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昭和11年−南京兵器開発局 それは悲劇の始まりだった。 「主任、サンプル『へー102』、及び『へー103』から予想を上回る呪力が検出されました」 「そうか! ついに完成したんだな! 精神破壊兵器が!」 「いえ・・・それが・・・」 「どうした?」 「・・・『へー103』から無制限に呪力が放出されています。 制御能力がない・・・そう考えた方がいいと思います。 それと・・・」 「まだ何かあるのか?」 「『へー102』なんですが・・・精神破壊兵器としてはベストな数値を持っていますが・・・。 深層意識レベルに測定不能な『何か』が検出されたんです」 「なに?」 「解析班からの報告では・・・強力な増幅回路のようなものなのではないかと・・・」 「面白いな。 これから『へー102』は特別区域に移せ。 ほかの実験体は廃棄。 これ一本でいくぞ」 「分りました」 兄弟はいつも一緒だった。 「いや! お兄ちゃんと別れたくたい!」 「・・・」 それはこの施設に入れられて、名前をなくしてからも変わらなかった。 「どうした? 何か問題でもあったか?」 「『へー102』が言う事を聞かないんです」 「どうしたんだ?『へー102』? 何か問題でもあったか?」 「お兄ちゃんと一緒でないといやなの」 「・・・」 「わかった。 しかし・・・『へー103』は口もきけないような失敗作だぞ。 おまえのような完成された兵器ではない。 私は感心せんな」 「でも・・・おねがい、どんな実験でも我慢するから・・・」 「わかった。『へー103』、『へー102』に感謝しろ。 お前が生きていられるのは『へー102』のおかげなんだからな。 ついでにお前も再調整してやる」 兄弟は二人で一人だった。 兄は妹のタメに、妹は兄のタメに。 「お兄ちゃん・・・生きていて。 私一人だけじゃ・・・耐えられないよ」 「・・・」 互いの命を救うタメに・・・二人は必要以上の訓練を進んで受けつづけた。 「・・・主任。 制御呪具が限界近いプレッシャーを受けています。 制御能力を考えなければ、『へー103』は兵器として使用できるかもしれません」 「意外だな。 再調整の成果が出たか?」 「かもしれません」 「主任! 大変です!」 「どうした?」 「『へー102』の潜在能力が判明しました!」 「ほう、そいつはメデタイ。 今夜はパーティーだな」 「ちがうんです! あの子は・・・大量殺戮兵器なんです!」 「な!?」 「・・・間違いありません。 あの子は・・・人間の命を触媒に破壊の波動を増幅して発生させるんです」 「それはまた・・・凄いじゃないか」 「あの子にラインを繋ぐ能力があるとしてもですか?」 「ライン?」 「魂同士を霊的なラインで接続するんです。 役2時間周囲にいただけで・・・あの子からの力の流入を防ぐ手がなくなります。 あの子の力が発揮されたら・・・我々は全員死にます」 「予想される被害は?」 「おそらくその周囲数キロの生物は死に絶えるかと・・・」 「面白い。 面白いぞ! これで我々の進退も極まったわけだな! いいじゃないか! やってやるぞ!」 「主任!」 「お前らも腹を括れ。 心配しなくても『へー103』が生きている限りはその力は使えない」 「そ、そうか・・・」 「でも・・・我々はもう帰れないんですね」 「そうだな。 故郷で能力が炸裂したらシャレにならんしな」 それからは、研究員は兄弟を明らかに避けるようになった。 「ほら・・・あれが厄病神のヒミコだろう?」 「ああ。 厄介な化け物だよ」 「お前のせいで、オレ達は帰れないんだ。 もっと気合入れて課題にいどんでくれや」 「研究資金だって限りがあるんだ。 さっさと課題をクリアしろ」 「いらつく野郎だ、さっさと行け!」 「なんでお前はそんな厄介な能力を目覚めさせたんだ? 仕返しか?」 「アンタのせいで私は故郷に帰れなくなったよ。 嬉しいかい? 厄病神のヒミコちゃん?」 研究員の影口が、兄弟に対するいわれの無い暴力に変わるまで時間はかからなかった。 いつだっていわれのない暴力から妹を守るのは兄の役目だった。 制御呪具で力を押さえた兄はひたすら妹の盾になり続けた。 兄の体は、いつでもどこかが包帯に包まれていた。 「・・・」 「お兄ちゃん・・・私が悪いのかな? 好きでこんな風になったわけじゃないのにね?」 「・・・」 「なんで私達は・・・こんなところにいるんだろうね?」 「・・・」 「お父さんや、お母さんが死んじゃったから? それとも・・・やっぱり私が悪いのかな?」 「・・・」 兄にできるのはただ抱きしめてやることだけだった。 そうして・・・今、死んだ兄の代わりのように『リミッター』昌平は運命のようにヒミコと出会った。 これが神の人類への救済処理だったのだろうか? その答えは神のみが知っている。 東京壊滅まで後18時間。 彼らは夜でもなお明るい町の中を駆け抜けていた。 「なんだか緊急事態っぽいねぇ」 「そうですね。 さっきからずっとこんな感じですもんね」 「北から自衛隊員がくる。 南には機動隊だ。 東は川で、西は繁華街。 逃げこむなら西しかないだろう」 偵察役のキリトは休みなく索敵とかく乱、敵の乗り物の破壊を続けている。 昌平の家を出て、数時間。 休み無く移動を続ける彼らの体力も限界に近づいていた。 「どっかで休みたいねぇ」 「疲れたらいうんだぞ」 「まだ、大丈夫だよ」 「繁華街の奥を抜けたら学校らしい物がある。 そこまでいったら休めるかもしれない」 キリトの指し示すまま、昌平達は繁華街にはいる。 そこで見たものは・・・。 『緊急ニュースです。 先ほどもお送りしましたが、先日の爆破テロの犯人がわかりました。 犯人の名前は風守昌平。 犯人の一味と思われる男と女の写真も公表されました。 犯人達の身体的特徴は・・・』 そこには昌平、キリト、ヒミコの写真がデカデカと放送されていた。 しかも御丁寧に、今の格好がそのまま紹介されていた。 「な、なんで・・・」 「まいったねぇ。 なんだが最悪っぽい展開じゃないか」 「どうしよう・・・お兄ちゃん・・・どうしたらいいの?」 「急げ、ここでウカウカしている場合じゃない」 『彼らは罪も無い数十人を殺した挙句、未だ逃走を続けている模様です。 ただいま入りました最新情報です。 彼らは○×商店街の中に入ったもようです。 テロリスト逮捕に協力した人には、もれなく金一封が送られるという話しですので、付近のみなさん・・・』 TVに放送を聞いて、8割の義侠心と2割の物欲に燃えた一般市民のみなさんが追跡劇に加わってくる。 悲鳴を上げて逃げる人々、バット片手に追いかけてくる人、お店のシャッターを下ろす人々。 「ちきしょう! めちゃくちゃだ!」 もうあたりは興奮と混乱の坩堝とかしていた。 「あいつらはオレに任せてさっさと逃げろ」 キリトに後を任せて逃げる。 それを追いかけようとしていた一般市民の人々が次々につんのめって倒れる。 追いかけてくる人々は、なぜか全員靴紐や服などが切れて走ることが出来なくなったのだ。 無論、キリトの仕業であった。 一般市民を振りきり、監視の目がない事を確かめてから学校らしい施設へ潜りこんむ。 「ど、どうするんだい?」 「す、少し休みましょう」 「もう・・・ダメ」 息も絶え絶えになった彼らは夜の校舎の二階に潜り込んだ。 「大丈夫か? 結構暗いけど」 「うん。 お兄ちゃんと一緒なら・・・多分、大丈夫」 外から明かりが入ってくるので、暗闇恐怖症のヒミコもまだ平気そうであった。 そんな彼らが、休んでいると暗闇に包まれた廊下の奥から、足音も無く一人の男が現われた。 「オレ達の下した結論を伝えにきた」 来須であった。 来須のいきなりの出現に、ヒミコは怯えて昌平にしがみついて何も言えなくなった。 「来須さん・・・あんたの下した結論はどんな方法なんだ?」 「オレはこの町を守るために・・・その子を殺す」 未だ顔の部分は影に覆われて見えないが、銃を抜いてないところをみると今すぐ殺す気はないようであった。 「町を守る? なんでこの子が兵器としての力を振るうと思うんだ!?」 昌平の怒声に、来須はタバコに火をつけながら答える。 ジッポーで照らされた顔には、苦々しさが溢れていた。 「そうじゃないんだ。 昌平、あと17時間以内にその子に死んでもらわないと・・・この町が消える」 「な!?」 「大国のエゴってやつだ。 17時間以内に死体を届けないと核兵器で町ごと消し飛ぶ」 もちろんそれは極秘である。 このままでは17時間後、何も知らない人々は核の炎の中に消えていくことになるのだ。 「・・・なんだよ・・・それ・・・」 「もう、決まったことだ。 変更はできない」 「無茶苦茶いってんじゃねーよ! この子には普通に生きる権利すらないって言うのか!!」 「ここは多数を救うタメに、少数に犠牲になってもらうしかないんだよ」 「くそ! アンタならこの子を救う道を見つけるかと思ってたオレが馬鹿だったよ!」 「すまんな。 これも仕事だ」 「くそ・・・どうすれば・・・いいんだ!」 昌平自身にも分っている。 もうヒミコに死んでもらうしかない。 しかし・・・理屈に感情がついていかないのだ。 そんな結末を甘んじて受けとめるには、昌平とヒミコの過ごした時間は長すぎた。 それは姿を消したままのキリトも同様であっただろう。 「くそ! くそ! くそおおおおぉぉぉぉl!」 思わず壁を殴りつけた昌平の拳から血が滲む。 それでも『何か』に怒りをぶつけるように壁を殴り続ける昌平の腕を、来須が掴んで止めた。 「いい加減にしろ! お前には他にやることがあるだろう!」 その目は冷徹なだけのいつもの来須の目ではなかった。 「オレの・・・やる事?」 「ああ。 お前にしか出来ないことだ。 お前に時間をやる。 今から15時間だ。 その間、あの子と一緒にいてやれ。 話しをしてやれ。 思いきり甘えさせてやれ」 白魔法で傷口をふさぎつつ、来須は厳しさの中に優しさを秘めた声で告げる。 「その間・・・お前達をオレ達が守ってやる」 「じゃあ・・・」 「自分で結末をつけたければ・・・お前がやれ」 そういって来須は予備の拳銃を、昌平に手渡した。 その拳銃は、見た目よりもずっと重く感じる。 人の命を奪う武器というのは、そういうものなのかもしれない。 「・・・出来ない時は・・・俺を呼べ。 いくそ、ジャニス」 来須は、そういってジャニスを連れて去って行った。 「意外と・・・良いヤツなのか?」 見えないキリトの呟きに、昌平は「そうかもな」としか答えることが出来なかった。 校舎の各所に人員を配置していく来須を見ながら、ジャニスは不思議な思いを感じていた。 「いいのかい? こんなことして?」 明らかに無駄な戦いだ。 来須らしくないといえるだろう。 「これが一番良い結末のつけ方だと思ってな」 「一番良い結末のつけ方? 冗談だろう? なんであの子が結果的に死ぬのが一番良いんだい?」 不満を浮かべるジャニスに、苦笑混じりに来須は答える。 「実態をしらない人間ほど未知の恐怖に怯える。 それは無知からくる恐怖だ。 そういった恐怖は人から容易く理性を奪う。 今の状況を見てもわかるだろう?」 「まあ・・・そうだけどねぇ」 「あの子は存在する限り、人間が滅ぶという恐怖に人は怯え続ける事になるんだ。 そうなっては普通の暮らしなど夢のまた夢だ。 結局はこれが一番よかったのさ」 その時、クルスの耳につけた通信機から各所の部下の配置が完了したと報告が入った。 「じゃあ、始めるか。 ここんところ人間相手にしか殺し合いをしてないな」 「次は本職に戻りたいねぇ」 「本職の方でも、結局は・・・」 「こうなるんだろうねぇ」 我知らずに、同じような事を思ったのか、おたがいの口元に凶悪な笑みが浮かんだ。 「敵は白い家の家主の犬どもだ。 いや、魚どもかな」 「魔女相手に、科学がいかに無力で役に立たないか教えてあげるとしようか」 「あんまり派手にやるなよ」 「なーに、ちょっとだけ三途の川を渡ってもらおうかと思ってねぇ」 「飛ばしすぎて、息切れしても知らないぜ?」 「知ったこっちゃないよ」 「まあ、ほどほどにな。 オレも祖国にもう一回核の炎を燃やそうって連中には頭に来てるところだ。 世界最強の軍隊がいかに『井の中の蛙』かってのを思い知らせてやるぜ」 来須達が静かな戦いを繰り広げている頃。 屋上に上がった2人は背中合わせになって座っていた。 キリトは先ほどから姿を消している。 用心のタメに見まわりでもしているのかもしれない。 「ねえ、お兄ちゃん?」 「ん? どうした?」 「なんで私は・・・普通に生活できなかったの?」 その声には、怒気もなければ、怨みも無い。 悲しみすらなかった。 自分でもなぜなのかわからないから聞いてみた。 そんな単純な疑問だったのかもしれない。 「・・・なんで・・・だろうな・・・」 戦争が悪いのか? 時代が悪いのか? 研究者が悪いのか? それとも・・・単純にそんな運命だったというのか? それはどれでもあるだろうし、どれでもないのだろう。 戦争の時代は・・・そんな単純で・・・とてつもなく複雑な矛盾がアチコチにあったのだ。 それは現代人の昌平は知識としては知っている。 しかし・・・実際に、戦争という名の悪夢を経験した人間に・・・経験していない人間は何も言えはしないないのだろう。 昌平には何も答えを返してやる事が出来なかった。 「なんで私は・・・こんな力が身についたの?」 この問いも同等だろう。 たった一つの真実。 それは・・・。 「・・・ヒミコのせいじゃないよ」 そうなのだ。 しかし、視点を変えればその真実すらも、この子の才能のせいだという見方もできるのだ。 しかし、そんな矛盾と痛みに満ちた答えを返せるはずが無いのだ。 「私は・・・お兄ちゃんと二人でなら・・・どんな場所でも普通に暮らせると思ってたの」 今ならあるいは・・・ヒミコは自分の過去を聞かせてくれるかもしれない。 そんな、淡い期待を胸に・・・昌平は思いきって自分の方から聞いてみることにした。 それがどんなに苦痛に満ちたものであっても、人に話す事で・・・少しでも楽になるなら・・・。 そんな期待を持ったとしても、それは決して間違った事ではないだろう。 「なあ、ヒミコ」 「・・・なあに?」 「お前のお兄ちゃんの事・・・聞かせてくれないか?」 ヒミコは少し考えた末にポツリポツリと話し出した。 「・・・いいよ。 私のお兄ちゃんはね・・・とってもおしゃべりだったの・・・人を笑わすことが得意だったの」 「そうか。 良いお兄ちゃんだったんだな」 「でもね・・・病院に入ってから暫くして・・・何も・・・喋れなくなったの」 それを当たり前のことにように話すヒミコの様子に、昌平は胸が締めつけられられそうな・・・そんな深い悲しみを感じた。 「・・・何が・・・あったんだ?」 「わかんない。 私もお兄ちゃんも髪の毛が白くなって・・・フクサヨーって先生が言ってた」 この子はこんな風に話せるようになるまで・・・どれくらい泣いたのだろう? 「それからは、なんだかあんまり覚えてないの・・・いつでもセンセー達はイジワルで・・・いつでもお兄ちゃんは 私の事を守ってくれて・・・怪我ばかりしてたような・・・そんな気がするの」 この子はこんな風に話せるようになるまで・・・どれくらい傷ついたのだろう? 「それから・・・別れ離れになりそうになって・・・一生懸命お願いして・・・いっしょにいたいって・・・。 すっと一緒にいたいって思ってたのに・・・なんで死んじゃったの・・・お兄ちゃん・・・」 ついに耐えきれなくなったのか、ヒミコの頬を一筋の涙が流れた。 「あ、あれ? へんだよね? なんで涙が・・・」 そうやって静かに泣き出したヒミコを、優しく抱く昌平の目にも涙が流れている。 「いいんだ。 泣きたいときは・・・思い切り泣いた方がいいんだ」 「・・・うん」 「くそ・・・なんでこんな事が許されるんだ・・・なんで・・・なんだ。 この子がなにしたってんだ!!」 その怒声は誰に向けるべきものなのか・・・誰が裁かれるべき者なのか・・・それは誰にも分からなかった。 それから数時間がたった。 天にはあかるい満月が柔らかい光を放っている。 それを寝転がって2人で眺めていた。 「綺麗だね、お兄ちゃん」 「そうだな。 こんだけ明るかったら・・・ヒミコも怖くないよな」 「もう! 怖いのはしょうがないの!」 「分ってる。 怖かったんだろ? ずっと一人で・・・ごめんな。 変なこといって」 「ううん。 もう大丈夫だとおもう。 だって・・・お兄ちゃんが一緒だもん」 そういってヒミコは昌平の伸ばしていた腕に、頭を乗せて眠り始めた。 満月とはいえ、それなりに暗い。 それでも暗闇恐怖症のヒミコが安心して眠れるという事が、いかに昌平を信頼しているかということだ。 しかし・・・その信頼はあと10時間たらず・・・明日の朝にはすべての決着をつけねばならないのだ。 それは・・・来須とジャニスとの約束であった。 暗く沈んだ昌平の視界に、川を挟んで対岸に見えるビルの屋上で光る物が見えた。 とっさにヒミコをかばった昌平は、背中に焼けた鉄のような物が刺されたような・・・そんな気がした。 「グ!・・・ア」 狙撃だった。 屋上である以上は狙撃があることを忘れた不運であったのかもしれない。 その衝撃で、目を覚ましたヒミコが悲鳴をあげた。 「お兄ちゃん!! しっかりして! 死んじゃヤダ!」 「だ・・・だいじょう・・・ぶ」 そこにヒミコの悲鳴を聞きつけたキリトがやってきた。 「昌平! しっかりしろ! 何があった!」 「あっち・・・狙撃だ」 「狙撃? 何の事だ?」 彼の知識には狙撃の二文字はない。 数百年封じられていたのだから、それはしょうがないのだろう。 「早く・・・建物の中にヒミコを・・・」 「分った!」 ヒミコを連れていこうとしたところに、今度はキリトが撃たれる。 「ガッ!」 それでも、血を吐きながらも何とか屋上の入り口までヒミコを連れていく。 「キリトお兄ちゃん! 血が!」 「心配・・・するな・・・妖怪は、こんな・・・事では死なん」 嘘であった。 カマイタチの体力は普通の獣とたいして変わらない。 普通の弾でも数発受ければ致命傷になるだろう。 それでも危険を承知で昌平の所まで一気に駆ける。 胸を撃たれたことで、その動きにはいつもの精彩がなかった。 それでもその動きは普通の人間より遥かに早い。 行きはよいのだが、帰りが問題であった。 さすがに昌平を担いでは早くは動けない。 そこを狙われてさらに数発の弾を受ける。 昌平を屋上の入り口まで運んだ時には全身穴だらけだった。 入り口に倒れこむように昌平を投げ込むと、そのまま動けなくなった。 「・・・昌平、生きて・・・いるか?」 「ああ。・・・キリトのおかげだ」 その時、昌平はヒミコの様子がおかしいことに気付いた。 「あ・・・あああ・・・死んじゃヤダ・・・キリトお兄ちゃんが・・・死んじゃうよ」 全身を振るわせて、ただでさえ白かった顔がますます白く・・・青白くなっていた。 「・・・お兄ちゃんが死んじゃう・・・もうやだ・・・一人はイヤ・・・・」 それが過去の悪夢の再現の予兆だとは・・・昌平には知るよしもなかった。 その頃。 地上でも戦いは山場を迎えていた。 万全の防御魔法をかけた来須とジャニスの二人は、物陰に隠れる事もせずに敵の只中に突っ込んでいく。 なんの呪術的処置もされていない弾丸は、その防御を破る事が出来ない。 しかも、秘密の市街戦なので、武器はサイレンサー付きの9mm弾。 これでは歯がたたない。 体のあちこちから火花を散らしながら、二人は敵の真ん中に入り込んだ。 こうなっては、銃は使えない。 同士撃ちになってしまうからだ。 「一気に片付けるぞ!」 「はいよ!」 クルスの弾丸は、頑丈な防弾チョッキを背中まで貫通して2〜3人を同時に撃ち倒していく。 急所を狙わないのは、彼なりの配慮だろう。 しかし、ジャニスは情け容赦なく、電撃を食らわせて感電させ、炎で焦がし、氷漬けにしていく。 基本的な攻撃呪法のオンパレードであった。 大型の攻撃呪法を使わないのが、彼女なりの配慮なのかもしれなかった。 敵は逃げこそしないが、悪夢を見ている気分だろう。 男の持つなんの変哲も無い銃は、44マグナムの弾丸すら受けとめる防弾チョッキを貫通するし、女の方は訳のわからない攻撃をしてくるのだ。 まさしく・・・悪夢の戦いであっただろう。 そうして、最後の一人を電撃でマヒさせた時、ジャニスは異常を感じ取った。 「ん?」 「どうした?」 「何か異常な魔力を感じるんだよ。 まさか・・・外法兵器?」 その視線は敵の増援部隊ではなく、屋上に向けられていた。 「・・・何かあったな」 「そうだね。 急いで向かって頂戴」 その言葉に、ちょっと不穏なものを感じた来須はジャニスを見つめる。 「・・・さっさと行きなよ。 人類を見殺しにしたいのかい?」 「・・・分った」 多いに疑問があったのだが、それを聞いている時間はなさそうだった。 来須は迷いを振りきると、学校の入り口に向かって駆け出した。 『これが血迷っておかしな事した代償かねぇ・・・命を吸われるってのは・・・キツイねぇ』 ジャニスは、数時間ヒミコと行動を共にした。 その結果、霊的ラインが出来上がっていたのだ。 外法兵器が起動しかける際には、霊的ラインで結ばれたすべての人間から・・・命を吸い上げるのだ。 戦っているジャニスにとって、その疲労は致命的なものだったのだ。 屋上の入り口の踊場は、異常な雰囲気に包まれていた。 空気には異様なほど濃い魔力が立ちこめ、空間は軋みを上げて鳴動する。 前回とは規模の違う量の命が、周囲には存在しているのだ。 それらをゆっくりと吸い上げなから、外法兵器は起動を始めていた。 昌平は、全身から力が抜ける感触を感じながら、必死にヒミコに呼びかけていた。 「ヒ、ヒミコ・・・どう・・・したんだ。 しっかり・・しろ!」 「と、止まらないよ! どんどん何か来るの! お願い! 止まって!」 それはヒミコ自身にもどうにもならないのか、泣きながら昌平に助けを求めていた。 「お兄ちゃん・・・私・・・お兄ちゃんを殺したくなんてないよ!」 「諦める・・・な。 きっとヒミコなら・・・止められる・・・」 「お兄ちゃん、私・・・お兄ちゃんのこと大好き」 「ははは・・・オレもだよ・・・だから・・・頑張るんだ」 「私・・・キリトお兄ちゃんも大好き! あのちょっと怖いお姉ちゃんも大好き!」 「分ってる・・・さ」 「だから・・・みんなに死んで欲しくないの」 「・・・言うな」 「・・・お願い・・・」 「・・・頼むから・・・言わないで・・・くれ」 「・・・私を・・・殺して・・・」 「・・・クソ・・・オレはなんてバカなんだ・・・なんで・・・何もできないんだ」 床を力なく殴りつける昌平に、弱々しく声がかけられる。 「ショーヘイ・・・オマエノ・・・シゴト・・・ダ」 その声がした場所には、大きなイタチが転がっていた。 もはや人の姿を保つことすら出来ないキリトだった。 キリトのような妖怪にとって、不本意な状況で本性を見られるというのは自殺したくなるほど、恥すかしい事なのだ。 そんなになっても昌平を励まそうとするキリトと、ヒミコの気持ちが、投げやりになっていた昌平に力を与えた。 痛む傷と、全身のダルさを我慢して、懐から銃を取り出す。 その銃の撃鉄を起こして、ゆっくりと狙いをつける。 その銃口の先には、笑顔のヒミコの額があった。 数十センチの至近距離だ。 絶対に外さない。 「ありがとう・・・お兄ちゃん」 そういってヒミコはゆっくりと目を閉じた。 その頃、地上では。 ジャニスは弱った守りの壁を貫通してくる弾丸に、体のアチコチを撃たれていた。 痛みのせいで精神集中の出来ない魔女では、多人数を相手にはできない。 何発目かの弾丸は肩をまともに撃ち抜き、ついに倒れこんで動けなくなった。 そこに銃を構えた大男達が大挙して殺到してきた。 『クソアマ、さんざんてこずらせてくれたな!』 『・・・』 『楽には死ねると思うなよ?』 しかし、ジャニスは魔女である。 それを忘れた(知らない)彼らは不運であった。 魔女は死ぬ瞬間まで油断ならない生き物なのだ。 『・・・フフフ』 『なにを笑ってやがる? ついにイカレタか?』 『あんた達・・・呪いって信じるかい?』 『なにふざけたこといってやがる! ノーミソにウジでもわいてんじゃねーか?』 『・・・フフフ・・・アンタ達・・・大好きだよ。 みんな・・・心から愛してるわ・・・』 『『『『はあぁ?』』』』 その言葉にわけもわからず困惑した男達の背後に、真っ黒な死神が舞い降りた事を気付いかどうか・・・。 『『『『ヒギャアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!』』』』 数分後。 何を見たのか、全員窒息死していた。 「これが・・・呪い・・・いやな死に方だねぇ」 これが最後だったらしく、さらなる増援部隊はこないようだった。 ジャニスはため息まじりに、痛む体を引きずるようにして校舎に近づいていった。 屋上では、昌平が固まっていた。 今までの思い出が邪魔して、どうしても引き金が引けないのだ。 グズグズしていては、人類は終わってしまう。 それは分かっている。 しかし・・・どうしても出来ないのだ。 昌平は涙が止まらない。 手の震えは頂点に達していた。 『ゆ・・・指が・・・腕が・・・前が見えない・・・これじゃ・・・当たらないよ・・・』 周囲は、いよいよ鳴動が激しくなってくる。 このままでは外法兵器は発動してしまう。 そんな周囲も気にならないのか、ヒミコは全てを委ねるように・・・笑みを浮かべて目を閉じていた。 そんな時、背後から声が聞こえる。 「昌平・・・お前、このままオレに引き金を引かせるつもりか?」 見るまでもない。 来須だった。 「・・・オレに出来ますか?」 「出来るかどうかじゃない。 やるんだ。 これはお前の聖なる義務だと思え」 「・・・聖なる義務」 「そうだ。 これはお前の仕事なんだ。 あのコはお前だからこそ安らかに逝けるんだ」 「・・・分りました」 不思議なことにもう手も震えていないし、涙も止まっていた。 「ごめんな」 その言葉と共に、指は自然と引き金を引き・・・撃鉄が落ちる。 タァーーーーーーーーーーーーン・・・・・・ その乾いた音は・・・廊下に響き・・・ヒミコは額から血を流して崩れ落ちた。 それと同時に、周囲に立ちこめていた濃密な魔力は霧散する。 崩れ落ちたヒミコの顔は・・・とても安らかそうだった。 振りかえった昌平の視線の先には、銃すら構えていない来須の姿があった。 「・・・オレがしくじったらどうするつもりだったんですか?」 「別に何も。 お前はきっとやり遂げると信じていたしな。 それにその程度の事で滅びるのなら、それも良かったのかもしれんしな」 来須の顔は、自然な笑みを浮かべていた。 そして、10分後。 「お前ら、少しは体の事を考えてから動き回れ」 「すまないねぇ。 冒険したいお年頃ってやつなんだよ」 「なにがお年頃だ、もうすぐ・・・」 「おだまり! 歳の事は言うんじゃないよ!」 「怪我人はおとなしくしていろ」 「イタタタタッ!! ・・・まったく無茶苦茶な医者だねぇ〜」 「オレは医者じゃない」 そんな会話が繰り広げられている中。 もう治療の済んだ昌平とキリトは、教室から失敬してきたカーテンに包まれたヒミコの遺体を前にして考え込んでいた。 「なあ、ヒミコは・・・本当ならどんな人生が送れたのかな?」 「さあな・・・でも天下泰平楽だったからな。 きっと幸せに暮らせたさ」 「そうだ・・・な」 自分そっくりで話術の達者な兄貴と、優しい両親と・・・いつも笑っているヒミコ。 そうしてヒミコはいうのだ。 「お兄ちゃん大好き!」 それはとても楽しく・・・悲しい想像だった。 そんな戦争によって人生を狂わされた、本名すらわからない少女と兄の冥福を心から祈る二人だった。 数日後。 あっちこっちからの取材依頼に昌平はヘキエキしていた。 「冗談じゃねーよ、なんでこんなにTVに追いかけまわされなきゃならないんだ!」 「元テロリストだからな」 「誤報でしたって言ってたじゃねーか!」 「有名人はつらいな」 「くそ。 お前は良いよな。 姿を消せるんだから」 「まあ、そういうな。 それに、今はちょっと疲れているんだ」 「ここ数日・・・なにしてたんだ?」 「お礼参り」 「は?」 その時、TVのキャスターが深刻そうな顔でニュースを伝える。 『緊急事態です。 米軍の正式発表で、この東京に手違いで7つ配備された特殊な爆弾は全部回収したあとありましたが、 それはどうやら嘘で、実は核兵器だったのではないかという推測が出ていました。 そして本日、国会議事堂の地下から最後の一個が発見されました。 匿名で各誌に送られた写真などから、確かに米軍の核兵器であることわかり、米軍基地に対する反発の声は高まる一方です。 一方、それを受けてアメリカ本国でも・・・』 「・・・ヲイ」 「自分だけ無傷で済まそうとするところが気に入らなくてな」 「・・・大丈夫なのかよ」 「誰が本当の事を信じる?」 「それもそうか」 「これを機に、『自分達の国に他国の軍事基地がある』ということが、どういう事かをもう一度考え直してくれればいいがな」 「そうなるといいけどな」 大国のエゴに対する、ささやかな復讐はこうして幕を閉じたのだ。 恐らく来須やジャニスも、このニュースを見て笑っているだろう。 そう思うと、なんだか無性に嬉しくなる昌平だった。 <終わり> |