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きる
東京魔人學園SS はぐれ陰陽師.
write by ちゃんちゃん☆様.
きる≪1・Kill≫
〜はぐれ陰陽師〜
「………おせえな………」
炎天下、噴水のある公園の一角で、村雨祇孔は腕時計を眺めながらひとりごちた。
汗がとめどもなく、滴り落ちるほどのうだるような暑さである。正直、こうやって立っているだけでもかなり辛い。だから彼もここへは、待ち合わせ時刻ギリギリに到着するよう、調整していたつもりなのだが。
───肝心要の相手が遅刻している、と言うのでは徒労に終わる。それを村雨は、しみじみ実感していた。
「ったく、一体何やってんだよともちゃん。これが人に飯、おごってもらう奴の態度かあ?」
───話は2日前に溯る。
「力が出ない〜〜焼き肉が食べたい〜〜〜〜」
そう言いながらもたれ掛かって来た奴のせいで、ちょうど飲み物を口にしていた村雨は危うく、むせるところだった。
「………だったら、食べに行けばいいだろうがよ。止めねえぞ俺は」
「なあによしーちゃん、そんな冷たい言い方しなくたっていいじゃない」
相手はわざとらしくよよ、と泣いて見せるも、所詮男がする素振りでは同情を買うどころではない。
村雨がその夜、飲み友達に選んだのは、世間ではいわゆる『おカマ』に分類される男だった。
むろんそれは、御門晴明の協力者としての自分にとっては敵方に当たる、阿師谷伊周のことである。
通称・ともちゃん。こっちに『その気』など全くないのに迫って来たことが、両手でも数え切れないくらいある、困った男だ。
が、実は村雨は『トモダチ』としては、彼のことを結構気に入っていたりする。元々、自分の付き合う相手の素性だの、血筋だのにこだわりがない方だ。───図に乗るとますます迫られるので、本人には面と向かって評価したことなど、ないのだが。
その伊周が、『焼き肉を食べたい』とわざわざ村雨に告げたのは、つまり彼におごって欲しい、ということだ。
それを何となく察して、当たり障りのない返答を探す。
「冷たくていいじゃねえか。今は夏なんだから、涼しくてかえっていいだろ」
「………しーちゃんがオヤジギャグ飛ばすと、すンごく似つかわしいからヤメて。それにあたし、今は熱くてヤケドしそうな焼き肉を食べたいって、言ってるでしょ。断っておくけど、1人で焼き肉食べるなんて絶対、ごめんよ。めちゃくちゃ侘(わび)しいじゃない」
「侘しいわな、そりゃあ………」
黙々とくらーく、自分のためだけの焼き肉を焼く伊周を想像し、つい苦笑してしまう。
「ダチ誘えよ。食事一緒に食うダチぐらい、いないわけじゃあるまいに」
「そりゃいるけど、アタシのおトモダチは焼き肉なんて食べないわよ。彼氏にデートに誘われるかもしれないのに、何を悲しゅうてニンニク臭い息しなきゃいけないのかって、逆に怒られるのがオチ。………あ、それで思い出したんだけど、知ってる? 昔の色小姓って、『夜伽』がある日は芋類は食べなかったんですって。粗相になるから、って言うのが理由なの」
────いらん知識をひけらかすな。
心の中でそう呟いていると、伊周は急に眼を輝かせてとんでもないことを言い出す。
「あ! ひょっとしてしーちゃん、これからあたしをホテルに誘ってくれるつもりだったの? だから、焼き肉なんて食べて欲しくなかったって事? それならそうと、早く言いなさいよっ♪ しーちゃんとベットイン出来るなら、あたし夏バテになろうが干からびよーが、今年の夏は絶対、焼き肉なんて食べないから♪」
「心配するな俺がおごってやる、腹一杯焼き肉食ってくれ」
一気にまくし立てた村雨に、伊周は笑いながらも一応、スネてみせるのだった。
「………何も即答しなくたっていいでしょ? ヲトメ心の分からない人なんだからあ」
そして結果、村雨が知る焼き肉が旨いと評判の店へ行くべく、店から程近いこの公園でおちあうことにしたわけだが。
はたから見れば、これも立派な『デート』になると気づいたのは、家に戻ってからだったとは遅すぎる。
「別にデートじゃねえぞ…………俺の貞操を守るための布石、みてえなもんだ………」
誰にともなく、そう言い訳したくなっても無理はない。
───が、伊周は端(はな)から彼を、焼き肉を食べに誘っているのだ。つまるところベッドインの相手には(今のところ)考えていないのだ、という可能性に、村雨は気づいていないのだろうか?
「ったく………あいつが携帯電話でも持っていれば、連絡の取りようもあったのによ」
横合いから聞こえた携帯電話の呼び出し音を耳にして、村雨はそう思わずにはいられない。
青い帽子をかぶったその女性は、やはり待ち合わせをしているらしく、しきりに話し込んでいる。彼女の腕に巻かれている腕時計に日光が反射したため、あまりの眩しさに村雨はすぐに彼女から目を外したが。
───伊周はその軽薄な外見とは裏腹に、実は携帯電話は持っていない。
『時間に縛られたくないから』と言うのが理由だが、おそらくは自己防衛も兼ねているのだろうと村雨は見ている。式神を使う陰陽師よろしく、こっちの都合などお構いなしに飛ばせる電波を使って、彼の命を狙う輩がいないとは限らない。裏の世界では、アレでなかなかに有名人なのだから。
とにもかくにも、村雨は到着してから3分ほど、汗を絞りつつ待つ羽目になっていた。涼しげな噴水に、背中を向ける格好で。
人が来るとすればどうしても、今自分が睨みつけている方角からしかあり得ない。周囲が並木で囲まれている上、真後ろに当たる道は、少し進めば袋小路というあまりない奇妙な作りになっているせいだ。だから自然、背後への警戒が疎かになっていたのは否めないのだが………。
「しーいーちゃあん♪」
唐突に後ろから伸びて来た手を、とっさにひねり上げる。
当然それは、阿師谷伊周の仕業に違いなかった。
「この指は何だ、指はっ」
「痛い痛い痛い、折れちゃうってば。しーちゃんのセクシーな背中を、ちょおっと撫で上げようって思っただけじゃなーい」
やってもやられても、男同士だと空しさ大爆発である。
「この暑い中3分も待たせたくせに、何考えてんだよお前はっ」
「ごめんごめん、許してお願い。噴水に落ちちゃうわん。痛いから情熱的なその手を離してえん♪」
謝罪の言葉を得たことと、『情熱的』云々に怒りがそがれたこと。
そして何より、周囲の人間の注目を必要以上に浴びてしまったこともあり、村雨は乱暴に伊周の手を離した。
当然すぐに、相手の遅刻のわけを追及しようとしたのだが………。
「………ともちゃん」
「なあに? しーちゃん」
「何だよその格好は………☆」
───とりあえず、目の前につきつけられた疑問を晴らさずには、いられなくなる。
「何って?」
「何でそんな、見てるだけで暑っ苦しくなる格好してんだよ!?」
伊周の本日のコーディネート。いつも着ているものよりは若干薄手で淡色の、七分袖の赤いジャケットとスラックスの上下は、まだ良い。
が、両手には黒い手袋をすっぽりとはめ、頭にもつばの大きい黒い帽子をかぶり、日差し予防と思われるサングラスまでつけている。おまけにジャケットの下はタンクトップとは言え、ご丁寧にも黒いTシャツだ。
正直言って、今から焼き肉を食べに行く格好では、決してない。付け加えるなら、真夏に適した格好でも。
───ちなみに村雨はと言うと、アロハシャツに白い短パンと、極めてラフな服装である。ただしおかげで伊周同様、絶対に高校生には見えないが。
「折角のしーちゃんとのデートよ? この暑さにも負けず、張り切っておしゃれして来たヲトメ心を察してよねえ。それに、この手袋と帽子は日焼け対策なの。アタシすぐお肌が赤くなっちゃうし、これ以上痛めちゃってもヤだしね」
どこがヲトメ心だ。嫌がらせ以外のなにものでもねえぞ。
村雨の文句は喉まで出掛かったのだが、次の相手のセリフに引っ込んでしまう。
「………それとも何? アタシの取って置きの、赤のレースのブラウスでも着て来れば良かった?」
「………………分かった、もういい………☆」
自分と同じくらいガタイのいい男が、スケスケのブラウスを身に纏う気色悪さを想像し、村雨は伊周の両肩に手をおいた格好で、うなだれるのであった。
「で? 何で遅刻して来たんだよ?」
やっと、本来の疑問を口にする村雨。
何せ伊周は、今回の食事を非常に楽しみにしていた。「このクソ暑い中、待たせたりしたら承知しねえぞ」とのセリフに、「アタシが先に来て待ってるのなら、OKよね?」と返したくらいに。だからこその、過剰とも思える紫外線対策だったのだろうが。
「………急ぎの仕事でも、入ったのか?」
「ヤあね。しーちゃんが自分で今日は絶対、陰陽師としての仕事は引き受けるなって言ってたくせに。遅刻じゃないのよ、10分前から待ってたから」
「じゃ何で………」
「それがさあ、ちょうどこっちの方でちょっとした騒ぎがあったのよ。それでつい、やじ馬根性刺激されちゃって」
伊周が指さしたのは、村雨が背を向けていた袋小路の一角である。
確かあそこは空間を利用して、いつの間にか自転車置き場のようになっていたはずだ。だからこそ、自転車に乗って来るわけがない伊周には、用のない空間だと踏んでいたのだが。
「騒ぎ? どんな?」
「うーん、ほのぼのって言うか、ちょっとお間抜けって言うか………」
そこまで言って伊周は何故か一旦、言葉を切った。
「ところでしーちゃんて、誕生日は過ぎちゃってるのよねえ?」
「お前………学校まで押しかけて来て、人の誕生日を勝手に祝った時のこと、もう忘れやがったか」
「あははは、そうだったわねえ。誕生日には絶対ケーキだって、デザートバイキングに付き合わせたんだっけ。じゃあアレは、少なくともしーちゃんへじゃないわけだ」
「? 何のことだ?」
眉をひそめる村雨の腕を引いて、伊周は歩き出す。
「とにかく、歩きながら話すわよ。時間も惜しいでしょ?」
「………誰のせいだと思ってる?」
「はーい、あたしのせい♪」
明るく言われてしまうと、怒る気も失せる。腕は払いのけたものの、村雨は伊周に促されるまま歩き出した。
公園内を見渡せば、みなラフで涼しげな服装である。
「うーん、やっぱりあたしみたいに、デートに気合を入れてお洒落してくるコって、いないのね」
「デートじゃねえって、何度も言ってるだろうが………それに普通デートってなら、涼しい喫茶店なんかで待ち合わせるもんだよ」
だから今回の食事はデートではない、と、暗に匂わせるセコい村雨だ。
それに今日の目的の焼き肉店は、伊周はあまり足を運んだことのない区域にある。彼が知っていそうな喫茶店とはちょうど逆方向になるため、唯一場所を知っていたこの公園での待ち合わせ、となったわけだが。
「わあ…………涼しーい」
唐突に、伊周がそう言って立ち止まる。
一瞬眉をひそめたが、じきに村雨にも理由は分かった。
ざあ………っ………。
噴水があるせいなのだろうか。細かい水蒸気が周囲にたなびいて、刹那の涼を与えてくれたのだ。
思わず目を閉じ、偶然の恩恵を肌で感謝する。
だが、霧はじきに晴れてしまう。もう1回ぐらい発生してくれないだろうか───そんな共通の思いが自然2人を、噴水の方へと視線を巡らせたのだけれど。
「………あら?」
「何だ? ………ああ」
先刻の伊周の指摘通り、この公園内ではお洒落な服装をしていると逆に目立つ。だから彼らの目がその人物に止まったのは、むしろ当然の成り行きだったろう。
それはブランドもの、しかも新品だと分かる代物。
噴水の縁で、俯いて座っているパンツルックの女性が持つバッグに、伊周はつい視線をやっていたようだ。
彼女がかぶる青い帽子が、やけに目に眩しい。良く見れば、さっき携帯電話で打ち合わせらしき会話をしていた女性ではないか。もう電話は終わったらしいが。
「Christian Di○rの新作じゃなーい、あれ」
「………よく分かるな、こんな遠くから。ともちゃん集めてるのか?」
「見てるだけ。目の保養になるからねえ。だけど良いのかしら? 折角新作バッグ持ってるのに、あんなぼんやりしてて」
「ま、この暑さだからしょうがねえだろう」
「気合入れてないと、タチの悪いのにかっ攫われても知らないから。新作でブランドものなら、盗品でも手に入れたいって…………」
続くはずの言葉を、だが伊周は飲み込む。
───起きてしまったのだ。
懸念していたことが、今まさに。
「よこせっ!」
一言二言話しかけていたらしいチンピラの1人が、持ち主の女性からバッグを引ったくろうとしたのである。
が、彼女はバッグから手を離さず、背中から体勢を崩したと思うと、
バッシャーン!
………そのまま、水飛沫を上げて頭から噴水へと倒れ込んでしまった。
そして………ピクリとも動かない。顔を水面に沈めたまま………。
「「…………!?」」
驚愕は一瞬だけ。
村雨と伊周はほぼ同時に、女性の倒れた場所へと走り込んだ。
「うわああああっ!?」
「ひいっ!」
バッグを奪おうとしたチンピラはもちろんのこと、周囲にいた連中はみなその場から飛びすさっている。『自分のせいじゃない』と主張したいが、ためだろう。
「てめえっ!」
真っ先に追いついた村雨は、逃げようとする引ったくりの腕を容赦なくひねり上げた。
伊周はと言えば、チンピラにチラリと目をやったものの、そのまま噴水に飛び込み、女性の腕と頭を掴んで引き上げる。(もちろん、新品バッグを確保するのも忘れない)
だが………。
「………冷たい………」
彼女の手首からは脈は感じられず。
日焼け跡が残るくらいの褐色の肌とは裏腹の冷たさはとても、生きている人間のものとは思えない───。
カツン。
彼女を引き上げた伊周の濡れた靴先に、硬く当たるものがある。
彼はその物体───携帯電話を、ゆっくりと拾い上げた。
やけに新しいプリクラシールで笑う、似通った年格好の女性2人。その片割れは、溺れた女性に違いなかった
「あ〜〜もう〜〜〜」
「『あったまに来る』か?」
「お腹すいた〜〜〜〜☆」
「俺も…………」
事情聴取を受けていた警察署から出るや否や、村雨と伊周は緊張感とは無縁の言葉を漏らした。
事故直後、どうやらパトロール中だったらしい警官たちがただちに到着した。そして、意識不明の女性を救急車で病院に搬送したのはもちろんのこと、バッグを奪おうとしたチンピラと共に彼ら2人も任意同行、と言う形で警察へ連行していったのである。
名目上は、より詳しい目撃情報を集めるため、という話だったが……。
「それにしても、なあによあの刑事たち。人を犯罪者扱いしてさあ。仮にも人助けしようとしたのに」
「………こんな怪しげな格好してりゃ、警察でなくても疑いたくなると思うがな」
「ヲンナノコが美容のために日焼け対策して、何が悪いのよ? アレはセクハラものよ。男女差別だわ!」
「男女………?」
見るからに不審人物の伊周に、刑事は当初からうさん臭げな目を向けていた。そしてどうして事件現場にいたのか、かなり離れたところにいたにもかかわらずそばに駆け寄ったのは何故か、等々しつこく尋ねて来たのだ。『捜査の一環だ』と言い訳をしながらも。
結局───村雨が『あの』御門晴明の知り合いで、秋月マサキの護衛役だと言うことが判明するや否や、手のひらを返すようにあっさりと追及をやめてしまったと来ては、伊周が理不尽さを訴えたくなっても無理はない。
もっとも村雨が、『食事の提案をしたのは伊周だが、場所と待ち合わせ方法を決めたのは自分の方だ』と強く主張したのも理由の1つだが、今更、2人の間では言う必要のないことだ。
「お肉〜〜〜! 肉汁の滴るお肉を食べたい〜〜! 塩タン〜〜!」
「分かった分かった、連れてってやるからもたれ掛かって来るなって」
ただでさえ暑くて疲れているのに、と、村雨が伊周を振り払おうとした、ちょうどその時だった。
「あの………ちょっといいかしら?」
横合いから声をかけられたのは。
どうやら2人を待ち構えていたらしいその人物は、一目見た村雨が思わず、口笛を鳴らすほどの美女だった。
すっきりとした端正な顔立ちで、髪を肩の辺りで切りそろえ、動きやすいスーツ姿の上からもスタイルの良さが分かるような。
加えて、単なる美人なら伊周の格好の毒舌のターゲットになったであろうが、彼女は知的な雰囲気も持ち合わせていた。意志の強そうな光をその目に宿し、決して男性に媚びた感じでもない。男女共に好感を寄せられそうな、キャリアウーマン風だ。
「………あんたは?」
「ごめんなさい、驚かせて。あなたたちよね? 噴水に突き飛ばされた女性をすくい上げてくれた2人、って」
「悪いけど、マスコミの取材ならお断りよ。これからあたしたち、お食事に行くんだから」
伊周がそう返すのを聞きながら、なるほど、と村雨は心の中で納得する。
ジャーナリストなら、彼女の雰囲気の意味も分かる。遠慮がちながらも真剣なまなざしを、自分たちに向けていたから。なかなかどうして、伊周の観察眼は侮れない。
が、気になるのは彼女の立ち居振る舞いが、小さな事件事故で大騒ぎするような質の低いマスコミ関係者には不似合いなものだということ。後味の悪い結果になったものの、単なる引ったくりと傷害───そのうち過失致死か殺人に切り替わるかもしれないが───事件を嗅ぎ回る風には、見えない。
そう思いながらも観察していると、彼女は困ったような笑みを浮かべて言った。
「………確かに私はジャーナリストには違いないんだけど、今回のことを記事にするつもりはないの」
「じゃなんで?」
2人の追及に、彼女の懐から取り出されたものがある。
「実は…………私は被害者とは友人なのよ」
見ればそれは写真だった。彼女と一緒に笑顔で収まっているもう1人は、あの突き飛ばされた女性である。
「………彼女の両親は海外にいらして、日本に駆けつけるのは明後日になってしまうの。それで事件の内情を御両親にお教えしたいから、できるだけ詳しく知りたいと思って」
そして、今目の前にいるこの女性記者が、事件当時伊周が拾い上げた携帯に張られていたプリクラシールの片割れであることは、言うまでもない。
察するに、2人は確かにかなり親しかったのだろう。
「じゃあひょっとして彼女も、ジャーナリストだったってことか?」
「そうだけど………警察の人から被害者の身元とか、聞かされていないの?」
「あたしみたいな『不審人物』に、そうそう自分たちの手の内を見せるもんですか」
露骨に警察への反感を表す伊周に肩をすくめ、村雨は相手に答える。
「………俺たちは単なる通りすがりの人間だ。色々嗅ぎ回って、痛くもない腹を探られたくはないんだよ。いい加減、腹もすいたしな」
「ちょ、ちょっと待って!」
彼の言葉は同時に、遠回しな彼女への協力の拒否をも意味する。それを察した相手は、慌てて村雨に取り縋ろうとした。
その時である。
バサバサバサッ………。
「あ、ご、ごめんなさい」
焦ったせいだろう。彼女は持っていたバッグの留め金を引っかけ、中のものを全部地面にぶちまけてしまった。
これ幸いにと、伊周はその場から村雨共々引き上げようとしたのだが。
「……………!?」
その足が、ふと止まる。女性記者が拾い上げている、財布やハンカチを目にした途端に。
「………。仕方ないわねえ。自分の食事代ぐらい、自分で出すって言うならついてきてもいいわよ」
「ともちゃん?」
伊周はゆっくりと彼女の側に歩み寄り、財布を拾い上げ手渡してやる。
彼女の友人が持っていたバッグと、同じ柄の財布を。
「あ、ありがとう。そう言えば自己紹介がまだだったわね? 私は天野絵莉って言うの。フリージャーナリストよ。よろしくお願いするわ」
「村雨祇孔くん、ね。それで、そっちのあなたは何て言う名前なの?」
「きゃーーっ、おじさんこっちこっち! 早くカルビ持ってきてーv」
「………ともちゃん………☆」
「ともちゃん、って言うの? 本名は?」
「やあねえ。ヤボなことは聞かないの。ヲンナには秘密の1つや2つ、ある方が刺激的じゃなあい?」
「「……………………」」
時刻は夕方。村雨オススメの、うまい焼肉店の中である。
伊周の考えが分からないままではあったが、村雨は結局、この天野絵莉と名乗る女性を一緒にこの店へ連れて来た。
実は伊周は『男好きの女嫌い』の典型的な例だ。よほどのことがない限り、女性を同伴させることなどありえないはず。特に、自分が一緒にいる場合は『とるのとられるの』と嫉妬心を丸出しにして、絶対に。
そう推測した村雨は、今回が『よほどのこと』の日なのだろうと判断し、だからこそ彼の選択に異を唱えなかったのだが。
「うーん、やっぱりカルビはおいしいわねー♪」
………本当は、ただ一刻も早く飯にありつきたかっただけなのではないか。村雨はつい、そんなことを考えてしまう。
村雨と絵莉、2人分の視線の圧力を感じたのだろう。伊周はもぐもぐごくん、と肉を飲み込んでから言葉を発した。
「あたしのフルネームって結構特殊なのよ。その名前だけあたしがどこの出身か、って分かっちゃうくらいにね。だから、名乗るわけにはいかないってわけ。親に迷惑かけちゃうのが分かりきってるからさ。………そっちからちゃんと名乗らせておいて恐縮だけど、そういうワケで『ともちゃん』って言う通り名で許して頂戴な、エリちゃん。別に会話に支障はないでしょ?」
───うまいな、と村雨は心の中で感嘆した。
仮にも絵莉はジャーナリストである。それも、そこそこに経験を積んでいそうだ。そんな彼女に、馬鹿正直に「阿師谷伊周」の名を告げようものなら、彼の正体ぐらいたちどころにバレてしまうかもしれないのだ。
協力してもらうわけでもない相手に、下手な警戒心を与えても何にもならない。それに以後、変な好奇心で付きまとわれでもしたら「商売」上がったりだろう。
「………そう言う事情なら仕方がないわ。それじゃあ『ともちゃん』、まずは現場近くに先に来ていたあなたの話から、聞かせてくれないかしら?」
そう切り出す絵莉に、伊周への警戒心は見受けられない。どうやら彼の正体は露見していないらしいと、村雨は密かに胸をなで下ろした。
伊周は、運ばれてきたレモンスカッシュをチビチビやりながら話している。
「うーん、まずはね。あたしは事件発生の………ええと、13分前かしら? そのくらい前からあの公園に来てたのよ。しーちゃんと待ち合わせしていたってわけ。くれぐれも遅刻しないように、って言われてたから、デートの約束の時間より10分も前にね」
「………デートなの?」
「そおなの♪ デートなの♪」
それは嬉しそうにほくそえむ友人を見かねて、釘を刺す村雨。
「をいこら、そこ! 勝手にヨタ話を膨らませたり、妄想したりするんじゃねえ! 俺たちは、単なる、トモダチなんだよ」
「そ、そうなの?」
「やっぱり絵莉ちゃんもそう思うわよねー。アタシたち、お似合いのカップルに見えるでしょ?」
「……………ともちゃん……………(怒)」
「冗談なんだから、そんな恐い顔しちゃ・ヤ♪」
「そ、それより話の続きを………」
絵莉が慌てて2人の間に割って入ったが、それはどちらかというと話を再開して欲しかったからに、他ならない。
───村雨が危ぶんだ通り、彼女は彼と伊周の仲を『しっかり』誤解していたらしかった。
「ええと……………それから10分くらいはそこに立ってたんだけど、近くでちょっとした騒ぎがあってその場を離れて。多分しーちゃんがここへ来たのは、ちょうど入れ違いだったんでしょうね。で、元の場所に戻ってきた時には更に3分ほど経ってて、しーちゃんと落ち合って歩き出した時に、噴水の縁に座ってた彼女を見かけたわ。それから引ったくりに遭ったのよ」
「ちょっとした騒ぎって?」
「……………そういや、さっきもそんなこと言ってたな、ともちゃん。結局何だったんだ?」
『ほのぼのって言うか、ちょっとお間抜けって言うか』と言わしめた騒ぎとは、一体何だったのか?
「要は、騒々しいくす玉が炸裂したのよ」
「くす玉あ?」
「そ。『誕生日おめでとう、あなたが生まれたこの日に感謝!』って垂れ幕付きのね。どうやら爆竹も使ったらしくって、音と火薬の匂いにみんなびっくりして、そっちの方向に駆けつけたってわけ。結局誰が仕掛けたのか、そして誰に当てたメッセージなのかは、分からずじまいだったけどね………」
それで伊周は、しきりに自分の誕生日を気にしていたというわけか。
絵莉と会う前の会話を思い出し、やっと合点がいった村雨である。
「その騒ぎが起きる以前に、彼女を噴水前で見かけた?」
「………いなかったと思うわ。彼女、青い帽子かぶってたんでしょ? いたら結構目に付くんじゃないかしら」
「確かにな」
大体、遠くから一目でブランドもののバッグを見分けた伊周が、そんな特徴のある人間を見逃すものか。
絵莉の質問は、今度は村雨へと移った。
「俺か? 俺が公園に来たのは、事件が起きる3分前ってトコロだな。このクソ暑い中、いつまでも待ってるのなんてゴメンだったから、こいつとの約束の時間ちょうどに、ここに来るように時間調整したんだ」
「あたしは10分も前に待ってたのにい」
「メシおごってもらうんだったら、そのくらい我慢しろってんだ」
「まあまあ2人とも。………それで、あなたはその時彼女を見かけた?」
「ああ、見たぜ。一度彼女の携帯が鳴ったから、その音についつられちまって。そこに青い帽子かぶった彼女が、電話の相手と話し込んでいたのも見たな」
「……………」
「どしたのよ? エリちゃん。急に黙り込んじゃって」
「な、何でもないわ。…………ありがとう。参考になったわ」
「……………?」
───2人の意見を聞き終え、しばらく考え込んでいた絵莉が口を開いたのは、伊周が今のうちにとばかりに焼き肉を平らげた、後である。
「………つまり、彼女があの公園に来たのは、『ともちゃん』が一旦来た後で、村雨くんが約束の時間通りに到着する前だった、ってこと?」
「多分な。警察でもそのくらいだろうって見てるらしいぜ」
そう応えた村雨だったが、おや? とふと首をひねる。
<………そう言えば、携帯で話し込んでる彼女を俺が見かけた時、ともちゃんが目に留めたあのバッグは………持っていたっけ? あんまり興味がなかったから、見逃しただけかもしれねえが………>
何気ない疑問ではあったが、一度気になると尾を引いてしまう事は往々にしてあることだ。
何とか記憶の糸をたどろうとしたが、どうしても思い出せない。村雨は頭を軽く振って、気分を変えようとちら、と隣の友人を見たのだが。
「………?」
彼の横顔に、思わず眉をひそめる。
伊周は、不謹慎にも唇を笑みの形に歪めていたのだ。それも、何か面白いものを見つけた、と言わんばかりに目を輝かせて………。
「………ねえ? エリちゃん。今度はアタシの方から質問してもいいかしら?」
───そして彼がそう持ち掛けた時、悟ったのだ。今度彼の口から飛び出す質問こそが、通例を破ってまでも絵莉を同行させた理由なのだと。
「ええ。構わないわ」
絵莉が気安く請け負うのとは裏腹に、村雨は息を呑んで伊周の言葉を待ち構えたのだが……………。
「エリちゃんにとって、あのオトモダチって一体何なの?」
「な、何なのって…………」
「ひょっとして…………アンタの『女』?」
スッコーン!!!
───質問の下世話さに、一瞬反応が遅れてしまった絵莉を余所に、村雨の情け容赦ないゲンコツが派手な音を立てて炸裂する。
「いったあい! いきなり何すンのよ、しーちゃん!」
「馬鹿か、お前はっ! 自分がゲイだからって、他人にまでそう言う考え押し付けるなっ!!」
「ふ、2人とも、おちついてっ!」
ようやく我に返り、大慌てで彼らを宥めにかかる絵莉。彼女は同時に、興味津々でこちらを見やっている他の客に対して「スミマセン、何でもないんです」と、頭を下げるのを忘れない。
自分の唐突な質問が原因で、周りから注目されるはめになったと認識したらしい。伊周の声は、いつの間にか低くひそめられている。
「………だあってえ、エリちゃんのこだわり方が尋常じゃあないと思ったんだもの」
「だからって、いきなり飛躍した考えに到達するなよ…………。それに、彼女自身が自分で言ってたじゃねえか。明後日来日する被害者の両親に、詳しい説明をするためだって」
なあ? と同意を求めるために視線を交わすと、絵莉は慌てて頷いてみせる。まだ気後れしているのか、反応はどことなく鈍いようだ。
ところが、これからが伊周の本領発揮の時間だったのである。
「そう? 帰ってくるのは明後日でしょ? わざわざ今急ぐ必要はないんじゃないかしら。それに、どうせ親が真っ先に駆けつけるのは被害者が収容された病院か、警察でしょ? その時に担当の刑事に聞いた方が、余計な手間も先入観も省けるじゃない」
「それ、は………」
確かに、伊周の指摘通りではある。
「でしょ? だからおかしいなって思ったってわけ。わざわざ事件直後にアタシたちに話を聞く必要が、どこにあるのかしらって」
「……………」
絵莉からの返答はない。それを良い事に伊周の言葉は続いていく。
「必要があるとすれば、被害者とエリちゃんがいわゆる『深い仲』だった場合………」
「だーかーらー、そこから離れろっての」
そこでつい、ツッコミを入れた村雨も、伊周が次に口にした『理由』には目を剥く事となる。
「あるいは……………本当はあの時、事件現場にいるはずだったのは彼女じゃなく、エリちゃんの方だった場合、ね?」
「なっ………!?」
───絶句と愕然の時間が刹那に過ぎ去り。
思わず視線を向けた先で、絵莉は表情を硬くしてうなだれていた。
それはとりもなおさず、伊周の推理が的中しているからに他ならない………。
「………それなら、エリちゃんがあたしたちに色々と話を聞きたがる理由も、説明が付くのよ。要は罪悪感。もし自分が約束通り公園へ行っていれば、彼女がそんな目に遭う事はなかったんじゃないか、って思っても不思議じゃないわ。不安な気持ちをどうにかしたくて、色々聞きたがったってわけ」
伊周の口調は、不思議にいつもの詰問風ではなかった。淡々としたそれから察するに、絵莉を責めているわけでも、哀れんでいるわけでもないらしい。
「………どうして分かったの?」
絵莉が、疲れたような声でそう呟いたのは、重苦しい沈黙が1分ばかり続いた後だった。
「言ったでしょ? エリちゃんのこだわりが尋常じゃないって。だからどうしてかなって思ったんだけど、被害者が寸前まで持ってた携帯電話の事思い出して、もしかしたらって」
「携帯電話?」
「そ。すぐに警察が押収したからしーちゃんは知らないだろうけど、アレにはプリクラシールが貼られていたの。被害者とエリちゃんが並んで写っているものがね。あの時はてっきり被害者の持ち物だとばかり思ってたんだけど、逆の場合もありうるなって」
「し、しかし、何で被害者が自分のじゃない携帯を持ってたんだ?」
言いながらも、村雨にはうっすらと今回の成り行きの輪郭が分かりかけている。
「目立つ青い帽子は初対面か、そんなに会った事のない相手と待ち合わせの際、目印になるわ。つまり被害者は、エリちゃんの代わりに誰かと待ち合わせをしていたんじゃないかしら? ………例えば、約束の時刻直前になってエリちゃんに急用が出来たとする。それも、少し待っていてもらえればすぐに終わる用事だったとしたら? 今日みたいな炎天下の中、下手に相手を待ちぼうけさせるよりは、代理人と一緒に待っていてもらった方が、礼を失しないと思わない?」
「………………」
「そして他人の携帯電話を持っていた理由だけど、エリちゃんが待ち合わせの相手に万が一の連絡用にと、自分の携帯の電話番号を教えていたとしたら? もし相手の方に不都合が出来たり、待ち合わせ場所で出会えなかったりしたら、当然教えた電話番号の方に問い合わせしてくるわよね。だったら、代理人にその携帯を持たせた方が、何かと都合がいいじゃない。どうせエリちゃんは急用で忙しくて、電話に出る暇がないかもしれないんだし」
確かに自分も、伊周がなかなか来なかった間、携帯電話でも持っていればいいのにと───そう、思ったではないか。
伊周は触れなかったが、そうなると村雨が見かけた時『彼女』が携帯電話で話していたのは、あるいは絵莉本人だったのかもしれない。先刻の彼女の様子から、村雨はそう悟ったのだった。
「………あなたの言う通りよ………」
伊周の推理に、絵莉は深い溜め息を吐いた。
「付け加えるなら、待ち合わせの代理は彼女の方から言い出してくれたの。だから………なおさら居たたまれなくって………」
まるで彼女が、すすんで事故に巻き込まれたみたいで。
「それとプリクラだけど、普段は私も貼ってなかったのよ。ただ待ち合わせの相手に、余計な警戒心を持たせたくなかったから………」
「俺たちに被害者との親しげな写真を見せたのと、同じ効果を狙ったってわけだな?」
確かに口でどうこう説明するよりは、その方が信用されるに違いない。
「………で? 一体誰と待ち合わせしてたの? あんたの『男』とか」
「だーかーらー」
とは言え。
伊周がそう口にしたのはからかう為というよりは、今の雰囲気を和ませようとしたものに違いないので、村雨も無理に阻止はしない。
それが分かったのだろう。絵莉の表情も少しだけ、緊張の解けたものになりつつあった。
「あいにくお目当ての男性(ひと)にはフラレっぱなしでね。私が待ち合わせしたのは仕事として。インタビューの為なのよ。………フィギュア選手の的場瞬って、知ってるかしら?」
「的場ぁ?」
これは村雨の、気のない返事。
「的場瞬ですって!? アノ氷上のプリンスって言われてる!?」
そしてこっちは、極めて興味をそそられている感のある伊周のもの。
「エリちゃんてば、彼に会ったって言うの?」
「いいえ。結局はまだインタビューに応じてもらってないのよ。………事件があったでしょ? 彼も近くまで来ていたらしいんだけど、騒ぎに巻き込まれたくないから今回は見合わせてくれって、さっき電話で連絡してきたわ。元々マスコミ嫌いで有名な人だし」
「あーん、惜しい★ 会いたかったのにい」
悔しがる伊周に溜め息を吐きながらも、おや? と村雨は思う。
「電話で連絡って………。確かあんたの携帯は、警察に押収されたままなんだろう?」
「万が一に備えて向こうには、私の自宅の電話番号も教えてあったのよ。そっちの留守電にメッセージが吹き込まれていたわ。ウチの電話、外からでも暗証番号で留守電をチェックできるタイプのものだから」
そう答えてから、絵莉はふと思い付いたように伊周に持ち掛けた。今回、話を聞かせてくれた礼、のつもりなのだろうが。
「………何なら聞いてみる? 外の公衆電話からでも」
───数分後。
さっさと食事と会計を済ませてしまった3人は、近くの公衆電話ボックスに来ていた。正確には、絵莉と伊周が電話ボックスの中にいて、村雨は暑苦しいからと外で立っていたのだが。
「暗証番号は秘密だから、ちょっと向こう向いていてくれる?」
「OK。………そろそろいい?」
「いいわよ。はい」
「きゃーっ♪ ホントに的場瞬の声だわーっ♪ ちょっとそっけないトコが、またいいのよねー♪」
受話器を渡され、お目当てのメッセージを聞いてはしゃぐ友人に、思わず村雨は水を差したくなる。
「………女子高校生かよ、お前ら」
「あん、嫉妬しないでよ、しーちゃん。彼はあくまでも手の届かないところにいるアイドル。恋愛の対象じゃないの。アタシが好きなのがしーちゃんだってことには、変わりはないんだからね♪」
「へいへい」
「ふふっ」
それでも、おかげで絵莉に元気が戻った事に免じて、特に文句は返さない村雨だった。
「だけど、よくインタビューなんて承知したわね。彼、去年の一連の心無い報道攻勢のせいで、すっかりマスコミ不信に陥ってたって聞いたけど」
憧れの選手の生声を聞いて気が済んだのだろう。伊周は電話ボックスから出ながら、絵莉にそんなことを聞いた。
「ええ。だからってわけじゃないけれど、私のインタビューの内容は穏やかなものだから。『あなたの恩師について』がテーマ。専属コーチについての話を、聞かせてもらうつもりなの。………あ、これオフレコにしておいてね」
「………何だ? その心無い報道攻勢、って言うのは」
妙に盛り上がっている2人に置いていかれたみたいで、気に食わない村雨はそう尋ねる。そこでしか、ツッコミどころがなかったので。
「知らないの? しーちゃん。彼、今でこそソロに転向しているけど、元々はペアでデビューした人なのよ」
「そうなの。でもパートナーが不幸にも事故死してね。その時の彼の取り乱しように、2人は恋仲だったんじゃないかとか、色々口さがない報道をされてしまって」
「まあ、彼の動揺も無理ないのよねー。何せ、彼の実力を見出してフィギュアの世界に導いたのって、元パートナーの彼女だから。なのに、すぐに色恋沙汰に持って行きたがるなんて、マスコミも随分質が落ちたものだわ」
───お前も、だろうが。人間関係をすぐに『恋愛沙汰』に連想してしまうのは。
村雨は思わず、自分の事を棚上げにした友人の発言に呆れる。
しかし芸能界に限らず、コンビを組んでいる男女に対してはその手の噂はつきものだ。血縁関係でもない限りは。なのに、いくら興味本位に報道されたとは言えいちいち過敏反応するとは、随分『覚悟』が足りない男だと、辛辣な感想を抱いてしまう。
まあいくらスポーツ選手だからと言って、全員が全員取材慣れしているわけではない。多分その的場という男は、そういうものが苦手なタイプなのだろう。そう結論づけた村雨だった。
電話ボックスから少し歩くと、夏だけあってやはり暑い。
喉が渇いてきたかな、と村雨が思い始めたところで、絵莉が何気ない仕草で手首を目の高さに持ち上げる。が、どうやら目当てのものが見当たらなかったらしく、困ったような顔でごそごそとバッグを探り始めた。
「? 何やってんの? 絵莉ちゃん」
「今何時かと思って………友人に腕時計貸したままになってたの、忘れてたわ。さっきの焼き肉店で貰ったレシート見れば、おおよその時間は分かると思うんだけど」
この辺は灯りも暗く、文字を読むには適さない。村雨は気を利かせて、自分の腕時計を覗き込んだ。
「………ちょうど午後8時だ。友人って、今回の事件のか? そう言えば………確か俺が見かけた時、丈夫そうな腕時計を手首にしているのを見かけたな」
「多分それね。ちょうど彼女、腕時計を壊したところだったから、私のをどうせだからって貸してあげたのよ」
その調子なら、きっと今でも警察が押収したままなのだろう。
「でも、水に浸かったのなら壊れたかも知れねえぞ?」
「ちょっとやそっとで壊れるような時計は、愛用しない事に決めてるの。取材の張り込みなんて言うものは、天気の善し悪しなんて関係ないですからね。防水加工付きの、1人くらい乗っても平気な、アウトドア傾向の腕時計を使ってるから」
「色気ないわねえ………」
「仕方ないわ。それが仕事だから」
そう苦笑を返してから、絵莉はおもむろに切り出した。
「そろそろ私は失礼するわね。『彼女』の容体を確かめに行かないと」
「………危ないのか?」
「それが良く分からないのよ。どうしてだか、警察病院の方は情報をシャットアウトしているみたいだし。ただ………もしもの時は覚悟してくれ、って言われてるわ」
───つまり、生死の境をさ迷っている状態、というところなのだろうが。
「まあ、いくらなんでもご両親が来日すれば、ちゃんと会わせてもらえるんだろうけどね」
「ホントに絵莉ちゃんのオトモダチの両親、外国にいたんだあ」
伊周の言い草に村雨は慌てたが、絵莉は気にした風ではない。
「嘘だ、って思われても仕方ないけれどね。利用できるものは出来るだけ利用させてもらおうって考えてたから」
職業病かしらね? と絵莉はウインクを返して笑う。そう言う点では、ありとあらゆる『神』を『利用』する立場の『陰陽師』も良く似たようなものだと、村雨は伊周の方を眺めながら思っていたのだが。
「アラ、そう言うつもりじゃあなかったのよ。ただね絵莉ちゃんのオトモダチってば、ブランドものの最新デザインのバッグ持ってたからさあ。やっぱそう言うのって、関税がかからない親に頼んで手に入れてもらうのかなー、って、ちょっと羨ましくなっちゃって」
TPOを考えないミーハーぶりに、思わず頭が痛くなる。
「お前………あの状況で何考えてたんだよ?」
「いいじゃなーい。美しいものと強いものに惹かれるのは、アタシの性なんだからさあ」
「へえ、じゃ『ともちゃん』の言う『美しいもの』はバッグのことで、『強いもの』って………ひょっとして村雨くんのこと?」
「あったりまえでしょ♪ ある意味美しくもあるけどさ♪」
「だーかーらー、そーゆー方向の話はやめてくれって………★」
伊周の話題についていく気になれず、脱力状態で村雨はいたのだが、
相手の隙をうかがい、結構鋭く物事の論点を突くのもこんなふざけた素振りの時だという事を、彼は忘れ果てていた。
だからである。伊周と絵莉との会話に、足元をすくわれたような錯覚に陥ったのは。
「そう言えば絵莉ちゃんも、『Christian Di○r』のサイフ持ってたわよね? さっき落としてたし。そういうのも、オトモダチを通して入手したりするわけ?」
「そんなには頼まないわ。彼女でさえそんなに頼まないのに、それを差し置いてって言うのもね。『ともちゃん』たちも見て、知ってるでしょ? 確かに彼女は『シャ○ル』は好きだけど、いわゆる『シャ○ラー』って呼ばれるほどはたくさん持ち歩いてない、ってことは」
───ちょっと待て!?
村雨は思わず詰め寄っていた。
「『シャ○ル』って、けどあの時彼女が持ってたのって………!」
「だーかーらー『シャ○ル』だってば、『シャ○ル』。しーちゃんもいい加減、ファッション音痴治しなさいよねー」
だが、すかさず抱きついてきた伊周にセリフを遮られた上、思いきり足を踏みつけられては、それ以上何も言えなくなる。
「絵莉ちゃんごめんねー♪ この人ってば、『Christian Di○r』と『シャ○ル』の区別さえつかないのよお。あーんなに特徴的なロゴ、ついてるのにさあ」
幸いというか、絵莉は村雨の一瞬見せた不審顔を心に留める事はなかった。
「あら、随分村雨くんのこと分かっちゃってるのねー、『ともちゃん』。妬けるわね」
「妬いちゃって妬いちゃって♪ 内助の功って呼んで頂戴♪」
「クスクス………じゃ、私はこれで。2人とも元気でね」
最後まで絵莉は、彼らの関係を誤解したまま去って行く。だが、残された村雨たちはそんなことにこだわっている余裕はなかった。
「全く………しーちゃんてばアタシみたいに女嫌いじゃないわりに、結構無神経なとこあるわよね」
踏みにじんでいた足を離し、道の脇の花壇の縁に腰を下ろす伊周。まるで絵莉を非難しなかった分、村雨へ集中攻撃しているかのようだ。
「………どういう意味だよ?」
仮にも日常、自分に惚れているとほざいている男のことだ。よほどのことがない限り、こんな無慈悲な真似はしないであろう。だからこそ村雨は、伊周のやらかした暴挙を見逃す気になったのだが。
「分かってるくせに。しーちゃんだっておかしいって思ったんでしょ? 被害者がコレクターでないとは言え、普段好んでるブランドのものとは違う、しかも新品のバッグをあの時、持っていたってことにさ」
「………………」
「おまけに被害者がいたあの公園で、くす玉騒動があったわよね? ただでさえあの暑さで少ない通行人を、まるでアノ一角へ足を向けさせるような。仕事で、しかも代理人だった被害者は、その場にとどまったみたいだけど」
───村雨は一瞬、夜の暑さを忘れた。背中から這い上がってくるうそ寒いものを感じずには、いられなかったからだ。
無論、伊周が艶然と笑んだから、ではない。
「まさかしーちゃん、今回の事件が単なる引ったくりによって引き起こされたもの、なんておマヌケな結論、出しちゃいないわよねえ?」
「………そこまでお気楽な性格、してねえよ………」
「よろしい」
これは偶然でも、不運な事故でもない。
天野絵莉は十中八九、何者かに命を狙われていたのだ。
そう、気がついたからである。
《続く》
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