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一休みした後、夕食を済ませた来須とジャニスの二人は、廊下に背中合わせに座って敵の来襲を待っていた。 「もう深夜の3:00だよ? 本当にくるかねぇ」 「ああ、あいつらは人を・・・特にオレ達を憎んでいるようだった。 間違いなく昼間の仕返しに来るさ」 「占ってみようか?」 「・・・やってみろ」 「手元に道具がないんだよねぇ」 「・・・じゃあ、おとなしくしていろ」 「ヒマだねぇ」 「羊でも数えてろ」 「ねちまうだろぉ?」 その時、おなじみになりつつある妖気を感じる。 「・・・来たな」 「そうだねぇ。 朝までヒマしないで済んだのは助かるねぇ」 二人は立ち上がって戦闘の準備を済ませる。 結界の穴は二箇所。 敵の突っ込んでくる方向次第で位置を入れ替える必要がある。 今回の作戦では、来須一人で敵を迎えなければならないのだ。 さいわい、敵は来須の正面を突入口に選んだらしい。 「10秒だよぉ! 忘れないでぇ!」 ジャニスの気合の入った声を聞いて、来須は声もなくうなずき返す。 それを確かめたジャニスは瞳を輝かして、準備していた術を展開した。 黒魔術の瞬間的に使える類の物に、大した威力は無い。 こういう時には、事前に準備しておいた巨大な術式を、身につけた宝石などに封じ込めておくのだ。 それを決めておいた『キーワード』によって展開して発動する。 自分の頭の中に展開した巨大な魔法陣によって術を発動させるのだ。 それは来須の使う白魔術のような融通性はないが、とにかく威力が半端ではない。 もちろん、展開できる術式の大きさはその術者の力量次第だ。 その点、ジャニスは先天的な才能と、経験豊富な魔女の技を受け継いでいる。 フリーランスの魔法使いでは上位クラスの術者だ。 それでも、発動までは時間がかかる。 それは威力に比例して、魔法陣の展開と発動に時間と精神力が必要になるからだ。 前回と違って、今回の戦いでは時間の都合上、防御の術式の展開までは行えない。 来須がミスをすれば、それは自分にもふりかかってくるのだ。 気合が入るのも当然だろう。 「黒き巫女の祈りは、闇を駆ける獣の力をその者に授けん!」 その術の発動と共に、来須の正面の扉が切り裂かれて疾風が吹き込んでくる。 その瞬間、来須にとってあらゆる物の動きがおそくなる。 一人だけ何十分の1に引き伸ばされた時間の流れる世界に入ったのだ。 今回は前回とは違う。 その風の中に潜む2匹の魔物をはっきりと知覚できた。 しかし、元の動きが異常に早いだけあって、この知覚力をもってしてもその速度は依然として脅威だ。 勝負は一瞬である。 狙いは先頭の魔物。 こいつを殺せば今のような速度で動きまわることはない。 その先頭の魔物めがけて右手の銃を連続して撃つ。 最初の数発はかわされるが、残りはその動きを予想しての攻撃だ。 かわしきれずに、数発の弾丸を受けた先頭の魔物は、血と灰を巻き散らかしながら失速して床に突っ込んでいく。 弾の尽きた銃を手放して、刀を両手で構える。 ここまで、コンマ数秒。 銃はまだ紫煙を漂わせながら空中を漂っていた。 二匹目の魔物が尻尾から生やした巨大な鎌を、振りかぶりつつ突っ込んでくる。 その鎌は真紅だった。 前回の戦いで来須の刀をへし折った鎌だった。 一応、その鎌を受け止めるなどせず、弾くようにして流す。 しかし、その鎌は微妙な軌道を描きながらも進行方向を捻じ曲げて、ジャニスの肩口を切り裂いていく。 来須は敵の思惑を知って、思わず自分の不手際を悟る。 敵の狙いはジャニスだったのだ。 ジャニスの傷口から血がスローモーション映像のように溢れ出すのを見ながら、来須は手にした刀を投げつける。 その瞬間、来須の腕がおかしな具合に捻じ曲がり、嫌な音を立てながら折れる。 『慣性を無視して体を動かすと筋肉が裂けるか、骨が砕けるよ』 事前に、ジャニスに言われていた注意を忘れていた。 それを思い出したのは、自分の腕からゆっくりと激痛が走るのを感じた時だった。 自分の腕を折りながらも投げつけた刀は、苦もなくかわされた。 二匹目の魔物はスピードを緩めながらも、廊下の反対側の窓を切り裂きながら飛び出して行った。 来須は自分の腕の痛みを無視して、慣性に気をつけながら足で銃を蹴り上げて無事な腕でキャッチする。 そして、排莢してその薬莢が空中にあるうちに次の弾丸を装填する。 おそらくは、自己最高記録の装填時間だろう。 この時点でようやく3秒が経過していた。 弾込めの終わった銃を、地面でバウンドしていまだ空中にいる魔物に向けながら、足を狙って数発撃つ。 その弾は、狙い違わず魔物の残された3本の手足を撃ち抜いて灰にする。 そして後は、術の効果時間切れまで銃を構えて過ごす。 痛みと戦う7秒(来須にとっては30秒以上)が経過したとき、唐突に空間が元に戻る。 そして廊下に魔物とジャニスの悲鳴が響き渡った。 「GUAAAaaaAAaa!!」 「キャァアアアアアァァァァ!」 魔物に銃をポイントしたまま、来須は痛みにのたうち回るジャニスに馬乗りになって術をかける。 かなり深く切られたようだが、カマイタチの傷は恐ろしく鋭い。 鋭利なメスで切った傷のようなものだ。 すぐに適切な処置を行えば大事にはならない。 前回、来須も右腕を深く切り裂かれたが、すぐに傷口を閉じたので大事にはならなかった理由がここにある。 後は、再び傷口が大きく開かないように包帯を巻いておけば大丈夫だろう。 それで、ようやくジャニスの悲鳴が止んだ。 魔物の方は、すでに身動きが取れなくなって痙攣していた。 「・・・・・・フウー・・・痛かったわぁ・・・仕留めたぁ?」 来須は、ジャニスの怒りに燃えた目を直視しないようにして告げる。 「一匹だけだ。 もう一匹は逃がした」 『なんですってぇ!! こんな痛い思いまでしたのに逃がしたですってぇ!!』 思わずお国言葉(英語)で文句を言ってしまうジャニスだった。 「・・・うるさい、これで精一杯だ」 足の下で文句をいうジャニスに文句をいい返しながら、来須も自分の腕に痛み止めの呪をかける。 その腕は曲がってはいけない方向に曲がっていた。 今まで叫びたくなるような痛みを我慢していたのだ。 それは来須の異常なまでの精神力のなせる技だった。 その額には異様な量の脂汗が浮かんでいた。 「・・・折れたのかい?」 「ああ。 お前の注意を忘れた代償だ」 それを見たジャニスは途端に自分の醜態が恥ずかしくなった。 「・・・みっともないトコロみせたねぇ」 「かまわんさ。 お前が痛みに耐性がないのは先刻承知だ」 「・・・左腕は使いものにならないねぇ」 「正式なヒーラーの治療を受けないとダメだな。 まあ、利き腕ではないのがせめてもの救いだ」 「じゃあ、後は私に任せな。 この『魔女ジャニス』の名に誓って残りの魔物を仕留めてみせるよ」 「一人で平気か?」 「誓いは絶対さぁ。 だけど・・・とりあえず、どいてくれないかねぇ?」 風守の一家の二人が、戦闘後のひどい状態になった廊下を覗きこんでいた。 来須は苦笑を浮かべて立ちあがる。 その後に、胸元まで切り裂かれて血に染まった服を押さえながらジャニスが立ちあがる。 その間、来須の銃は廊下で痙攣する魔物に向けられていた。 その来須の背後から、昌平の声がかけられた。 「・・・終わったのかい?」 「ああ」 「仕留めたのか?」 「一匹だけだ」 「じゃあ、残りは?」 「それを聞かなきゃならない。 最後の一匹はどうなったのかをな」 本来、カマイタチというのは3匹で構成されている。 1匹目は誘導と障害物の回避。 2匹目、3匹目は1匹目の誘導通りに進むのだ。 そして、2匹目が剥き出しの素肌を切り裂く。 3匹目はその傷が大事にならないように薬を塗る。 そのせいで血が出ないで、傷もすぐに直るのだと、伝承は伝えている。 「肝心の3匹目がどこにいったのか・・・どこだ?」 その言葉は床に転がる魔物に向けられた物だ。 「・・・ナニヲイマサラ・・・」 「なんだと?」 「キサマラノ汚イ手ニ引ッカカッタ我ラヲ・・・仲間達ト三郎ヲ殺シタノハ、貴様ラ人間デハナイカ!?」 「来須さん。 そいつを楽にしてやって下さらんか?」 「ああ、聞く事を聞いたらな」 「私が、全てを・・・お話します」 「いいだろう。 安心して死ね。 すぐに残った兄弟も送ってやる」 「キサマラ覚エテイロ! 我ラノ無念ハ『大鎌の二郎』ガ晴ラスゾ! 血ノ海デノタ打チ回ッテ後悔スルガ良イ!!」 「滅びな」 来須は残った弾を全弾床に転がった魔物に撃ちこむ。 もはや弱った一郎がその弾に耐えられるはずもなく、粉微塵に砕け散った。 それを確認した来須は、ねじ曲がった左腕を無理やり普通の方向に向ける。 痛み止めが効いているとはいえかなりの激痛が伴うはずだ。 尋常な精神力でなせる事ではない。 それを痛々しい目で見るジャニスだった。 「早くヒーラーをよこしてもらわないとねぇ」 「ああ・・・そうだ・・・な」 そこで先ほどの魔術の副作用が襲ってきた。 来須の視界が闇に閉ざされて、その場に倒れこむ。 さすがの来須にもここまでが限界だったのであろう。 そうして、長い夜は幕を閉じたのだった。 来須が目を覚ましたのは翌日の昼過ぎだった。 しかし、目は覚めても体の方はまだ動かせそうもない。 しかも、熱っぽい上に酷い頭痛がしている。 これが、ジャニスの言っていた副作用というやつだろう。 「具合はどうだい?」 「ジャニスか?」 「ああ、分るかい?」 「なんとか・・・な。 具合は・・・悪い」 「今日の夕方にはヒーラーが来るわ。 それまではおとなしくしてるんだよぉ」 「お前は?」 「獣退治さぁ」 「残りは・・・何匹だ?」 「後は、昨日逃げて行ったヤツだけだってさ」 来須が平気そうなのを確認したジャニスは、その部屋を出て縁側に出た。 そこには、ボロボロになった縁側に腰掛ける昌平がいた。 その手には風切りの太刀が握られている。 「ボーヤ、何してんだい?」 「あんた、昨日のヤツと戦いに行くんだろう?」 「ああ。 それが仕事だからねぇ。 まあ、雇い主はくたばっているけどねぇ」 「じゃあさ・・・オレも連れて行ってくれよ」 「ボーヤを? ・・・死にたいのかい?」 「オレは・・・風守の一族だ! アイツを殺すなり封じたりするのを、全部人任せになんて出来ねーんだよ!」 「まったく・・・あきれたボーヤだねぇ。 だが、嫌いじゃねいよ? そいうの。 いいだろう、ついて来るといい」 「へへ、そうこなくっちゃな!」 「ただし・・・」 「分ってるよ。 命令厳守・・・だろ?」 「そうともさ」 その声を布団の中で聞きながら来須は苦笑していた。 『案外、いい師弟になれるかもしれんな』 それからどのくらい時間がたったのであろうか? 来須は部屋の外に人の気配を感じていた。 「勝司さんか?」 「はい。 全てを話しに参りました」 「入ってくれ」 勝司は部屋にはいると、その場に平伏して侘びを入れる。 「まず、謝らせてください」 「騙した事をか?」 「はい。 これは我が一族の秘事であり、恥であったゆえに・・・お話しできませんでした」 「ああ。 そんな事はもういいんだ。 全てを話してくれるんだろう?」 「はい。 話しは今から数百年前。 まだこの世に武士と朝廷が存在していた時期まで遡ります。 当時、『カマイタチ』が巣にしていたこの風谷に、我らの先祖にあたる武士の集団が現われたのがすべての始まりだったのです。 我らの祖先は、朝廷からの密命を受けていました。 彼らはカマイタチの持つ『あらゆる傷を癒す万能の薬』を求めてこの地に派遣されたのです」 勝司が来須の部屋を訪れ、話しをしていた頃。 工事現場の資材の影に隠れて、鳥居付近の様子を伺っている男女の姿があった。 ジャニスと昌平である。 その二人の視線の先には、鳥居の上でうずくまって震える一人の青年の姿があった。 もはや自分以外のすべての兄弟を失ったカマイタチ3兄弟の次男、大鎌の二郎だった。 今は人の姿をしているらしい。 「信じられないねぇ」 「・・・何をしているんだろう?」 「鳥居の上に座り込んで・・・泣いているみたいだねぇ」 「・・・なんでそんな事を・・・」 「昨日、来須のダンナに殺されたのが最後の兄弟だったらしいよ」 「そう・・・だったのか」 「ボーヤ、同情は後にするんだね。 戦いは隙を見せた方が負けなんだからねぇ」 「でも・・・」 「命令厳守」 「・・・はい。 じゃあ、いつ仕掛けるんですか?」 「まだだよ。 ここからじゃ距離がありすぎる。 いいかい? できれば、接近戦に持ちこんで一分間耐えておくれ。 後は手筈どおりに・・・」 その声が聞こえたのかどうか、不意に二郎が地面に降りたち、大声をあげる。 「兄者を殺して次はオレか!? いいだろう! 相手になってやる! 出てくるがいい!」 人の姿をしているせいか、その声は昨日の一郎よりはるかに聞きやすかった。 「ジャニスさん・・・どうしよう?」 「こうなったら、行くしかないだろう?」 「じゃあ・・・」 「アドリブ効かしておくれよぉ? 全てはアンタ次第なんだからねぇ」 「は、はい!」 二人は戦う準備を整えて二郎に向かってゆっくりと歩み寄る。 「どうする? 二人まとめて相手をしてやろうか?」 「決闘を申し込む!」 「なんだと?」 「決闘だ! オレは風守 昌平。 お前らの監視役にして討伐者の末裔だ!」 「そうか・・・あいつらの末裔か。 いいだろう。 その決闘受けてやろう」 二郎はジャニスに向き直ると、左手から鎌を伸ばしながら脅しつける。 「女、余計な手出しをすれば・・・狩るぞ」 「アタシは立会人さぁ。 あんたが逃げようとしたら殺すのが仕事なのさ」 「いいだろう。 我らは誇り高い戦士の一族だ。 決闘から逃げるようなマネはせん」 「その言葉・・・後悔しけければいいけどねぇ」 「ほざくな、こいつの次は貴様と昨日の男だ」 ジャニスは二人から少し離れた位置に立つ。 『頑張りなさいよぉ、一分間耐えてくれればアタシが何とかするからねぇ』 その左手には先程から薄く光を放ちながら大型魔術を展開しつつある指輪が握り締められていた。 「・・・以上が我らの一族の秘事であった話しの全容です」 それを聞き終えた来須は布団から出ると、ゆっくりと立ちあがる。 その額には脂汗が浮いていた。 まだ戦える状態ではないのだ。 「勝司さん。 あんたの言いたいことは分るが、オレ達は今を生きる人間だ。 その何百年も前の自分勝手な連中のしでかした事のせいで、あんたが悔やむ必要なんてないんだ。 それに・・・所詮、オレ達とあいつらの共存なんて夢物語さ。 出来てもせいぜい、土地を奪い合うパワーゲームになるだけさ。 分ったなら車を貸してくれ。 今の話しが本当だとすると・・・あいつらが危ない」 その声に勝司は血相を変える。 「あいつらとは・・・まさか、昌平も!」 「ああ。 ついていっちまったよ」 「でしたら、すぐに車を用意します!」 勝司は立ち上がると、慌てふためいて部屋を出て行った。 「そうさ。 始まりは何であったにしろ・・・今は殺し合いの真っ最中なんだからな」 誰に聞かせるでもなく呟く来須の声には、先ほどまでとは違って苦渋が満ちていた。 「せいっ!」 二郎は昌平の繰り出す攻撃を苦もなくかわすと、左手の鎌をその体に叩きつける。 ギャイィィン! その鎌はまるで見えない壁に当たったかのように弾かれた。 「小僧、何やらおかしな術を使っているな。 だが・・・それもどこまでもつかな」 たしかに昌平にはジャニスがありったけの防御術をかけてある。 その数は10を超えている。 しかし、こう何度も攻撃を受けてはその防御もいつかは破られる。 『何やってんだよ、そんなんじゃ勝てやしないよぉ』 ジャニスの焦りが昌平にも感じられるのか、顔を青ざめさせながら精一杯の声で叫ぶ。 「なんでだ! なんでお前達は人を憎むんだ!」 その質問に、大声と鎌による一撃で答える二郎。 「知れた事を抜かすな! 貴様ら人間はオレ達の里を焼き払い、仲間に毒を盛って殺したではないか!?」 昌平は、今度は何とか左手の鎌を受け止める。 「そんな話しは聞いてないぞ!」 その言葉に涙を流しながら二郎が答える。 「ならば教えてやる! 貴様らが我らに何をしたのかをな! 貴様らは最初こそ丁寧に麓に村を作るのを許して欲しいとオレ達の一族に頼みに来た。 オレ達はその態度に感心して、許した上に交友まで持った! 村が最初の数年に食料不足で困っていると知れば、山の動物や植物をオレ達の手で提供してやった! だが、それもオレ達の一族に伝わる秘薬を奪うための詭弁だったのだ!!」 一際、強く胴をなぎ払われた昌平が地面に転がると、その体を二郎の足が押さえつけた。 二郎が足に渾身の力をこめると、守りの術が軋みをあげて次々と踏み砕かれていく。 瞬間的な力には強くても、こういった攻撃は想定していなかったらしい。 「ある日、貴様らは祭りがあるからと里の者達を村に招いた。 それを喜んだ族長は一族の主だった者、総出で祭りに参加したのだ。 わかるか? オレ達がどれほど誇らしい気分であったか? 『人と本当の意味での友好な関係を築く』という快挙を成し遂げたと誰もが信じていたのだ。 だが・・・人間達は違った。 その席で貴様らが何をしたか分るか!? 分らんか! それならば、教えてやろう! 毒酒を盛って皆殺しにしようとした上で、オレ達の里を強襲したのだ! 村から命からがら逃げ延びたオレ達を待っていたのは、炎の中に消えて行く我らが里と、 切り殺された末っ子の三郎の死体だったのだ! お前らは人間は、オレ達兄弟から何もかも奪った! これを呪わずして、何を呪えというのだ!!」 ついに、最後の守りの術まで踏み砕かれた。 昌平は話しに打ちのめされたのか、顔を青ざめさせて身動きすら出来なくなっていた。 しかし、二郎は昌平の体を踏み潰そうとはしなかった。 「しかし、残念だったな人間よ。 三郎や他の仲間の持っていた薬はあいつら自身の妖力によって万能の力を発揮していただけだ。 あいつらの死んだ今、あの薬はただの軟膏にすぎん。 もっとも、知っての上での行いだったのだろうがな・・・オレ達は常々言っていたのだ。 『この薬は我らカマイタチが人に塗ってこそ効果があるのだ』とな。 もっとも、信じてはもらえなかったがな」 そこまで話すと、二郎は昌平を助け起こしながら問いかける。 「教えてくれ、人間の子よ。 人はなぜ我らの話しを信じる事ができなかったのだ? なぜ人は我らから全てを奪わねば気が済まなかったのだ? なぜ、一人占めしたがったのだ? なぜ・・・我らが皆殺しにされなければ・・・ならなかったのだ? 共存という言葉を知らないのか!? 人とはそこまで幼い生き物なのか!?」 そして、鎌を腕の中に仕舞うと昌平の肩を掴んで泣き崩れる。 人として今を生きる昌平には答える術はない。 ただ、優しくその肩を抱いてやる事しか出来なかった。 「ちくしょう! なんでなんだ! なんでこんな事になっちまったんだよぉ・・・」 再び泣き出した二郎の号泣は、昌平の胸を激しく打った。 「ごめんな。 ごめんな・・・」 何に対して謝るのか、自分でも良く分らないままに、ひたすら謝る事しか出来ない昌平だった。 「ジャニス」 「アンタ! 起き上がって大丈夫なのかい!」 「どうなりました? 昌平はまだ生きているんですか!?」 「勝司さんまで・・・そうか、車で来たのねぇ」 「・・・何をしているんだ? あの二人は?」 「それが・・・何ともおかしな結果になっちまってねぇ」 二郎と昌平は二人で倒れた鳥居に座って話しをしていた。 鳥居は二人の手で、先ほど倒されていた。 もう封印する必要など無いのだ。 「人間は・・・人間同士でも嘘をついたり、裏切ったり、殺し合ったりするんだ。 信じられるか? 今や親が子を、子が親を殺したりする時代なんだぜ? この国・・・ああ、キミにはわかんないか。 ここから何百、何千、何万里も離れた地域では、今も人間同士が殺し合いをしているんだ。 そこでは空気を毒に変える薬をまいたり、踏んだら爆発する板をばら撒いたりしてる。 そうかと思えば、他の場所では空気を汚し、川を汚し、川を埋めたり海を汚したりしているし・・・。 たしかに人間は自分勝手で幼い考え方しかできないのかも知れない」 「人間の生き方というのは、信じられん程・・・悲しいな。 ・・・昔より酷くなっているじゃないか」 「確かにな。 そこに生きる者と共存するという考え方は・・・今はまだ出来ないんだ。 でも、それが大多数の人間であるかもしれないけど・・・いつかは出来ると思うんだ。 オレはそう信じてる。 いや、信じたいだけなのかもしれないけどな・・・」 「・・・変わっているな、昌平とやら。 お前は昨日ここで兄者が殺したヤツと同じ生き物とは思えない」 「色々居るんだよ。 人間でも」 「それなら分る。 オレ達の里にも人間と仲良くするやつと、喧嘩ばかりするやつがいた」 「・・・きっと楽しかったんだろうな。 その頃は・・・」 「ああ。 いい時代だった。 貧しいが、誇りと優しさに溢れていた」 「いつか・・・また、一緒に暮らせるようになるといいな」 「ああ。 いつかそうなってくれると信じたい」 二郎は立ちあがると、山に向かって歩き出す。 それを追う様にして昌平も歩き出す。 「どうするんだ? これから?」 「山に入って一族の墓でも作ろうと思う。 安心しろ。 復讐する気なんてない。 封じられる何十年も前から、もうなかったんだ。 昔から・・・さんざん殺してきたからな。 殺し合いに疲れてたんだ。 もううんざりだよ」 「じゃあ、なんで来須さんと戦ったんだ?」 「兄者の命令だった。 元々、兄者は昔の事があってから正気を失いかけてたんだ。 封じられて動きがとれなくなってから・・・ますますおかしくなっていった。 正気を失った兄者だけで行かせたら・・・もう帰ってこないかもしれない。 そう思うと・・・ムチャな命令でも聞いて一緒に居たかった。 一人ぼっちは・・・辛いからな」 そういって、二郎は元の姿に戻って宙に舞う。 「モウ合ウ事モ無イダロウガ・・・達者デナ」 「ああ、お前もな!」 二郎はそのまま風に乗って、空高く舞い上がっていく。 その時、すこし離れた場所で昨日の二人を見つける。 その後ろでは、初老の男が涙を流しながら土下座していた。 『色々居るんだよ。 人間でも』 昌平の声が蘇り、二郎は胸の中にたまった疲れが少し軽くなったような、そんな気分を味わっていた。 『昌平。 冥土への良い土産を貰った。 礼を言うぞ』 昌平への深い感謝を胸に二郎は谷の奥地へ飛んで行った。 「あいつを逃がしてもいいのかい?」 「話しは聞こえただろ? もうあいつは二度と人の前には現われない」 「そう・・・だねぇ。 あの子には知らせない方がいいだろうねぇ」 二人には、二郎のこれからやろうとしている事がなんとなく分っていた。 一人ぼっちになるのを極度に恐れていた二郎が、これから取るであろうその方法を。 二人して二郎の飛んで行った谷の奥地を眺めていると、見送った昌平が帰ってきた。 「あ、来須さん。 もういいんですか?」 「いや、お前らの首尾を確認しに来ただけだ。 もう帰るぞ」 「はい。 ジャニスさん。 あいつを殺さないでくれて・・・ありがとうございます」 「いいんだよ。 あいつはそんなに悪いやつでもなさそうだったしねぇ。 ・・・見事だったよ。 昌平」 「あ! ようやく名前で呼んでくれた!」 「そんな事でよろこんでんじゃない。 さっさと車に乗れ、昌平」 「・・・はい!」 昌平が車に乗ろうとすると、勝司がそれを止める。 「昌平。 ありがとう。 お前は父の、いや、一族の悲願を果たしてくれた」 「悲願?」 「ああ。 何故我々が太刀同様『風切』ではなく『風守』という性を名乗っていたと思う? 先祖代々、我らの家の者は彼らとの関係を修復したがっていた。 それをお前はやってくれた。 一族を代表して例をいう」 そういって勝司は息子に頭を下げる。 「そんな・・・いいよ、オヤジ。 顔を上げてくれ」 そんな二人の様子を見ながら、来須はジャニスに声をかける。 「これで依頼も完了だ。 どうだ? 腕の治療が済んだら一杯付き合わないか?」 「美味い酒が飲めそうだねぇ」 「ああ、今回ばかりは・・・美味い酒にありつけそうだ」 来須の顔は自然と笑みを浮かべていた。 来須がその日の夜にジャニスと共に飲んだ酒は、格別に美味かったという。 <終わり> |