなものさ」 「珍しいな。 せっかくの休暇を仕事に使うのか?」 今回のジャニスの集会への出席は、時間が空いていたからだったのだ。 その結果、世にも奇妙なカップルを救う事になるとは、ジャニス本人にも予想外であっただろうが・・・。 「まあ、色々と事情があるのさ。 あんたもその格好をしてるところをみると・・・」 「まあ、こっちも人の事は言えんな。 オレも急ぎの仕事が入ってな。 今からは話すことにも関係する事なんだが・・・お前も飲むか?」 「そうだね・・・頂くよ」 来須はジャニスにも酒を注ぎながら、静かに告げた。 「この町と、その周辺には人形師達が多く潜んでいる。 いわば、このあたり一帯が『人形師どもの隠れ里』だったってわけだ。 そこに今回、協会の一斉攻撃が行われる。 お前の滞在しているベイナード家には一週間後・・・協会からの刺客が向かう事になっている。 今やってる仕事はそれまでに終わらせるんだ」 その言葉に、ジャニスの動きが強張った。 「なんだって・・・まさか・・・本当かい?」 「ああ。 ベイナード家への刺客を依頼された本人が言っているんだ。 間違いない」 そういって、来須はグラスに残ったウィスキーを飲み干した。 「アンタが・・・そうかい。 じゃあ急がないとね」 「情報操作で引き伸ばせる時間はそれが目一杯だ。 実際にはいつ向かう事になるか分らん」 「すまないね。 迷惑をかけちまったようだねぇ」 「いいさ。 これで以前に作った借りをチャラにさせてもらう」 「ああ、いいよ。 じゃあ・・・ついでに相談にのってもらえないかい?」 「相談?」 「ああ。 ホンムクルスって知ってるかい?」 「一応はな」 「どうしても等身大のやつを作らなきゃいけないんだ。 でも、あと一歩のトコロで安定しなくてねぇ」 そうしてジャニスは実験の詳細な内容を話した。 来須に意外なヒラメキが生まれたのは、ジャニスの分りにくい話しの内容ではなく、その口調からだった。 「・・・お前、白魔術は知っているな?」 「当たり前だろ? 私は魔女様だよ?」 「白魔術の成功のカギは、意志力と精神力にかかっている。 だが一番大事なのはイメージ、想像力なんだ」 「想像力?」 「ああ。 精神力がどのように形になるかをイメージするんだ。 これをやらなければ力は安定しない」 「ふうん・・・それで?」 「お前に欠けているのは、その成功後のイメージと・・・やり遂げる意志だ」 「意志くらいあるさ」 「いや、『必死さ』と『どんな障害をも乗り越える意志の強さ』。 それが欠けているんだ」 「・・・私がおじけついているってのかい?」 「お前・・・やる前から『失敗してもしかたない』って考えてないか?」 「それは・・・あるかも知れない・・・」 「その不安のせいで、今まで成功した事のないタイプの実験の成果が安定しないんだ。 お前は自分自身で、自分の能力に壁を作ってしまっているんだよ」 その言葉は、ジャニスに色々と考えさせた。 「面白い話しを教えてやる。 今まで跳び箱10段を超えたことのない人物を集めて実験した結果だ。 その集団は二つに分けて、それぞれ違う場所で実験させたんだ。 その被験者の集団の先頭の奴は、主催者の潜りこませたサクラだった。 一つの集団では、先頭の奴は跳び箱の名手を。 もう一つはヘタクソを用意した。 結果はどうなったと思う?」 「そうだね・・・ほとんど変わらなかったんじゃないかい?」 「いいや。 それが大きく違ったんだ。 先頭の者が成功すれば、残りの者はみんな自分も出来ると思いこむのさ。 その結果、成功率は倍以上に上がった。 つまりは、無意識の思いこみってやつだ」 「なるほどね。 誰かが成功した。 だから、自分にも出来るかもしれない。 みんな、そう思いこむ事によって自分の無意識の壁を超えたんだねぇ」 確かに自分自身で勝手に限界を作っていたかも知れない。 「そうか・・・確かにありうる話しだねぇ。 ところでなんでそんなに詳しいんだい?」 「オレも、昔似たような経験があったんだ」 「ふーん。 とにかく今の言葉を励みにしてもう一回実験をやり直してみるよ」 そうして、来須と別れたジャニスは屋敷に帰って一人でもう一度実験を行った。 その結果、意外なほどあっけなく実験は成功した。 しかし、ジャニスだけが知る『残された時間』はあとわずかしかないのだった。 翌日の昼。 昨夜作っておいたホンムクルスの体は、依然安定しており使用に耐えそうだった。 その体をクエイドに渡してしまったジャニスは、一人中庭のテーブルに座っていた。 メイドに頼んだ紅茶が運ばれてくるのを待ちながら、ジャニスはその時の会話を思い出していた。 『これであの子を救う事が出来ます! ありがとうございます!』 『それじゃあ、報酬を払ってもらうよ』 『なんなりと仰ってください』 『あの子と・・・アリシアと生涯一緒にいることを私に誓いな』 『アリシアと・・・わかりました。 生涯アリシアを側に置いておきます』 たまにはこんな損な役まわりも良いだろう。 アリシアの境遇を思うとそう感じるジャニスだった。 「実験が成功なさったそうですね。 おめでとうございます」 そこに例によって紅茶のセットを運んできたのはアリシアだった。 ここ数日、ジャニスのお茶の相手はすっとアリシアだったのだ。 「アンタ・・・メイド頭だっていったよね? 妹なら働く必要なんてないんじゃないのかい?」 「いいえ・・・クエイド様は無表情な人形相手では、色々と楽しめないと・・・」 アリシアの浮かべた表情は、照れも混じった嬉しそうな物だった。 だが、ジャニスはアリシアが日頃どんな目にあっているのか考えると無性に不憫に思えるのだった。 「あんた・・・本当に愛されているのかねぇ」 「はい。 少なくともクエイド様は、私だけをいつも特別扱いされますから」 『それは逆もあるだろう? なんたってこの屋敷にいる普通の人間はアンタと執事のジーサンだけなんだから・・・』 しかし、その言葉は口には出せない。 少なくとも無条件にクエイドを盲信するアリシアを前にしては、何も言えないのだった。 「それにしても・・・アンタ、あのヒトデナシのどこがいいんだい?」 「全てです」 こう即答されては何も言えない。 「まいったね・・・アンタの願いが叶うといいね?」 「もう叶ってます。 私の願いは愛した人と一緒にいることだけですから。 それが執着心だけであっても構わないんです。 少なくとも一緒にはいれますから」 その瞳には迷いはなかった。 「愛して欲しいって・・・願いはないのかい?」 「多分・・・愛してくれていると思います。 そうでないと、クエイド様が私をずっと側に置いておく理由はありませんよ。 代用品はいくらでも作れるんですから・・・」 ゆったりと笑ったアリシアの自信はどこからくるのだろう? 「そうだ、知りあえた記念にこの子達をあげるよ」 そういってジャニスは足元に置いていた妖精の形をしたホンムクルス達を籠ごと差し出した。 「え? いいんですか? 貴重なものなんでしょう?」 「いいんだよ」 「それじゃあ、ありがたく貰っておきます。 この子達なんて名前なんですか?」 「・・・そういえば名前なんてつけてなかったねぇ」 「じゃあ、こっちの女の子の方はアリシア、こっちの男の子の方は・・・」 「クエイド・・・だろう?」 「・・・はい。 クエイド様には内緒にしておいてくださいね」 「あんたって・・・本当にあのヒトデナシのこと・・・」 「はい。 愛しています」 ゆったりと笑ったアリシアは、籠の中の妖精達に優しく語り掛ける。 「私達みたいに、ずっと一緒にいれるといいね」 残酷な形ではあるが、自分の想いを叶えられたアリシア。 理想的な関係ではあるが、決して想いを叶えられないであろう自分。 果たしてどっちが幸せなんだろう? そう考えると案外アリシアは幸せなのかもしれない。 そう思えて、ちょっとだけうらやましいジャニスだった。 〜狩人の章〜 <終わり> |