
紅き闇に堕ちる蒼き月の如く
東京魔人學園SS オリジナル短編.
write by 葛城由宇様.
紅き闇に堕ちる蒼き月の如く
月が煌々と輝いている。太陽の光は生の光、生きるという陽の光は時として、強すぎる。生きる、ということは、己の寿命という限られた容量を燃やし尽くす、ということだ。燃やし尽くした後は、ただ灰となって死ぬ。それがこの世界の理だ。だから、生の光は、その命という火種をさらに燃やし尽くそうとする死の光りにも等しい。そう、陰に生きる者達、いわゆる闇の眷属達にしてみたら、太陽というのは、寿命を奪う禍々しい存在でしかない。
では、月の光というものはなんだろうか?天文学者によれば、月は己からは決して光りを発しない。それは、衛星であるから、だそうだが、だが、夜の闇に浮かぶ月は、強い光りを放っている。最も、太陽の光を反射しているだけというオチがついているがな。
そう、月は、光りを反射する存在だ。俗説によれば、満月の晩は、殺人などの犯罪が増えるという統計もある。人の本能、かつて人がまだ獣と同義であった頃の名残が、月によって呼び起こされる。そして、人は獣に返る。
どうも巫山戯た話だと思わないか?
月が一体、何をしたと云うんだ?ただ、この星の引力に囚われて外宇宙へと飛び立つ事も出来ず、ただ、回っているだけの存在に過ぎない月がだ。
よく考えてみろ、月は新月であろうが、満月であろうが、変わらずにそこにある。なのに、満月の晩だけ、というのは、可笑しいだろ?月という存在が引き起こす犯罪上昇率などゼロだ。月は見えないだけで天にあるからな。
そう、月という存在は、ただそれだけでは決して何もしない。月に惚れられた白い医師でも無ければ、月は人に何もしないさ。
人を狂わせるのは、ただ一つだ。
そう、太陽の光だ。
満月と新月の違いというものを知っているか?
そう、見えるか見えないかだ。だが、月そのものが消えるわけでも、現れるわけでも無い。
違いは一つ、太陽の光をどれだけ反射しているか、ということに尽きる。
結論を出そうか?
月は人を狂わせない、狂わせているのは、月によって反射した太陽の光だ。それが最も地球に降り注ぐのが満月の晩だ。だから、太陽の光は、生であるんだよ。そう、命を燃やし尽くそうという光りが、昼も夜も最も強くある満月という日にな。
だから、こんな晩は気をつける事だな、獣に戻った人が徘徊している可能性は否定できない。それに、月の輝く夜というのは、闇の眷属達をも狂わせるからな。………………そう、アンタの前に今もいるかもしれんぞ?
白衣のポケットからしんせいを取り出して、火をつける。闇に少しだけ紅い光りが放たれ、すぐに小さくなる。強く吸い込む。光りがまた少し大きくなる。
どうも、こういう晩はおかしな奴に出会うようになっているらしい。月の光が人を狂わせる、なるほど、それも道理かもしれん。少なくても、俺にからもうという人間がいるという事自体が、狂っている証拠かもしれん。
少し、からかってやってもいいが、明日も学校はある。教師である俺が遅刻をするわけにもいかんからな。さて、どうするべきかな。
さっさとケリをつけるのは簡単だ。幸いというか、奴らにしては不幸というのか、今日は満月だ。だが………奴らの統制の取れた動き、何らかの組織であることは間違いない。前に二人、後ろに一人。………三人か、簡単に片づけられる人数だが、奴らの所属組織と目的を聞き出すには、少し厄介だな。
これが、この国の役人であった時が少し問題だな、ああいう面倒な事はあまり関わりたくない。………さてと、片づけるにしてもここでは少し人目があるな、どこかへ誘い込むのが一番だが、どうする?
だが、相手が解らないっていうのが少し厄介だな。………ま、警察関係で無い限りは、表だっては報道はされんだろうが。M+M機関の連中だとしたら………狩人相手に手加減などできんな。やつらは、ハンターで、こっちが獲物だからな。最も、こちらがただ狩られるだけの存在で無いことを証明してやるのは………簡単だな。
『ターゲットに気づかれました』
無線からの声に身を起こす。黙っている、それだけで向こうが何をするべきなのかの判断を行う。
『ですが、歩調を変えている様子はありません』
なるほど、話に聞いていた通りというわけか。尾行に気づいている、普通はここで尾行を巻くか、或いは何らかの変化を起こす。それをしないということは、尾行をされていてもなんとも思っていないのか、それとも、精神で変化を押さえ込んでいるのか、どちらかしかない。
「そのまま続けろ、但し、こちらからは接触しようとするな」
『はい』
指示を与え、しばらく考える。
人で無い者を相手にするには、今夜という晩は最悪だ。ことに相手は純血の人狼というではないか。普段でも、人の数倍の身体能力がある、人狼を、こんな満月の晩に相手にする。そんなことをする奴は、何も知らない愚か者か、或いは、熱狂的な自殺志願者でしかない。満月の晩、月によって祝福されている人狼は、不死に近い。それを相手に勝ちを収める、ほぼ不可能だ。銀の弾丸、それも、祝福された銀の弾丸を使っても、致命傷を負わせるには難しいだろう。いや、まず弾丸そのものが当たらないと言って過言ではない。少なくても、今までの歴史がそれを証明している。
よほど自信過剰なバカで無ければ、満月の晩の人狼を相手にすることは避ける。相手にしろ、と言われているわけではない。単なる監視、それだけだ。だが、それはこちらの事情であって、向こうがそれを鑑みてくれるとは限らない。そもそも勝手に監視されて黙っているというわけにもいかないだろうからな。それが普通だ。とすれば、どうするか?
答えは簡単だ、どこか人目に付かない所で尾行者を始末する。
たかが人、それがたったの三人。人狼にとってみれば、さほど始末に困るわけではないだろう。そして、それには時間というものがほとんど限らない事も確かだ。
とすれば、考えられる事は、退くか、退かざるか。どちらかでしかない。少なくても、今の状況で相手が大人しい状態であるうちに被害を出さないようにする、ということは賢明と言えるだろう。だが、その反面、今後の行動には充分な注意が必要とされる。少なくても、向こうが警戒状態にある今が延々と続く。しかし、だ、満月の晩の人狼を相手に無傷でいられる保証はゼロ、いや、命の危険性が圧倒的に高い。とすれば、ここは、退くべきであろう。それによって、今後の活動に差し障りが出るとしてもだ、生き延びれば、まだ策の立てようはある。
無線へと手を伸ばす。
「俺だ、退くぞ」
だが、その声に答えたのは、別の声であった。
『貴様がリーダーか?』
まずい、どうやら相手の行動の方が早かったらしい。だが、このまま切るのはあまり得策ではない。
「………そうだ」
『ほう、なかなか正直だな。ついでだ、貴様らの目的も教えてもらいたいもんだな』
「………………その前に確かめたい。何人を倒した?」
『三人だ、最も、まだ殺しちゃいない。………但し、貴様の返答いかんによっては、こいつらは死ぬ。どうやらまともな職業についてる人種とは思われないんでね』
ハッタリ、そう断言するとはできない。少なくても、相手はそれだけの事をやってのける技量はある。なるほど、どうやらこちらのほうが分が悪いというわけだ。見捨てるわけにもいかないだろう。こちらが無線を切ったとしても、聞きたいことは、倒された連中から聞き出せる。どうやら、ここは相手に従うのがベストかもしれない。
「解った、答えられる事は答えよう。但し、条件がある」
『条件?』
「ああ、俺がアンタに教える事は他言無用として欲しい。少なくても、一般人に教えるような事はしてもらいたくない。それと、アンタに倒された俺の部下、三人、命の保証してもらう。つまり、これ以上、痛めつけないでもらいたい」
『………ずいぶんと身勝手な言いぐさだな』
そんなことは百も承知だ。だが、それを呑むか呑まないか、………恐らく、呑むだろう。
無線を握ったまま、しばらく考える。ずいぶんと身勝手な条件を出してきてくれたもんだ。だが、人を殺すのは本意ではない。相手にもよるが、闇に介在する人間で無い以上は、そのままにしておいてやるべきだ。つまらんことでこれ以上、時間を取られたくはない。
「まあ、いいだろう。その条件は守ろう」
『そうか、………アンタから聞きたい事を俺に質問してくれ、それでいいだろう?』
なるほど、余計なことは喋らない、というわけか。
「まず、お前達は何者だ?」
『………御山の使い』
「それは冗談か?」
冗談だとしたら悪い冗談だがな。御山、その単語が示すのは一つしかない。日本における真言密教の総本山、高野山。日本有数の霊的防衛機関の一つだ。
『信じるか、信じないかは、自由だ。次の質問を聞こうか』
なるほど、賢いらしい。
「解った、で、その御山が何故、俺の後をつけるような真似をした?言っておくが、お前達が俺を尾行していたというのは、最早事実だ」
『………純血の人狼に接触するように言われた』
さすがは御山というべきか。どうやら、俺の正体はバレているらしい。
「接触してどうする?滅ぼすのか?」
『人狼を滅ぼすのに、こんな日を選ぶわけが無い』
なるほど、道理だな。人狼というモノがなんであるのかを知っているとしたら、こんな満月の晩は選ばない。
「目的なんだ?」
『アンタが護っている真神学園旧校舎の地下にある存在』
「………なんだと?」
おかしな事を聞いたな。だが、これで確信が持てた。
『詳しいことは俺も知らない』
「………バカか?」
言葉がそれだけしか出てこなかった。どうやら、よほど御山も耄碌しているらしい。大方のところは察しがつくが、それをおいそれと受け入れるわけにはいかない。
無線から呆れたような声が聞こえた。まあ、確かにバカとしか思えないだろう。知らないものを手に入れようとする。巫山戯ているが、命令であるならば、それを疑う道理など存在してはならない。
『一つ、教えてやろう』
「なんだ?」
『あれは、人は決して触れてはならないものだ。そう、人であるならば、触れてはならない』
「………人狼であるならば良いというのか?」
『それこそ愚問だな。俺は、人があれに触れないようにしているにすぎんさ。………そう、お前達のような連中にな』
「………なるほど、了解した。交渉は決裂というわけだな」
『そういうことだ、御山の名前を騙る愚か者よ』
騙る、だと?
『もう一つ、教えてやろう、真神の地下に封印を施したのは、先々代の御山の教主だ。御山はあれに決して触れないという約定をもって、今に至る。御山の人間であるならば、それを骨の髄まで叩き込まれている、もう一度、尋ねる。貴様達は何処の組織だ?』
ゴウン、車の天井が大きく歪んだ。
「なんだっ!?」
慌てて外へと飛び出してみる。
「………貴様、いつから?」
車の上に白衣の男が立っていた。
「つい先程だ、お前の部下から場所を聞き出していたからな。もう一度言う、お前達は何処の組織だ?」
車から飛び降りると、男を睨んだ。年は四十ぐらいか?だが、鍛え抜かれた体つきをしている。一般人ならば、即座に瞬殺することはできるだろう。だが、相手が悪い。即座に間合いを詰める。今日は何を喰らったとしても、死ぬ事は無い。最も、相手が死ぬという事はありえるかもしれないがな。
男が口にしたのは、ある企業の名前だった。この日本でも有数の企業だ、だが、その反面、かなりあくどいことをしてのし上がってきている。そのせいか、恨み辛みが凝り固まっている。視る者が視れば、もはや先行きは見えている。人の恨みというのは恐ろしいものだ。それを防ぐ為の呪術の一つとして、あれを欲しがったというところか。
「………で、その為に俺と接触したのか。ばかが、自業自得もいいところだ」
血反吐を流し項垂れている男の胸に足を乗せる。
「依頼を受けたら、なんでもやるのがお前の流儀か?大した流儀だ、だが、この世にはお前達人間が決して越えてはならない壁がある。お前の雇い主にもよく言って置け、飼い犬ならば主人の身でも案じてやるんだな」
しんせいを取り出すと、一息ついた。
「………お、狼風情が」
息も切れ切れに男が悔しそうに呻いた。どうやら憎まれ口を叩く元気はあるらしい。ならば、このまま捨てておいても自力で帰る事はできるだろう。
「お前の雇い主に教えてやるといい、犬と狼の違いは飼い慣らすことが出来るか出来ないか、だとな」
そう言うと、さっさと歩き出す。もうこんな奴らに用は無い。
月が輝く晩は、常識という事では計り知れないことが起こるものだ。人も獣も、狂う。だが、それは狂うのではなく、本来の姿に戻ろうとしているだけのことかもしれない。そして、俺は今も、約束を守り続けている。俺の命が続く限り、約束を違える事は無いだろう。そう、例え、月にこの身を狂わされても。
〜fin〜