東京魔人學園SS オリジナル短編.
request by 『いさな』様 / write by 雪乃丞.
陽だまりの暖かさ

 それは、ある日の事。
いつものように僕が玄関先を掃除していていると、珍しい客が現われた。

「ハァイ!ヒスイ!」

 そのいつものように元気な挨拶とともに表れたのは、マリィ・クレア。
つい1ヶ月ほど前に、ある事情から僕達の仲間となった子だ。
しかも、驚いた事に四神の最後の一人だったのだ。
朱雀の星を持つ少女。それが、マリィ・クレアという子だった。
ちなみに、僕………如月翡翠は玄武の星を持つ。
他にも、白虎の星を持つ醍醐くんや、青龍の星をもつアランがいるのだが………まあ、それは今関係のない話しか。
とにかく、僕とマリィを始め、四神の4人は全員が強い宿星で結ばれているせいか、単なる仲間意識以上のものを感じる。
それは僕だけでなく、マリィも同じなのかも知れない。

「やあ、どうしたんだい?」
「エーっとネ………遊びに来たノ」

 マリィは僕達の仲間になってからというもの、僕や醍醐くんやアランの家によく遊びにいっているらしい。
他にも、龍麻のマンションとか、蓬莱寺の家とか、村雨のマンションとか、浜名離宮とか。
もっとも、離宮へ行く際のおもな尋ね先はマサキさんらしいが。
しかし、あのコスモの連中の家にまで遊びにいっているというのだから、驚きだ。

「今日は僕の家なのかい?」
「ウン。昨日はシグレのドージョーに遊びにいったカラ」

 ………何をして遊んでいたんだろう?
まあ、あの紫暮さんのことだ。おかしな事にはなっていないだろうが………。

「………ダメ?」
「構わないよ。でも、行き先があちらこちらに散らばってて大変だね?」
「ウウン。景色見ながら歩くのって楽しいヨ」

 まさか………歩いて移動しているのか?

「マリィ?まさかとは思うけど………歩きで行ってるとか?」
「ウウン。電車とかバスでだヨ。でも、遅くなったら迎えにきてもらうケド」

 まあ、常識的に考えればそうだろうな。まったく、僕は一体何を想像したんだろう………。
 しかし、マリィの行動力には恐れ入る。そういえば、前に雨紋がこんな冗談を言っていた。
『マリィは、まるで羽があるみたいにあちらこちらを飛び回る』と。
 流石は朱雀だとでも言いたかったのだろう。
 もっとも、その冗談は、その後にロクでも無いオチがついていたんだけどね。
 何が『玄武は動かない』だ、失敬な。僕はお店があるから、ここから離れられないだけだ。
 ………まあ、そんな事は、どうでも良いんだけどね。

 という訳で、今日はマリィはここに遊びに来たらしい………。
 となると………彼も姿が見えないけど、いずれ来るんだろう。

「そう。なら、いつものように奥に入っていると良い。その内、龍麻も来るんだろう?」
「ナンデ?」
「なんでって………いつもそうなんだろう?」

 どうも我ら四神の主である龍麻は、この子をやたら過保護にしている。
 誰かの家に遊びにいくと言うと、かならずセットでついてくるのだ。
 まるでどこぞのファーストフート店のポテトのようだと思うのは、僕だけなんだろうか?
 しかし、マリィはとんでもない事を言い出したのだ。

「ウウン。龍麻オニーチャンはこないヨ」
「何か急用でも出来たのかい?」
「ウーン………」

 なぜ、そこで悩む?僕はなぜか無性に嫌な予感がする。そして、こういった勘は………。

「ないと思うケド………」
「なら、なんでこないんだい?」
「だって、マリィこれから毎日ヒスイの家にイクって言ってあるモン。
だったら、龍麻オニーチャンは行き先さえ分っていればそれで良いッテ言ってたヨ?
それに、葵オネーチャンも、ヒスイなら任せてモ安心だって言ってたモン♪」

 ほら、ね………。







 数日後。
すぐに飽きて他の仲間の家にいくと思っていたんだが………マリィは、なぜか今日もここにいる。
例えば、本郷さんとかの家の方が、ここより余程楽しいと思うのだが………。
ちなみに、マリィに聞いたところによると、本郷さんの家は、子供向けの特撮番組とかのビデオの宝庫らしい。
でも、マリィはあの日以来、こうして僕の店へ通い続けていた。

 それで、結局何をしているのかというと、特に何かをしてるという風じゃない。
いつものように僕はお店で招き猫を拭いたり、在庫のチェックをしたり、帳簿をつけたり………。
マリィはというと、奥の座敷でTVを見たり、僕と他愛のない話しをしたり、メフィストと遊んでいたり………。
ちなみに、今は縁側の陽だまりで、メフィストを膝にのせてウツラウツラと船をこいでいる。
今日は大分暖かいから、あの場所に座っていると、さぞ気持ちが良いのだろう。
そして、僕は今なにをしているのかというと、いつものようにまねき猫を磨いていたりする。
まあ、平和そのものといったところだね。
何かと騒がしい龍麻がいると、こうはいかなかっただろうけど………。
こんなゆったりした………贅沢な時間の使い方も良いかも知れない。

 そうこうするうちに、時間は過ぎて行き、日も沈もうかという時間になった。
いつもなら、そろそろマリィが帰る時間帯なのだが………今日はなぜか帰る素振りを見せない。
どうしたんだろう?

「マリィ?そろそろ帰らないといけない時間じゃないのかい?」

 僕が今日の夕食は何にしようか?などと、考えながら告げた言葉は………。

「帰らないと………ダメ?」

 といった、お願いで帰ってきた。
その僅かに潤んだ目での、上目使いは止めて欲しいな………。
この子は頼み事をする時、いつもこのような目をする。
それに、この子は時々………妙にドキっとさせられるような言葉を使う事がある。
例えば、今みたいに………。
マリィに、他意が無いのは分っているんだけど、どうも………こういうのは苦手だ。
僕は僅かな内心の動揺を悟られないように注意しながら、詳しく尋ねた。

「………どういう意味かな?」
「だって、今日は土曜日だヨ?」
「まあ、明日は学校はお休みだけどね………」
「マリィも………ヒスイと一緒に御飯食べたいノ。………ダメ?」

 まあ、それくらいは構わないだろうけど。
しかし、驚いたな………一体、どうしたというんだろう?
今までにも、マリィがここで御飯を食べていった事はある。
だけど、それはこっちからそう誘うか、お腹を空かせた龍麻に御飯をせがまれた時だけだった。
いわば、マリィはワガママを言わない良い子だったわけだ。
今日に限ってワガママを言いたい気分だったのだろうか?
まあ、たまのワガママくらいは多目に見てあげても良いんだろうね。

「良いよ。でも、美里さんには、ちゃんと連絡しておくんだよ?」
「ハーイ」

 そして、夕食を一緒に食べた後しばらくしてから、僕はマリィを送っていった。
最近の東京の夜道は、色々と物騒だからね。
いくら、マリィが普通でない力を持っているとはいっても、やはり心配になる。
外、龍麻もそんな気分で、いつもマリィに付き合って遊びに行ってたのかも知れないな。

 そして、美里さんの家の前で分れる時。

「また明日ネ!ヒスイ!」

 そう元気に玄関に向かっていくのを見ながら、僕は内心複雑なものを感じていた。
なぜ、マリィは突然『これから毎日、僕の家に遊びに来る』などと言い始めたのだろう?
しかし、いくら考えても思い当たるフシもなく、答えなど出るはずもなかった。
まあ、答えの出ない問題に、いつまでも悩んでいる訳にもいかないだろう。
今夜のうちにやっておこうという事を脳裏にリストアップしながら、僕は家路についたのだった。







 あの日から、なんと1ヶ月もの時間が過ぎた。
マリィは、あの日の宣言通り、ほとんど毎日僕の店に訪れるようになったのだ。
仲間の中でも、それが当たり前の事という風に認知されてしまっているらしい。
今やマリィ宛ての電話ですら、僕のお店にかかってくる始末だ。
これは、果して良い事なのだろうか?
そんな僕の心配を余所に、マリィは今日も元気にやってきた。

「ヒスイ!タダイマ!」
「おかえり、マリィ」

 もはやこの少しおかしい挨拶にも、慣れてしまったな………。
僕は店の隅にある作業台の上に広げていた修理中の道具を片付けると、奥の座敷に上がった。
そして、いつものように御菓子とお茶を用意する。

 そういえば、この1ヶ月の間に面白い発見があったんだった。
マリィは、なぜか洋菓子よりも、和菓子の方が好きらしい。
ちなみに、僕もそうだったりする。
今時、チョコレートよりも和菓子の方が好きな子がいたとは………しかも女の子でだ。
これはちょっとした発見だったな。

「手を洗っておいで。その間にお茶の用意をしておくから」
「ハーイ」

 この前、旧校舎に呼ばれた時、龍麻に『なんだか妹が出来たような気分だ』って言ったら笑われたよ。
でも、こうした時間が大切に思える自分がいたのも………一つの発見だったのかも知れない。

 そして、マリィと一緒に縁側に座り、暖かな日差しの中でお茶を飲む。
これは、もはや習慣となりつつある。

 マリィは今日学校でどんな事があったとか、友達とこんな遊びをやっているとか………。
まあ、いかにも中学生らしい話しをしている訳で。
それに比べて、僕はと言うと………ほとんど話すような事はない。
いつもの様に学校に行って、ごく普通に過ごして、帰りに買物をして、そのまま帰る。
もはや脊髄反射だけでも過ごせそうな………そんな代り映えのない退屈な日常。
それに店の関係もあって、学校を休む事も多いしね。
したがって、どうしても聞き手に回る事が多いわけで………。
結果として、いつもマリィの話しを聞いてばかりになる。

『こんな僕なんかといてもつまらないだろう?
龍麻や蓬莱寺と一緒の方が楽しいんじゃないかな?』

 何度、その言葉を言いかけただろう………でも、僕は、いつもその言葉が言えない。
こういった時間が………楽しみになってきていたのかも知れないな。
それに、何事も一所懸命で暗いものを感じないマリィとは、一緒にいても疲れるという事がない。
やはり、僕にとって、マリィと過ごす時間は………楽しい時間なのかも知れない。
せめて、マリィがつまらないなんて感じてない事を祈ろう。







 明日は少しだけ問題がある。
そう、言い含めておこうとしただけだったんだけどな………。

「マリィ………もう、ここに来ちゃダメなの?」

 そんなに悲しそうな顔をしないでほしいな。
なにも、もう来るなと言っている訳じゃないんだから………。

「違うよ。ただ、明日だけは、危ないから来てほしくないんだよ」

 子供相手とはいえ、ウソは良くない。僕は正直に、事情を伝える事にした。
まあ、実際にはそう大して変わらないらしいのだが………見た目10才くらいだからどうしても、ね。

「危ないッテ?」
「僕のお店が不思議な力をもった武器を扱っているのは知ってるよね?」
「ウン」
「その品の仕入れにいくんだよ」
「じゃあ、マリィも一緒に………」
「御免ね。もう壬生と村雨と蓬莱寺の4人で行く事に決まってしまっているんだ」

 前言撤回。やっぱり言えない事もあった。
正直に言うと………マリィに危険な目にあって欲しくないのだ。
まあ、それが僕のワガママだっていうのは十分に分ってるんだけどね………。

「じゃ、じゃあ………待ってル」
「帰りがいつになるか分らないんだ。夜中になるかも知れない」
「だって………」
「心配はいらないよ。マリィだって、あの3人の強さはしっているだろう?」
「………ウン」
「怪我なんてしない。明後日、また遊びにきてくれるかい?」

 この僕の言葉に、マリィはようやく頷いてくれたのだった。







 そして、翌日。
 僕は、壬生、蓬莱寺、村雨の3人と供に、武器の仕入れに出かけた。
 心配した程の困難のもなく収穫は上々。今日は良い日だ。

 予定よりも大分早く切り上げることが出来たので、僕達は帰り道に夕食をとる事にした。
 今回は、予想よりもかなり良い品が多数見つかったので、僕が皆に奢る事にした。
 そして、そのファミリーレストランでの食後に、コーヒーを飲みながら雑談している時の事。

「如月さん………今日、何かあったんですか?」

 何やら考え事をしていたらしい壬生が、不意に僕にそう問いかけたのだった。

「………何か変なところでもあったかな?」
「いえ………大した事じゃないんですが………」
「何だい?気になるな」
「いえ………本当に、そんなに大した事じゃないんです。
いつもなら、さっさと帰ろうとする如月さんが、なぜ食事をしていこうと言ったのかと思って………」
「そういや、そうだよな。守銭奴の如月がメシおごるなんてよ」
「明日は雪か槍でも降るんじゃねーか?」
「あのね………君達は、僕の事をなんだと思っているんだい?」
「友人です」 と壬生。
「亀な忍者」 と蓬莱寺。
「守銭奴だな」と村雨。

 ………壬生以外との付き合いは考え直した方が良いかも知れない。

「ま、そんなに怒ったツラすんなって。ようやく、その能面が外れてきたんだ」
「そうだぜ?お前もようやく人間らしくらしくなってきたって、最近みんな言ってんだからよ」
「僕が………変わったって事かい?」
「そうかも知れません。
以前のような………他人を寄せつけない冷たさのようなものが大分和らいだような気がします」

 壬生にまでそう言われるとは思わなかった。しかし、悪い気はしなかった。

「人間らしくなってきた………か」

 使命の事だけを考えて、ロクに友人も作らなかった昔の僕とは、どんな人間だったんだろう?
忍びとしては、腕が落ちたのかも知れない。でも、人間としては成長したのかも知れない。
そう、僕は考えておく事にしたのだった。







 いつもの様に店に帰り、扉を開けて中に入った時。

『………なんで、鍵があいているんだ?それに………電気まで』

不覚にも、僕はその異常に気付くのが遅れた。
ここ1ヶ月の間、そんな事が幾度となくあったから、気付くのが遅れたのだ。
しかし、今日だけは、こんな事があるはずがないのに………。

僕は一度外に出ると、出かける時にかけた本日休業の札がかかったままになっているのを確認した。
そして、ある確信をもって店の奥の座敷に入ったのだった。
そこには………やはり、あの子がいた。

『………マリィ………なぜ、ここに?』

待ちくたびれたのであろう。
座布団の上で、メフィストを抱いて眠るマリィの姿があったのだった。
そして、ちゃぶ台の上には………食事の用意がしてあった。
その用意を誰がしたのかなんてのは、考えるまでもない。

「………ただいま、マリィ」

 僕の声が聞こえたのか、マリィはゆっくりと目を開けると………。

「………あ、おかえりなサイ。ヒスイ」

 いつもの笑みを………あの明るい笑みを浮かべたのだった。

 それから数十分後。
 結局、僕は夕食を二度食べる事になった。
 マリィが、わざわざ僕のために作っておいてくれておいたものに手をつなけいなんて真似は、僕に出来るはずがなかった。

「ヤッパリ、御飯は一緒に食べた方ガ美味しいネ?」
「そうだね」

 この時、僕はマリィが何の目的があってこの店に毎日くるようになったのかを、ようやく教えられたのだった。

「今日は帰りが遅くなるって言ったのに………なぜ、来たんだい?」
「………怒ってル?」
「怒ってなんてないよ。こうして御飯まで作っておいてくれたんだからね。感謝してるよ。
でも、理由くらい聞かせてくれないかな?」

 そう僕はなるべくマリィに優しく頼んだ。すると………。

「家に帰って、誰もいなかったラ………ヒスイ寂しいヨ」
「僕が………寂しい?」
「ウン。マリィね、ジルのところでいつモ一人だったの。友達はメフィストだけだったヨ。
でも、メフィストをお部屋にまで連れて帰れなカッタから、いつもお部屋では一人だったノ。
すごく………すごく寂しかったノ。
でも、葵オネエチャンがオネエチャンになってくれてから、もう寂しくなくなったノ。
帰ったら、ママがいて、パパもいて、オネエチャンもいるカラ」
「そう。良かったね」
「でも、ヒスイ、いつも一人ぼっちだヨね?寂しく………ないノ?」
「………」

 その言葉は、つき先ほど言われた言葉を思い出せた。

『………いつもなら、さっさと帰ろうとする如月さんが、なぜ食事をしていこうと言ったのかと思って………』

僕は、無意識の内に、誰もいない部屋に帰るのを先送りにしようとしていたのかも知れない。
今日、ここには、誰もいない事を知っていたから………。
マリィは、こんな事を始める前にも、何回か僕の店に遊びに来た事がある。
マリィは、僕がここで一人で暮らしているのを知っていたんだ。
そして、マリィは一人ぼっちの寂しさも知っていた。

 この子は、孤独というものを知っていた。

僕は、昔のマリィと違って、完全にひとりなどではない。
時々ではあるけど、雨紋や黒崎や龍麻や蓬莱寺、それに壬生や村雨が遊びにくる事もある。
しかし、確かにあの賑やかな彼らが帰った後の、あの独特の静けさを煩わしく感じる事もあった。
マリィは、それに………僕自身がよく分かっていなかった感情に、気がついていたのだ。

 この子は、その辛さを………一人でいる事の寂しさを知っていたから。
マリィは、幼い容姿をしていても、やはり自分と同じくらいの時間を生きた子だったのだ。

「それで………僕の家に毎日来てくれていたのかい?」
「ウン。ヒスイ?迷惑………ダッタ?」

 他でもない、僕のために、この子は自分の時間をここで使っていてくれたのだ。
僕が感じていながら、感じてなどいないと信じ込もうとしていた………この孤独感を和らげるためだけに。
長らく棚上げしてあった疑問が、ようやく解けた気分だった。
そして、その先には………不器用ではあるが、限りない優しさがあった。

「………ありがとう。マリィ」

 僕は、胸の奥に火が灯ったような………そんな暖かさを感じていた。
それは………いつもの陽だまりにも似た、優しい暖かさをもっていた。



<終わり>





 ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
 御意見、御感想、叱咤、なんでも結構ですので、メールや感想を頂けると幸いです。