Hellsing SS.
Request Order by いおりん様 / write by 雪乃丞.
NO LIFE KING.


■キャラ紹介■

・ヴァンパイア・アーカード
 吸血鬼でありながらも、ヘルシング機関の対吸血鬼エキスパート「ゴミ処理係」としてヘルシング一族に仕えている。その正体は、ヘルシング機関が作り上げた最強のアンデット・不死の血族(ノーライフキング)である。推定年齢567歳。そこから逆算される生年は1432年くらいだと見られる。それは、ワラキア大公、ヴラド=ツェペシュ【1431〜1476】とほぼ合致しており、何らかの関係があるのではないかと推測される。
・セラス・ヴィクトリア
 アーカードの下僕、下級吸血鬼。通称、婦警。アーカードからは、侮蔑を込めて半端物と呼ばれている。婦人警察官としてチューダース村での吸血鬼事件に関わった事が原因で、アーカードと出会う事になる。そして、男性経験がないままにアーカードに血を吸われたため、永遠の19歳となった。自らの主であるアーカードの血を飲めば、アーカードと同じノーライフキングになれるらしいのだが………。本人は未だ人間でありたいと願っているためか、現在のところ医療用輸血血液すら口にしようとしていない。
・インテグラ・ファルブルケ・ウィンゲート・ヘルシング
 英国国教騎士団「HELLSING」局長。23歳で褐色の肌と豊かな金髪をもった女性。わずか13歳にして、アーカードを初めとするヘルシングに関わる全ての力を受け継ぐことになった。敬称込みのフルネームは、サー・インテグラ・ファルブルケ・ウィンゲート・ヘルシング卿。
・ウォルター・C・ドルネーズ
 ヘルシング家に先代から仕える執事にして、元ヘルシングゴミ処理係「死神」の異名をもつ、鋼線の使い手だった老紳士。69歳にもなればさすがに腕は鈍っているようだが、それでも下級吸血鬼やグール程度の相手は平気てつとめる。55年前に、アーカードと一緒にナチスドイツの吸血鬼研究機関を襲撃したらしい。




 ロンドン郊外にある、良い意味で古めいかしさを感じさせる三階建ての大きな屋敷。そこは、貴族か王族かが所有する屋敷や施設などが多く点在しているのであろう、古き良き大英帝国の面影を色濃く残す地域であった。だが、その屋敷は、それらの豪邸が醸し出す雰囲気の中では、些か浮いているようだった。なぜなら、その屋敷の表は、他の屋敷にはない、数名の警備員が直立不動で立ち塞がっていたからである。その警備員達の胸には、身分証明書がついており、そこには遠目からも読みとれる深紅の文字が綴られていた。

 『HELLSING』。白の背景色に映える紅の文字。

 背後に佇む巨大な屋敷を守る最初の壁であるのであろう彼らは、その役目に自らの誇りだけでなく、命すらもかけていたのかもしれない。鋼鉄の如き不退転の意志の宿る、ゆらぎなく燃える冷たい視線。それは、秩序と誇りが見えない壁となって、道行く者達の好奇の視線を遮り、跳ね返しているかのようだった。

 そんな屋敷が、尋常な施設や屋敷などでない事は、誰もが少なからず感じ取るであろう。だが、その鋼鉄の如き秘密のベールの向こう側にある真実は、常識という世界から遠くかけ離れたものだった。そこには、特権階級にある者達なら誰しもが一度は聞いた事があるであろう英国の闇の世界の頂点に立つ騎士団の拠点があるのだ。

 英国国教騎士団、通称「HELLSING」。その本部があるのである。その歴史はそれほど古いという訳ではない。せいぜい、100年程度である。しかし、深く、暗い闇が支配する『夜の世界』においては、その名は広く知れ渡っていた。

 強大な力と無限の命を誇る闇の支配者、吸血鬼(ヴァンパイア)。そして、それら吸血鬼によって無数に生み出され、ねずみ算的に数を増やしていく生きる屍(リビングデット)や、喰屍鬼(グール)など。それら人類の脅威となる、人知の及ばぬ絶対悪。すなわち『化け物』を、神の名のもとに皆殺しにするためだけに存在する機関。それがヘルシングである。だが、それだけならば、これほど有名にはならなかったのかも知れない。人類に牙を剥く存在を「絶対悪として」処分する機関なら、ヘルシングよりも規模が大きく、そして古い歴史を持つ有名な機関は存在しているのだ。

 たとえば、ローマなどがそれに当たる。ただし、この場合のローマという言葉の意味は、通常の意味とは些か異なる。それは、当然の事ながら、パラティヌスの丘の上に建設された都市に起源をもつ古代帝国の名称などではないのだ。ローマとは、首都である都市の名であると同時に、そこに本拠を置くローマ・カトリック教会のことを指している。それらカトリック、ヴァチカン法皇庁の特務局第13課イスカリオテ機関が恐らくは、魔物の敵対組織としては世界で最も古く、長い歴史を持ち、そして一番有名であろう事は間違いないのだ。彼らのような、地上における神罰の執行代理人として夜に巣くう化け物から、危険思想を持つ宗教的な目的を持つテロリストまで、情け容赦なく狩り尽くすような機関は、遙かな昔から存在しているのである。

 もっとも、新教(プロテスタント)系の機関の代表格であるヘルシングを、旧教(カトリック)系の機関の代表であり、旧教の総本山である法皇庁のイスカリオテと比べる方が、そもそも間違っているのだという考え方もあるかも知れない。新教は、キリスト教の教派の一つではあるものの、一六世紀頃にカトリック教会によるキリスト教信仰の歪曲に抗議(プロテスト)した事から生まれた教派である。より自由に、そして改革的に。積極的な信仰の立場を継承するキリスト教諸派の総称。それがプロテスタントである。元をたどれば両者は、同じものなのだ。そんな旧教から別れたとはいえ、かつては同じ歴史を歩んでいた新教の歴史を旧教と比べても仕方ない。それは、比べる事自体が間違っているのだろうから。例え、互いがそれほど相手の事を異端視しているかを抜きとしても。

 ヘルシング機関は、その役割や役目の重大性にしては、些か規模が小さいのかも知れない。構成員の殆どの者達が、MI5やMI6などの特殊な機関上がりという尋常でない経歴を持つ者達ばかりとはいえ、その数は100名程度しかないのだ。対して、先程上げたイスカリオテ機関は、世界最大の宗教思想圏を持つキリスト教の総本山であるローマ、ヴァチカン法皇庁の一機関である。その構成員がどれ程の数に昇るかまでは分からないが、どれほど少なく見積もっても100名を下回る事は、まずないであろう。だからこそ、イスカリオテとまともに戦えるだけの力を有していると評されるヘルシングは、闇の世界で名をはせる事になったのかも知れない。ヘルシングには、その役割上、決して公にならない機関である。だが、同業者達にすら公には出来ない、もう一つの顔があったのである。







 良い夜だなぁ………標的が見えやすいの何のって………。
そんな何やら感慨深いものを感じながら、その女性は軽く溜め息をつくと、手にした大型のライフルを僅かに下げた。そんなわずかな動作を、見て取ったのであろう。

「セラス様」

 そう離れた場所から老いた老紳士に声をかけられた女性、セラス・ヴィクトリアは、手にした銃を完全に下げた。だが、その光景は見る者にどのように写るのであろう。その対戦車ライフルの如き大口径のライフルを構える細身の女性には、その反動を堪える事など出来そうもない。だが、その銃口で揺らめく紫煙は、まさしく撃った直後のものだったのだ。

「ウォルターさん、どうしたんですか?」

 そう柔らかな声で答えたセラスは、女性用のものらしい黄色をベースにしたヘルシング機関の制服を着ていた。恐らくは、ヘルシングの構成員なのであろう。

「報告が届きました」

 そう無線機らしい無骨なレシーバを片手に、そう告げた老紳士は、セラスの上司に当たるのであろう人物の側近とも言える人物だった。名を、ウォルター・C(クム)・ドルネーズという。歳は60才くらいだろう。いつものように隙のない佇まいを崩さないままに、老紳士は告げた。

「お見事です」

 それは、先程の射撃の結果に対する賞賛であったのだろう。ちなみに、その標的とは遙かな彼方………約400メートル以上先を走る車の荷台の上であった。そして、その車は、まるで邪魔をするかのようにジグザクに迷走していたりするのだが………。

「命中………しました、よね?」
「ご心配なく。十四発の内、一発たりとも外れてはおりませんし、標的の中心を捕らえたものは8発にものぼるそうです」

 それは、驚異的な射撃能力であった。
この遠距離で、デタラメに走行する車上の標的を狙ったとすると、それは奇跡的とも言えるだろう。しかも、月明かりがあるとはいえ、今は真夜中なのである。そして、使用したライフルには、望遠スコープもないというのだから………。それは、セラスが、自分の目だけで400メートル先にある動く標的を捕らえたという意味であった。

「お見事です」
「いやぁ、まぐれですよ」

 そう何処か嬉しそうに頭を掻きながら答えたセラスに、ウォルターの背後で紅茶を飲んでいた女性が答えた。インテグラ・ファルブルケ・ウィンゲート・ヘルシング。サーの称号を持つ、英国国教騎士団の代表である。

「まぐれなものか。今のお前なら、それくらいは出来て当たり前だ」
「………そうかも」

 確かに撃つ瞬間、セラスの目には、遙かに離れているはずの標的が間近に在るかのように捕らえられていた。先程のウォルターの賛辞に、まぐれだ等と答えたのは、単なる謙遜だったのかも知れない。だが、それだけでもなかったのだろう。

『………私、どんどん変になっていく………』

 そんな想いに、僅かに表情を陰らせたセラスに何を感じたのか。その女性は平然とセラスに告げた。

「まあ、それくらいは出来て当然なのだ。いや、出来なければ困る」

 その声は、どこまでも冷徹に。歳に見合わない、冷たい声であった。だが、いつものインテグラとは些か様子が違っていたのか。セラスは、手にしていた大型ライフルを、そっと地面に置くとインテグラの座る席に向かって歩み寄って行った。

「あのー………インテグラさん」
「なんだ?」

 その短い返答に滲む苛立ちに、セラスは益々確信を深めたらしい。

「………怒ってます?」
「なぜ、そう思うのだ?」
「いや、なんとなく………」
「フッ。なかなか鋭いな。だが、別に怒っている訳ではない。些か不快であるだけだ」
「なんでです?」
「眠いのだ」
「眠いって………」

 そのインテグラらしくない物言いに、セラスの顔が呆れた風になる。それ見ると、口の端に苦笑を浮かべたインテグラが、忌々しげに答えた。

「私とて眠くもなれば、お腹もへる。流石に37時間以上睡眠をとっていないと眠くて仕方ない」
「あのぉ………」
「皆まで言わなくても分かっている。だが、まだ眠れないのだ。今夜は、まだ人と会う事になっているのでな」

 強烈な睡眠欲というものは、いかに鋼鉄の女などと評されているインテグラにしてみても、なかなかに耐え難いのであろう。そのうっすらと何処か危ないものの漂う冷笑を浮かべた頬は、イライラを隠しきれずに引きつっていた。案外、こんな場所にいるのも、セラスの撃つ大口径の銃の轟音を、眠気覚ましにでも使っていたのかも知れない。よく見ると、インテグラが飲んでいるのは、如何にも眠気が吹っ飛びそうな、石油の如き黒さをもった液体………ブラックのコーヒーであった。いつも紅茶しか飲まないインテグラが、コーヒーでも飲んでみるかという気になったのだ。余程、眠いのであろう。

「あのー………」
「なんだ?」
「大丈夫、ですか?」
「これくらいで倒れるほどには弱くはない」
「でも………」
「大丈夫だ。心配はいらない」

 そう耳を貸す気配すらないインテグラの様子に諦めたのか………セラスは、一つ溜め息をついて、諦めたかのように告げた。

「あまり、無理しないで下さいね」

 いつものセラスならこんな事は言わない。だが、その少しやつれた感のあるインテグラに、流石に同情したのであろう。その気遣いに気が付いているのか、気が付いていないのか………インテグラは僅かに苛ついた声で答えた。

「大丈夫だと言っている。しつこいぞ」

 そんな二人の横に伸びる建物の影から、その男が滲み出すかのようにして姿を表したのは、そんな時だった。

「婦警」
「あ、マスター」

 そうセラスにマスターと呼ばれた青年は、全身を闇色の黒衣で覆っていた。セラスが夜の世界で生きる事になった直接の原因である、吸血鬼。名をアーカードという。

「もう訓練は済んだのか?」
「は、はい。一応、ですけど」
「そうか」

 そう短く答えたアーカードは、二人の座るテーブルの空いた席に腰掛けた。そんなそっけないアーカードに困惑を感じたのは、セラスである。訓練の内容や、結果などをもう少し詳しく聞かれると思っていたのだから。

「あの、マスター」
「どうした、婦警?」
「質問があるんですけど」
「質問?」
「あの………訓練の結果とか、聞かないのかなぁ………って」
「聞く必要はない。お前が、自分で納得のいく結果が得られたのなら、もう訓練する必要もない」
「なんでですか?」
「必要ないからだ」
「理由が分からないんですけど………あ、ありがとうございます」

 そう困惑を隠しきれない声で答えながら、ウォルターによって運ばれたコーヒーを受け取ったセラスは、なおも言葉を続けた。

「必要ないって、訓練しても無駄って事ですか?」
「お前は、なぜ自分が訓練を命じられたか考えた事があるのか?」

 その意味深な問いに、セラスの顔に難しいものが浮かんだ。そして、数秒後。

「ない、です」
「そんな事だろうと思ったがな。………ウォルター」
「なんで御座いますかな、アーカード様?」
「腹が減った」

 そう自分用の食事を催促したらしいアーカードに、ウォルターは僅かに苦笑を浮かべて答えた。

「今日は、どのようなものをお召し上がりになりますかな?」
「味気ない食事には些か飽きた」

 そう僅かに冷笑らしきもの浮かべて答えたアーカードの言葉に、セラスが表情を硬くした。アーカードは、吸血鬼である。その食事は、おのずと人間とは異なってしまうのだろう。そして、セラスの知る限り、アーカードの食事とは、人間の血でしかなかった。

「では、どのようなモノをお望みで?」

 そう興味を隠しきれない様子のウォルターの問いは、何を期待してのものであったのだろう?仮に、ここでアーカードが生きた人間の血を吸わせろ等と言い出したら?そんな不安を浮かべてる様子が微塵もないウォルターの姿は、あるいは「お任せを」という言葉を言うためだけに在るのかも知れない。だが、セラスの不安は良い意味で裏切られた。

「たまには人間の真似事も良いだろう。軽く腹にたまるくらいの軽食と、泥水のように濃いコーヒー。それにいつものヤツだ」
「かしこまりました」

 そう老紳士の方も見もせずに告げたアーカードは、なんだか驚いた表情のままに黙り込んでしまったセラスのほうに向き直った。

「何を驚いている?」
「あの………マスター?」
「なんだ?」
「マスターって、普通の食事でも大丈夫なんですか?」
「単なる、好みの問題だ。お前は、私がワインを好む事を忘れているのではないか?」

 そう何かをはぐらかすかのように問いを返したアーカードは、なおも問いかけた。

「婦警、お前は野生の獣が訓練する姿を見たことがあるのか?」
「え?な、ないです」
「では、訓練を必要とすると思うか?野生の狼や、血に飢えた虎が、訓練をすると思うのか?」
「わかりません。でも………なんだか、そんな事、してないような気もします」
「当然だ。野生の獣は、野生の獣であるというだけで十分に強いのだ」
「なんででしょう?」
「ヤツラは本能が戦う術を知っているからだ。誰に教わる事もなく、得物を捕らえ、自らの血肉にする術を知っている。それが捕食者の本能だ」

 そう告げるアーカードの言葉に、セラスは困惑を深めるだけだった。

「だから、私も訓練なんて必要ないって事ですか?」
「同じ事だ。我々不死者(ノスフェラトゥ)は不死者であるだけで強い。戦う術は本能が知っている」
「わかりません」
「お前は、まだ自分が人間だと思っている。だから、人間の常識に囚われる。お前は、自分の能力を知らないだけだ」
「つまり………訓練なんて、しても無駄って事ですか?」
「無駄とまでは言わないが、無益だ。お前がやっているのは、訓練などではないのだからな」
「じゃあ、なんで………」
「私は、お前に不死者の力を認識させるために訓練を命じた」

 そこまで説明されて、セラスはようやく理解したのであろう。

「自分の力がもっと凄いものだって、自分の目で確認出来れば、それを使いこなせるようになるって意味ですか?」

 おそらくは、セラスは自分で自分の力に勝手に限界を作ってしまっているのだろう。人間だったら、こんな真似は出来ない。人間だったら、こんな事を楽しくは思わないし、血を飲んだりしない。人間だったら、人間だったら。それは、セラスが変わってしまった自分を快く思っていない証でもあった。あるいは、自分がまだ人間らしさを無くしていない証だとでも思っているのか。そんな自分を人間だと思いたがっているセラスの姿は、アーカードにとっては滑稽なだけだったのだろう。

「お前がやっているのは、単なる確認作業に過ぎん。本来なら、訓練などといった無駄な行為に意味などないのだからな」
「じゃあ、なんで………」
「お前は、自分の能力の限界が何処にあるのかを知らずに、人間だった頃の常識に縛られている」

 その静かな声には、紛れもない蔑みが含まれていた。

「いつまでも未練がましいヤツだ。お前は人間などではない。我々、夜族(ミディアン)の末席に名を連ねたのだ」

 その紛れもない叱咤の言葉に、セラスは俯いたまま黙り込んでしまった。

「なぜ人間である事に拘ろうとする?そこまで拘るのなら、なぜあの時に私の牙を受けた?なぜ、死を選ばなかった?」

 それは、自分の変化に嫌悪を感じているらしいセラスに対する苛立ちだったのかも知れない。なぜなら、セラスの感じている嫌悪感とは、そのままアーカードに対する嫌悪なのだから。そして、それは自らがミディアンである事に誇りをもっているアーカードに対しては、最大級の侮辱でもあったのかも知れないのだ。

「この半端物め」

 ポケットから取り出した煙草に火を灯しながら、アーカードは止めとばかりに吐き捨てた。その悪意しか感じ取れない冷たい言葉に、セラスの目に涙が浮かぶ。

「………」

 セラスにとっては、アーカードは自らの創造主であり、反抗など出来るはずもない。創造主であるアーカードは、セラスにとっては神と同意なのである。それが、アーカードの牙を受けて生み出された使役される身である吸血鬼、セラスの立場だったのだ。そんな言い返す事すらも出来ないで黙り込んでいるセラスの姿に、何を感じたのか。アーカードは僅かに目を細めて口の端に笑みらしきものを浮かべた。

「………だが、それでも良いのかも知れない。お前はもう夜の世界にしか生きることはできないが、それでも太陽の温もりを渇望する気持ちは、ミディアンなら誰しもが抱いているものだ。お前のように夜の世界に恐怖を感じ、弱々しい夕日の温もりを求めて夕方をおっかなびっくり歩くような半端物が居ても………それほど変な話しでもあるまい」

 そう苦笑らしきものの浮かべて席を立ったアーカードは、入れ替わるようにして戻ってきたウォルターから、いつもの食事を受け取った。それは、グラスに注がれたワインよりも赤く、そしてワインよりも粘度の高い液体だった。

「残りはどうなさるので?」
「興が削がれた。残りは、食事を抜いて眠気を抑えているようなヤツにでもくれてやれ」

 そう告げて、香り高い鮮血を手に、アーカードは再び影の中へ………闇の中へと消えていったのだった。







 ウォルターによって運ばれてきた食事を、苦笑を浮かべて口にするインテグラに、セラスは不思議そうに問いかけた。

「マスターって、太陽の光を欲しがっているんでしょうか?」
「さあな。アイツの心の中など、誰も知らない」

 その言葉の裏には、知りたくもなくという言葉も潜んでいるのかも知れない。

「それは、そうでしょうけど………」
「だが、似たような話しなら以前に聞いた事がある」
「似たような話?」
「なぜ、ミディアンが人間の血を飲むのか………私は、アイツに、そう聞いた事がある」

 その言葉は、セラスにとっても興味深いものだった。

「それで、マスターは何って答えたんですか?」
「美味いから」
「………へ?」
「不味いものを好んで飲むものが居るものか。私にとっては、コレは極上のワインよりも美味いものだ。アイツはそう答えた」

 そう冷笑を浮かべてサンドイッチを口に運ぶインテグラの気持ちとはどのようなものなのか。

「マ、マスターらしい………んでしょうね」
「だが、それが本当の事なのかどうは、いささか疑わしいな」
「なんでです?」
「アイツは歪んでいるからな」

 そう紛れもない嬉しそうな微笑を浮かべたインテグラの目の前には、要らないからくれてやれと言ってアーカードから一方的に押しつけられた食事があった。歪んだ優しさ?そんな感傷的なものなのだろうか?いつものアーカードの切れっぷりを良く知るセラスには、その歪んだ姿が本当の姿なのではないかと思えて仕方なかった。

「私の考えがあっているかどうかは分からない。だが、アイツらは本能の部分で、温もりを探しているのではないかと思う」
「マスターが、ですかぁ?」
「お前は、まだ夜の世界に足を踏み込んだばかりだからな。アイツの感じている孤独感など、分かりはしないだろう」
「へ?孤独、感?」
「言っておくぞ。お前は、もう歳をとらない。私が老い、土に還ったとしても、お前は今のまま永遠に生き続ける」
「そうなんでしょうね」

 もう死んでるんだし。そんな余計な一言は、セラスの心の中でだけ聞こえた。なぜ口にしないかと言うと、それを認めたくないないからである。

「そして、アイツはもう560年以上生きている」
「………それって、マスターですか?」
「そうだ。どう少なく見積もっても、アイツは550年は生きているはずだ。………一人でな」

 自分が関わった人間が老い、自分を置いて去っていく姿を幾度となく見続けてきたアーカードの気持ちとはどのようなものなのであろう?あるいは、もうそんな感情すらも摩滅してなくしてしまっているのだろうか?そして………自分も、いつか、一人で生きていく事になるのだろうか?

「だからこそ、人の温もりを求めるのかも知れない。人の体温を感じさせる血を飲めば………短い間だけでも体温を取り戻せるのだからな。人の温かさを得られるからこそ………ミディアンは人間の血を求めるのかも知れないな」

 それは、失われた暖かみ………太陽の暖かさを渇望する気持ちそのものだったのかも知れない。そう感じたセラスの脳裏に、先程アーカードからかけられた言葉が蘇る。

『お前はもう夜の世界にしか生きることはできない』

 あれって、自分の事も言ってたのかなぁ………。

『それでも太陽の温もりを渇望する気持ちは、ミディアンなら誰しもが抱いているものだ』

 太陽の光は、ミディアンにとっては身を焼く毒にしかならない。それでも、私は、太陽の温もりを求める。それが、ミディアンの抱えた失われたモノを探す、悲しい矛盾だったのか。

 大空を羽ばたきたいという願いを胸に、自らの背に羽を埋め込んだのは誰だったのだろう?危険と分かっていながら、それでも太陽に近づいていったのは?何が、それほど彼を駆り立てたのだろう?そんなに………太陽の暖かさが欲しかったのかなぁ。どこかの神話にある太陽に触れようとして、墜落死した若者の名をセラスは脳裏に描いていた。

「ノーライフ、キングかぁ」
「永遠の孤独を抱いて生き続ける宿命を持った王の名だ」

 自らを不死者の王と名乗るアーカードの胸中など分かるはずもなく。

「一緒に居てやると良い」

 そう告げるインテグラの声には、僅かな羨望が混じっていた。いつまでも一緒に居てやると良い。お前なら、自分と違って、アイツの側に永遠に居てやれるだろうからな。そこには、そんな言葉が隠されていたのかも知れない。

「はい」

 そう短く答えたセラスは、自分の胸に、忘れて久しい人としての温もりが広がったような気がしたのだった。



<終わり>




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