request by うおろく様 / write by 雪乃丞.
<第一幕:陰陽師・安倍泰親>
薄暗いステージに明かりが灯る。
そこには、一見、平安時代っぽい室内の光景が広がっていた。
無論、風景だけでは時代までは特定出来るものではない。
しかし、そのステージの上には、明らかに平安時代であろうと思われる光景が広がっていたのだ。
なぜなら、そのステージの中央………一段高くなっている場所には、御簾(みす)が張られ、その表面には、えらく時代がかった格好をした影が浮かび上がっていたからである。
「………泰親(やすちか)はまだか!」
そうシルエットのみの人物が神経質そうな声で告げると、ステージの端の方から誰かの声が返される。
「使いに出した者が言うには、泰親様は、すでにこちらへ向かっておられるそうです」
「遅い!」
「なにぶん、急な呼び出しで、色々と手間取っておられたということ。今しばらくお待ち下さい」
「仮にも、安倍晴明の再来とまで言われた占術の天才であろう!なぜ、この程度の事を予測できぬ!」
「陰陽師といえども、万能という訳ではありません」
「ええい、もう良いわ!それよりも、しかと急ぎの用件だと伝えたのであろうな!」
「もちろんでございます」
そんなヒステリックな声をの主をなだめようとしてか、幾度となく舞台の袖と言葉が交わされる。
そんな声が段々と小さくなってゆくと、今度はナレーションの声が響いた。
『陰陽師、安倍泰親(あべのやすちか)。その人物は、平安時代に最も有名であった陰陽師・安倍晴明から数えて6代目にあたる安倍の陰陽師です。その類い希な力は、安倍晴明の再来とまで言われ、性格は温厚にして清廉(せいれん)。よく礼儀を知り、風雅を愛し、無視無欲の人格者と誉れ高かったと言われています』
そんなナレータの声と共に、ステージ上に一人の狩衣姿の青年が姿を表した。
「おそくなりました。安倍泰親。ただいま到着致しました」
「おおおぉ!泰親!待っておったぞ!」
「これは、藤原頼長(ふじわらのよりなが)様。私めに御用というのは、どのような事でございましょうか?」
「用というのは他でもない。少しばかり厄介な事になってなぁ」
そんな先程までとはうって変わって安堵したかの様な猫撫で声に、会場から僅かに失笑が漏れ聞こえる。
「やっかいなこと………でございますか?」
「そうじゃ。儂の友人が少しばかりヘマをしてな。その後始末を頼みたいのだ」
そう御簾越しに口元を袖で隠すかのようにして告げる青年に、狩衣姿の男はわずかに声を潜めて答えた。
「それは、もしや………先日の高野山の騒ぎに関係しているのですか?」
「ほう、知っておったか。流石じゃな」
「無論です。高野を守る幾人もの僧達を殺害して逃亡したという異形の大男………京でも、数日中には噂になりましょう」
「知っておるのなら話は早い。お主に頼みたいのは、その大男の始末だ」
その言葉に、泰親は僅かに身を引くと、笑みを声に含ませて答えた。
「お戯れを。私は武士ではありません。私などよりも、武芸に秀でた者にお命じ下さい」
「そんな事は分かっておる。お主が武士などではなく、陰陽師である事など百も承知しておるさ」
少しばかり分かりにくい話なせいか、ナレーションは即座に解説を入れた。
『当時の鬼や妖怪などと呼ばれる生き物は、その大半が人間の夜盗や強盗団などでした。そんな相手に、いくら魔法のような力が使えるとはいえ、ロクに剣の扱いも知らない陰陽師が勝てるはずもありません。だからこそ、当時の化け物退治などは、武士の仕事だったのです。無論、何処に潜んでいるかを探るのは陰陽師の仕事であるのは確かなのですが………』
「だがな、泰親よ。今度の一件は、お主抜きではどうにもならぬのよ」
「………では………その者というのは………」
そう益々小さくなっていく声に、御簾の向こうの男は、わずかに身を乗り出して答えた。
無論、御簾の中にも集音用のマイクなどは仕込まれており、その声が会場から聞き取りにくくなる事はない。
「………うむ。儂は、先程、後始末と言った。覚えておるな?」
「はい」
「実をいうとな………アレは、儂の友人の術の失敗によるモノでなぁ。つまりは、死人なのだ」
そんな言葉に、ナレーションが解説を加える。
『今では失われて久しい古い時代の密教などの奥義の中には、死者の骨を使って生前の姿を黄泉返らせる類の術があったといわれています。これは、そんな術の失敗によって生まれてしまった怪物の始末を、そういった妖怪変化の専門家である陰陽師へ頼みたいという事だったのです』
そんなナレーションが終わると同時に、泰親は大げさに驚いて見せた。
「死人!まさか、禁忌とされている反魂の術を使ったのですか!?」
「これ、泰親。声が高いぞ」
「はっ。し、失礼しました」
「いや、よい。お主が驚くのも当たり前であろう。確かにあの術は、外法の類………禁忌とされておるのだからな」
「………しかし、なぜ、そのような事を?」
「無論、理由あっての事じゃ。その死人の生前の名は、金丸(かなまる)。かつては奥州の地で、鬼じゃ化け物じゃと言われ、厄介者扱いされておった強力無双の無法者でな。死後、化けぬようにと高野で封じておったのだが………」
そう言葉を区切った御簾の向こうの男の言葉を引き継ぐようにして、泰親は重ねて尋ねた。
「なぜ、そのような厄介なモノを………」
「最近の高野は、質の悪い獣が多くて難儀しておったそうだ。それに加えて、それを追い払えるほどの剛の者も、殆どおらなんだそうだ。それに、獣による傷は容易く化膿したりするからのぉ。誰も、好きこのんで獣どもの徘徊する森深くなどへは踏み込みたくはあるまいよ。そこで、その獣狩りに金丸を使おうとしておったらしいのだがなぁ」
その苦笑いを含んだ声に、表面上は静謐なままの泰親の声が答えた。
「命令も聞かずに、そのまま逃げ出した………という訳ですか」
「その通りだ。他の者がやったのであれば、放っておくなり、策略の道具になり何とでもなるのだが………こんな事をしたのが儂の友人だというのが問題でな。親しい間柄じゃ。泣きつかれては無下にも出来ん。それに、こんな厄介な事が公になっては、またぞろ儂の失脚を狙う者共に良い口実を与える事になろう。………つまり、騒ぎになる前に、金丸をどうにかしろという事だ。無論、引き受けてくれるな?泰親?」
そう念押しするかのように確認した頼長に、泰親は深々と頭を下げた。
「微力を尽くします」
「うむ。出来るだけ早く頼むぞ?無論、内密にな?」
「………御意」
そう答えを返す泰親を隠すようにして、幕が下りてくる。
それは、第一幕が終わったという意味でもあった。
<幕間1:舞台変更中 屋内(大規模) → 屋内(中規模)>
その姿勢のままに「………ふー」と溜め息をつくと、泰親役の青年、緋勇龍麻はようやく顔を上げた。
「大きな失敗もなし。この調子で、第二幕も頑張ってくれよな」
そう肩から力が抜けたらしい龍麻に、御簾を上げて頼長役の男性が声をかけてきた。
そして、未だ床に正座したままの姿を見て気をきかしたのか、行こうとばかりに手を差し出してくる青年に、龍麻は頭の烏帽子をかぶり直しながら答えた。
「やっぱ、ぶっつけ本番だと、やたらと緊張しますね」
「たった数回の練習で、あれだけ出来れば十分さ」
そんな話しをしながら背景などのセットが急いで交換される中をゆっくりと二人は舞台袖に引っ込んだ。
急がないのは、幕が閉じてすぐは、そこが大道具の入れ替えなどで混雑するからである。
「へへっ。意外と似合ってたぜ?………ゴクローさん、ひーちゃん」
ようやく袖に引っ込んだ龍麻の前には、第二幕の出番である青年の友人の姿があった。
「京一………話しには聞いていたけど、本当に凄い格好だね?」
そこには、当時の時代考証などしていないのであろう、えらく派手ななりをした青年が居た。
白い狩衣姿の泰親役の龍麻とは正反対ともいえるであろう、黒い狩衣にも似た着衣。
その表面に無数に絡みついているのは、白いツタか何かの模様であろうか?
そんな明らかに時代を無視した格好に加えて、背中に踊るのはデカデカとした『天下無双』に『天衣無縫』の文字。額に巻かれた純白のハチマキは、そのまま膝裏あたりにまで伸びているといった具合で………これでは、まるで何処ぞの特攻服である。
それに加えて足下は、ショートブーツというのも問題であろう。
そんな奇抜にも程があるであろう格好の青年。
それは、龍麻の親友であり、第二幕の芝居の相手でもある蓬莱寺京一であった。
「なんで、ヘーアン時代の話しなのに、こんな格好なんだろうな………これじゃあ、真っ黒くろすけもビックリってなモンだぜ」
「うーん………少なくとも、夜道では会いたくないね」
「どーゆー意味だよ、ひーちゃん」
「腐らない、腐らない。紫暮クンに比べたら、まだマシなんだから」
そう笑みを浮かべて答えたのは、まだ出番は先な藤咲亜里沙嬢である。
ちなみに、今回の演劇に幾人かの知り合いを引きずり込んだ張本人でもある。
「京一のも凄いけど………」
「藤咲、オメェ、スゲエよ」
そんな男二人の面食らったかのような声に、当の藤咲はいつものように「フフフッ」と魅惑的な笑みを浮かべていた。
何かそんなに凄いのか?それは、藤咲の舞台用の格好そのものであった。
黒を基調としているのは、京一と大差はないだろう。だが、その服は少々露出度が高かったのだ。
腕が肩のあたりまで丸出しなのは良いにせよ、せいぜい太股の半ばくらいまでしかスカート丈がないとあっては………。
「一応、紅一点なワケだしさ。少しくらいサービスしてあげないとね」
そんな平然と笑ってみせる当人をよそに、周りは少しばかり心配であったのだろう。
その衣装は、大胆というにも少しばかり露出がキツイ程に盛大にスリットが入っているのだ。
ちなみに、そのスリットは、左右共に入っている。
衣装の前後を二つに切って、その端を適当に太い黒色のヒモで繋いであるといえば、どんな服か想像出来るのではないだろうか?
そんな格好で、舞台の上で大立ち回りを演じる事となっているとあっては………。
「あのさ、藤咲さん?」
「なぁに?」
「ホントに、そんな格好で、京一と立ち回りって………できるの?」
ちなみに、本日の藤咲の役は、女盗賊。
このまま順調に舞台が進めば、問答無用で京一を相手に、激しい斬り合いをする事になる役どころである。
舞台の中で、袖に引っ込んでから、わずか一分足らずの間に普通の格好に早変わりして舞台に戻るという、学生が主体の舞台らしからぬシーンもあったりする結構、重要な役所である。
ちなみに、そのシーンのために脱ぐのに時間のかからない格好となったらしいのだが。
つまり、その服は、腰の部分の結び目が解けてしまえば、簡単に脱げてしまう格好でもあるのだ。
「フフッ。心配してくれてるんだ?」
「そりゃあ、まあ………」
「やっぱり、良いオトコっていうのは、優しくないとね」
そう何時の間に近寄っていたのか………龍麻の腕を抱くようにして頭を引き寄せると、藤咲はそっと耳元で呟いた。
「失敗したら、どうしようかしら?龍麻クン、責任とってくれる?」
急に密着されたのせいか、それとも腕から伝わる何やら柔らかい感触が原因か。はたまた、囁かれた言葉によるものか。
耳まで赤くなって固まってしまった龍麻の姿にヤレヤレといった苦笑を浮かべると、京一は代わりに答えた。
「少なくとも、客は喜ぶだろうよ。まあ、お前がそんなヘマするとは思えねぇけどよ」
「喜ぶのは、京一もでしょ?」
「ヘヘッ。………まあ、オレも男だしな。そんな格好で、目の前で転ばれたら悪い気はしねぇだろうよ」
「ふーん。意外と正直なんだ?」
「でも、そんな事には絶対にならねぇよ」
「そう?」
「オレが相手なんだから安心しろって。オレも、お前に、そんなみっとねぇマネはさせねぇさ」
「そういえば、殺陣(たて)っていうのは、相手の技量次第で素人でも様になるって言ってたっけ?」
「そういうこった。まあ、大船の乗ったつもりでドーンとまかせろとけって」
「凄い自信ねぇ。泥船にならなきゃ良いけど………」
「まあ、伊達に長いこと剣術をやってないってトコ見せてやるさ。………だからよ、好きに斬りかかって来て良いぜ?どんな無茶な攻撃でも、それなりに絵になるように、綺麗にさばいて見せるからよ」
そうニヤリと自信ありげに笑って見せた京一に、藤咲も僅かに頬を赤くして答えた。
「頼りにしてるわよ?」
「おう、任せろ」
そんなリラックスした空気の中で、不意に太い声が聞こえてきた。
「やれやれ、みっともない」
それは、大道具の配置を手伝っているらしい、今日の舞台の主役の一人である巨漢の男………紫暮兵庫だった。
「あら、それは誰に言ってるの?」
「みっともない格好をして、性懲りもなく媚びを振りまいているヤツに言っている」
「羞恥心が足りないとでも言いたいわけ?」
「自覚があるのなら、少しくらい恥じらって見せるのだな」
「こんな格好程度で恥ずかしがってちゃ、この役は出来ないわよ?」
「まったく………オレは、もう知らん。好きにしろ」
そんな吐き捨てるかのように告げて舞台へと畳を運んで行く紫暮に、いつもなら何かしら憎まれ口を叩いていたであろう藤咲だったが、今日はなぜか何もいわなかった。それどころか、何処となく楽しそうに笑みを浮かべてさえ見せたのだ。
そんな藤咲に、京一は毒気を抜かれたように肩の力を抜くと、照明が落ちて明かりの消えた舞台へと視線を向けた。
「………そういや、紫暮の役って、カネマルだったっけ?」
「それじゃあ昔の政治家だってば。………カナマルだよ、カ・ナ・マ・ル」
「まあ、どっちだって良いけどよ………しっかし、紫暮も適任が他に居ないっていっても、変な役押しつけられたよな」
そう苦笑を浮かべた京一の視線の先では、余りある筋力を生かして舞台の背景などを支えている巨漢の僧姿の男がいた。
そのツギハギだらけの僧衣だけならまだ分かるのだが、なぜかその顔は、やたらと青白い上に、某天才外科医のように縫い跡だらけなのである。少なくとも、顔色は良いとは言えないし、お世辞にも面相が良いとも言えないであろう。
京一が時代考証完全無視な暴走族ファッションなら、紫暮は作品間違いのフランケンシュタイン(お坊さん系ファッション)といったところか………。何にせよ、二人とも、格好に大いに間違いがあるのは確かであろう。
「よくあの紫暮が舞台に昇るのをOKしたよな」
「そうだね。紫暮って、意外とこーゆーのって嫌がるっていうか………」
「まあ、壬生と骨董屋が逃げたのは分かるにせよ………どうやったんだ?」
「フフフ………秘密♪」
そう艶やかな笑みを見せられては、二人としてもこれ以上は追求出来なかったのであろう。
そんなこんなで舞台の変更は済んで、第二幕は始まった。
<第二幕:北斗の名をもつ剣士>
照明の落とされた舞台の袖から、スポットライトを浴びながら泰親役の龍麻が登場する。
その表情は、誰が見ても意気揚々とは言えない代物だった。
「どーした、どーした。安倍泰親ともあろう男が、なんてシケたツラしてんだ?」
そんな泰親に、声をかけるのは、僅かに遅れて舞台に登場した京一であった。
その余りに奇抜な格好に、会場に僅かにざわめきが起きる。
なにしろ、先程までは平安時代の話しだとしか思えない舞台であり、格好であったのだから。
そんな芝居に、いきなり特攻服?な格好をした青年が表れては………さぞ、驚いたであろう。
あるいは、呆れているのかも知れないが。
「北斗(ほくと)か」
そう京一の役、北斗の名を告げた泰親の言葉の直後に、すかさず紹介のナレーションが入った。
『当時、それなりに位の高い地位にある人の家には、使用人などが居るのが当たり前でした。そして、そんな中には、武芸の腕の立つ者も居たのです。今でいうところのボディーガードや、時代劇などでお馴染みの用心棒などといった人物です』
そのナレーションが終わると、泰親は北斗に向き直った。
「どうしたんだ?頼長のオッサンに、急いで来いとか言われて、また無理難題ふっかけられたのか?」
「そんな事はない。だが、無理難題というのは近いかも知れないな」
その言葉に、北斗は大げさに喜んで見せる。
「ほう………今度は何だ?鬼か?物の怪か?盗賊退治ならどうでも良いが、鬼退治なら嬉しいぞ?」
「フム………どうせ、お前の手を煩わせるのだ。隠しても仕方あるまいな」
「ってことはだ………オレ向きの切った張ったな話しなんだな?」
「ああ。北斗。お前、金丸という無法者の名を聞いた事はあるか?なんでも、奥州の方では有名だったらしいが」
「カナマルねぇ。………聞いた事ねぇな」
「では、最近の市(いち)などで、変な噂などは聞かないか?」
「噂ならいくらでもあるけどよ………どんなのだ?」
「大男なり、妖しい格好の男の噂はないか?」
「ないわけじゃないが………」
「信憑性に欠けるという訳だな」
「まあそういう事だな」
それを聞いた泰親は、僅かに溜め息をつくと、ゆっくりとした足取りで舞台の上に作られた部屋のセットの上へと進んだ。
「まあ、座るといい」
そう北斗へと促し、自分も床に座り込むと、僅かに顔を上に向けて泰親は黙り込んだ。
「明かりくらい、つけたらどうなんだ?」
「今宵は月明かりだけでも十分に明るい。それに、星を見るには良い夜だ」
「星ねぇ………確かに、陰陽師は星見や占いが仕事なんだろうが………何を見ているのか知らないが、どうせロクなもんじゃねぇんだろうな。………おーおー、今日も夜空が綺麗だぜ」
そう組んでいた足を解いて、だらしくなく床に転がった北斗の姿に、泰親は笑みを浮かべた。
「北斗よ。お前は確か無縁だったな?」
「おうよ。我ら無縁なり。我が上には御上のみ。ゆえに我らに上無し」
「上無しか。………良い言葉だな?」
「オレ達は、世俗を捨てた自由人だからな。誰にも頼らず、頼られず、縛られず。己の才覚と力だけに頼り、今日を生きる。………そんなだから、いつか野に屍を晒す事になるんだろうがな。………公界(くかい)入りして、もう何年経ったかねぇ。まあ、それほど悪い暮らしじゃないさ。京に飽きれば、どっか他の土地にでも移れば良いんだしな」
そう平然と、今の立場………安倍泰親の客分という得ようにも得られない程の立場をどうでも良いと言い切った北斗に、当の泰親は苦笑を浮かべた。
「無縁であるお前から見て、ココはどのように見える?」
「ココって………京の事か?」
「ああ」
「キレーな街だと思うぜ?何よりも、市が賑やかなのが良い」
「そういえば、朱雀大路がお気に入りだったな?」
「ああ。………活気があるというのは良い事さ」
「京の民は、みな生きるのに必死だからな」
「何処だって、そうだろうよ」
「だが、この一見、平和そうに見える京に、どんな災厄が潜んでいるか。………知っているか?京の夜の闇は、どんな夜よりも深いのだ」
「深い?」
「暗いと言っても良いだろう。ここには多くの民が集い、日々を生きている。そんな多くの民の様々な想念が留まる………そんな土地なのだ。だからこそ、京は良きにつけ悪きにつけ人を惹きつける。だからであろうな。人でない存在もまた………灯りに引き寄せられる虫のように、京に引き寄せられるのだ」
そう空を見上げているかのようにして告げる泰親に、北斗は仰向けに寝転がって答えた。
「だから、深いのか」
「そうだ。京の夜の闇は、野山の闇とは質が違う。今日のように月の明るい夜は特にそうだ。お前には、一見、穏やかな夜にしか見えないだろう。だが、京には、負の想念渦巻く魔の辻が至る所にあるのだ。………おそらくは、そんな場所で、安倍晴明は百鬼を見たのだろうな」
そう自嘲気味に告げた泰親の声に、北斗は何も答えない。その代わりに、ナレーションが答えた。
『なにかにつけ、安倍泰親が比べられる大陰陽師・安倍晴明。彼は、夜の京の街で百鬼夜行を見た事から、その才覚を見出されたと言われています』
そんなナレーションに答えるかのように北斗は口を開いた。
「お前は、お前だ。他の誰でもない」
それは、何かしら悩みを抱えているらしい泰親へ向けられた、北斗なりの思いやりだったのか。
「私は、私、か」
「そうだ。お前の歩く道は、他の誰にも真似は出来ない。それは、お前だけのものだ。何処の誰かが、どんな道を歩いたなんて関係ないだろう?そいつはな、お前にとっては、他人だ。いいか?他人なんだ。他人がどんな道を歩いたからといって、それを気にする事は愚かな事さ。それは例え親でも同じ事なんだぜ?親だって、どんなに似ていようと、お前じゃない」
「何がいいたい?」
「つまりな………結局は、親兄弟も、他人なんだ。親がどれだけ強くても、子供まで強くなれるはずはないんだからな」
「………なるほどな。世俗を捨てた、無縁のお前らしい言葉だ」
そう先祖と自分を比べても意味はないと諭された泰親は、僅かに声をひそめて尋ねた。
「では、私はどう見える?」
「どうって?」
「お前から見て、陰謀策謀の世界の中で疲れ果てた、この安倍泰親という男は………どんな風に見えるのだ?」
「さぁな。無縁にも陰陽師は大勢居るが、お前ほどの男は知らないな。だが、上っ面だけ見るなら、何処にでもいる男なんじゃないか?」
「………何処にでも居る男、か。そんな風に評されたのは、恐らくは初めてだ」
そう何処か晴れやかな声で答えた泰親は、スクと立ち上がると未だ床に転がったままの北斗へ告げた。
「北斗よ。出かけるとしよう」
「何か見えたのか?」
「陰陽師は星に運勢………未来を知るための手がかりを見る。そして、私は、その流れの中で未来を垣間見ることすら可能とする。………それが私の才(さい)、私だけの才だからな」
そう二人が、出てきた舞台の袖とは反対側の袖に歩いていくのに合わせるようにして舞台の幕が降りる。
しかし、今度は、その幕の前で劇は続けられるのだった。
<続く>