request by ヴェイル様 / write by 雪乃丞.
とある学校の校舎裏。そこは、その青年のお気に入りの場所でした。
彼は、そこで後に親友となる青年と共に戦い、そして引き返せない道へと進んでいったのです。
彼にとっては、そこはきっと………どんな場所よりも思い出深い、大切な場所だったのでしょう。
しかし、彼は知りません。そんな彼の様子をいつも飽きる事なく眺めている人の事を。
「うふふふ〜………」
その薄暗い部室の原因となっている暗幕をわずかにめくって、彼女は外を眺めました。
部室の暗さに慣れていたせいか………ぶ厚い便底メガネの奥で目を細めながらも、彼女は空を眺めます。
そこには、どこまでも広がる晴天という形容に相応しい空が広がっていました。
「………良い天気だなぁ〜………」
その声は、どこかうれしそうです。しかし、それも無理もないのです。
こんな天気の日には、彼女の目当ての人物も大抵その場所に現れるのですから。
そして、彼女は視線を一本の木へと向けました。しかし、そこにはまだ誰もいませんでした。
「………早く来ないかなぁ〜………」
今の季節に相応しい心地よい風に暖かな日差し………。昼寝には、これ以上ないくらいに好条件な環境です。
ですから、彼はきっと来るはずなのです。彼女の占いでも、彼はきっと彼女の望み通り、その場所に現れるはずでした。
そして、彼女の占いは今までほとんど外れた事がないのです。
ほどなくして、彼は彼女が見つめる先………校舎裏の木の上に現れたのでした。
「………うふふふ〜………」
そして、彼女は飽きる事無く、そんな彼の様子を眺めています。彼女は、何処となく幸せそうでした。
彼女の名は裏密ミサ。そんな彼女の気になっている青年の名は、蓬莱寺京一。
二人は、この学園の生徒であり、知り合いであり、そして………ほんの少しだけ普通じゃない高校生なのでした。
これは、そんな二人のお話です。
さて。いきなりですが、放課後です。ついでに夕方です。
夕日で茜色に染まった道を、一人で寂しそうに歩く裏密さんの姿がありました。どうやら下校中らしいですね。
ちなみに、いつもならこの時間帯は、まだオカルトグッズあふれる部室に居るはずなのですが………。
どうやら、今日はもう終わりにした様です。なぜそんな事が出来るかというと、彼女は部長さんだからです。
もっとも部員一人のクラブ(同好会)ですから、果たして部長と呼んで良いものかどうか………。
まあ、そんな訳で彼女は家へ帰っていたわけです。
「………う〜………」
ん?どうやら寂しそうなだけではありませんでした。何か悔しそうな感じに唸ってます。
昼間の機嫌の良さは、何処へやら………。裏密さんは、なぜか不機嫌でした。
そして、彼女は一人でもありました。どうしたのでしょうか?
「………呪っちゃうぞぉ〜………」
裏密さんが言うと、なかなか冗談には聞こえません。はっきりいって、マジで呪いをかけられそうで怖いです。
「せっかく、いっしょに帰れそうだったのにぃ〜」
どうやら、何か問題が起きたらしいですね。お目当ては、やはり京一くんだったのでしょうか?
「そう〜」
………なんでナレーターの問いかけに答えれるかなぁ?とか色々思うところもあるのですが………
まあ、問い掛けた私も悪いのでしょう。この件はとりあえず脇に置いて、話を続けます。
さて、一人寂しく家路を行く裏密さんですが、実は今日はクラブはお休みだったのです。
しかし、いつもの様に龍麻くん達に誘われて、旧校舎で魔物相手に日頃の研究の成果を試していたわけではありません。
つまり、何が言いたいかというと………彼女には、今日、特別な想いというか………計画とでもいう物があったのです。
目的といっても良いかも知れませんね。それは、今からさかのぼること数時間前のことでした。
今日は特に何事もなく、実に平和な一日でした。
授業中に爆睡かましてた京一くんが、冷笑を浮かべた犬神先生に叩き起こされるといった、いつもの光景はあったものの………。
それ以外は、特に問題らしい問題は起きなかったのです。
まあ、いつもかつもおかしな事件ばかり起きていては、龍麻くん達もかなわないでしょうからね。
そして、時間は流れて放課後となり、ここ真神学園の3ーCでは、いつもの光景が繰り広げられていました。
京一くんが、親友である誹勇龍麻くんを誘って帰ろうとしていたのです。もっとも、これもまたいつもの光景だったりします。
「ひーちゃん、ラーメン食って帰ろうぜ?」
「うん。いいよ」
快諾でした。彼らの行きつけのラ−メン屋『王華』は、安い・美味い・量多いの3拍子揃ったお店です。
龍麻くんは一人暮しの上に帰宅部なので、こういった誘いはむしろ好都合だったのでしょう。
ちなみに、京一くんは剣道部の部長だったはずなのですが………部活はどうしているのでしょうか?
え?副部長がしっかりしているから平気?天才は努力要らず?大会専用の汎用人型決戦兵器?しかも紫のヤツ?
………そうなんですか。色々ツッコムべきところがあるのですが………まあ、それならそれでOKとしておきましょう。
まあそんな訳で、ここ3−Cでは、いつもの様な会話が繰り広げられていた訳です。
しかし、その教室の片隅で、わずかにいつもと違う光景がありました。それは………。
「ミサちゃんも行きたいな〜」
彼女が、そこにいた事です。あ、ちなみに隣の教室のHRは、ついさっき終わったばかりの様です。
ここまで来るのにかかった時間は、わずか数秒。どーやったかは知りませんが、さすがは裏密さんです。
「ゲッ!裏密!………いつのまに………」
「あ、ミサちゃん。オレ達と一緒にラーメン食べにいかない?」
「いいの〜?」
「もちろん」
「お、おい!ひーちゃん………」
「ん?どうかした?」
「な、なんで裏密なんかと………」
「ダメなのか?」
この様子から分かるかも知れませんが、京一くんは裏密さんの事が大の苦手です。
いや、怖がっていると言ったほうが、より正解に近いかも知れませんね。
でも、いくら京一くんでも、親友である龍麻くんのお願いには勝てません。
「チッ………わぁったよ。一緒にいきゃぁ良いんだろ?」
「ははっ。流石、京一。諦めが良いね?」
「うふふ〜」
「………おめーら、何笑ってんだよ?」
「べっつに〜」
「うふふふふふ〜」
「はぁー………犬神の野郎に呼び出しを食らうわ、裏密とラーメン食いにいく羽目になるわ………今日は厄日だぜ」
「ほら、いつまでも腐ってないで、行こうよ?」
「へいへい」
色々文句のありそうな顔をしていた京一くんではありましたが、こうして(渋々ではありますが)裏密さんといっしょに帰ろうとしていました。
しかし、そこに予想外の………京一くんにとっては嬉しい乱入者が現れたのです。
「ちょっと、京一!どこ行くのよ!」
そこに現われたのは、先ほどの会話を聞いていたらしい隣のクラスの新聞部部長遠野杏子さん(通称アン子)です。
「ああん?………ああ、アン子か」
「アン子か………じゃないでしょう!?」
「何、怒ってんだ?カルシウム不足なんじゃねーのか?」
「あのねー………もしかして、アンタ忘れてんじゃないでしょうね?」
「なにをだ?」
「はー………やっぱり忘れてる。私の取材手伝うって約束したの、昨日の事でしょう?まさか、もう忘れたの?」
それを聞いた京一くん。何を思ったか、いきなり遠野さんの腕を掴んで、一目散に逃げ出しました。
「きゃ!?い、いきなり何すんのよ!」
「いいから、行こうぜ!ひーちゃん!ワリーけど、そういう訳だからよ!じゃあな!」
心の中で『ナイス・タイミングだぜ!アン子!』と喝采をあげていた事は秘密です………。
しかし、そうなっては残された二人の立場というものがありません。突然の事に、思わず呆然となる二人でした。
「………」
「………」
「………いっちゃったね?」
「………【悲】」
「京一いなくなっちゃったけどさ………ラーメン食べに行かない?」
「【同】」
まあ、そんな事があった訳です。裏密さんだってラフレシア咲き誇る花の17歳の女の子です。
多少の事ではめげない人ですが、流石にここまであからさまに避けられては気分も良くないのでしょう。
………ん?少し違うか?まあ、いいや。
そんなことがあった結果、龍麻くんと二人でラーメンを食べて、こうして家に一人で帰っているわけです。
女性に優しい龍麻くんは『家まで送ろうか?』と言ってくれたのですが、裏密さんは一人で帰る事を選びました。
きっと、そんな気分だったのでしょう………。
『なんで京一くんは、私の事を避けるのだろう?』
「はぁ〜」とため息をつきながら歩く姿は、やはりどこか悲しそうです。
実は、かなり根本的な問題があったりするのですが………。
そんな事は、心の棚(四次元構造で、ラドンだって飼えるらしい)にとりあえず置いといて………。
『やっぱり、この格好がまずいのかなぁ』
今は、現状打破に向けて、一つ一つ改善していくつもりのようです。裏密さん、ガンバ!
「ありがと〜。ミサちゃん頑張る〜」
だから答えないでくださいよ………。
一応、ナレーターの声は、皆さんには聞こえない事になってるはずなんですから。
「ゴメンねぇ〜」
いや、もう良いですけどね………。
さて、あれから色々あったものの、特に本編には関係のない話なので見事に割愛されてしまった結果、一週間が経過しました。
今は、いろいろとあった週末も明けて、月曜日。それも朝の事です。
いつも遅刻ギリギリで教室に駆け込んでくる京一くん。その登校が、大変あわただしい代物になるのは、ある意味当然の事なのでしょう。
今日も今日とて、京一くんは、通学路を全力で駆け抜けていました。
「………どけどけどけ!怪我するぞ!」
何しろ急いでいます。しかも、今日はいつもに増して盛大に寝坊をかましていました。かなりピンチです。
「どけって言ってんだろうが!って、あぶねぇ!」
勉強は大の苦手でも、反射神経は獣並の京一くんです。
いつもなら、簡単に避けていたのでしょうが………今日は、それどころではない程に急いでいたので、避けきれませんでした。
ドン!「あう!」
かなりの勢いで、目の前の曲がり角をフラフラした足取りで現われた女の子に激突してしまったのです。
しかし、流石は獣並の京一くん。とっさにその子を抱きかかえる様にして倒れこむ事で、その子が怪我しないように守り抜いたのです。
やるね、京一くん。君は男の子だね!もっとも、そのお陰で、京一くんは腕を擦りむいてしまっていましたが………。
「わ、わりぃ!ケガしてねえか!?」
その子は、顔を赤くして涙を浮かべてはいましたが、健気に首をフルフル横に振って『大丈夫』と意思表示しました。
それを見て安心したのか、腕を貸して立ち上がらせようとします。
しかし、その腕に差し伸べられたその子の手には、ハンカチが握られていたのでした。
「………ハンカチ?」
「………血が………」
「血?………ああ、これか。平気だろ?これくらい」
その言葉に対して、その子はまた首をフルフルと振りました。どうやら『ダメです』といいたいらしいです。
「………分かったからよ。そんなに悲しそうな顔すんなって。せっかくの美人が台無しだぜ?」
そんな聞いた野郎どもが『ケッ』とでも言いたくなるようなセリフをマジな顔で言いながら、その子の頭を撫でる京一くん。
さすが、真神一のナンパ師。慣れてやがります。しかし、ニヤけていなければ、かなりの二枚目な彼のやる事です。
その子は、顔は言うに及ばず。首のあたりまで桜色に染めて固まってしまいました。
『うっ………可愛いじゃねーか。見た事ねー子だけど、結構イケてるよな………。
なんか抱きしめたら折れちまいそうな感じってゆーか………なんかヒナちゃんを彷彿とさせるってゆーか………。
真神の制服を着ているところを見るに………下級生かな?それとも転校生か?』
しかし、そのとき………。
キーンコーンカーンコーン………。
近くの高校からでしょう。チャイムの鳴る音が聞こえてきました。
無論、この近くというと京一くんの通う真神学園しかありません。
「ああぁあ!やっべえぇーーー!!!」
彼は自分がなんでそこまで急いでいたのかようやく思い出したらしいです。
そう。今は遅刻間際のギリギリの時間帯なのです。本来なら、女の子に構っていられるような時間はないのです。
「悪かったな!お前も急がねえと間にあわねえぜ?じゃあな!」
そう言い残して、京一くんは学校目指して一目散に走り去っていきました。
ちなみに、その子はまだ地面に座り込んだままだったりします。以外と薄情なのかい?京一くん?
「………美人………」
しかし、その子の桜色に染まった顔には、幸せそうな笑顔だけがありました。
よっぽど京一くんに美人だって言われたのが嬉しかったんでしょう。
でも、その子がそこに座っている理由は、それだけではなかったのです。
その子は、不意に何かに気がついたらしく、おもむろに地面を手探りで探し始めました。
「………う〜………コンタクトって痛いし、不便〜………」
きっと、さっきの衝突でコンタクトを落としてしまったのでしょうね。
もしかすると、さっきの涙も、単に目がショボショボしていたからかも知れませんが………。
しかし、学生にとってコンタクトはやはり高価な物なのでしょう。彼女は、慎重に自分の周囲を指で探っていました。
そんな彼女の様子を見るに見かけたのか、一人の男性が声をかけてきました。
「もしやとは思いましたが………ずいぶんとご無理をさなっているようですね?」
「う!?」
そのビクッとした様子から、どうやら苦手な相手か、会いたくない相手であったようです。
その男性は、朝日を反射しそうなほどの白い制服を着た長髪の美形でした。
その顔に浮かんだ微笑とも苦笑ともとれる優しい笑みを見れば、十人が十人彼のことを美男子だと認めることでしょう。
もっとも、日頃は鉄面皮だの厚顔不遜だの言われているところを見るに、それは特別な顔なのかも知れませんが………。
その男性の名前は御門晴明。身分も、通っている高校も、その身に秘められた力も、都内TOPだと言っても良い人物です。
「芙蓉から話を聞いて心配していたのですが………どうやら、杞憂では済まなかった様ですね?」
「………」
「無理をしてまでコンタクトに変えなくとも良かったのではないですか?」
「………」
御門くんが、いくら言葉をかけても、その子は振り返る事すらしません。
御門くんの声が聞こえていないはずもないのでしょうが………。どうやら、あえて無視しているようです。
賢明な人なら、衝突時の声で気がついていたかも知れませんが………この子は裏密さんです。
裏密さんは、御門くんの事が嫌いなのか、それとも苦手なのか………振り返りません。
もしかすると、今の照れの入った顔を、御門くんにだけは見られたくないのかも知れません。
しかし、そんな裏密さんの目の前に、いつも裏密さんが使っている眼鏡が差し出されると、流石に不思議そうな顔を浮かべて振り返りました。
「なぜ私が、貴方の眼鏡を持っているのか………そんな顔をしていますね?」
「………(コク)」
「貴方が、先日、藤咲さんに取り上げられたのを芙蓉経由で預かってきたのです。
いくら、貴方の覚悟が鈍らないようにするためとはいえ………目がろくに見えていないのでは、探すのも容易ではないでしょう。
これからは常に持ち歩いてください?コンタクトは慣れないうちはよく無くすそうですから」
その声に困惑を浮かべながらも、裏蜜さんは御門くんから眼鏡を受け取ると身につけました。
こうして、いつもの瓶底メガネをかけている姿を見ると、確かに裏密さんなのですが………。
それがなければ、とてもではないですが、彼女だとは分からないでしょう。
ずいぶんと今までのイメージの違う茶色に染めた上にシャギーの入った髪形と、可愛さを強調するためか色々と手を加えたらしい格好からは、先週までの裏密さんが想像できません。
先ほどの御門くんのセリフから判断するに、その裏密さんらしくない仕草も、おそらくは藤咲さんの教育の成果であったのでしょう。
見事な化けっぷり………いや、ここはあえて変貌と言いましょう。
そこには、彼女を良く知る御門くんですら、あまりのギャップに、不自然さすら感じる感じる程の女の子がいたのですから。
あ、ちなみに、今までの裏密さんが女の子っぽくないなんて言いませんよ?ちょとだけ変だったとは思いますけど。
「フム………なかなかに見事な変装ですね?」
「………変装なんかじゃ………ないもん………」
裏密さんは、そう答えたきり御門くんから顔を背けてしまいました。
その顔は何処か怒った風にも見えます。そんなに彼の事が嫌いなのでしょうか?
しかし、御門さんは気にした風もなく言葉を返します。
「ようやくまともな答えを返してくれましたね?」
「………」
「また黙んまりですか?」
「………」
「やれやれ………困った人だ。ところで、先ほど変装などではないと仰っていましたが………なぜそのような格好をしているのです?」
「………」
「答えられませんか?」
「………」
「それとも、答えたくないのでしょうか?」
「………」
「………蓬莱寺の事が、そんなに気になりますか?」
「!?」
ハッとした仕草で顔を上げた裏密さんの視線の先には、何故か痛ましい視線を向ける御門くんが居ました。
「なんで………そんな目で見るの?」
「………分かりませんか?」
「………」
「………痛ましいのです」
「それって………私のこと?」
「そうです。姿形だけなら、まだ納得できます。身だしなみに気をつかうのは女性なら当然の事ですから。
しかし、今の貴方は余りにも………これまでと違う。いや、違いすぎるのです。まるで別人の様だと誰もが思うでしょう」
「………」
「しかし、私には貴方が何もかも捨てて………今までの自分を否定してまで、蓬莱寺の好みの女性へ変わろうともがいているようにしか見えないのですよ」
「………いけない?」
「悪いとは言い切れませんが………私には、貴方が無理をしている様にしか思えないのです」
御門くんの言葉に悔しそうにうつむく裏密さん。指摘されるまでもないのでしょう。
外見だけでなく、あらゆる仕草を変えてまで………今までの自分を否定することになってでも自分を変える事を決意したのは、他でもない裏密さんなのですから。
しかし、御門くんの苦言は続きます。
「貴方はきっと今までの自分では振り向いてもらえないと感じたのでしょう。まあ、それも無理もない事だとは思います。
アレは、何よりも優先して外見を判断基準にしている男ですから。もっとも………私に言わせるなら、愚か者の極みといったところですがね………」
その辛らつな言葉に、裏密さんは何も答えません。いえ、答えたくなかったのかも知れません。
「アレはきっと貴方の考えているような男ではないと思いますよ?」
「………でも、信じたい………」
「彼の事をですか?」
「京一くん………美人だって言ってくれた………」
その脳裏をよぎるのは、今まで向けられた事のなかった京一くんのやさしげな笑顔だったのかも知れません。
「………まあ、良いでしょう。貴方の決意が固いのはよく分かりました。さあ、立てますか?」
そう手を差し伸べられた裏密さんは、コンタクトが見つかっていないのを理由に、その手から顔を背けました。
ここまでくると、裏密さんも意地になっているのかも知れません。
御門くんは、わずかに苦笑を浮かべると、その場を後にしようとしました。しかし………。
「………あ!い、いた!………」
どうやら軽く足を捻ってしまっていたようです。自力で立ち上がろうとした裏密さんが、よろけて再び倒れそうになりました。
それを黙って見ているほど、御門くんは冷たい人ではなかったようで………。
「………」
「怪我をしていたんですね?大丈夫ですか?」
とっさに、その腕に抱き抱えられた裏密さん。流石に顔を赤くしています。
「う〜………放っといてよ〜」
「ようやくいつもの貴方らしくなってきましたね?」
「………う〜………」
「そんなに怒らないでください。これは事故のようなものなのですから。………治療して差し上げますから、じっとしていてください」
御門さんは、苦笑を浮かべならが印を切ります。
御門さんは、腕の立つ陰陽師です。その技の中には、怪我の治療を行えるものもあります。そして数秒後。
ようやく、その腕から開放された裏密さんは、黙ってうつむいていました。
「もう動いて結構ですよ?」
「………」
「どうしました?まだ、痛みがありますか?」
先ほどの余韻が残っているのか、裏密さんは未だ顔を赤くしているものの、その顔はあらぬ方角を向いています。
どうやら、このまま黙っている事を選んだ様です。
裏密さんが自分に向かって素直に礼を言えないのは、これまでの事からも分かっていたのでしょう。
御門くんは特に気分を害した風もなく、そんな裏密さんを一人残してその場を立ち去ろうとしていました。
「………ありがとう………」
それは………ごく小さな声でした。それこそ、空耳か何かである様にしか聞こえない程の小さな礼だったのです。
それを聞いて、背後をゆっくりと振り向いた御門さんの視線の先には、学校に向かって必死に走っていく裏密さんの姿がありました。
それを微笑ましい物でも見るかのような微笑で見送った御門くんでしたが………その顔は、みるみるうちに曇っていきました。
そして、先ほどの悲しげな視線を、すでに裏密さんの姿も見えなくなった通学路の先に向けると、一人呟くのです。
「裏密さん………私としては以前の貴方の方が自然に思えてなりませんよ」
その呟きを聞ける者は、残念ながら誰もいなかったのでした。
ガラガラ。
そんな音を立てて遅れて教室に入ってきた子に、クラスの全員は不信気な顔を向けました。
しかし、それも無理もありません。なにしろ、そこには今まで見た事のない女の子がいたのですから………。
幸いなのは今の裏密さんは、今までのトレードマークであったメガネを外していることでしょう。
これなら、コンタクトがない事もあり、自分を見つめる周囲の視線も気にならないでしょう。
「………何処の生徒だ?クラスはここじゃないだろう?」
担任である犬神先生の言葉を内心嬉しく感じながら、裏密さんは『すみません、遅れました』とだけ答えて自分の席に座りました。
「お前、クラスを間違えてないか?」
「いえ、ここが私の席です」
「その声………もしかして、裏密なのか?」
「はい」
その瞬間。教室が、まるで爆発したかのような騒ぎになりました。
「「「「なにぃいいいい!!」」」」
犬神先生が苛立たしげに注意しても、教室の騒ぎは納まりません。
「うっそー!ウラミツってあんなにイケてたのかよ!?」
「ど、どうしちゃったわけ?」
「し、しんじらんない………あんな子が、なんでこんな風になっちゃうの!?」
「………嘘だぁ………」
まあ、無理もないでしょう。今の裏密さんは、それだけ可愛い子に変貌していたのですから。
「ど、ど、ど、ど、どうしちゃったの?ミサちゃん!?」
遠野さんも泡食って尋ねます。そんな遠野さんに、裏密さんは自身有りげな微笑を浮かべて一言だけ答えました。
「負けないから」
「は?」
「貴方には、負けない」
「………ホントにどうしちゃったの?ミサちゃん?」
「………」
それっきり、裏密さんは何も答え様としません。
なぜなら、裏密さんの見立てでは、京一くんが心を許している異性というのは、遠野さんに他ならないからです。
つまりは、恋のライバルとして遠野さんを見ているわけです。
ちなみに、隣のクラスの京一くんの友達である桜井さんもそうなのですが、桜井さんは醍醐くんと仲が良いので、その点だけは安心できるのでしょう。
しかし、遠野さんはまだ事情を飲み込めていません。さしあたっては、いきなりの『負けない』宣言に、ただ困惑を浮かべるだけでした。
今はこれでも良い。いつか、決着がつく。裏密さんは満足げに微笑みました。そして、その脳裏に浮かぶのは、今朝の京一の笑顔だったのです。
『京一くん………信じて良いよね?』
恋する裏密さん。もはや、先週までの真神の魔女の面影は何処にもありません。
御門さんが心配するのも無理もないのかも知れません。それほどまでに、彼女は変わってしまったのですから。
しかし、彼女は気づいたのです。自分が変わらない限り、京一は絶対に振り向いてくれないことに。
だから、彼女は決めたのです。きっと、京一が振り向いてくれるような女の子になろうと。
それは悲壮ともいえる覚悟の上での変化だったのかも知れません。
裏密さんは、朝の不意打ちか事故かといったシチュエーションでなく、京一にあの笑顔を向けてもらいたかったのでしょう。
自分がもう今までの自分でない事をアピールし、自分をちゃんと裏密ミサだと認識してもらった上で、あの笑顔を向けて欲しい。
それが、裏密さんの望みの全てだったのかも知れません。
こうして、裏密さんのイメチェンによる核弾頭並の騒動は、真神を覆い尽くしていくのでした。
<続く>