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きる 東京魔人學園SS はぐれ陰陽師.
write by ちゃんちゃん☆様.
きる《エピローグ・着る》    〜はぐれ陰陽師〜

 彼はいつもそうだった。
 自分がいる場所がどこであろうと、目の前に立つ人間が誰であろうと、気負うこともなく、力むこともなく、ごく自然に佇んでいる。
 だから───そんな彼が何のよどみもなく自分に告げたことだから、信じる事が出来るのだ。
 それが変な覚悟も無理な決意も必要としない、『当たり前』のことだと認識されているのだ、と………。



着る(き・る)
1)衣服を身につける。(中略)
2)責任・罪などを引き受ける。負う。
三省堂 大辞林より



 さんざん泣き続けて、もう涙が涸れ果ててしまうくらいになった頃。
 的場瞬はやっと、御門晴明の簡単な尋問に答える事が出来るようになった。

 それによると、今回の事件のそもそもの発端となったパートナー殺害は、実は正当防衛に近いものだったらしい。今までの恩に報いる気があるのなら結婚しろ───そう迫られた挙げ句、持っていたマフラーで首を絞められ、危うく無理心中するところだったのだと言う。
 もっとも、彼の大ファンである阿師谷伊周は、その辺りの事情はとっくに見抜いていたようだ。何故ならその『事故』の後しばらく、的場は喉風邪を理由に、ずっとハイネックの服装ばかり身に付けていたらしいから。リンクの練習では通常、首周辺が露出した服装が多いと言うのに………。
「てっきり、キスマークでも隠しているのかと思ってたんだけどねえ」とのことだが、真相は無理心中未遂の決定的証拠である、絞首痕を見せないためだったことになる。

「………当時の関係者の証言が得られれば、的場さんの罪は不問にできますね。件の救急隊員や担当医には、私から直接話をつけておきましょう。警察にも口止めをしておかないと」
 それが、事件の概要を聞き終えた後の、御門の結論であった。
「話をつけるって………」
「正当防衛か過剰防衛なら、あなたに罪は問えないと言うことですよ」
 おそるおそる尋ね返した的場に、御門はそう答える。
「だ、だけど」
「それにどうやらあなたは、その凍結能力を使って他の悪事を働いていたわけでもありませんし。あくまでもスケートリンクの状態を最高にしておくだけの無意識の能力で、フィギュア選手としての実力は自力で身に付けられたのでしょう? 観客を欺いていたと訴えるわけにも、いかないようですからね」
 ただし、と厳しく付け加えた。
「………今期限りで引退なさい。そして優秀な選手を育ててください。自分自身の力で。それが、あなたのとるべき償いの道でしょうから………」
 亡くなったパートナーが、的場瞬という優れたフィギュア選手を育て上げたように。
「───はい………」
 ほんの少しの悔恨を涙ににじませながらも。
 的場瞬は自らの身の処し方を決め、それにはさすがの伊周も口を挟まないのであった。


「………では、参りましょうか、的場さん」
 これからの方針が決まり、御門は的場を伴って公園を去ろうとした。
 警察の上層部とも話をつけなくてはならないし、正当防衛が立証されるまでの間、彼を監視下に置くことになるからだ。
「く、くやしいっ☆」
 伊周は半分悔し涙である。もし自分が御門の立場なら、職権乱用とばかりにイケナイことでも企んでいたのかもしれない。
 そんな彼に呆れ果てながらも村雨祇孔は、よくヒステリーを起こさないものだとも感心していたのだが。
「ちょっと待った」
 ずっと心の奥に引っかかっていたことを思い出す。
「分からないことがあるんだ………2つばかり。最後に教えていってくれ」
 的場が眉をひそめるのにも構わず、村雨は彼に直接質問することにした。

「───1つは、公園にしかけたくす玉の件だ。アレ、あんたの仕業だろう? 単に通行人の気を引くためなら、爆竹を鳴らすぐらいで良かったんじゃないか? なのになんで、わざわざくす玉にしたんだ?」
「爆竹なら、悪戯ってことになってしまうだろう?」
 的場の答えは淀みない。
「万が一誰かを、あるいは不特定多数を『狙った』悪戯だと判断されたら、さすがに警察が動いてしまう。ひょっとしたら僕の仕業だってことが、バレてしまいかねないと思ったんだよ。ひいてはそれが、僕が犯行に及ぶための人払いだったってことも、あるいは分かるかもしれない。………けど、ちゃめっけを交えたパフォーマンスならどうだい? 日本人って、美談とか言ったものには弱いからね、ひょっとしたら『犯人』を割り出そうとしないんじゃないかって、とっさに考えたんだ」
 おそらくその『仕掛け』を考え付いたヒントは、偶然にも7月だったと言う天野絵莉の誕生日なのだろう。
 とりあえず納得できた村雨は、最後の最大の謎をぶつけてみた。
「じゃあ、もう1つ。………あんた、あの事件で現場から立ち去る時、被害者の腕からわざわざ腕時計を外して行っただろう? どうしてなんだ?」

 あの不自然な行動がなかったら、さしもの伊周も、今回のことを殺人未遂とは考えなかったかもしれないのに。

「ああ………やっぱり分からなかったんだね………」
 的場は、何とも複雑な表情を見せる。
「実は『凍結』で彼女を凍らせた時、そのショックで時計が止まってしまったんだよ。ボクもフィギュアなんてやっている関係上、ああいう時計が少しぐらいの水や衝撃では止まらない代物だって事は、分かっていたから」
 彼女を死に追いやった方法がバレるとまずい───そう思って、とっさに外してしまったのだと言う。
「………良く考えたら、アレはやり過ぎだったかもしれないな。事故に見せ掛けるつもりが、そうじゃないって自分で否定する結果になったんだから」
 悪いことって出来ないね………。そう冗談を叩けるほどにまで回復した的場に、村雨は苦笑いを浮かべて応じたのだった。
「ああ。結局あんたには、悪巧みなんてできないってことだろうさ」


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 御門晴明と的場瞬が去り。
 友人を待たせているから、と『若旦那』も帰って行った後には。

「……………っ」
「ともちゃん!? 大丈夫か!」
「平気平気。ちょーっ………と疲れちゃっただけだから」
 今回、満身創痍の上に流血沙汰にまでなって奮戦した伊周と、村雨だけが残された。
「長い一日だったわよねえ………こーんなに駆けずり回ったの、初めてなんじゃないのかしら」
 伊周もさすがに格好をつける体力もないらしく、しゃがみこんだまま地面にだらしなく、足を投げ出している。
「血が足りねえか? 何ならまた、焼肉食いにいくか?」
「お肉は食べたいけど、カルビは飽きちゃったわ。ね、焼き鳥おごってよ、しーちゃん。喉も渇いちゃったしい」
「やれやれ………☆」
 予定外の出費だが致し方ないだろう、と村雨は判断する。
「ま、今回はそれこそ獅子奮迅の働きってヤツだったからな、ともちゃんは。アノ的場瞬を助けるために。せいぜい労ってやんねえと」
「あン、だから嫉妬しないでってば、しーちゃん。一応2対1の戦いだったわけだし、ファン心理ってヤツにほだされただけなんだからあ」
「妬かねえよ」

 ───不意打ちはお前ばかりの専売特許じゃないんだぜ?

 いつも通りのうんざりとした顔で伊周を見下ろしながら、村雨はいきなり本質を突いてみせた。

「何故なら………お前が、いや『お前らが』助けたかったのは、単にスター選手としての的場じゃねえ。日の当たる場所にいられるはずのあいつにこれ以上、無意味な罪を重ねて欲しくなかったから。自分の堕ちてしまった奈落の底に、あいつが陥って行くのを見ていられなかったから。
………だから、手の肉を剥ぎ取ろうが、両足をちぎりかけようが、死ぬまいと死にもの狂いで、殺されまいとした───違うか? 伊周」


 そう考えれば、的場と戦っている時のあの、異様なまでの戦闘意欲の説明がつくのだ。
 それに───村雨は気づいてしまったのである。的場が自分の罪を悔い、泣き崩れたあの時に。

 村雨はあの時、誰にも気づかれないように視線を転じた。涙にくれる罪人から、友人である『若旦那』と………伊周へと。
 彼らは揃って的場に、羨望とよく似た眼差しを注いでいた………。
 伊周が必死で的場を庇いながらも、罪を償わせようとした本当の理由。そして真相を知った『若旦那』が病院からわざわざ、ここまで駆けつけたそのわけ。
 ………それはきっと的場に、自分たちと同じ轍を踏ませたくなかったから。
 『若旦那』も伊周も村雨が知らないだけで、数え切れない人間をその手で殺めてきたのだ。同じ暗殺者として、ひそかに、ずっと。………だからその苦しさ、その地獄を良く知るからこそ、的場にこれ以上の罪を重ねて欲しくはなかったのだろう。
 彼らとは違い、的場はまだやり直すことができるのだから。
 村雨は、恥じた。伊周が単なるファン感情からだけで的場を庇っていると、誤解していたことを。


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「……………フフッ」
 村雨の自説を、しばらく黙って聞いていた伊周は、不意に低くくぐもった笑い声を立てた。
「それは面白い考え方ねえ。でもそれって、買い被りってものよ? しーちゃん。アタシは単に、あの的場瞬とお近付きになるチャンスを潰したくなかっただけなんだから。あわよくば深い関係ってヤツに、なれたかもしれないじゃなあい? って、あら、ちょっと浮気者ねえ、あたしって」
「伊周」
「第一」
 厳しい口調で伊周は、それ以上の村雨の『戯れ言』を遮る。
「しーちゃんてば、忘れてなあい? アタシは悪名高き陰陽師・天下の芦屋道満の末裔なのよ。まあ、あの甘ちゃんの『若旦那』なら、あるいはそんなつもりだったかもしれないけどさ………」
 照れ隠しなどでは決してない。『若旦那』のことを『甘ちゃん』と言い切る伊周の表情は、さっきまでのとぼけたものとは違ってしまっていた。人殺しを何とも思っていない、悪辣な犯罪者の不敵な笑みが、そこには宿っている。

「だから、いつ復讐と野望にかられて悪の手先に成り下がり、無抵抗な無垢の市民とやらを大量虐殺するかも、分からないと思うけど。………それでもしーちゃんは、アタシのこと今みたいに買い被ってくれちゃうわけ?」

 ───伊周は、待っていたのだ。村雨が呆れたように『その時は俺に見る目がない、って諦めれば済むことさ』と言うのを。
 そう。伊周は認めたくなかったのだ。自分にまだ、人間としての一欠けらの罪悪感が残っていることを。胸に抱いていてももう仕方のない、つまらない罪悪感がまだ存在しているなんて。
 ………だから。
 だから、村雨が何の気負いもなしにサラリ、と口にした言葉が、よもやこんな意味だろうとは思いもよらなかった。

「そン時は、俺が止めればいいだけさ」

 もっとも万が一、そうなれば、の話だけどな───そうとまで、軽く付け加えて………。


「………。ははっ」

 ───伊周は一瞬、体中の力が抜けるのを覚えた。
 ああ、どうしてこの男は、何の気なしに唇に乗せる事が出来るのだろうか、と。
 こんなにも嬉しい、セリフを。

 彼はいつもそうだ。
 自分がいる場所がどこであろうと、目の前に立つ人間が誰であろうと、気負うこともなく、力むこともなく、ごく自然に佇んでいる………。
 だから───そんな彼が何のよどみもなく自分に告げたことだから、信じる事が出来るのだ。
 それが変な覚悟も無理な決意も必要としない、『当たり前』のことだと認識されているのだ、と………。

 伊周が嬉しかったのは、村雨が止めると約束してくれたこと、だけではない。
 彼のその約束が、さらりと流すことの出来る『軽い』ものだったからだ。
 誰が何と噂しようが、よほどのことでもない限り、伊周がそんな大それた事など出来ないと───そんなありがちな危険性を、村雨ははなから考えもしていないことが、分かったからだ………。


「なあに呆けた顔、してんだよ。焼き鳥食いに行かねえのか? それとも、お前が奢ってくれンのか?」
 コツン、と頭を小突いてくる手を、軽く叩いて立ち上がる伊周。
「冗談! ガラにもなくお金にもならないことで、真夜中まで駆けずり回ったことへのご褒美くらい、貰わなきゃあねえv」

 ───大丈夫。
 まだ自分は、大丈夫。
 この男がこうしていてくれる限り、まだやれる。
 これから、仕事で何人もこの手で呪い殺すかもしれない。だけど。
 例え最悪の状態に陥ったとしても………自分が血塗られた無差別殺戮者になったとしても、止めてくれる人がいるから。
 だからそうならないよう、自分で自分を繋ぎ止めることが出来る………。


「デートはまだ、これからなんだからv」
「って、だからデートじゃねえって何度言えば分かるんだよ?」

 つい先ほどまで、死地に立っていたとは思えない軽口を叩きながら。
 2人の青年は賑やかな、人の大勢いる繁華街へと歩き出したのだった。


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 2000年、1月初頭───。

 男子フィギュアスケートの第1人者・的場瞬は、自分のために開かれた現役引退試合に臨んでいた。

 人気も実力も並ぶものなしの彼の引退宣言は、とあるフリージャーナリストとのインタビューで突如飛び出したもので、一時世間を騒然とさせた。
 当然ファンは涙し、思いとどまってくれるよう訴えたが、彼の決意は固かった。後進の指導に当たって、自分以上に世界に通用する選手を育てたいとの言葉に、関係者たちももはや止める術を持たなかった。
 それに───彼はどこか、吹っ切ったような表情をしていたから。引退表明以降の伸びやかな滑りを見るにつれ、誰もが今までの彼の重圧を思いやらずにはいられない。確かにいつも張り詰めたような、それこそガラスのような繊細な雰囲気も、彼の魅力の1つではあったが………。


<彼は………まだ来ていないんだな………>
 ぐるりと観客席を見渡し、ひとりごちる。
 もう少しで自らの意志で人を殺めるところだった自分を助けてくれた、自分のスケートのファンだと言っていた、あの、赤い髪の青年が───。
 その他の招待客は、ちゃんと来ていると言うのに。天野絵莉も、そして彼女とは違う場所に陣取っている、御門や村雨、そして『若旦那』と呼ばれていた青年も。
 もっとも、御門からは事前に言われてはいたのだが。

『彼とは───なかなか連絡が取れませんでしてね。元々時間にもルーズな男ですし。………まあそのうちに現われるでしょうから、期待せずに待っているのがよろしいでしょう………』

 よくは事情は知らないのだが、この間まで何やら世間は騒がしかった。大地震が起きたり、どこかの神社で神主が襲われて御神体が盗まれたとか、やたら物騒なことが起きたりして。
 ひょっとしたらそれらのごたごたの処理に、彼は駆り出されているのかも知れない。それなりの術者だったし、御門とも知己だったようだから。
 ───だったら、自分も自分のすべきことをちゃんと行なわなければ。

 的場は静かに滑り始めた。選手として最後の、そして最高の演技をするために。
 いつしか彼の脳裏からは、赤く長い髪の残像は消えて行く。
 誰のためでもない───何よりも自分のために的場瞬は、リンクを舞い続けるのであった。


 惜しみない拍手と賞賛は。
 最後まで見事に演じきった者にだけ与えられるもの。
 自らの引き際を、華麗なまでに彩り終えた者にだけ……………。



きる〜はぐれ陰陽師〜《終》