
東京魔人學園SS オリジナル短編.
request by 久我友紀様 & present to ちゃんちゃん☆様 / write by 雪乃丞.
女神の瞳
オレが、その現場に居合わせたのは、単なる偶然だったんだとおもう。
「う、うわぁ!なんだあの女!」
「やばいって!イカレてるよ!」
逃げ惑う少年達。
いかにもといったストリート系のファッションの少年達ではあったが、それでも中には中学生くらいの子もいただろう。
しかし、その少年達には躊躇という名の慈悲は与えられなかったらしい。
「ほらほら、あんまり手間やかせんじゃないよ!」
そんな声と共に逃げ様とする少年の足に紐のようなものが巻きつき、転倒させる。
少年を転倒させた紐のように見えたのは、見るからに妖しいムチだった。
そのムチは、まるで生物のようにするりと解けると、一瞬後には再び宙を舞う。
「良い声でお鳴き!」 バチィ〜ン!「ぎゃあああ!」
そこに容赦なく撃ち込まれるムチの一撃………うわ〜、痛そう………。
「ホーホッホッホッホ!なかなか良い声で鳴くじゃないさ。気に入ったよ!ほら!!」
びしぃ〜ん!「いたぁああ!(涙)」
更なる追い討ち。………アレは確実に痣になったな。
しかし、なんだな………。こんな街中の喧嘩でムチ使うヤツ(女)っていったら………。
「オ、オレ達がアンタに何したってんだよ!」
「フン!アンタらみたいな弱い者虐めしか出来ないようなウジ虫どもにウロウロされるとねぇ、こっちが良い迷惑なんだよ!
次見かけた時には、こんなモンじゃ済まないからね!覚悟しときな!」
そんなどっかの姉御か女王様かといった凛々しくも妖しいセリフを吐く女性にオレは面識があった。
まあ、面識というか、なんというか………親しい友人みたいなもんなんだけど………。
でも、こういうシーンに遭遇すると、思わず他人のフリしたくなるんだけどね………。
まあ………放っとく訳にはいかないんだろうな。きっと。
「ねえ、アネゴ?気持ちは分かるけどさ………ちょっと、やり過ぎなんじゃない?」
オレの呆れたような声に………。
「アネゴって呼ぶんじゃないよ!って、え?」 ヒュン!
僅かに手元が狂ったのか………。
バチィ〜〜ン!!「ギャン!」
オレが声をかけたのを好機とみたのか………起き上がって逃げ様としていた少年の後頭部に、十分にしなりを効かした一撃が炸裂した………。
「あちゃあ………やっちゃった」
「うわぁ………完全に意識飛んでるよ?あれ?」
「龍麻クンのせいでしょ?今のは?」
「オレのせいなの?」
「多分ね。流石の私でも、あそこまでやろうなんて思わなかったし………」
そう鞭を手に苦笑を浮かべた見た目麗しき女王様………もとい、この綺麗な女性はオレの友達だったりする。
名前は藤咲亜里沙。とある事件で知り合って、それ以来何かと手伝ってもらったりしているんだけど………。
まあ、戦友って言うのが、一番相応しい言葉かな。
「それより………」
どうすんだ?アレ?
「痣くらい残るかも知れないけど、命に別状はないだろうし………ほっといて良いんじゃない?」
「いいのかな?」
「構やしないよ。あんな蛆虫どもがどうなろうと知ったこっちゃないね」
藤咲さんの気持ちは分かるんだけど………。
「大丈夫よ。暫くしたらお迎えが来るだろうしね」
「お迎え?」
「肝心な時に役に立たないクセにやたら威張り腐ってる連中のコト。とりあえず、みつかるとうるさいし………ズラかろっか?」
そう言うと、藤咲さんはムチを巻き取りながら歩き出した。そんな藤咲さんの横に並んでオレも現場を後にする。
「流石に喧嘩慣れしてるね?アネゴ?」
「さっきも言ったけどさ………それ、やめてくれないかな?いくら龍麻クンでも、その呼ばれ方は趣味じゃないよ」
「じゃあ、なんて呼ぼうか?」
「前にも言ったじゃない。アリサって呼んでって」
「う〜ん………呼び捨てって、なんかはずかしくてさ」
「舞子達はみんなそう呼んでるんだから、龍麻クンだってそう呼んだら良いじゃない」
「努力だけはするよ。藤咲さん」
「ま、アネゴ以外なら何でも良いんだけどね」
オレの言葉に笑顔で答える様子から、さっきまで喧嘩(あれを喧嘩と言えばの話だが)していたとは思えないだろう。
別段、焦って逃げるでもなく、特に怪我をした様子もなく………しいて言えば、頬が僅かに上気してるくらいか。
やっぱ、綺麗だよな………美人だし、日本人ばなれした体してるし。
これでムチ振り回したりしなかったら言う事ないんだろうけど………って、さっきまで持ってたムチは、どこにいったんだ?
「どうしたの?そんなにジロジロ見て?」
「いや………相変わらず美人だなぁって」
「お世辞なんて………らしくないわよ?」
「いや、ほんとにそう思ったんだけど」
「ホントに?」
「うん。ホント」
「アリガト。でも、さっきは別の事考えてたんじゃないの?」
「まあね。あのさ………さっき使ってたムチ、どこに隠したの」
「ああ、アレね。隠すのってワリと簡単なのよ」
「そうなんだ」
「だって、いつもかつも手に持っとくわけにはいかないでしょ?」
「そりゃあそうだけど………何処に?」
やたら派手なコギャル風なファッション(すでに死語か?)な藤咲さんの服に、あんなの仕舞っておくスペースなんてなさそうなんだけど………。
「ウフフ………知りたい?」
いや、そう誘う風に言われてもですね………。
「ま、まあ、それについては良いよ」
「もう、つれないわね。遠慮なんてしなくても良いのに」
頼むから拗ねないで………。藤咲さんって、大人びてるんだか、子供っぽいんだかわかんないな。
まあ、京一に言わせると「そこが良いんだろ?」って事になるんだろうけど。
寂しがり屋で、お祭り好きで、派手な外見からは想像出来ないほど義侠心があって………そして、強い心を持っている女性(ヒト)。
少しばかり(いや、かなり?)言動が妖しい人だけど、その心は誰よりも綺麗な女性(ヒト)。
それが、藤咲さんって人なんだと、オレは考えている。まあ、綺麗なのは心だけじゃないんだけどさ。
「そ、それより………急いで逃げたほうが良いんじゃない?」
「大丈夫、大丈夫。捕まったりなんでしないから」
「なんで、そんな事分かるの?」
「名乗ってないしね」
「でも藤咲さんの格好って、凄く目立つんじゃない?」
「私みたいな格好してる子なんて、このあたりには掃いて捨てるほどいるわよ?」
「でも………」
藤咲さんみたいな美人で、そんな格好してる人なんて滅多にいないじゃないかな?
「大丈夫よ。龍麻クンって、いろんな修羅場経験してるワリには心配性よね?」
「そうかな?」
「危なくなってから、焦れば良いのよ。逃げるのは、その後ね」
「ふーん。慣れてるね?」
「そう?まあ、場数こなしてるからね。
その経験から言わせてもらうと、こうやって二人で歩いて何でもないって顔してれば、まず見つからないし、怪しまれたりもしないの」
「そうなの?」
「そうなのよ。大体、横に男連れてるのに、さっきまで喧嘩してたなんて思えないでしょ?」
確かに、こうして歩きながら話ししていても、駆けつけて来た警官に怪しまれる事はないのだろうけど………。
「それより、今ヒマ?」
「まあ、ヒマっていえばヒマかな」
「じゃあ、ヒマなのよね?」
「うーん。一応、用事らしきものは、あったんだけど………」
「あ、やっぱりなにか用事あったんだ?」
「しいていえば、そうなるのかな………。まあ、その用事ってのは、別に今日でなくても良いと思うんだけどさ」
「もー………はっきりしない人ね。どっちなのよ!?」
怒らせてしまった………。でも、そんな顔も綺麗ですなんて言ったらどんな顔するかな?………まあ、言えないんだけどさ。
「ヒマです」
「よろしい。なら大丈夫よね?」
「え?大丈夫って?」
多分間抜けな顔してると思うオレの腕に自分の腕を絡めると、藤咲さんはオレを引っ張っていく………。
それはそれで嬉しいんだけどさ………なんか嫌な予感がするんだけど。
「どこに行くの?」
「一緒に遊びにいかない?すぐそこのカラオケボックスだからさ」
「それって、オレが一緒でも良いの?」
「まあね。そこで龍麻クンにも会わせたいヤツがいるのよ。あ、言っとくけど男だからね?ソイツ」
「誰?」
「多分、みんな知ってるヤツ。ビックリするわよ?ほら、早く、早く」
そこでどんな話しが待っているのか………神ならぬオレには、当然の事ながら予想などできるはずもなかった。
その目当ての人物というのは、既に歌っていた。
『………聞いた事ある声………だよな?』
そんなオレの困惑顔に笑みを返しなから、藤咲さんは先導してその部屋に入った。そして、その人物もオレ達に気がついたらしく………。
「遅かったじゃない。またどこかで喧嘩でもしてたの?」
「良く分かったわね?」
「冗談で言ったんだけど………って」
ようやくオレに気がついたらしい。
「アラ?お久しぶりね?誹勇龍麻くん?アタシの事忘れてないでしょうね?」
そんなオネエ言葉な長身のカマ男に知り合いは………いたな。そういえば………。
「阿師谷だったっけ?名前?」
藤咲さんの言う通り。なにしろ、命を狙われたくらいだし。
この藤咲さんより派手な格好(ある意味、そんじょそこらのホストとかよりスゴイ格好だと思う)をした男。
名を阿師谷伊周(男)という。こんなド派手な格好をしていても、その実体は陰陽師なのだそうだ。
世間一般で言う拝み屋ってヤツ?でも、腕の方はオレも保証するよ。なんたって戦った事あるし。
オレ達に負けた後、姿をくらましていたらしいが………帰ってたんだ。
「流石に忘れてなかったみたいね?」
「生きてたんだな?」
「憎まれっ子、世にはばかるってね。そう簡単にくたばってたまるものですか。
もっとも一回しか会ってないのに、アタシのこと良く覚えてたわよね?」
「アンタみたいなの忘れられるほど、みんな図太くないんじゃない?」
まあ、そんな訳で、一応はこないだまで敵だったはずなんだけど………。
どうも村雨の遊び友達らしいし、村雨も「そんなに悪いヤツじゃねえと思うがな」って言ってたし………。
どんな因果があったのか、藤咲さんとも知り合いらしいし………。
まあ、今すぐなんとかしなきゃいけないって訳じゃないかな………。
「あら、ご挨拶ね?これでも身なりには十分気をつけてる方だと思うけど?」
「身なり以前に、その言葉使いが問題なのよ」
「似合わない?」
「似合ってるわよ?ただし、アンタが女性ならって条件付きだけどね」
「アタシは自分の事、ちゃ〜んと男だって分かってるわよ?」
「でも、そんな言葉使なのね?」
「格好に合わせてるだけよ」
「じゃあ、なんでそんな格好してるわけ?」
「決まってるでしょ?綺麗な格好したいからよ」
オレが思考の海に沈んでいる間に、どうも会話が脇道に逸れていってるような気が………っていうか、ちゃんと説明してくれ。
「あ、あのさ………藤咲さん?」
「なに?龍麻クン?」
「なんで、阿師谷がいるの?」
「アタシが、ここに居たら変かしら?」
「だって、一応は敵だった訳だしさ」
「知らないの?昨日の敵は、今日の友よ?」
まあ、そうはいうけどさ………。
「依頼主だっていなくなった訳だしね。もう敵対する必要はないわ」
「そういうモンなの?」
「そういうモンなのよ。大体、依頼にない暗殺なんて1銭の儲けにもならないでしょ?」
色んな意味で壬生の対極に居るヤツだよな………コイツって。
「暗殺って………」
「知らないの?呪殺の事よ?」
「知ってるよ。それくらい。でも………依頼があったら、本当にやるのか?」
「そうよ。これでも暗殺のプロだしね。それにこの国では呪殺は犯罪にならないのよ?」
なんでだろう?なんかムカムカする。気持ち悪いというか………いや、腹立たしい?
「だから殺しても良いって言うのか?」
「一応、依頼内容は選んでるからね。悪人以外は死んでないわよ?」
「オレが言いたいのは、そういう事じゃないよ」
「なに怒ってるの?」
これが、怒らずにいられるか。
「分かってないわね?」
「なにがだ?」
「アンタ、私が殺人を正当化してるって言いたいんでしょ?」
「あ、ああ。そうだ………と思う」
阿師谷はオレが感じてた気持ち悪さをズバリ言い当てた。オレ自身でも理由を掴みかねてたというのに………。
「アンタ、なんか勘違いしてんじゃない?正義のために殺すのと、お金のために殺すのが、どれだけ違うっての?
どっちだって、人が死ぬのは変わりないのよ?」
「それは………」
「突き詰めていくと、その二つは同じコトなのよ。ようはどんな理由で人を殺すかってことでしょ?
いわば、言い訳の違いってヤツね。自分に対する言い訳に、どんなものをもってくるか………それだけの差なのよ。
それは、アンタだって分かってるって思ってたんだけど………アタシの買い被りだったかしらね?」
「どういう意味だよ?それ?」
「身に覚えがないとは言わせないわよ?アンタは自分の信じる正義のために戦ったのよね?
その結果として、関係者を何人も事件に巻き込んだ。それは間違いないんだから。
その被害者の中に………アタシのパパもいる事、忘れないでよね?」
クソッ………言い返せねえ。
「ともちゃん、あんまり龍麻クンを虐めないでくれる?」
「虐めてなんていないわよ?私は変な勘違いをして欲しくなかっただけだから」
「勘違い?」
「そうよ。アンタ、もしかして自分のやった事、これっぽっちも間違ってなんてないって考えてない?」
「オレがやってきた事が、間違っているってのか?」
「間違ってるとまでは、言わないけどね。でも、正しい訳ないのよ。何人も巻き添えだしたんだから。
良い?龍麻くん?人殺しはいけない事なの。それだけは忘れないでおきなさい?」
「そんな事!」
「言われなくても分かってる?ホントかしらね?」
「ともちゃん!」
「はいはい。今日のトコロはこれくらいで勘弁しておいてあげるわ。続きはまた今度にしましょ」
なんでだ?………なんで、オレは何も言い返せないんだ?でも………。
「阿師谷。これだけは言っとくぞ。オレの知り合いを殺したら………法のかわりにオレが裁くぞ?」
「あら、恐いわね?」
「ともちゃん、龍麻クンの事、そんなに気に入らないの?」
「そんなことないわよ?なんたって顔が良いしね?嫌いになるはずないでしょ?」
「なら、なんで仲良くしようとしないの?このあいだ話しがしてみたいって言ってたから、わざわざ連れて来たのに」
「まあ、アタシにも色々思う所あってね。今のは単なる八つ当たりだから、忘れても良いわよ?」
「忘れられないよ。今のは」
「まあ、そうかもね。なら、ちゃんと覚えておきなさい。いつかきっと分かる日が来るからさ」
「………まだオレはおまえのことを信用してない」
「アタシのこと、信じられない?」
「こうして話するのは、始めてだろう?」
「そういえばそうよね。でも、これでアタシ達は今日友達ってヤツになるんだから、もう安心して良いわよ?」
「友達には手を出さないってか?」
「そうね。知り合いの暗殺なんて、趣味じゃないわ。幾ら積まれてもお断りよ」
イマイチ信用できないけど………。
「話しがそれちゃったわね。龍麻クン、ともちゃんと私がなんで知り合いなのか知りたいんだったよね?」
「え?そういえば、そんな話ししてたんだっけ」
すっかり忘れてた。
「前に村雨に紹介されてね。それ以来、ちょくちょく一緒に遊んでるの」
「聞いているかも知れないけど、アタシはしーちゃんの友達だしね。まあ、言うなれば『しーちゃん繋がり』ってヤツかしら?」
「しーちゃん?」
「村雨の事よ」
「村雨が、なんでしーちゃんになるんだ?」
「村雨祇孔で、しーちゃん」
「ああ、なるほど」
「龍麻クンだって、誹勇でひーちゃんって呼ばれてるでしょ?」
「納得」
「でもって、私は伊周だから、ともちゃん。ともちゃんって呼んで良いわよ?」
「やなこった」
「あら、つれないコト。なら、アンタのことひーちゃんって呼んで良い?」
「断固として、拒否する」
「つれないわね?ひーちゃん?」
コイツは喧嘩売ってんのか?
「ほらほら、二人とも喧嘩しない。ともちゃん?アンタ龍麻クンと友達ってヤツになるんでしょう?」
「はいはい」
しかし………。
「村雨繋がりか………。意外な繋がりって感じもするけど………考えてみたら陰陽師だし、それほど変な話しでもないか」
「ま、それだけじゃないんだけどね〜」
「え?」
「アタシ達はちょ〜とだけ、特別な関係なの」
「ちょ、ちょっと!」
阿師谷の意地悪そうな言葉に、なんか藤咲さん焦ってるな………なんでだろ?
も、もしかして………付き合ってるとか!?うそ〜〜〜ん!!!
「なんて顔してんのよ?アタシは女嫌いで通ってんのよ?アリサは単なる友達。それ以上でも、それ以下でもないわ」
「あ、そうなんだ」
「安心した?龍麻クン?」
「ちょっとだけ」
「ちょっと?」
「いや、かなり………っていうか、すごく」
「フフフ。なかなかカワイイとこあるじゃない。アンタ、気に入ったわ」
オカマに気に入られてもなぁ………。
「それより、聞いてくれる?この子、問答無用で、私のこと攻撃してきたのよ?」
「だ、だって、あれは………」
「まあ、結局は誤解だったんだけどね。もう根にもってないから安心して良いわよ?」
「もう………黙っててって言ったのに」
むくれる藤咲さんを横目に、オレは阿師谷の話しに興味が湧いた。
「聞かせてくれないか?その話しってヤツ?」
「そんなに聞きたい?」
「聞いてみたいな。それって、二人が仲良くなった理由ってヤツなんじゃないか?」
「へえ………結構鋭いじゃない。流石は、あの高慢ちきが気にいった男だけあるわ」
「高慢ちき?」
「御門くんの事よ。ともちゃん、御門くんと仲悪いから」
「なのに村雨とは仲良いんだ?」
「まあね〜ん。しーちゃってば、強いわ、カッコイイわ、すっごくセクシーだわで………」
「アレが?」
その一言で、ボックスの中が爆笑に包まれた。
村雨には悪いけど………なんとか普通に会話できるくらいには、雰囲気が良くなってくれて助かった。
阿師谷はイマイチ信用できないヤツけど、ただの友達にするには、そう悪いヤツじゃないような気がする。
御門には悪いけど………興味が湧いたっていうか、友達にしてみたくなったっていうか………。
オレは、どうやら阿師谷のコトが気に入ったらしい。
「話していい?」
「………ま、龍麻クンだったら良いか」
そして、二人はその事件の話しを話し初めた。
「この子と初めて会ったのは、アタシが珍しく酒に飲まれてた日の事でね………。今思い出しても、あれだけ浴びるほどに酒を飲んだのは初めてだったわ」
「なにか、あったのか?」
「そういえば、ともちゃん、あの日ってすごく荒れてたのよね?」
「そういえば、この話をするのは、はじめてだったかしらね」
そう自嘲気味の笑みを浮かべて、阿師谷は話を続けた。
「まあ、すっごく嫌な事があったって思って頂戴。そんな日に、たまたまヤクザ者に絡まれてる男の子を見つけてね………。
何か暴れたい気分だったアタシは、そのヤクザ者を相手に暴れてたワケ。でもね〜その子、礼も言わないで逃げようとしたの。
それを見てアタシの中で何かが切れちゃったのよね〜………」
「そこからは私が話すわ。ともちゃんが、その子………えーっと………名前忘れたけど、結構な美形だったわよね?」
「そうでなきゃ、後が大変なヤクザ者相手に手なんて出さないわよ」
「それで、その男の子を叩いてる場面をたまたま目にして………。その子、かなり怪我してたから、てっきりともちゃんがやったんだと思ってさ」
「すごかったのよ?いきなり、ムチで背中引っ叩くんだもの。おかげで2週間くらい痣が残ったわ」
「なんで、喧嘩になったんだ?」
「アタシは、その時、普通の状態じゃなかったからね………。すごく切れやすくなってたってわけ」
「私は、その男の子に弟の面影か重なっちゃって………。丁度、その日が弟の命日だったの」
互いに不幸な偶然が重なったのかも知れない………。
「その後は大変だったわ。ともちゃんの呼び出した変な生き物が暴れまわるわ、私は私で怒りで我を忘れて手加減なんてできなかったし………」
「ホント、しーちゃんが止めなかったら、どーなってたでしょうね?」
結局、二人の喧嘩を止めたのは村雨だったらしい。
多分、その後、村雨が互いを紹介なりなんなりして………和解できたんだろうな。きっと。
「そういえば、あのとき、村雨が『今日だけは、大目に見てやってくれ』って言ってたわよね?」
「ああ、あの事………。しーちゃんは、私が荒れてた原因を知ってたからね」
オレは、その時一瞬だけ浮かんだ阿師谷の暗い表情が妙に気になった。
「………聞かせてくれないか?何があったんだ?」
「アンタには関係のない話よ」
「ともちゃん………女の子救いたかったんだけど、結局何も出来なかったんだって………」
「アリサ、誰彼かまわずって類の話じゃないでしょ?」
なんか分かったような気がする。
大切に想ってた弟を救えなかった藤咲さんと、力がありながら一人の女の子を救えなかった阿師谷。
同じ悲しみを知る者は、互いの事を理解し易かったのかも知れない………。
「藤咲さんと何で仲良くなったのか………わかったような気がするよ」
オレにも、その痛みがわかるから。
「フン。アンタみたいな世間知らずなお坊ちゃんが、わかったような口きかないでよね」
「ともちゃん………龍麻クンも同じなの」
「え?」
「………」
「同じなの。龍麻クンも………大切な女性(ヒト)を亡くしているの」
オレは一人の女の子を、悪夢の世界から救うことが出来なかった。
儚げな笑顔の奥に隠された、泣き顔に………何もかも諦めきったその微笑の意味に………オレは気がつけなかった。
そして、奇跡という言葉も、神という存在も、その子を取り巻く悪夢の世界から救い出すことは出来なかった。
それが出来るのは、オレだけだったのに………。オレは、結局、何も出来なかった。
癒える事のない心の傷によって苛まれながらも、それでもいつか再び平和に生きていける事を願っていた女の子………。
炎の中に消えていく彼女を………紗夜ちゃんを………オレは………。
「………そうだったの」
結局、オレ達3人は、似た者同士だったのかも知れない。
「良いんだよ。藤咲さん。アレはオレが悪かったんだから」
「龍麻クン………」
「紗夜ちゃんはいつだってオレに救ってくれって信号を出してたんだ。それなのに………オレは………」
気がついてあげることが出来なかった。
彼女が時々浮かべていた本当の顔………疲れきった微笑………を不思議に思いながらも、それ以上踏み込もうとしなかった。
「笑っちまうよな………なにが黄龍の器だよ。何が覇王の星を持つ者だよ。いつだってそうなんだ。
オレは………いつだって、肝心なときには………何も出来なかったのさ」
オレは………何がしたかったんだろう?オレに関わったヤツは全員、何かしら不幸を背負ってしまってる。
「もうよしなさい。アンタMじゃないんでしょ?自分を痛めつけたって、誰も喜んでなんてくれないわよ?」
「ともちゃん………」
「それとね………謝っとくわ。アンタが考えなしだって言った言葉………あれは、アタシの失言だったみたいね」
そして、阿師谷はひとつため息をつくと、話はじめた。
「アンタになら、あの事件の事………話しても良いかも知れないわね」
「すべては、私が受けた依頼からだったのよ」
その話によると、当時、阿師谷はとある宝石にまつわる事件を依頼されたらしい。
阿師谷は、どこの組織にも所属しないフリーの拝み屋を生業にしている。
そして、その腕前は御門家の当主たる御門には未だ届かないまでも、日本屈指といっても言い過ぎでない程だ。
少なくとも、オレは一対一でこいつとやりあって無事に帰る自信はない。
そんな外見を抜きにすれば有能極まりないコイツの元には………。
いや、政治的なしがらみが殆どない阿師谷一族には、それこそ表沙汰にできないような事件への協力が舞い込むことになるのだろう。
御門家が表の世界に君臨しているのと同様に、阿師谷家は古来より裏社会でその地位を確立していたのかも知れない。
これも、そんな事件のひとつだったのか………。
「依頼内容は簡単なものだったの。宝石がなくなったから、探してほしいってね」
「それって、拝み屋でなくても良かったんじゃ………」
「普通ならそうでしょうね。でも、その件だけは別。拝み屋でないといけない理由があったんでしょうね」
「呪詛されてたとか?」
「さあね………結局のところはどうだったのか、わからないんだけどさ。依頼人が言うには、その宝石って、今までの持ち主が変死したりって事があったらしいのよ」
呪われた宝石、か。
「龍麻クン、それって呪われたブルーダイヤって話に似てない?」
「え?あ、ああ………なんか聞いた事あるような気がする」
「ブルーポープの事ね?」
「ブルーポープ?」
「『この宝石を持った人は、必ず不幸に見まわれる』って伝説をもったダーク・ブルーのダイヤモンド………。
実物が見たければ、ワシントンのスミソニアン博物館にいけば、そこに展示されてるわよ?」
「へー………あれって、ブルーホープって名前だったのか」
「別名で、ホープダイヤとかいうらしいけど………まあ、『呪われたブルーダイヤの伝説』の方が有名だからね」
そうわずかに苦笑を浮かべて、阿師谷は話しを続けた。
「ブルーポープが始めて歴史上に登場するのは、17世紀のことよ。
インドを旅していたフランスの宝石商ダヴェルニエが、とある聖なる偶像の目から盗み出した事が原因で、それ以来呪いがかけられたといわれているわ」
「となるど………そのダヴェルニエって人も?」
「そうね。彼はロシアで野犬に食い殺されたわ。ま、そんなのは序の口だったんだけどね」
「ほかにもあるのか?」
「色々あるわね。でも、ブルーホープが特別に有名なのは、とある有名人が身につけていたからなのよ。
ダヴェルニエは、生前にとある人物に、ブルーホープを売却していたんだけど………それって誰だと思う?」
「17世紀の人なんだよな………え〜っと………」
「もったいぶってもしょうがないわね。正解は、ルイ14世よ」
「へー」
「ルイ14世は何人もの女性と関係をもっていたんだけど、その気に入った女性にブルーホープを身に着けさせたていたの。
まあ、宝石なんていうものは、身につけてなんぼってなものなんでしょうけど………」
「呪われた宝石だものね………。ブルーホープを身につけた人達は、次々に死んだのね?」
「そういうこと。その頃から、ブルーホープは縁起の悪い石だの、不幸を呼ぶ石だの色々言われはじめたらしいわ。
でもね………これほどのダイヤはやっぱり貴重品だんでしょうね。
ブルーホープは、ルイ14世からルイ16世とマリー・アントワネットへと受け継がれる事になったわ」
「そのへんなら、オレでも知ってるよ。その二人はフランス革命が起きて、処刑されたんだよな?」
それは単なる偶然だったのか、あるいは神罰だったのか………。
とにかく、その3人が関わった事で、ブルーホープの呪いの逸話が、伝説にまでなったのは間違いないだろう。
「でも、その後の事はあんまり知らないでしょ?」
「その後?」
「なんで、ブルーホープなんて呼ばれてると思うの?」
「………」
「フランス革命の後、ブルーホープは盗難にあったの。でも、呪いはまだまだ健在だったみたいでね………。
次々と持ち主を死に追いやりながら、1830年に、銀行家であるホープって人の手に渡ったのよ。
その結果、ホープにその宝石を売った男の人は、落馬して死亡。ホープ自身も独身のままこの世を去って、ホープ家は結果として破産しちゃうの。
宝石の名前の由来となったのは、このホープさんだったわけね」
「なんか、すごいね………」
「ここまでくると偶然だなんて言えないわね?」
「でも、これだけじゃないよね………」
「まだ、何かあるのか?」
「それが呪われたブルーホープの由縁たるところなんでしょ?
ホープの名をつけられたその宝石は、その後ロシアの貴族が手にすることになるんだけどね。
バリで、その貴族にブルーホープを借りた踊り子は、舞台で情夫に殺されるの。そして、その貴族も刺殺されたわ。
その後も、自殺、事故なんていう悲惨な逸話を次々に生み出しながら、カルティエ社を経て大富豪のマクリーン夫人のものになるの」
「そこでも何か起きたのか?」
「さすがに、マクリーン夫人も怖かったみたいでね………。ブルーホープを牧師さんに祝福してもらったらしいわ」
「それでようやく神様の怒りが収まったってか?」
「残念ながら、その程度では神様の怒りは収まらなかったわ」
「おいおい」
「彼女の息子は、9歳で交通事故で死亡。夫は発狂して精神病院で死亡。一人娘に至っては、薬の飲み過ぎで25歳で死亡………。
マクリーン夫人は、失意の中でこの世を去ることになったでしょうね」
「凄いとしか言えないわね?」
「彼女の死後、ブルーホープは宝石商ハリー・ウィンストンが手に入れて、彼の手でワシントンのスミソニアン博物館に寄贈されて現在に至る、と。
どう?凄いでしょう?」
もう言う事はない。ブルーホープは間違いなく呪われている。
「そーゆー系統の宝石を探すのが、依頼だった訳だ?」
「そーゆーこと。まあ、それが拝み屋を呼んだ理由なんだろうなんて考えていたんだけどね」
宝石自体は、阿師谷の使役する式神の探索で簡単にみつかった。
阿師谷は36の獣を使役する陰陽師だ。その式神の総力をもってあたられば、目的の品なんて簡単に見つかったのかも知れない。
もっとも、それだけが原因だったわけではないのだろうが………。
その宝石は、なぜかメイドの部屋の………それも私物が詰まったバッグの中からみつかったらしいのだ。早くも胡散臭さ爆発だ。
「おいおい、いまどきメイドって………」
「言い方が悪ければお手伝いさんって言おうか?」
「まあ、どっちだって良いか」
「もうわかったでしょ?」
「そのメイドって子が罠にかかったんだな?」
「そう。依頼人っていのうが、また嫌らしいヒヒ親父でね、その上好色ジジイだったの。アタシにはすぐにわかったわ。
騙された上に、良いように利用されたんだってね」
そのクソジジイは、阿師谷を利用して、そのメイドに言うことを聞かせようとしたのだろう。
警察では、色々捜査などされて足がつく可能性もあるし、自分の名声に傷がつく可能性が非常に高い。
どうせ、叩けば埃が山のように出るような輩に違いないのだ。だから、阿師谷が呼ばれたのだろう。
金でどうにでもなる上に、秘密厳守を守れる。その上、どんな場所に隠してもそれを見つけ出せるほどに有能………。
まさに、その猿芝居の道化役にはうってつけの人材だ。これ以上ないってほどのな………クゾ忌々しい話だぜ。
「そのメイドって娘を………その………」
「そうよ。その子を自分の良い様に出来る口実が欲しかっただけってワケ。救い難いクソジジイよね」
「………信じらんない………」
オレも藤咲さんと同意見だ。
「でも、その子にとっては事態は深刻よ?
どんなに少なく見積もっても数億って価値のある宝石を盗もうとしたって状況なワケだしね。
そんなのを盗んだとあっては、実刑は免れないわ。その子にとっては………死刑宣告同様だったの。
後は、二人の想像通りね。その件を黙っている代わりに、体を差し出せ………まあ、ヒヒジジイの考えそうな事よね」
「ムカつくジジイよね」
「でも、それならちゃんと警察に届ければ………」
「甘いわね。龍麻くん?そのジジイはね、どんなに性根が腐ってても、大金持ちなの。それにズル賢いのよ?
警察に賄賂が通じないなんて、今時本気で信じてる訳じゃないでしょ?
それに財界とも太いパイプを持ってたし、それこそ愛人の数は数知れず………。
権力と金を背景に、そのジジイはやりたい放題やってたのよ。
そんなクソジジイの毒牙にかかった被害者の娘達の数は、それこそ星の数だったでしょうね。
これも、そんな悪趣味な娯楽の一幕だったってワケ」
つまりは………阿師谷が呼ばれて、宝石を見つけた時点で、その子には逃げ場がなくなっていたわけで………。
阿師谷は、知らないうちに、その悪巧みの片棒を担がされていたってワケか。
「それで、どうしたんだ?まさか、そこでおとなしく引き下がったって訳じゃないよな?」
「トーゼンでしょ!まあ正直に言うと、その子がどーなろうと、アタシの知ったこっちゃなかったんだけどさ………。
でも、この阿師谷伊周様を良いように操れるなんて思い込んでるお馬鹿さんには、それなりの礼をしてやらないと気が済まなくてね。
だからアタシは言ってやったのよ。『このままだと、間違いなくアタナには災厄が降りかかりますよ?』ってね」
阿師谷は、そこで一計を案じたらしい。
それに、その悪趣味な猿芝居の主役たるその宝石からは、ただ事でない物を感じていたらしいのだ。
きっと、この宝石には何かある。そう思っての事でもあったらしいのだが………。
「良いトコあるじゃん」
「でもね〜」
「どうしたの?ともちゃん?」
「そのジジイ、アタシの言うこと信じなかったみたいでね………結局、その場でアタシには、法外な依頼料が払われて御役御免………。
周囲を個性もへったくれもないSPどもに囲まれて、屋敷の外に丁重に叩き出されたのよ。
後には哀れな女の子と、好色そうなニヤケ顔を浮かべたヒヒジジイだけが残されましたとさって話なの」
もう………聞きたくない。阿師谷がなんで我を忘れるほど酒を飲んだのか………嫌でも分かるな。
「もう、良い。聞きたくない」
「ともちゃん………私も………」
「安心なさい。今ので事件そのものの話は終わりだから」
そこまで、どこか芝居かかった口調で話してた阿師谷は、不意に歯を食いしばった。
「一生の不覚ってなモノね。なにもかも………あのヒヒジジイの良いように操られてね」
阿師谷は結局、その子を救えなかった。その後、どんな目にあったのかなど、考えるまでもない。
そのメイドの子が………失踪した挙句、自殺したと聞いたのは、それからわずか1ヶ月後の事だったらしい。
その後の捜査の結果など、聞くまでもないだろう。結局は、迷宮入りって訳だ。
しかし、捨てる神あれば、拾う神ありという事か………。
あれだけ非道な真似をしたヒヒジイイ(阿師谷談)には、やっぱり天誅が下った。
メイドの子の死からわずか半月後。そのジジイは謎の熱病を煩って、散々苦しみぬいた挙句に、この世を去ったそうだ。
もしかすると、どこかの陰陽師を怒らしたのが原因だったのかも知れないが………。
「まあ、自業自得よね。あれだけ恨みを買ってたんだから、誰かがどこかの陰陽師に呪詛を依頼しても不思議じゃないわ」
「誰か、ね………」
「そうね。あれだけ不幸な目にあった娘を持った両親の依頼なら尚更かも知れないわね。
それこそ依頼料が1円でも呪詛を引き受けてあげようって奇特な陰陽師も、探せばいるかもしれないしね」
真実はいつだって闇の中だ。オレはあえて、その件には触れない事にした。
「それにしても………そのただ事でないものを感じたって宝石って、結局何だったんだろう?」
「さあね………まあ、それが不幸を呼んだって見方は出来るかも知れないわね?」
「不幸を呼ぶ宝石か………天誅の石って感じだな」
「ホントにそう思う?」
「どういう意味だ?」
オレの困惑顔に、阿師谷もまたわずかに困惑を浮かべて答えた。
「聞いたことない?ミッシング・ストーンって」
「ミッシング・ストーン?知らないな」
「まあ、一般人なら聞いたことなくても当然か………。まあ、それについてはいいわ。
あの宝石ね………イクシアの瞳って名前だったらしいんだけど………なくなったらしいの」
「なくなった?」
「そう。厳重に保管されていたはずの金庫の中で、たった一個だけ在り処がわからなくなった宝石………それが、イクシアの瞳なのよ」
「へんなはなしだよな」
「そうよね」
「ね?不思議でしょう?」
「まあ、確かに不思議な話ではあるよな?」
「でもね、本当に不思議なのはそんな事じゃないの」
「え?」
オレの恐らくは間抜けな声に、阿師谷はニヤッっと笑って答えた。
「イクシアの瞳って名前の宝石なんて、何処にもなかったのよ」
「何処にもない?」
「それだけじゃないわ。あのヒヒジジイが、どうやってイクシアの瞳を手に入れたのかすら、分からなかったの」
「どうせ盗品か何かだったんじゃないか?」
「アタシも、最初はそう思ったんだけどね………でも、アタシは実物をこの目で見てるから………」
「でも、ともちゃん?それってそんなに不思議なことなの?」
藤咲さんの言葉に、阿師谷はさも面白そうに答えた。
「考えてみてごらんなさいな。宝石に素人のアタシから見ても、あのイクシアの瞳は掛け値なしの逸品だったのよ?
それこそ何億もするなんて言われても、納得できるほどのね。でもね………逆にいうなら、それだけ高価な宝石なのよ?
突然、誰かが手に入れたり、突然、行方が完全に知れなくなるなんて事………本当にあると思う?」
言われてみれば、確かに変だとは思うけど………。
「人に自慢出来るものを手に入れたら、それを自慢しない金持ちなんて居ないわ。
どんな宝石だって、そういった『どこの誰かが持っていたらしい』って逸話を探る事で、それまでの所有者を辿る事が出来るものなのよ。
ブルーホープの逸話を聞けば、それも分かるでしょう?」
確かに、ブルーホープは何処の誰が手に入れたという逸話が幾つも残っていた………。
「でも、盗まれたんなら、話は別だろう?」
「盗まれたなら盗まれたで、いずれはブラック・マーケットにでも流れないとおかしいのよ。
そうでもしないとお金に変わらないんだしね。
それに、なくなったのはイクシアの瞳だけなのよ?盗まれたって言うのなら、その時点ですでにおかしいでしょう?」
となると、一番可能性が高いのは………消えたという事になるのだろうか?
「残念ながら、真相は誰も知らないわ。分かっている事はたった一つだけよ。
あの日、アタシがこの目で見たイクシアの瞳という名の宝石の行方は、誰も知らないし聞いた事もないって事だけ。
そうやって、忽然と現れては、不幸を呼んで、また行方が知れなくなるなんて………普通ならありえない話でしょう?
でも、そういった宝石が存在するのは確かなの。もっとも、伝説の中にだけ存在する宝石なんだけどね?」
ようやく、阿師谷の不思議な問いかけの意味がわかった。
「それが………ミッシング・ストーン?」
「そう。伝説の宝石。ミッシング・ストーン−消失する石−。アタシは伝説に触れたのかも知れないわね」
その宝石は何処までも美しく、そして………哀しい逸話に彩られているのかも知れない。
<終わり>
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