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翌日、睡眠不足でカウンターでうつらうつらとしていた私に声をかける人がいた。 「昨夜、夜更かしでもしたのか?」 クルスだった。 私は慌てて声を返す。 「う、うん。 ちょっと夜遊んでいたもんで・・・ね。 それよりどうしたの? 何か用?」 私の慌てて取って付けたような問いかけに、クルスは頬を掻きながら答えた。 「まあ、そうなるかな・・・デイジーについて教えて欲しいんだ」 「知らないでこの町に来たの?」 まさかとは思っていたが、本当に何も知らないでこの町に来たのか・・・。 「ここ数日で博物館などは一通り見て回った。 後は、地元の人間しかしらない逸話などを聞きたいと思ってな」 「ふーん。 勉強熱心なのね。 いいわ、教えてあげる。 あなたデイジーについてはどの位知ってるの?」 「まあ、一般的なことくらいだろうな。 魔女デイジーことジャニンバル・デイジー。 遥か昔にこの谷を作ったといわれる伝説の人物。 また、この町の周囲に広がる森林も、その『特異性』が注目されている。 特異性とは大型の獣がいないことだ。 森の規模を考えると、自然に作られた森林とは一線を喫してるといえるだろう。 伝説ではデイジーはこの森で、従者と共に眠りについたとされている。 その従者とは、遺産であり、秘法であり・・・もしかすると本人のことを暗示しているのかもしれない。 一説には、使役していた魔物なのではないか、などと噂されたこともある。 詳細は不明。 デイジーの伝承の数々は、先住民族から今の住人に受け継がれている。 今の住人は、デイジーに敬意を表すかのように、この町に彼女の名をつけた。 ・・・ちなみに、伝承に残る容姿は・・・キミにそっくりだ。 あっているか?」 たった数日で調べたにしてはなかなか良い成果ね。 「だいたい正解。 唯一抜けているとすれば・・・『黒い巨石』ね」 「巨石? 博物館に飾ってあった黒い岩のことか?」 「そうよ。 あれが発掘されたのは、今から十年以上前の話しよ。 当時色々調べたけど・・・結局なんなのか分らなかったらしいわ」 「確かに気味が悪いくらい真っ黒な岩だったな」 「材質が分らないらしいの。 しいていれば、生物の細胞の構造に近い岩石だそうよ」 「益々わからん。 ・・・なんなんだろうな?」 それは私も知りたい。 「さあね。 私達の間では、あれがデイジーの残した錬金術の成果の一つなんじゃないかって言われてるわ」 「他にはみつかってないのか?」 「あったら博物館に飾ってあるはずでしょ?」 「それもそうだな。 ・・・ありがとう。 さっそくもう一回見に行ってみるとするか」 「そうねえ、お礼は夕飯奢ってくれるだけでいいわよ?」 「わかった。 キミの仕事が終わったら迎えに来る」 そういって、彼は再び博物館にいくために宿を後にした。 彼が視界から完全に消えたのを確認すると、うれしさの余り思わずガッツポーズを取ってしまう。 「やった!」 ダメもとでも言ってみるものねー・・・。 『そうだねぇー・・・いやはや、意外な展開になってきたねぇ』 『目が覚めたの? ・・・盗み聞きとは良い趣味とはいえないわよ?』 『しょうがないだろう? イヤでも聞こえてきちまうんだから』 『まったく・・・いつになったら出て行くの?』 『だから人を悪霊呼ばわりしなさんなって。 そういえば、昨日はまだ説明不足だったねぇ。 良い機会だから全部教えておくとしよう。 まず、私はデイジー本人であり、そうでもないといえる。 転生・・・リンカーネーションって知ってるかい?』 『インドの方でよく言われるやつでしょう? 死んだ後に再び別の人間として生まれてくるってやつ』 『へぇ、結構詳しいじゃないか。 予定では、子孫の中の誰かに生まれかわるハズだったんだ』 子孫・・・そういえば、昨日『御先祖だ』って言ってたわね。 『それが・・・私だったっていうの?』 『まあ、そうなるのかねぇ。 本当ならアンタの子供あたりだったんだろうがねぇ。 アンタが余計なマネしたせいで予定より早く目覚めちまったのさ』 『余計な事? そういえば、昨日の夜もそんなこといってたわね。 何が原因だったの?』 『あんた・・・異常に集中して意識の底で眠っていた私に触れたのさ。 私の眠りを覚ましちまったんだよ』 『それの何処が悪いの?』 『不自然だろう? 一人の中に二人いるってのは。 あんたの記憶にあった二重人格ってやつとは全然違う状態なんだよ?』 『勝手に私の記憶を読まないでよ!』 『うるさいねぇ。 いずれ必要になるかも知れないからやってんだよ? 黙っていて欲しいねぇ』 『・・・どうゆう意味?』 『いずれはアンタと、この体の主導権を奪い合うことになるかも知れないって言ってるんだよ』 『・・・あんた、やっぱり悪霊でしょ?』 『信じないのならそれでもいいけどね。 あと3日以内になんとかしないとねぇ』 『何か起こるの?』 『鋭いねぇ。 ・・・悪魔が目覚めるのさ』 『悪魔?』 『昔、この土地に封じ込めたやつさ。 私が力を取り戻さないと・・・押さえ込めないんだよ』 『それって、凄くヤバイんじゃないの?』 『ああ。 大変な事になるだろう。 だから・・・私にこの体を明け渡す気はないかい?』 冗談ではない。 『絶対イヤ!』 『まいったねぇ・・・。 じゃあ、その気になったらゆっとくれ。 あたしゃもう一眠りさせてもらうよ』 『永久に寝てなさい!』 私の怒声に肩をすくめながらデイジーの意識は消えていった。 冷静になって考えると・・・段々と怖くなってきた。 あいつはやっぱり悪霊だ。 間違い無い。 でも・・・どうすればいいんだろう。 それに悪魔が目覚めるって・・・。 「本当に・・・どうすればいいの?」 私の呟きに答えてくれる人はいない。 私がフロントで悩んでいると、客が訪れた。 「すまないが、このホテルにクルスという日本人は滞在していないか?」 その男性は、この辺りでは珍しいスーツ姿の人物だった。 目立った特徴はないが、なぜか不思議な存在感があった。 そういえば、始めてクルスを見たときにも似たような感覚を味わったのよね。 「ええ、二日前から宿泊してます。 今は博物館に行っていると思いますけど」 「そうか。 入れ違いになったな。 では、待たせてもらえるかな?」 「はい。 ではこちらにどうぞ」 私はそういって、その男性を食堂に案内する。 食堂でコーヒーを用意して貰うと、フロントに戻る。 それから数十分たってクルスが戻ってきた。 「クルス、お客さん来てるわよ?」 「客? ・・・わかった」 なぜか、クルスは緊張した顔つきになった。 なにかマズイ相手なのだろうか? それから数分後。 クルスと彼の客は、クルスの泊まっている部屋に入ると暫く出てこなかった。 簡単に済むような話ではなかったらしい。 ・・・いったい、何を話していたんだろう。 気にはなったが、客の話しを盗み聞くわけにもいかなかったのだ。 結局は、そのまま受付の仕事を続けた。 その日の夕方、正確には夜になりかけの時間。 クルスは約束通りに夕食に招待してくれた。 しかし、せっかくクルスが夕食に誘ってくれたのに、私はそれどころではなかった。 「元気がないが・・・何かあったのか?」 「う、うん。 ちょっとね」 悪霊デイジーに、悪魔か・・・。 一般人にどうにか出来る問題じゃないのよねー・・・。 私は悩みのせいで料理の味もロクに分らないってのに、クルスは美味そうにワインを飲んでいる。 ・・・まあ、彼のせいじゃないんだけどね。 そういえば、クルスって大酒飲みだけど一応は聖職者なのよね・・・。 相談してみようかな・・・信じてくれればいいけど。 「ねえ、クルス。 悪魔って本当にいるの?」 「・・・会ったことはないな」 「でしょうね。 でもさ、この町に悪魔が現われるって話しがあるのよ」 「誰から聞いたんだ? そんなムチャな話し」 「デイジーって名前の幽霊・・・って言ったら信じる?」 その言葉を聞くと、クルスは食事の手を止めて私の話しを聞き始めた。 「・・・本当か?」 「え、ええ。 昨日の夜に出たの。 私のところに」 「どんなヤツだった? 姿は見えたのか?」 「私ソックリだと思う。 女性だった。 それで・・・私にとり憑いてるの」 その話しを聞いたクルスはグラスのワインを一気に飲み干すと、ため息混じりに言葉を吐き出す。 「・・・面倒な事になったな。 体に何か異常はないか?」 「今の所は別に・・・でも3日以内にどうにかして決着をつけるって言ってた」 イヤな沈黙が流れる。 ・・・何か話してよ・・・心細いでしょう? 「・・・魂同士の戦いでは・・・」 「え?」 「魂同士の戦いでは、意思の強さによって勝敗が決まるという。 まあ、実質的には殴り合いに近いらしい。 殴り合いは得意か?」 「う〜ん・・・まあ、嫌いじゃないかな。 小さな頃はよくやってたから。 ・・・けど、それがどう関係するの?」 「殴り合うことが出来るくらい気丈なら大丈夫だって話しだ。 心配するな、お前は負けやしない。 化石に近い魔女なんぞ、殴り飛ばしてやれ」 笑顔でこういうことを言われると・・・なんか出来そうな気がするから不思議よね。 「へへへ、アンタ悩み相談とかやったら、もっと上手く布教できるんじゃない?」 「・・・それは、もういいんだ。 結局は己の宿業からは逃げられないとわかったからな。 悪魔の件はオレがなんとかしよう。 安請け合いは出来ないが・・・善処すると約束する」 その時、クルスの表情から一瞬、別人の顔が見えたような気がした。 よく考えたら、私は彼の事を何も知らない。 「今日あなたに会いに来た人と・・・何か関係がある話しなの?」 「まあ、そうかもしれん。 人生ってのは思う通りにはいかないものさ。 お前にもあと十年くらいしたら・・・わかる時がくるさ」 そういってクルスは枯れた感じのする苦笑を浮かべた。 一体、この人はこれまでどんな人生を歩いてきたんだろう・・・。 なぜか、私には目の前にいるはずの彼が、恐ろしく遠い存在に思えてしまう。 始めて会った日のBARでは、あんなに身近に感じていたのに・・・。 「・・・あなた本当に宣教師なの?」 「宣教師のタマゴさ。 本職は一時休業中だ。 まあ、それも・・・もうすぐ再開することになるかもしれんがな」 彼の笑顔はどことなく寂しそうだった。 「ねえ、家族とかいないの? 私、あなたの昔話しってやつ聞かせて欲しいんだけど」 「・・・まあ、余り面白い話しでもないさ。 だから一人で旅をしていたんだ。 それより、早く食わないと冷めるぞ」 話しはそれで終わりらしい。 私達は食事を済ませると、その店を後にした。 その店からの帰り道のこと。 月明かりに照らされた夜道でクルスは立ち止まると、背を向けたまま問いかける。 「デイジーとかいったな。 いるな?」 「ああ、いるよ」 私の口から勝手に声が出る。 『ちょっと、デイジー! 何してんのよ!』 『まあ、いいから少しだけ口を貸しておくれよ。 わたしもこの男に興味が沸いたんだよ』 『・・・少しだけだからね。 それと、余計な事言わないでよ!』 『分ってるよ』 しょうがないので、少しだけ口を貸す事にする。 「お前はなんで自分がこの時期に目が覚めたとおもう?」 「そうだねぇ・・・あの悪魔が目を覚ましかけていたからかねぇ。 もっとも・・・この子が余計なチャチャをいれなければ、復活は十年くらい先だっただろうけどねぇ」 私(デイジー)の声に、背を向けたままクルスは月を見ながら静かに告げる。 「正確には『再誕』だろうな。 『転生者は、生まれたての赤子だけに転生を許される。 成人間近の人間の自我を強制的に奪うのは殺人と同じとみなす』 知っているだろうが、それが古来から存在する『転生のルール』だ。 人の法が裁かなくとも、今も昔も・・・『裁く者』はいる。 それを忘れるな」 「・・・分ってるさ。 この子のこれまでの人生を奪うようなマネは私もしたくないからねぇ。 しかし、いずれは無理がくる。 どうするのがいいんだろうねぇ」 「オレとしてもアンタがそのまま消えるのは惜しいとおもう。 折角、転生したんだ。 その記憶だけでも残す方法はないのか?」 「・・・融合って手がある。 この子の自我と記憶に私の自我と記憶を混ぜるんだ。 でも、これは私達二人が一つになることだ。 どっちでもない第三者になる。 私としてもやりたいとは思わないねぇ。 かといって・・・他に良い手はないしねぇ」 『私が私でなくなるならイヤよ!』 「この子もイヤとゆってるよ。 そうなると・・・やっぱり殴り合いしかないのかねぇ」 「まあ、善処してくれ。 オレとしてはジャニスが納得のいく方法ならなんでもいい」 そう言い残すと、クルスは一人去って行く。 クルスは何者なんだろう。 なんか私の知らないことを、知っているようだ。 転生のルールと裁く者・・・なんのことなんだろう? 『ねえ、デイジー・・・彼は何者なの?』 『あんたは知らない方がいいだろう。 ただ、世の中には色々な職業の人間がいる。 それだけは覚えておくといいさ』 結局は分らない。 二日前、夜のBARであれほど身近に感じたクルスが、今はもうこんなに遠い。 その夜に見た、布教の下手なクルス。 美味そうに酒を飲むクルス。 そして今日の優しくて悲しそうな笑顔を見せていたクルス。 今の背を向けて去って行く・・・別人のようなクルス。 本当のアナタはどんな人なの? もう私にはアナタが分らない。 私は、なぜか無性に・・・悲しくなった。 その日の深夜。 ジャニスがチャネリングを行っていた場所で小さな異変が起こっていた。 祭壇跡地。 その祭壇の廃墟の中央のくぼみに亀裂が入った。 その亀裂は時間と共に少しずつ広がって行く。 翌朝には、くぼみに被せてあった分厚い岩盤は粉々に砕け散っていた。 そのくぼみの下に収められていた黒い巨石は博物館にあった物とそっくりだった。 しかし、その表面が朝日を反射するかのように、黒く輝きだした事に気付いた者はいなかった。 <続く> |