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今夜の番組チェック

東京魔人學園SS オリジナル短編.
request by カレッジ様 / write by 雪乃丞.
   〜現代編(前編)〜

 とある冬の夜。空は分厚い鉛色の雨雲に覆われ、ただ冷たい雨だけを勢い良く降らしていた。

 キキキキキーーーーーーーーーーー!!ドガンッ!

 まるで悲鳴のような音を立てて、その車はガードレールを乗り越えた。
そして、その勢いを殺さぬままに、細い木々をへし折りながら、真っ暗な急斜面を滑り落ちていく。

 ガン!

 滑り落ちてくる車によって、その苔むした数十センチの高さをもつ石が、吹き飛ばされる。
その車は、その石の向かい側にあった大木に激突すると、数秒後に炎につつまれたのだった。

 周囲に炎が舞い、炎に包まれた車からは真っ黒な黒煙が吹きあがった。

 交通事故であった。
おそらくは、ただでさえ暗い夜道を雨のために視界が十分でない中、急ぎ過ぎたためにハンドル操作を誤ったのだろう。
人気もない山道でガードレールを乗り越えて転落した車から漏れ出したのか………ガソリンに引火して炎が舞う。
そして、その黒煙を上げる炎は、周囲の濡れた木々をもまきこんで燃え上がろうとしていたのだった。

 ………ユラリ………。

 そんな炎の中で………影が揺らめいた。

 『………グルルルルルル………』

 その影は、まるで四肢を備えた獣のようだった。

 『………シィーーーーーー!!………』

 そして、その影………獣は、獰猛な雄たけびを上げるのだった。







 それから数ヶ月もの月日か流れた、ある寒い日のこと。

「泥棒に入られたぁ?」

 そんな素っ頓狂な声が、ここ花園神社の一角に響いた。
声を上げたのは高校生らしい黒の制服に身を包んだ、少々前髪のうっとうしい青年だった。
その青年の名は、誹勇龍麻という。

「いえ、まだそうと決まった訳ではないのですが………」

 そして、龍麻の声に困ったような苦笑を浮かべて答える巫女姿の女性が一人。
彼女は、ここ花園神社の巫女をやっている双子の織部姉妹の妹で、名を織部雛乃という。

「でも、今日のために準備してたんだよね?」
「そのはずなのですが………」
「業者さんから仕入れた時には、確認した?」
「はい。私自身、姉様と一緒に、この離れに運んだのを覚えていますから」

 そう答えて周囲を見回す雛乃。しかし、その視界には目的の品は相変わらず無かった。
ここは、花園神社の離れ………いつもは物置として使われている部屋だった。

「それっていつ頃のことかな?」
「たしか………半月ほど前になるかと思います」
「その日にはあったんだよね?」
「はい」
「でもいざ今日見てみると、一個もなかったっと………」
「そうなのです。念のため、お爺様が業者の方へ確認をとっているところです」

 話しは数日前に遡る。
お正月を迎えるにあたって、ここ花園神社でも色々と準備というものをしなければいけないらしい。
その一つに、破魔矢を用意するというものがあった。
他の神社がどうしているのかは知らないが、ここ花園神社では毎年人の手によって破魔矢は作られてきたのだった。
その方が、ご利益もあるだろうという考えがあっての事なのかも知れない。
 そして、今日。
たまたまそれを聞いて、興味本意に手伝いに来ていた龍麻がお昼を御馳走になり、いざ作業を始め様とした時。
破魔矢につけるために準備しておいたはずの鈴が、残らずなくなっている事に気がついたのだった。

 破魔矢を作るための他の部品は、ちゃんと揃っている。しかし、鈴だけがなくなっていたのだ。
なにしろ毎年の行事なのだ。そこに手抜かりがあったとは思えない。
加えて、その鈴というのは、当然の事ながら10個や20個などといった数では収まらないだろう。
自然になくなるというのは、どう考えても不自然だった。
だからこそ、滅多なことでは人を疑うという事をしない雛乃ですら、泥棒という言葉を使ったのだろう。
しかし、泥棒の仕業にしても不自然過ぎた。
これが、他の物まで無くなっていれば、まだ話しは簡単なのだろうが………。

「でも、泥棒っていったってなぁ………他にも何か無くなった物とかないの?」
「他には特に………。
今分かっている中で、無くなった品というのは、今日のために用意されていた鈴だけなのです。
幸い、賽銭箱が壊されたりなどといった事はなかったので、警察へもまだ届けていないのですが………」
「ふーん………。賽銭ドロボーとか、今まであったことは?」
「いえ、今までそういった事は………」
「なかった?」
「はい」
「じゃあ、これもそうだとは限らないって訳か………」
「しかし………」
「ん?どうかした?」
「いえ、鈴だけ持ち去るなど、何が目的だったのでしょう?」
「う〜ん………オレもそれが疑問なんだよ。鈴って高いのかな?」
「いえ………。残念ながら、一個あたり幾らかになるかまでは存じません。
しかし、御爺様の話しでは、全部合わせてもそれほど高価なものではないそうです」
「となると、盗られたって可能性は殆どないわけか」
「むしろ、それほどの大量の鈴を持ち去っても、その後の使い道に困ると思うのですけれど………」
「もしかして嫌がらせとか?」
「それならそれで構わないのです。むしろ、今のように目的が分らない出来事よりはまだ安心できますから」
「雪乃さんは何って言ってたの?」
「姉様は、むしろそっちの………いやがらせなどの方がまだ納得出来ると仰ってました。お爺様も同意見の様でしたし………」
「あのさ………」
「なんでしょうか?」
「もしかして………心当たりとかあるの?」
「怨まれるような事など、なにも………。
しかし、自分にとって大した事のない事が、人によっては重大な事だったりもしますので………いちがいにそうだとは………」
「ヒナちゃんは、どう思う?」
「どうとは………?」
「これって、愉快犯だと思う?それとも、単なる嫌がらせだと思う?それとも、やっぱり泥棒だと思う?」
「………分かりません。一体、どんな目的があって、鈴などを持ち去ったのか………」

 金銭的に見ても大した事のない品。
しかも、一人で運ぶにも少々量が多いほどの鈴など、何の目的があって持ち去ったのだろう?
果して、大量の鈴だけを持ち去る事に、どんな意味があると言うのだろう?
龍麻には、どれほど悩んでも答えが出るようには思えなかった。

「そういえばさ………」
「なんでしょうか?」
「ここって、出入りとか簡単なのかな?」
「出入りと申しますと?」
「んー………つまり、泥棒しやすい建物なのかな?」
「さあ………どうでしょうか………。今までそのような事はなかったと聞いています」
「まあ、そうだよね………。
神社なんかに泥棒にはいったら、間違いなくバチが当たりそうだし。現行犯逮捕間違い無して感じ」
「まあ、龍麻様ったら」

 そう冗談めかした言葉に、僅かに笑みを浮かべた雛乃に、龍麻は更に尋ねた。

「他に何か気がついた事とかない?」
「参考になるかどうか分かりませんが………」
「なにかあるんだ?」
「はい」
「どんなこと?」
「少なくとも、あれほどの量の鈴を運ぶなら、かなりの音がするのではないでしょうか?」
「鈴ってどんな風に置かれてたの?」
「ビニールの大きな袋に一まとめにして置かれていたはずです」
「運んだ時、どうだった?」
「それはもう、随分と五月蝿かったと記憶しています」
「ふーん………確かに、うるさそうだね」
「ですが、私も姉様もお爺様も………誰もそのような音を聞いてはいないのです」
「まあ、ヒナちゃんチのお爺サンだって年中この神社に篭っている訳じゃないんだし………。
誰もいない時を狙われたって可能性もあるしね」

 そう言って、その大量の鈴が置かれていたという部屋を見回す龍麻の視界に………。

「………ん?」

何かが引っかかった。

「どうかなさったのですか?」
「………ヒナちゃん家って、ペットとか飼ってたっけ?」
「いえ………特には」
「犬とか、猫とか迷い込んだりとかは?」
「記憶にある限りではない筈です。早朝に、御老人の方が犬の散歩などをなさるくらいでしょうか………」
「その犬の中に、デッカイのとかいた?」

 そう聞きながら、龍麻は板間の表面を………気になった箇所に歩み寄ると、指でなぞった。

「いえ………。その床になにか?」
「傷があるんだ」
「傷?」
「なんかおっきな犬が引っ掻いたような傷………なんでここだけにしか残ってないのかが謎だけどね」
「………その傷がなにか?」
「比較的新しいものに見えたんだ。それでね………それに………」

 僅かに顔をしかめながら、龍麻は言葉を続ける。

「それに………なんでしょう?」
「ヒナちゃんも………コレに触ったら分かると思うよ」

 そして、その白く細い指が床の傷に触れた時。

「こ!?………これは」
「どうやら、変な生物が入り込んだらしいね」

 その床の傷には、未だに感じるほどに強い瘴気が残っていたのだった。







 それから数分後。二人は応接間に戻って、これからの事を相談していた。

「アレはやはり………」
「旧校舎でお馴染みのアレだろうね。ただし、相当な大物って但し書きがつくけど」
「この花園神社の境内に魔物が入り込んだと仰るのですか?」
「神域に入り込める程の強いヤツって事なんじゃない?
御門んトコみたいな頑丈な結界ならいざ知らず、普通の神社とかなら、せいぜい魔物が寄りつかないだけだろうし。
なにか、どうしても見過ごせない理由ってのがあったんじゃないかな?」
「理由………ですか?」
「多分だけどね。まあ、それが鈴だったのかどうかはまだ分らんないんだけどさ」

 その言葉に、思わず表情が曇る雛乃。

「………どうすれば良いのでしょう?」
「そうだな………あの傷からして、多分犬みたいなヤツなんじゃないかな?」
「そういえば、犬の足跡に似ていると仰っていましたが?」
「まだ断言は出来ないけどさ、爪の数は同じだったよ。それでね………」

 そんな話しをしている時、玄関の開く音と共に………。

『すみません。どなたか、いらっしゃいますか?』

といった声が聞こえた。客が訪れたのだろう。

「龍麻様、ちょっと失礼します」
「ああ、こっちの事は気ににしないで良いから」

 そして玄関へと向かった雛乃と来客者の声が途切れ途切れに聞こえてくる。

『………織部雛乃さん?』
『はい。私が雛乃ですが………失礼ですが………』
『あ、申し遅れました。私、柳井と申します。こっちは同僚の秦です』
『私達は、こういう者なんです』
『………警察の方ですか?』
『はい。新宿署の者です。本来なら、ちょっと管轄が違うんですけど………。
これから伺う事がウチの管轄で起こった事に関連してるもので………』

 その玄関から漏れ聞こえる声をBGMに、龍麻は一人考え込んでいた。

『鈴だけを持って行く魔物か………。なんか、いかにも昔話とかに出てきそうなヤツだよな。
普通に考えたら、単なる泥棒でしかないんだろうけど………。
でも、あそこに残っていたのは紛れもない瘴気だった。
となると………やっぱり、なんか妖怪なり魔物って事になるんだろうなぁ。
でも光物が好きなのって、鳥類だけじゃないのかな?
たしか………前に、天野さんからそんな話し聞いたような気がする。
いつの事だったっけ………。でもあの足跡は間違いなく犬だったし。………う〜ん………』

 そうブツブツ呟きつつ、考えながら………再び声に耳を傾けた時。

『………といわけで、もう何人も意識不明になっているんですよ』
『意識、不明………ですか?』

といった不穏な会話が聞こえて来た。龍麻は自然と玄関から聞こえる会話に耳を済ましたのだった。

『そう。ついこないだまで、原因も目的も関連性も、ぜ〜んぶ不明ってヤツでね………。
こっちも次から次へとこんな訳のわかんないヤマばっかし起こって、正直参っちゃってたところさ』
『でも、お前にとっては本意な事だろう?』
『そうでもないよ?モルダーくん?こーゆーのはたまーにおこるから、楽しいのさ』
『あのなぁ………もうちょっとで死人が出るところだったんだぞ?もうちょっと真面目にやれって』
『オレはいつだって大真面目だぜぇ?』

 そんな漫才じみた会話に、龍麻の口元に苦笑が浮かんだ。きっと雛乃も困った顔をしているだろう。

『あ、あの………』
『あ、済みません………。コイツの事は無視してもらって結構なんで………』
『無視しろって、お前なぁ』
『いえ………その………被害者、の方というのは?』
『幸い、同僚にそういった事に詳しい友人がいてくれたお陰で、桜ケ丘って病院で治療できたんですけど………。
意識を無くした原因がつい先日まで不明でしてね………。昨日になってようやく意識が回復して事情を聞けたんですよ。
でも………残念だけど、最初の三人はかなり酷い後遺症が残るそうです。処置が遅過ぎたんでしょうね』
『まあ、放っとけば、そのまま死んでたんから、助かっただけでも良しとかなきゃな』
『あの………それで、なにか分かったんしょうか?』
『ん?あ、ああ。話しが脇道に逸れたね。
被害者の条件っていうか………まあ、共通点だね。そういったのが、見つかったんで、一応ね。
さっき話したのが、共通点ってヤツ………なんでこんな事を話しに来たか………分かって貰えましたか?』
『はい』
『結構です。そういう事なんで、一応気をつけて下さい。それじゃ、私達はこれで』

 その刑事らしい二人連れが帰ろうとしているのだろう。玄関の開く音が聞こえる。
しかし、そこに雛乃が声をかけた。

『あの………その病院というのは、もしかして岩山院長がいらっしゃる病院でしょうか?』
『ん?御存知なんですか?』
『ええ………何度かお世話になっているので』
『はぁ?………あの病院にかぃ?』
『はい。友人共々何度も』
『でも、キミ、高校生だろう?』
『はい。しかし、先生は少し恐い方ですが、腕は確かで頼りになる方だと伺っておりますので』
『………う〜ん………こういった事を聞いても良いのかなぁ………』
『あの………どうなさったのですか?』
『いや、どっちの方にお世話になったのかな〜って思ってさ………』
『おい、やめとけって!いや、忘れて下さい。捜査に関係ない話しです』
『あの………どっちと仰りますと?』
『いや、あそこってさー、表向きは産婦人科だけしかないだろ?それで、ね………』
『まあ、こいつのは戯言だと思って………っていうか、忘れて下さって結構ですから』

 口調の丁寧な方の刑事から焦っている様な制止が聞こえる。しかし、雛乃ともう一人の刑事との会話は止まらない。

『そういえば、そうでしたね』
『………その口調だと、もう一つの顔も知ってるみたいだね?もしかして受けたの?心霊治療ってヤツ?』
『はい。友人が、その方面で何度かお世話になっているので………』
『へー………そいつは………』
『まあ、その件は結構です。キミ達も色々あるだろうしね』
『おいおい、今良いトコロなんだから邪魔すんなよ』
『捜査に関係ないだろ?それに………(ボソボソ)………』
『………そうだったのか………なるほど、道理で………』
『………分かったな?』
『ああ』

 なにやら密談しているらしいが、ここにいる龍麻ではその内容までは聞き取れない

『あ、あの………何を?それに、龍麻様の名前が聞こえたのですが………』
『い、いえ、こっちの事ですから………と、とりあえず、今の会話は全部忘れて下さい』
『そ、そうそう。オレは何も聞かなかったし、キミもオレ達の会話は聞こえなかった。OK?』
『………はあ………』
『それより、気をつけて下さい?
さっきも言った通り………貴方が狙われる可能性は、まだ十分にあるんですからね?』
『は、はい。御忠告、痛み入ります』
『まあ、今の段階では、気をつけてとしか言えないんだけど………何かあったら遠慮なく電話してください。
死人が出てからしか動けないのが私達ですが………個人的には、どんな理由でも動けますから。それでは』
『お、おい、 いいのかよ?あの件について何も聞かなくて?』
『良いから来いって。あの件はもう終ったんだ。
それより、今日中にまだ行かなくちゃいけない場所が3件残ってるんだろ?』

 そして、それから数分後、雛乃は戻って来た。

「お待たせしました」
「今の新宿署の人だったんでしょ?」
「御存知なんですか?」
「声がここまで聞こえたんだよ」
「そうだったんですか」
「まあ、聞き耳たてないと聞こえなかっただろうけどさ。………でも、面白い人達だったね?」
「そうですね。妖怪とか魔物とかがいるのを前提に話しをなさる刑事さんが居るとは………少し驚きました」
「妖怪か………まあ、そうなんだろうけど」

 そう僅かに笑みを浮かべた龍麻に、雛乃は恐る恐る尋ねた。

「あの刑事さん達が、龍麻様の名前を知っているのはなぜでしょう?」
「さあ?まあ、色々問題起こしてるからね。幸い、捕まった事はないけどさ」

 その答えに未だ疑問があるのか………困惑顔の雛乃に、龍麻は笑みをそのままに問いかけた。

「で?忠告って?」
「それが………どうやら、ここ1〜2ヶ月の間に、何人もの人が意識不明の重体になったんだそうです」
「それって、前にあった眠り病みたいな?」
「いえ………今回は、何モノかに襲われた結果、そうなったんだそうです」
「通り魔なの?」
「どちらかというと、猛獣でしょうか?」
「猛獣………ね。まあ、条件には合ってるか」
「それに、狙われた人に、二つほど共通点が見つかったそうです」
「………聞かせてくれる?」
「共通点は二つ………あだ名に『ヒナ』の文字が入っている事。そして………」
「鈴のついた御守りなり、アクセサリーを身につけていたこと………違う?」
「その通りです」
「なるほどね………。まあ、想像通りだけど………どうしたい?」
「………え?」
「やる気なんだろ?猛獣退治?」
「………この神社の周囲に潜んでいる可能性が高いですから………」
「手伝うよ。幸い………武器(えもの)はあるしね」

 そう言って、龍麻は持って来たらしいカバンから、手甲を取り出した。

「いつも持ち歩いているのですか?」
「臆病なだけさ」

 正直にいうと、鬼道衆の残党がいなくなったとも限らないからであるのだが………。
雪乃が部活の都合で数日家を開けている中で起きた今度の一件だけでも大変なのだ。
これ以上、余計な心配をかけないためにも龍麻は黙っていることにしたのだった。

「私達二人だけで大丈夫でしょうか?」
「連絡はするけどね。間に合わなかったら二人で仕留めるって線で行こう」

 そして、龍麻は手甲を片手に、部屋を後にしたのだった。







 それから数時間後。
冬は日暮れの早く、夜の九時前だというのに、周囲は暗い夜に包まれていた。

 ………スッ………。

 夜の闇に閉ざされた神社の一角………新たに届けられた大量の鈴の置かれた物置の扉が、音も無く開かれた。
そして、その扉から入ってこようとする黒い影………それは、まさに猛獣の名が相応しい姿をしていた。
漆黒の獣毛。その獣毛を割るようにして生える一対の角。
その角はねじ曲がってはいるものの、恐るべき武器となるのは確かであろう。
そして、その体から生える太い四肢。その短い獣毛に覆われた四肢は、また鋭い爪をも備えていた。
 その小柄な牛にも似た体から噴き出す妖気は、見た者の嫌悪感を掻きたて、そして心底怯えさせるであろう。
そこには、牛に似ていながら、決して現代の生物学の範疇に収まらない生物がいたのだった。
人は、今も昔もそういった存在をこう呼ぶ………『妖怪』と。

『………』

 静かに………静かに………そいつは入って来た。
どのようにしてか、その爪は床に触れることなく、宙に浮いていた。
もしかすると、この獣は空中を舞っているのかも知れない。
そして、その獣が目の前に山盛りとなっている鈴へ近づこうとした時。

「はい、そこまでぇ!」 ドゥン!

 そんな明るい声とともに、その黒い影は入って来た扉から神社の境内に吹き飛ばされたのだった。

「明かりを!」
「はい!」

 数秒後、神社の庭先で体を起した獣の前には、二人の男女が立っていた。

「しっかし………ホントにまた来るとは思わなかったよ」
「やはり、鈴が目当てだったのでしょうか?」
「そうだろうね。わざわざ出向いてまで買って来てくれたお爺さんに感謝しなきゃね?」

 軽口を叩く龍麻達ではあったが、その目は、目の前で威嚇の声を上げている獣に注がれたままだった。

『………グルルルルル………』

 その獣はいまだ四肢を踏ん張って立っている。
その先ほどまでは漆黒であった瞳は、ユラリとゆらめく赤い光りに彩られていた。
おそらくは、怒りを感じているのであろう。

『………シィーーーーーーーーーー!………』

 そして、獣は雄叫びを上げた。そこには怒りしかなく、少しの呼吸の乱れもなかった。
どうやら、先程の一撃は、大したダメージを与えられなかったようである。

「ヒナちゃん………こいつ結構手強いよ」
「………そうなのですか?」
「至近距離で、奥義の鳳凰を受けたのにピンピンしてる………。援護よろしく」
「はい」

 そんな会話をしているなか………。

『………ヒ゛………ナ゛………』

 不意に、獣から酷く聞き取り難い声が聞こえた。
それと同時に、獣の瞳は再び黒に戻り、そして先程から感じられていた強いプレッシャーが霧散した。

「龍麻様、今、あのモノは何を………?」

 雛乃には、獣が発した声が自分の名前に聞こえたのだ。そして、昼間訪れた刑事との会話を思い出した。

『ヒナコとか、ヒナヨとかってあだ名の女の子が襲われているんだ』

 雛乃は、その話しを聞いた時からずっと感じていた疑問があった。
襲われたという者は、みな軽傷………それこそかすり傷程度の怪我しか負っていない。
しかし、全員目を覚まさなかった。だから、心霊治療が必要になったのだと聞いた。
きっと、獣に仕業に違いない。皆がそう考えていたし、きっとその通りなのだろうと思っていた。
もしかすると、意識を奪われたのではないか?そう考えていたのだが………。

『たんに強い瘴気に当てられて、意識が保てなくなっただけさ。
霊気による洗浄を行ってやったから、もう大丈夫だろう。
もっとも………あのまま放っておいたら、そのうち死んでしまってただろうがね。
被害者に子供がいなくて幸いさ』

電話で話しを聞いた岩山院長の言葉が正しいのなら、獣には意識を奪うような力はないはずだ。
結果として、こうなってしまっただけ。それは偶然ともいうべきものであったのだろう。
しかし、疑問もあった。そこには獣がいたのだ。何の目的があって鈴を持ち去ったのだろう?
そこには獣の意志というべきものがあるはず。そう雛乃は感じていた。

「龍麻様………なぜあの獣は鈴などを欲しているのでしょうか?」
「今は、アイツをどうにかするのが先だと思う。気を抜かないで………今のアイツは手負い………だと思うから」

 その言葉に力がないのは、ダメージらしいダメージを受けたように見えないからであろう。
龍麻自身、先程完璧に決まった奥義で少なくとも獣の動きが悪くなっただろうと確信していた。
しかし、獣にはまるでダメージを受けたような痕跡がない。それどころか、手の甲から酷い痛みを感じていた。

『まるで岩石でも殴ったみたいな感じだ。………クソッ、こっちの方がダメージが大きいってのか?
………どうすれば良い?発勁が通じないとなると………燃やすか?いや、雷撃ならどうだろう?
それとも………鳳凰を越える技でないと駄目なのか?』

 正直、今の装備では………いや、自分一人だけしか前衛に立てない状況では勝てる気がしない。
それが龍麻の正直な気持ちであり、そして………不安でもあった。

『相手を………見くびっていたのかも知れない』

そんな不安は、龍麻からジワリジワリと余裕を奪っていた。

「ヒナちゃん、少しの間でいいから時間稼げないかな?」
「………時間ですか?」
「開発中の大技………慣れてないから、氣の準備に時間がかかるんだ」
「………殺さなくてはならないのでしょうか?」
「後悔………したくないでしょ?」

 龍麻は、雛乃が感じているであろう『迷い』に気付いていたのだろう。そう諭すようにして告げた。

 獣の目的が分からなくとも、あの獣のせいで何人もの女性が生死の境をさ迷った事は確か………。
ここから逃がしては、いつか誰かが………人が死ぬ事になるかも知れない。
そして、自分達には、あの獣を何とかする力がある。今、ここで仕留めなくては、きっと後悔する事になる。
龍麻に諭されてそう感じた雛乃は、様々な迷いや雑念を捨てて、戦いに集中することにした。

「………はい」

 そして、深く呼吸をはじめた龍麻の横に立ち、弓を引こうとした雛乃であったが………。

『シィ!』
「えっ」
「わ!」

 それは、二人が位置を入れえようとする一瞬の事だった。
 獣は、まるで疾風の如き速度で、突っ込んで来た。

「龍麻様!」

 狙いは龍麻。先程の一撃はそれなりに脅威に感じられたのかも知れない。

「クッ!いっけえ!」

 そして、一瞬の間に誰もが動こうとして………。

 ドスッ!

 雛乃の脇の部分から突き出された龍麻の突き………開発中で、しかも準備不足の奥義が炸裂する。
吹き飛ばされる獣。しかし、それは一瞬遅かった。
咄嗟に龍麻の盾になるべく飛び出した雛乃の体は、獣の渾身の一撃を受けてしまっていた。
龍麻の一撃により、そのダメージは軽減されているとはいえ、その衝撃は凄まじい代物だった。
龍麻をも巻き込んで、二人して吹き飛ばされる。

 それは、まさに一瞬の間の出来事だった。
そして、事態は、誰もが想像しえない形で、決着がつこうとしていたのだった。



<続く>





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