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東京魔人學園SS 妖怪ハンターシリーズ7 作;雪乃丞

外法兵器 《起》






 東京湾某地下工事現場。

『それ』は数十年にもわたる長い眠りから目覚めようとしていた。
『それ』は数十年前にこの場所に廃棄され、沈められた。 そして長い年月の末、ここまで埋まっていたのだ。
しかし、今、その眠りを覚まそうとする鋼鉄製の刃が、周囲の土を抉り取りながら近づいていた。

「ん? 何か固いものに引っかかったみたいだ! 見てくれ!」
「分った! ・・・ん? なんだ、こりゃ?」

 その重機を操る者は知りもしないだろう。 自分が何をしてしまったのか。
その重機を操る者は分りはしないだろう。 これから何が起こるのか。
そう。 決して知りはしないのだ。
数十年前、この海底に沈められた『それ』を閉じ込めていた『何か』を壊してしまったことなど。

 その結果・・・この付近にいた数十人の人間に何が起こるかなど・・・決して知りはしないのだ。







『ここで臨時ニュースです。 東京湾の地下工事現場で大規模な有害ガスが発生する事故が起きた模様です。
この事故による死傷者の数は今のところまだ不明です。
一説には作業員全員が死亡したとまでいわれており、現場には緊迫した空気がながれています。
当局はこの事態を重く見て、現場周辺を緊急封鎖して報道陣の立ち入りも禁じています。
事故のあった現場の近くには公園がありました。
そこで休暇を楽しんでいた家族など、数十人が都内の病院に運び込まれ検査を受けていることなどから
ガスの噴出は地上にまで及んだのではないかと見られています・・・』

 そのニュースを聞いた黒ずくめの男は、手にしていた新聞を折りたたむと電話を手に取った。

「ニュースを見たか? 工事現場の事故のやつだ。
・・・ああ、逃げ出したと考えた方がいいだろうな。 ニュースの件はあいつの仕業だろう。
・・・そうだな。 もう調査なんて悠長なことやってる場合じゃないかもしれんな。
こうなった以上は、依頼どおりに『事故』として関係者全員を『処分』した方がいいだろう。
今なら被害者は数十人で済むだろうからな。 スポンサー殿もそれで満足するだろうさ」

 その男は、受話器から聞こえてくる声に、わずかに苦渋を浮かべた声で答える。

「確かに今回はいつもとは違う。 でもな・・・他に方法がないんだよ。
あいつに関する資料は戦時中に全部焼却されたらしいからな。
どんな人相や体格をしているのかも分らない。
・・・そうだ。 ある程度特定の可能な今のうちにやるしかないだろう。
決行は3時間後。 例の病院を依頼通りに関係者ごと『処分』する。 そう連中にも伝えておいてくれ。
あと、念のためにオレ達は裏口からはいるぞ。 言うまでもないが、一人も逃がすなよ?
・・・そうだ、女子供でも容赦するな。 あいつは絶対に存在してはいけない生物なんだ」

 電話を切った男の顔に浮かんだのは、未知の怪物に対する恐怖などではなく・・・ただ苦渋だけだった。







 同日。 某国立免疫センター地下3階。

「『風守 昌平』さんですね? では、こちらの用紙のアンケートに答えておいてください」
「・・・なあ、あとどれくらいこの部屋に閉じ込められていなきゃいけないんだ?」
「そうですね・・・検査の終わる数時間後までですかね。 まあ、すぐ終わりますから・・・」

 昌平と呼ばれた少年は、誠意の感じられない看護婦の答えを聞きながら窓に目をむけた。
そこから見える廊下に立っているのは、銃を構えた自衛隊の人間らしい。
これで『あと数時間後には開放される』なんて言われても、にわかには信じられない。

 看護婦の出ていった室内には、真面目にアンケート用紙に答えを書きこむ昌平だけが残された。

「なあ、キリト・・・いるんだろ?」

 昌平はアンケートに答えながら、誰かに向かって小声で問いかける。

「ああ、側にいる」

 その声にどこからともなく答えが返って来た。

「・・・外の様子わかるか?」
「さっき気になったんで、上まで見て回った。 我々は罠にはまったかもしれん」
「罠?」
「ああ。 上の階には人がいなくなっていた。 何か悪い予感がする」
「普通じゃないな・・・脱出できそうか?」
「今は無理だろう。 オレは平気だがお前は死ぬぞ」
「・・・様子見しかないって訳か」

 今すぐの脱出は諦めたらしい。 それから数時間後、廊下で小さな騒ぎが起こった。

「なんだ?」

 気になった昌平がドアを開けて廊下を覗くと、そこには12才くらいの少女が座り込んで泣いていた。
その少女は可哀相なほど痩せており、入院患者用らしい青い服を着ていた。
日本人らしいが、腰まである長い髪は脱色されたように白くなっている。
それは肌も同様だった。 それで人種の特定が出来ないのだ。
しかも、その少女の周囲には廊下の階段の側に立っていたはずの2人の自衛隊員が倒れているのだ。
昌平には、何があったのか想像すら出来ない状況だった。

「・・・なあ、どうしたんだ?」

 昌平の問いかけに、その少女はうつむいていた顔を上げ・・・。

「ああ! お兄ちゃん!」

 ・・・と答えて、駆け寄ってくるなり昌平に抱きついた。

「ちょ、ちょと待てくれ!」
「え?」
「オレはお前のお兄ちゃんじゃないぞ?」
「でも・・・お兄ちゃんでしょ?」
「う〜ん・・・違うと思う。 だってオレはキミのこと知らないよ?」
「ええ!? あ・・・そういえば・・・お兄ちゃん、お兄ちゃんによく似てるけど白くないね」
「だろ? オレは風守 昌平。 キミは?」
「・・・ヒミコ」
「え? 日美子ちゃん?」
「ううん・・・カタカナのヒミコ」
「ふーん。 じゃあ、上の名は?」
「え? 上の名前って何? ヒミコの名前は、ずっと前からヒミコだよ」

 なんとも奇妙な少女であった。 昌平は、とりあえず無難な答え方をしておくことにした。

「・・・良い名前だな」
「ありがとう、昌平お兄ちゃん」

 色素の薄い少し不気味な感じのする外見ではあるが、その子の笑顔は普通のものだった。
それを見た昌平は、自分が偏見の目でヒミコと名乗った少女の事を見ていた事を恥じた。

「ごめんな」
「え? なんで謝るの?」
「まあ・・・なんとなくかな。 それよりどうして泣いてたんだ?」
「・・・よく・・・わかんない。 怖かったの」
「そうか。 まあ、オレでも今の状況は怖いしな。 それより親御さんはどうしたんだ?」
「いないの」
「一人で運ばれてきたのか?」
「ううん・・・ずっと前に死んじゃったの」
「そっか。 ごめんな」
「いいの。 お兄ちゃんじゃなかったけど、お兄ちゃんにそっくりの人に会えたから。
それでね・・・昌平お兄ちゃんのこと・・・『お兄ちゃん』って呼んでも・・・いい?」
「・・・まあ、それくらい良いけどな」

 思いきりすがる様にして頼まれた事を断れるほど、昌平は冷たい人間ではなかったらしい。

「えへへ、ありがとう。 お兄ちゃん、私の事もヒミコって呼んで」
「分ったよ、ヒミコ」
「えへへ」

 ヒコミの笑みは、なぜかとても幸せそうな物だった。

「そういえば、何処にすんでいるんだ? ここから出たら送ってやるよ」
「・・・わかんないの。 目が覚めたら公園にいたの。 その前にはどっかの病院にいたの」
「もしかして・・・迷子か?」

 昌平の脳裏には密入国者の文字が踊っている。 しかし、それを口に出せるほど昌平は冷血漢ではないのだ。

「・・・」
「まあ、答えにくいんなら良いよ。 それより寒くないのか?」
「・・・ちょっとだけ」
「じゃあ、これ着てな」

 そういって自分の上着をヒミコにかけてやる。

「ありがとう。 でもお兄ちゃん寒くないの?」
「平気さ。 それよりもう泣くなよ。 あと数時間の辛抱だろ?」
「ごめんね。 お兄ちゃん・・・私、もう行くね」

 泣きそうになりながら部屋を出て行こうとするヒミコを、昌平は肩をつかんで止めた。

「待てってば。 何処にいこうとしているんだ?」
「上に・・・外にいくの」
「逃げるつもりか?」
「うん。 だって・・・私がここにいたら・・・みんなが怖い目にあうかもしれないの」

 昌平にはヒミコが何を言っているのか理解できなかった。
しかし、ヒミコの目は嘘をいっているようには見えなかった。

「何か訳アリって感じだな。 分ったオレもいくよ」
「・・・え?」
「一緒に行ってやるって言ってるんだ。 オレはお前の『お兄ちゃん』なんだろ?」
「・・・いいの? 怖い目にあうかもしれないよ?」
「いいんだ。 これも何かの縁だろ。 それに・・・お前一人じゃ道とかわかんないだろ?」
「ありがとう・・・お兄ちゃん」
「さあ、行こうぜ」

 そうして二人は廊下に出て階段を駆け上がっていった。







 用心のために裏口から出ようとした昌平の視界に、裏口から入ろうとする一団の姿が見えた。
その一団に見つからないように、すぐ側の部屋にヒミコを抱えるようにして飛びこむ。
昼間なのが幸いして、外から昌平達の姿は見えなかったようだ。

「ど、どうしたの?」
「し! 黙って!」
「・・・う、うん」

 部屋の外からは聞き覚えのある声が聞こえていた。

『作戦どおりに一人残らず処分しろ。 いいか? これは正義だ。 それを忘れるな』
『じゃあ、予定通りに作業班は上に、掃討班は地下にいくんだ。
いいかい? 30分後にはここは吹き飛ぶ。 それを忘れるんじゃないよ?』

 そうして、その数分後。
地下からかすかに響いてくる悲鳴が、昌平の氷りついた意識を呼び戻した。

『そんな馬鹿な・・・なんであの人達が『人殺し』の指揮なんてしてるんだ?』

 さきほど聞こえてきた声は以前、ある事件で知り合いになった人達の声によく似ていたのだ。
男の方は『ハンター・来須 狩夜』、女の方は『魔女・ジャニス』。
彼らはあくまでも人間の味方として、妖怪や魔物などを専門に戦っていたはずなのだ。
今行われているような残酷なマネをするような人物では断じてなかったはずなのだ。

『そうさ、何かの間違いだ・・・あの人達は人間の味方のはずじゃないか・・・』

 昌平は、これが自分の勘違いであると信じたかった。

「大丈夫? お兄ちゃん? 顔が青いよ?」
「あ、ああ。・・・大丈夫」

 そこに低く押さえたキリトの声がかけられる。

「昌平。 何かおかしな事になってきた」
「え? 誰?」
「キリト、姿を見せてやってくれ」
「・・・分った」

 昌平の側に痩身を黒い服で覆った青年の姿が現われた。
それは、かつて加瀬谷で昌平と戦い、魂を救われた最後のカマイタチだった。 名を『大鎌の二郎』という。
今まで本性の姿に戻って、周囲の偵察にいっていたらしい。
風の中に潜み、風の中を風よりも早く駆けぬけるカマイタチは、肉眼では捕らえられないのだ。
唯一人の姿をとっている場合のみ、このように人の目に見える。

「今は『風守 切人』と名乗っている。 昌平みたいにキリトとでも呼んでくれ」
「う、うん・・・キリトお兄ちゃん・・・お兄ちゃんは忍者の人なの?」
「・・・」
「・・・昌平。 笑い声を押さえるのが大変なのは分るが・・・何とか言ってくれ」
「最高だね。 忍者か。 そうなんだ。 キリトは忍者なんだよ。 カッコイイだろ?」
「・・・昌平」
「カッコイイね、忍者のキリトお兄ちゃん」

 ヒミコの無邪気な言葉と視線に、脱力するキリトだった。

「それで? 何がおかしいんだ?」
「ああ、忘れるところだった。 あいつらはやっぱり例のハンターの二人組みだ。
理由は分らんが・・・下にいた数十名の人間を皆殺しにしているようだ」
「・・・なんでだ? なんであの人達が・・・?」

 昌平は、キリトの告げた言葉に脱力して座り込むと頭を抱えた。
なぜ彼らがこんなマネをするのか想像も出来ないし、信じたくもなかった。
その話しを聞いたヒミコは、涙を浮かべて昌平に告げる。

「お兄ちゃん・・・ここで別れよう。 お兄ちゃんには死んで欲しくないよ」
「・・・来須さん達の狙いは・・・ヒミコなのか?」
「・・・たぶん」
「それは分らんぞ? オレは近寄れないから話しの内容までは聞き取れない。
あいつらにはオレの存在が感知できるからな。
兄者がいなくなってから、一応妖気を押さえることができるようになったが、それでも近くまでいけない。
あいつらの目的はまだ不明だ。 それに・・・見捨てる事はお前の主義に反するだろう?」

 昌平にはいつになく饒舌なキリトの言いたい意味が分った。『見捨てるな』と言っているのだ。

「ああ、そうだよな。 せめてヒミコの安全だけはなんとしても確保しないとな」
「ではどうする? 出入り口には全て見張りがいるぞ? 無事に逃げだせるとは思えない」
「・・・なきゃ作るまでさ。 キリト・・・お前の力を貸してくれ」







 来須は部下から報告を受けて、数分前まで昌平達のいた部屋の中に踏みこんだ。

「これがおかしな穴・・・か。 こんな方法で逃げ出すとはな」

 その部屋の壁には、鋭利な切り口を見せる穴があり隣の部屋への即席の通路が出来ていた。
それは隣の部屋にもあり、最後には予想もしていなかった即席の出口へとつながっていた。

「あいつの正体は、カマイタチか何かだったのか?」
「さあねぇ。 それはまだ早合点ってもんだろうねぇ」
「ジャニス、なにか心当たりでもあるのか?」
「ああ。 これを見てごらん」

 ジャニスは一枚の書類を手渡した。

「関係者の名簿だな。 これがどうかしたか?」
「名簿の上の方に懐かしい名前があるよ?」
「風守昌平・・・まさか、あの昌平か!?」
「心配しなくてもいいよ。 あの子は死体の中にはいなかった。 当然、死体の数も合わない。
ヒミコって名乗った白い髪の子供もいなかったらしいよ。 これは看護婦に確認させたから間違い無いよ。
しかし・・・これをどう考えたらいいんだろうねぇ?」
「昌平自身がこの場にいたのは間違いないだろうな。
問題はこの壁の穴だ。 ヒミコって名乗った子供はカマイタチだった。 そうは考えられないか?」
「難しいトコロだねぇ。 とにかく今は昌平を見つけ出さないといけないねぇ」
「・・・無駄骨になったか」
「そうだねぇ。 まあ今回の作戦は無駄にはならないよ。
少なくとも『爆弾の火薬』の処分はできた。 30人分だからねぇ。 数十万の人間を救ったんだ。
だから・・・そんな辛気臭い顔すんじゃないよ」
「お前・・・昌平を殺せるのか?」
「さあね・・・その場になってみないと分らないよ」
「じゃあ、その時は無理せずにオレに任せておけ。 お前は優しすぎる」

 そう言い残して去って行く来須の背中を見ながらジャニスは一人ため息をついた。

「・・・因果な商売だねぇ」







 その日の昼過ぎ。

 病院から無事に脱出できた昌平達は、ヒミコの洋服や靴などを買っていた。
さすがにあの格好では、こんな御時世だけに誘拐犯だと思われてもしょうがないだろうからだ。
そこでたまたま目にした街頭のテレビで流されるニュースに、昌平は目が釘づけになった。

『ここで緊急ニュースです。
東京湾の地下工事現場で発生した事故のために、病院に運び込まれて検査を受けていた人達が
テロに巻き込まれて全員死亡した模様です。 病院は仕掛けられた爆弾のために全壊しており、
生存者はいないということです。 このテロに対する犯行声明はまだ出ていませんが・・・』

「これは・・・」
「来須達の仕業だな」

 姿は見えないが近くにいるらしいキリトの声が聞こえる。

「作業班とやらが何かやっていたが・・・また派手な結末のつけ方だな。 まさか病院ごと吹き飛ばすとはな。
あいつらが何をしたかったのか・・・結局は分らずじまいか」
「ああ。 すべての死体は瓦礫の底ってわけだな」
「らしくない・・・そうは思わないか?」
「思う。 来須さんの組織のやることにしては・・・皆殺しなんて徹底しすぎているし、第一派手すぎる。
今までは周囲に気付かれないようなやり方しかしなかったはずなのに・・・」
「警察とやらも、黙っていないのではないか?」
「普通ならな。 でも・・・今回は良いように情報がコントロールされているような・・・そんな気がする」
「・・・依頼元は相当な大物ってことかもしれんな」
「まあ、ここまでやったらオレ達につながる糸は切れただろ」
「だといいがな・・・油断だけはするな。 オレがいつもお前を守りきれるとは限らないんだからな」
「それについては感謝はするけど、怨んだりなんてしないよ」
「好きでやってることだ。 気にするな」

 そこにようやく普通の格好になったヒミコが戻ってきた。
腰まである真っ白な髪は綺麗にとかされ、首の後ろあたりでリボンでとめてあった。
始めて会った時から考えると、別人のような変化であった。

「お兄ちゃん、どうかな? 似合う?」

 そういってその場で一回転する。 そこには色素の薄いだけの普通の女の子がいた。

「ああ。 良く似合ってるよ。 後は、その背中の商品タグさえなければ満点だな」
「え!? どこどこ?」

 そういって自分の背中を見ようと、回転するように必死で首をひねるヒミコ。

『そうさ、 この子はちょっと人と違うだけで・・・ただの子供じゃないか。
それを殺そうとするだなんて・・・。 来須さん。 あんた一体何を考えているんだ?
それに無関係の人達まで皆殺しにするなんて・・・。 あんたが変わっちまったのか?
それとも・・・オレがあんたを勝手に人間の味方だなんて思い込んでいただけなのか?』

「お兄ちゃん・・・どうしたの?」
「ん? ああ、悪い悪い。 ちょっと考え事してたんだ。 それじゃ代金払ってくるよ」
「待って、お兄ちゃん」
「どうした?」
「あのね・・・とっても嬉しいの。 だから・・・ありがとう」

 そういってヒミコは頭を下げた。

「いいんだよ。 あの格好のままだと風邪ひいちゃうだろ?」

 そういってヒミコと一緒に会計を済ませていると、ヒミコのお腹が盛大に鳴る。
どうやらお腹が空いたらしい。

「あ、あの、あのね! 昨日から何も食べてなかったの! いつもはこんなに大きな音しないの!」

 昌平と店員に笑われて、真っ赤になって抗議するヒミコは、どこにでもいる普通の子供だった。
というわけで食事である。
とはいえ、洋服で大分出費した昌平には、ラーメンが精一杯であったのだが・・・。

「美味しいね、お兄ちゃん」
「そうだな」
「これなんていう食べ物なの?」
「・・・ラーメンっていうんだ。 もしかして始めてなのか?」
「うん。 病院じゃ冷たいご飯ばっかりだったの。 あったかいご飯って本当に美味しいねぇ」

 昌平が、店の親父の目が哀れみに満ちている事に気付いたかどうか・・・。

「お嬢ちゃん、これも食うかい?」
「え? いいの? ありがとう、おじちゃん」
「いいんだ、サービスだよ」

 店の親父は、ヒミコの満面の笑顔を代金にしてチャーハンをプレゼントしてくれた。

「すみません」
「アンチャン、妹さんを大事にしてやりな。 ウチの倅も小さい頃にガンになっちまってよ。
強い薬のせいで髪の毛が真っ白になっちまったんだ。 この子を見てると倅のことを思い出しちまったよ」
「・・・その・・・息子さんは・・・」
「ああ、10才の誕生日の前日にな・・・生きてれば丁度あんたくらいなんだろうな」

 見た目はイカツイ感じでも、情に厚いのは日本人の美徳なのかもしれない。
昌平は、食事と共に何か暖かい物を貰ったような気がした。
それは今日の朝から続いていた不快な体験の傷を癒すように、暖かく心に染みるものだった。







 ジャニスが来須の宿泊している部屋を訪れると、来須はいつも以上に不味そうに酒を飲んでいた。

「昌平の今の住まいが分ったよ」
「早いな。 どうやった?」
「勝司さんに聞いたのさ」
「・・・そういえば、そんな手があったな」

 その声には覇気がなかった。

「らしくないねぇ。 あの子が事件にからんできて乗り気になれないのは分ってるけどさ」
「そんなんじゃない。 もっと簡単な事だ。
オレは時々思うんだ。 化け物と人間と・・・違いはなんなんだろうな?
いや、どっちが生物として・・・本当に正しい生き方ってやつをしているんだってな・・・」
「疲れてんだよ。 早く寝ちまいな。 それともそうやってボトル一本を不味そうにあけるつもりかい?」
「二日酔いにだけはならないから心配するな」
「無理やり治すのはならないとは言わないよ?」

 ジャニスは、以前に二日酔いを来須に治してもらった事があるのだ。

「これが、飲まずにいられるか。
オレは多くの人間を救うために・・・少数の人間を殺さなきゃいけないんだ。
オレはこんな事をするために組織にはいったわけじゃないぞ・・・」

 それは大いなる矛盾であった。
今回の事件では、人間を守るための行いは、同じ人間の犠牲によってのみ成り立っていたのだ。
それが非常に不満で、不本意であるらしかった。

「因果だと思うのかい?」
「宿業・・・カルマってやつかもな」
「・・・忘れるんだね。 アンタがしっかりしないと・・・別の組織に先を越されるよ。
今は黙っていても、いつ手を出さないとも限らないんだからね」
「そんな馬鹿がいるとも思えんがな。 第一、人類を滅ぼしたがる為政者なんていないさ」
「アンタ・・・人というものを分っちゃいないね」
「そんな事を信じたくないだけだろうな。 大丈夫だ。 十分に分ってるさ。
権力という魔物にとり憑かれた大馬鹿者は・・・時として人類よりも自分自身のためにその手を動かす。
今回のあいつにしたって、いつ他の国が手を出してくるかわからん状態だ。
しかし・・・なんであんな怪物を作り出しちまったんだろうな?」
「戦争ってのは・・・人を狂わせるものさ」

 この事件の原因は今から50数年前。 戦争のさなかに産み出されたのだ。

『外法』という禁断の手段によって。

 その戦争の副産物は・・・50数年たってこの地で蘇ったのだ。
それは大いなる運命のイタズラであったのか、それとも運命であったのか。
それは誰にもわからなかった。



<続く>