東京魔人學園SS オリジナル短編.
request by 『飛龍』様 / write by 雪乃丞.
外法帖もどき

 時は幕末。
徳川300年の泰平の世はこれまでとばかりに、京都では粛清の嵐が吹き荒れていた。
そして、江戸もまた………静かなままではいられなかったのである。
時代は、変わろうとしていた。
しかし、その変化には、今少しの時間と、そして………多くの命を必要としていたのだった。
これは、そんな時代に生きた者達の物語である。







 その男はまるで岩のようだった。
長旅を感じさせる薄汚れた着衣から覗く手足は、まるで注連縄(しめなわ)をよりあわせたかのように、太い。
そして、その見上げんばかりの体躯は、それこそ並の力士をも軽く越えているであろう。

「そりゃあぁ!」

 その気合の篭った声と共に、ぬかるみに出来ていたらしい窪みにはまった車輪が、宙に浮いていく。
その様はまるで喜劇のようでもあった。
なにしろ、その荷車には、 それこそ滅多にお目にかかれない程の………山のような荷物が積まれていたのだ。

「おお!4人がかりでも動かなかったものを!」
「なんと………」
「ば、馬鹿な………なんたる剛力!」

 それらは普通の品ではない様だった。旅芸人の一座か何かであろうか?
それは、決して一人で………ましてや浮かばせる事など、出来そうもにもない程の量であった。
しかし、その男は、その不可能と思える事を、やってのけたのだった。

「ふー………。やれやれ、なかなか手ごわいやつだったな」

 そう手についたほこりを払うかのように叩きながら、その旅の僧らしき人物は呟いた。

「ありがとうございます。これはせめてもの御礼でございます」

 そういって差し出された僅かな金子ではあったが、その男は苦笑とともにそれを断った。

「なに、袖すり合うもなにかの縁であろう。礼には及ばぬ」
「そうですか。それでは、せめて御名前だけでも………」
「名乗る程のものではないが………オレは醍醐 雄慶(だいご ゆうけい)という」
「醍醐様は江戸へ?」
「うむ。だが、様はよしてくれ。オレは、しがないただの坊主よ」
「御謙遜を………先ほどの剛力、我一座にも剛の者はいますが、あなた様のような真似がそう簡単に………」
「この躯で生まれたのは親のお陰よ。オレはただ鍛えればよかっただけなのだ。
だから、礼はオレの親にでも言うがよい」
「はあ………」
「もっとも………無縁となって久しい身ではあるのだがな」

 そう言って体に見合う豪快な笑みを浮かべた雄慶に、その一座の長であろう男も答えた。

「そうでございましたか。我ら一座の困難に同じ公界の民と出会えるなどと………。
これも御仏のご加護というものでしょうな?」
「なに、同じ無縁が手助けしたからといって、それを全て仏の加護としていては、仏も迷惑がるであろうよ。
これはただの好意だ。真の仏の加護とは、ここまで無事に辿りつけた事を指すのではないか?」
「そうでございますな。このあたりはそれほどではありませんが………近頃は、上方も物騒ですからな」

 上方とは、京都の一帯を指す言葉である。ゆえに、京都へ行くことを『上京』というのである。

「うむ。新選組であったか………。
あのような物騒な連中が幅をきかせているようでは、徳川の世も終わりが近いのかも知れんな………」
「家康公の時代は、我々にとっては天国でしたが………。公界が苦界となり果て、我々のような者も生き難く成りもうした」
「なに、いつまでも苦難の時代が続くという訳ではないのだ。
したたかな………それこそ、野に生える雑草の強さを持つのが、我ら無縁の民であろう?」

 そう答え、一座の芸人であるのか娘から差し出された手ぬぐいで汗をふいた雄慶は、そこでふと思いついたかのようにして尋ねた。

「そういえば………お主らは、江戸から来たのか?」
「はい。これより南へ向かうところです」
「そうか。………江戸の様子はどうであったか、聞かせてもらえぬか?」
「そうでございますな………やはり、上方同様に、江戸も物騒でございますよ………」

 そうして、その男は雄慶に最近、江戸を騒がしている集団の名を伝えたのだった。

「鬼道衆?」
「さようです。今、江戸は鬼道衆のせいで随分と騒がしくなっております。
十分に、お気をつけなさってくださいますよう………」

 そう忠告にも似た言葉を残し、その一座は道を南へ下っていったのだった。

「鬼道衆、か。円空殿がオレを呼び戻したのも………まんざら無関係という訳ではあるまい」

 そう呟いた雄慶は、振り返ると歩み出す。………江戸へ向かって。

 そこで、どのような数奇な運命が待っているのかなど………その時の雄慶には、知るはずもなかったのだった。







 その男は、派手だった。
いや、それは正しくない。そこらの歌舞伎役者よりは、まだ地味である。
だが、その身に纏う溢れんばかりの陽の氣は、見た者に服装以上に鮮烈な印象を残すのだった。
雪の如き純白の着衣。その服に映える朱塗りの鞘。鋭くも、どこか笑っているかのように見える目。
そして、微笑を浮かべている口。
それは、どこから見ても、今の状況に相応しいものではなかった。

「貴様………ワシを愚弄するか!?」

 そう吠えるかのようにして声を上げた男の手には、光りを跳ね返す白刀が握られていた。

「弱いヤツほど、よく吠えるってな?」

 そう答えた青年の手には、まだ刀は握られていない。
それどころか、その手にはなぜか箸しか握られていないのだ。
これでは、馬鹿にするなという方が無理であろう。

 その、突如として始まった争いに、物見高い江戸の住人は、二人を取り囲むかのようにして人垣を築いていた。
そして、周囲からは喝采と、野次が絶え間無く飛ぶ。
事、ここに至っては、仕掛けたその浪人らしき人物も、引っ込みはつかない。

『剣を携える者の………いや、男の意地と面子にかけても………こやつを斬らねばならぬ!』

 その形相、まさに鬼の如き。
その手に握られた剣は、紛いものでもなんでもない。確かに刀である。
箸などで受け止められるような代物では、決してなかった。

「その刀は飾りか!抜け!」
「やなこった」
「なんだと………貴様、物狂いか!?」
「オレが物狂いに見えるか?」
「素手で刀に勝てるとでもいうのか?」
「さあな。だが、お前さんを殺す気はないんでね。なに、これで十分さ」
「き………きっさまぁああ!!」

 そして、怒り狂った浪人は剣を振り上げ………固まった。
その両目に………僅か数ミリのところに箸が突きつけられていたのだ。
まさに神速の早業であった。
もしも、その青年が止めていなければ、その両目は間違い無く潰されていたであろう。

「まだ、やるかい?」
「くっ………わ、ワシの………負けだ」

 そのやりとりに、周囲は割れんばかりの喝采に包まれたのだった。

「ありがとうございました」
「なに、飯食ってるところに、あの酔っ払いの狼藉が見えたんだ。
放っておいちゃ、世の為にならねえだろ?それだけのこった」
「しかし………何か御礼をしたいのですが………」
「そうだな………飯代まだったよな?」
「え?ええ」
「なら、今ので、その代金って事にしてくれねえか?」
「そ、そんな事でよろしいのですか?」
「ああ。あんな雑魚相手で、金子を貰うほどには悪党じゃねーよ」

 そう言って、その場を後にしようとする青年に、その娘は尋ねたのだった。

「あの………せめて、御名前を!」
「蓬莱寺 京梧(ほうらいじ きょうご)。飯、美味かったぜ?また寄らせてもらうよ」

 そして、その青年は雑踏の中に消えていったのだった。

 その青年が、この江戸で起こるであろう数々の事件に、深く関わる事になるなどと………。
その時には、誰も知るはずがなかったのだった。







 その娘は、一人の客を迎えていた。

「鬼道衆の討伐………で、御座いますか?」

 その僅かに困惑を感じさせる声を発した娘に、その浪人のようななりをした男は鷹揚に答えた。

「うむ。相手は並の者達ではない。ここは数を頼るよりも、一騎当千の強者に任せた方が良いとの仰せだ。
それに………今の幕府の財政は存じておるだろう?」

 そのため息混じりの言葉に、その娘は静かに答えた。

「存じております。今、戦となれば、世は乱れ………徳川は終るでしょう」
「その通りだ。だが、いつまでも鬼道衆は放ってはおけぬ。
そこで、お前に探して欲しいのだ。鬼道衆を何とかできるほどの強者をな」

 そう言われた娘は、目を伏せて暫く黙っていた。
それが、その娘の考え事をする時の癖であることを知るその男は、それを黙って見つめている。
その沈黙は、5秒にも及んだ。

「………一人、心当たりというものがあります」

 その迷いを含んだ声に、多少の困惑を感じつつも、その男は尋ねた。

「どのような者だ?」
「蓬莱寺京梧と名乗っておりました。なかなかに腕の立つ兵法者であると思われます」
「その者は、どのような者だった?」
「そうですね………見たところ情に厚く、義侠心もあると思われます」
「この大任………任せられると思うか?」

 その確認するかのような問いに、先ほどの迷いの答えであるのか………。
その娘は、否定の言葉で答えた。

「今暫く、様子を探ってみるべきではないかと………」
「まだ、信頼は出来ぬと?」
「腕自慢の兵法者は、皆………上方に行っております。それに、あの者は、向かってくる者を斬らなかった。
我々の探している者は、鬼道衆を懲らしめる者ではなく………斬れる者で御座いましょう?」

 その娘は、あの鬼神の如き強さを見せた京梧が、甘いと言っているのだ。
それは、並の町人が決してするような考え方ではなかった。

「………うむ」
「かの者が、なにを考え、この江戸に留まるのか………それを探ってからでも遅くはありますまい」

 そう言って、自分の前に置いたお茶を飲むその娘に、その男は薄ら寒そうに答えた。

「相変わらずだな?………涼浬(すずり)?」
「そうでございますか?」
「お前、よく周りから浮かないでいられるな?それで、本当に隠密が勤まるのか?」
「忍ぶのは、私どもの得意とするところで御座います」
「忍びに説法だったか………では、その京梧とかいう男の事………任せたぞ」

 そう言い残し、その男は、その店を後にする。
そして、残された涼浬はただ瞑想するかのように目を伏せていた。

『世が乱れ、血が流される時………我ら四神の主は現れる。
その者は、果してどのような者であるのか………。
もしも、主が徳川の敵に回るというのであれば………私は………』

 その人物の出現の先に、どのような運命が待っているのか………。
玄武の星を持つ飛水家の忍びにして、徳川幕府の隠密である涼浬は、宿星と役目との間で、ただ苦悩するのだった。







 その診療所は、随分と賑やかであった。

「イタタタッ………もうちょっと優しくやってよ〜」
「これに懲りたら、もう少し大人しくするのだな」
「わ、わかったから〜、先生………もしかして、わざとやってない?」
「怪我をすれば痛いのは当たり前だ。ま、これも生きてる証よ。死んでは痛みも感じられんだろうしな。
………ほら、終ったぞ」

 そして、その声と共に、その布を巻かれた場所が軽く叩かれた。

「いったーーー!!」
「生きてる証、生きてる証………フォッフォッフォッフォ」

 痛みのせいで固まったその娘………そう、この騒がしい人物は娘なのである。
その娘を残し、その医者らしき人物は、次の患者のいる場所へ移った。
それと入れ替わりになるかのように、その固まった娘のところに、一人の娘が現れた。

「小鈴(こすず)?『また』喧嘩したの?」

 その『また』の部分を強調して尋ねたのは、この診療所を営む町医者の一人娘である。
そして、その娘に、顔をしかめつつも、小鈴と呼ばれた娘は答えた。

「そんなに『また』の部分を強調しなくたって良いじゃない」
「これで何度目だと思っているの?」
「えーっと………今年で4回目………だった、かな?」
「5回目よ。つい二十日前にも怪我をしてここに来たのを忘れたの?
小鈴………あまり、心配させないで?本当に………アナタの事を心配してるのよ?」
「えへへ………ゴメンね」

 そんな二人のやり取りを横目に、その町医者はただ祈っていた。

『あの子は………ワシら一族の宿業から逃れられるのであろうか?』

 そんな苦悩が表情に現れたのか、その治療を受けていた男は心配そうに尋ねた。

「先生?何か心配ごとでもあるのですか?」
「なに、ただの疲れよ。心配には及ばん」
「医者の不摂生とも言います。体に気をつけて下さいね?」
「お前さんにそれを言う資格があるのか?こんなに酷い火傷をして………」
「ははは………そうですね。危ない事ばっかりやってるカラクリ師に、そんな事言う資格はないですね」

 そう、面白そうに笑う男に、その医者はただ不思議そうに尋ねた。

「で?どうして、こんな火傷をしたのだ?」
「少しばかり火薬の扱いに失敗しまして………」
「火薬だと?あぬし………どうやって、そんな危ないものを手に入れたのだ?」
「武流(たける)という名の少年を御存知ですか?」
「うむ。名前だけはな。例のおかしな花火を作っては騒ぎを起しておる者であろう?」
「その少年に頼んで、少しばかり分けてもらいました」
「………ほどほどにしておかんと、長屋を追い出されるぞ?」
「そうですね。肝に命じておきます」

 そう見た目神妙そうに答えた青年に、その医者はなおも尋ねる。

「酒門(しゃもん)………お前さんはたしか天才とか言われておったよな?」
「え?そうなんですか?」
「世間でどにように見られているのか………それを気にせんのか?」
「特に。物狂い扱いされてないのなら、それで構いません」
「………まあよい。それでたしか………占いもやっておるそうだな?」
「まあ、そのあたりは一通り………それが何か?」
「診療代をまけてやるから、一つ占ってみてはくれんか?」
「構いませんが………何をです?」

 そう尋ねた酒門に、その医者は平然を装って答えた。

「あの子の将来をだ。………そうだ、ついでにワシとあのじゃじゃ馬のも頼む」

 そう苦笑混じりに告げた医者に、酒門もまた苦笑で答えた。

「藍(あおい)殿の将来ですか?
まあ、あれだけ器量が良くて性根が優しいのです。きっと、幸せになれますよ。
もっとも………あの小鈴殿は、器量は良くても『アレ』ですからね。………結果は保証できませんよ?」

 その言葉に、その町医者はただ笑みで答えたのだった。
その日。江戸はまだ平和だった。







 その青年は、峠を超えた場所で立ち止まり、一人呟いていた。

「これが………江戸」

 その青年は、どこから来たのであろうか………。
酷い旅疲れを感じさせる着衣と、長らく切っていないのか長く伸びた髪。
その髪は、目を覆わんばかりに長く伸びていた。
そして、何よりも特徴的なのが、その腰にぶら下げられた一組の手甲であった。

 そんな青年の横を、一人の巨漢の僧が通り過ぎる。
その僧………雄慶と、その青年は、後に深く運命が交差する事になるのだが、その時にはそれをまだ知る筈もない。
ただ、青年は、その峠から見える光景に感動していたのだった。

「なんたる町並み!これほどのものは、始めて見たぞ!」

 そして、子供のように目を輝かせ、その青年は道を駆け下りていったのだった。

 その青年の名は緋勇龍斗(ひゆう たつと)。
その青年が、この江戸の………。
決して表に出ないであろう、闇の歴史の最後のページを飾る事になる事件の中心に居る事を………。
周囲の人間はおろか、本人すらも、まだ知るはずもなかった。

 時は幕末。
徳川300年の泰平の世は、今暫く続く事になる。
しかし、時代は怒涛の如き勢いで、変わろうとしていたのだった。
そして、ここ江戸に龍斗が訪れた時。それは始まった。
これは、そんな時代に生きた………数多くの異能者達の物語である。



<終わり>





 ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
 御意見、御感想、叱咤、なんでも結構ですので、メールや感想を頂けると幸いです。