東京魔人學園SS 極楽門10000Hit記念SS.
write by 雪乃丞.
ライバルという関係



 それは、とある日の弓道部の部室でのことだった。
その日は、いよいよ大会に向けて最後の追い込みとばかりに猛特訓をやっているような、そんな日だった。
その日の練習もようやく終わり、皆が着替えて帰ろうとしてる時に、その声はかけられた。

「小蒔って、最近凄く上達したよね?」

 そう声をかけてきたのは、同じ弓道部の3年である芳野明海(よしの あけみ)である。
小蒔にとっては半年前までは良いライバルとでもいう間柄だったのだが………。

「そうかな?」
「そうよ。なんかもう敵わないって感じ」
「そんな事ないよ。芳野だって、あんなに一生懸命練習してるんだし………」
「ううん。もう分かってるわよ。私は貴方には敵わないって」

 そう答えながら、芳野は少し寂しそうな笑顔を見せた。

 ここ数ヶ月の命をもかけた実戦の数々で鍛え上げられた小蒔の弓の腕前は、誰もが驚くほどの上達を見せていた。
もっとも、なぜそこまで急に上達したのかまでは、知りようもないのだろうが………。

 当然の事ではあるが、小蒔は部活では己の力――火龍の力――を一切使わないし、使う気もない。
しかし、戦いの中で積み上げてきた経験というものが、(力を抜きにしても)小蒔の弓の腕前を半年前とは別次元といっても言い程のレベルにまで進歩させていたのだ。
今の小蒔の腕前をもってすれば、宙に弾いたコインを弓で射抜くことすらも、そんなに難しいことではないだろう。
しかし、そんな芸当が、一介の高校生に出来るはずもない。
つまり………小蒔の弓の腕前は、高校生レベルを遥かに越え、もはや名人級といっても良いようなレベルに達していたのだった。
そして、二人の間にあった実力差は、この半年間で埋めようがない程に、大きく開いてしまっていたのである。

「芳野………」
「良いのよ、そんな顔しないで?単純に私の努力が貴方の努力に及ばなかっただけなんだから………」

 そう言うと、芳野はこんどは晴れやかな笑顔を浮かべて部室を後にする。
しかし、小蒔にはその笑みに隠された疲れのようなものが、はっきりと感じられていた。
そして、そんな芳野に、小蒔は何も答えを返す事が出来なかったのだった。





 部室を後にした頃には、すでに夕日が空を赤く染めていた。
そして、時間を気にしながら、小蒔は駆け足で待ち合わせの場所であった正門前に向かった。
その場所には、学生服姿の青年がすでに来ていた。

「お待たせ、醍醐君。待たせちゃったかな?」
「いや、オレも今来たところだ。龍麻と京一もそろそろくるだろう」
「え?京一って今日は部活に行ってたの?」
「ああ。珍しくな。どうも龍麻と何かしていたようだが………」
「ひーちゃんまで?」
「ああ。オレも部活があったから見にいってはいないんだがな」
「なにしてたんだろうね?」
「さあな。あの二人が突拍子もない事をするのは、今に始まったことじゃないがな………」

 そういうと、僅かにため息をつく醍醐だった。
龍麻も京一も一人なら、いつもはそんなに馬鹿な真似はしないのだが………なぜか二人揃うと時々突拍子もない事をしでかすのだ。
そんな二人の起す騒動に、もはや諦めの入った醍醐であった。

「それより………どうしたんだ?桜井?なにか元気がないな?」
「え?分かるの?」
「まあな。いつもの元気が感じられなかったんでな」
「うん。チョットね」

 そう答えると、小蒔は部室での一件を醍醐に相談してみる事にした。

「………という訳なの。ボク、どうしたら良いのかな?」
「フム。………難しい話だな。だが、桜井には原因はないんじゃないか?」
「うん。ボクもそう思うのは、そう思うんだけどさ。でも………なんか寂しいんだよね?
その子と………その………切磋琢磨しう関係っていうのかな?そんな関係だった時期って、凄く部活が楽しかったんだ。
それがいつの間にか、こんな事になってたなんて………」
「まあ、ライバルと認め合うような者同士には、いつかそんな時期がくるものなのかも知れんがな………。
だが、オレ達にはどうしようもない問題だろう?」
「そんなんだけどね………」

 その時、不意に二人の背後から声がかけられた。

「てっとり早いのは、雌雄を決することなのではないですか?」
「わぁ!」
「ひゃあ!」

 二人してビックリして背後を振り向くと………。

「こんばんわ。龍麻を探しているんですが………御存知ないですか?」

 いつものポーカーフェース(無愛想ともいう)な拳武館のアサシンこと、壬生紅葉がいた。

「壬生………心臓に悪い登場の仕方をしないでくれるか?」
「そうだよ………ボク、ホントにビックリしたんだからね?」
「これでも一応、声をかけたんですが………」

 いくら声をかけたとはいえ、気配を消したまま背後に忍びよるとは………。
この人物ともそんなに短い付き合いではないはずなのだが、いまだにその性格は読み難いようである。

「………ところで、壬生くん。雌雄を決するって?」
「いつまでも一人で悶々としているよりは、早々に決着をつけて自分の中の気持ちにケリをつけたらどうか?
………と言っているんですよ」

 そう答えた時、壬生の口元に僅かに笑みが浮かんだ。
その笑みは、なぜか剣呑なものに見えたらしく、醍醐は確認するかのように尋ねた。

「………もしやとは思うが………」
「多分、正解だと思いますよ?そういう訳で………龍麻を探しているですけど、御存知ないですか?」

 その剣呑な雰囲気に引き寄せられたのか………その話題の当人がやってきた。

「紅葉じゃないか?どうしたんだ?」
「少し思うところがあって、ね。今更と思うかも知れないけど………手合わせをしたいんだ」
「良いのか?拳武館って私闘禁止だろ?」
「心配はいらないよ。館長の許可はとってあるからね」

 そういうと、壬生は龍麻に折り畳まれた手紙を渡した。
その手紙には………。

『いきなりの事で驚いていると思うし、済まないとも思う。
だが、彼はキミとの実力の差というものが、あるのかどうかを知りたいらしい。
あるとすれば、それはどの程度のものなのか、どうしても確かめたいらしいのだ。
済まないが、相手をしてやってくれないだろうか?
無論、無理強いはしない。嫌なら嫌と言ってやって構わない。
彼にも無理強いは許さないと言ってある。
だが、私としても、君達二人がこの1年でどの程度成長したのかを見てみたい。
キミが彼の申し出を受けてくれる事を願っている』

 書名もなければ、個人を特定するための名前すらも記載されていない。
いかにもといった感じの用心深さは、職業柄なのだろうか?
そう考え、思わず苦笑を浮かべながらも、龍麻は壬生に答えた。

「OK。どこでやる?」
「館長もご覧になりたいと仰っていたから、拳武館になるんだけど………構わないかな?」
「いいよ」

 そして、歩き始めた二人に対して、今までの経緯を呆然として見ていた二人がようやく我に返った。

「ちょっと、ひーちゃん!」
「龍麻。待たないか!」
「御免な、二人とも。京一には用が出来たら先に帰ったって伝えといて」

 そういうと、二人の制止の声も聞かずに去っていく。
その時。不意に壬生が振り返って、背後の二人に告げた。

「いつまでも悩んだりしているよりは、こっちの方がよっぽど後腐れがないと思いますよ?」
「紅葉?どういう意味なんだ?」
「いや………こっちの話だよ」

 その壬生の頬に見間違えようもない微笑が浮かんでいるのを見て、小蒔と醍醐には、もう何も言えなかった。





「………どうしよう」

 その呟きをもらしたのは、龍麻が壬生と一緒に帰ってしまってから10分後の事だった。
壬生のアドバイスを聞いて、半信半疑で芳野に勝負しようと持ちかけた小蒔であったのだが………。
どうやら、壬生の考え方と芳野の考え方は(当然ではあるが)大きく違っていたらしい。

『貴方、私にもう勝ち目がないって分かっててそういう事を言うの?』

 そう、悲しそうに、辛そうに、そして………悔しそうに答えた芳野は、涙を浮かべて弓道場から逃げ出すようにして出ていってしまった。

 その時になって、小蒔は始めて気がついたのだが………。
芳野は部活が終ってもう1時間近くもたっているのに、未だに学制服に着替えていなかったのだ。
それは、いつも一人で残って必死に練習していたという事だった。

 それだけ必死に練習しても小蒔に追いつけない。
そんな絶望的な気分をもう何ヶ月も味わい続けながらも、芳野は必死に歯を食いしばって頑張っていたのだ。
 それは単純に『負けたくない』という気持ちもあったのだろう。しかし、それだけならばまだ良かった。
芳野は、ほんの半年前までは、ずっと小蒔の良きライバルであったのだ。そして、それは周囲も知っていた。
半年前まで同レベルか、あるいは上であった芳野だけが置いていかれ、小蒔は今や誰もがその実力を認める部長である。
芳野を周囲の部員や顧問がどのように見ていたのか………それは想像に固くないであろう。

『桜井さんを見習って、もっと頑張りなさい』

 ライバルという関係は時として、非常に無慈悲である。もはや追いつけない相手と、いつまでも比べられるのだ。
そして、そんな芳野の苦悩を、小蒔は今の今まで気がつけなかったのである。
そこに止めをかすかのように、小蒔は『悩むくらいなら。いっそのこと勝負して決着をつけないか?』ともちかけてしまった。
芳野がどのように感じたのかは、あの涙をみるまでもなく明らかであるだろう。

 そんな芳野の姿にショックを受けた小蒔は、気が動転して次にとるべき行動も思いつかず、思わず頭を抱えてしまった。
そんな小蒔に、叱咤の声がかけられた。

「なにボケっとしてんだ!さっさとおいかけろ!」
「きょ、京一!なんでここに?」
「ほら、驚いてねーでさっさと追いかけろってんだ!オレも一緒に探してやるからよ!」
「う、うん」

 そういって急いで弓道場から出た二人であったが………。

「くそ!どこいったんだ?」
「まだ荷物とかここに置いてあるんだから、学校の中にいると思う。ボク、校舎の方を探してみるよ」
「分かった、 じゃあ、オレは正門のところで待ってる醍醐んトコ寄ってから、体育館の方探してみるからよ。
30分後に校門前に一旦集合な?」
「うん。お願い」

 京一に説明を受けた醍醐も合流して、3人での捜索となったのだが………。

「どうだった?みつかった?」
「ってことは、そっちも駄目だったって事か。ワリーな。オレの方もみつかならなかったぜ」
「済まんな。こっちも駄目だった」
「こうなったら………」
「こうなったら?」
「ミサちゃんに頼むしかないよね?」
「今、もう7時過ぎだぜ?いくらあの裏密でも、こんな時間に学校にいるのかよ?」
「何いってるんだよ?なにも直接会う必要ないじゃない。電話ってものがあるんだしさ?」

 そういうと小蒔はカバンから携帯電話を取り出した。
これは、いつも仲間との連絡用に持っていたものだったのだが、思わぬところで役にたったものである。

「あ、ミサちゃん?………え?旧校舎にいってみろ?なんで用件も言ってないのに………。
う〜ん………よくわかんないけど、ありがと。うん。助かったよ」

 そういうと、小蒔は電話を切った。困惑混じりに………。

「どうだった?裏密のヤツなんて言ってたんだ?」
「なんか、旧校舎にいってみろって。でも、用件も言って無いのになんで分かったんだろうね?」
「まあ、アイツのやることが理解不能なのは今に始まった事じゃないしな。
だが、アイツの言う事に今まで間違いはなかった。今回も信じてみるか?」
「そうだな。こんだけ学校の中探してみつかんねーとなると、あとは旧校舎の方だけだもんな」
「じゃあ、行って見る?」
「ああ。だが、日が暮れてから旧校舎の中に入るのは始めてだな………」
「何、おじけづいてんだよ?何も地下何十階にまで降りるって訳じゃねーんだぜ?オレ達3人だけでも楽勝だろ?」
「まあ、そうかも知れんがな」
「それに、ボク達には楽勝でも、芳野にはあの場所は危険だよ」
「そうだな。早めに見つけないとな」

 そうして、3人は旧校舎に向かったのだった。





 その場所は、夜に来ると………とてつもなくコワイ場所だった。
その場所に幾度となく訪れていた3人にとっても、夜の廃校舎というロケーションは、格別に薄気味の悪いものだった。
なぜなら、まだ日が高いうちに潜り、日も暮れようかという夕方までには、いつも帰っていたからである。
まさか、こんな時間にこの場所にくることになるとは夢にも思わなかったであろう。

「なんか………スゲー雰囲気だよなぁ?」
「そ、そうだな………これは予想以上だな」
「ボク、ちょっとコワイかも………」
「心配すんなって。そのために武器もってきたんだろ?」
「そ、そうなんだけど………。でもコワイって気持ちはどうしようもないんだよ」
「まあ、そうかもな。じゃあ、醍醐。小蒔のことは頼んだぜ?オレは一人で探すからよ」

 そういうと一人で、いそいそと壁の穴を隠してある板をすり抜けて潜り込んでいく。
その口元には楽しげな微笑。どうやら、この青年には『夜の校舎がコワイ』という感情はないらしい。
むしろ、夜の探索というものに、なにやらワクワクするものすら感じているのかも知れない。

「アイツを見ていると、薄気味悪がってるのが馬鹿らしくなってくるな?」
「そーだね」

 そんな苦笑を浮かべた二人に、壁の穴から声がかけられる。

「何してんだよ?早く来いよ?」

 その声に、促されて二人も壁の穴から校舎に潜り込んだのだった。
中に入ると、その薄暗さは益々酷くなっている。もはや、月明かりだけを便りに動くには少しツライ暗さである。

「うわー………真っ暗ぁ」
「そうだな。何も見えんな。懐中電灯くらい探してくるべきだったな」
「なーに、心配すんなって。今夜は満月に近いからよ。あと何分かしたら、はっきり見えるよーになるって」

 そう言いながら、京一は何の問題もないかのようにスタスタ歩いていく。もしかすると夜目が効くのかも知れない。

「やけに詳しいな?」
「そーだよ。まるで………こんな場所に慣れているみたい」
「まあ、慣れてるからな」

 そして、机などが乱雑に積み重ねてある、真っ暗な教室に二人を先導して入っていくと、そこで旧校舎にはいって始めて振り向いた。

「さて、目が慣れるまで暫くかかるだろうからよ………この部屋で話しでもするか?」
「さっきも言ったが、随分と慣れているな?まさかとは思うが………夜遊びの成果などというなよ?」
「違うって。それに夜の繁華街ってのは、昼間より明るくてウルセーもんなんだぜ?」
「それが仮にも高校生が、威張っていうことか!?」
「桜井の言う通りだぞ?京一?」
「まあ、その事は置いといてだな………」
「あのねぇ」
「まあまあ、いいから聞けって。オレがこんなこと話すのなんて初めてなんだからよ。
オレがこんな暗闇に慣れてるってのは、ここなんかよりもっとスゲー場所で修行してたからなんだ」
「修行?」
「ああ。オレはガキの頃、師匠と一緒によく山篭りってのをしてたんだ。その時の話しなんだけどよ。
自然の暗さってのは、ほんとにスゲーんだぜ?こんなモンじゃねーんだ。正真正銘の暗闇ってのは、もっとスゲーモンなんだ。
もう一寸先は真っ暗って感じでよ。自分の手ですら見えやしねーんだ。
オレはそれまで『なんで登山家とかが、山で遭難なんてするんだ?』って不思議だったんだけどよ。それを身をもって知ったって訳さ。
それまで全然わかんなかったんだけどよ………。正直、あの時の怖さっていったら………」
「まさか………遭難したのか?」
「ほんの短い時間の話しなんだけどな」
「でも、山で道に迷って………よく生きてたよね?」
「そうだな。しかも利き腕をおかしくしたような状態で、武器らしい武器もなかったからな。
野犬の群に襲われたときは、正直ヤベーって思ったぜ。まあ、その事は良いんだけどよ」

 そうあっけなく命の危機をも感じたという逸話を終らした京一に、思わず醍醐のツッコミが入る。

「………いいのか?」
「良いんだよ。オレが言いてーのは、そういうことじゃねーんだからよ。
真っ暗な………それこそ自分の手も見えねーよーな暗闇でよ、こー『ザワザワザワー』って木が風になびいて鳴るんだよ。
しかも時々、トリの鳴き声とか『暗闇の先に何かがいる』よーな気配とかするしな。それがメチャクチャ怖くてよ。
正直、オレはここで死ぬんだろうなーって思った」
「………それで?何が言いたいの?」
「そんな時ほどな、自分の弱さってのを痛感するもんなんだよ。
師匠は『武術ってのは、自分の力だけじゃなく、心も鍛えなければいけないものなんだ』って良く言ってたんだけどよ。
オレは、その時になって始めて、その言葉の意味に気がついたんだ。オレは自分に負けてたんだってよ」

 武道の最終目標とは、突き詰めていけば己に勝利することである。

 一口に武道といっても色々あるが、目指すものはどの武道も同じであろう。
その鍛錬の目的とは、肉体だけでなく、その肉体に宿る魂(精神)をも鍛えることなのだ。
揺るぎ無い自信。飽くなき向上心。くじけない心。そして、強者に屈しないための力と、それを支える肉体。
それらを苦難の伴う肉体の鍛錬の中で養う事こそが、武道の目的ともいえるのである。
 武道とは、決して相手を倒すための力を養うためだけのものではないのだ。
強い力と、その力に負けないだけの強い心をも同時に養う。
それこそが、武道の目的であり、それによって『己の弱さを克服する』事こそが、武道の最終目標といえるのだ。

 武道においては、勝つべきは他人になどではない。己にこそ勝つべきなのだ。

「自分に………負けてた?」
「ああ。オレは暗闇を怖がる自分に負けて、居もしない野犬に怯えて、無駄に体力を消耗してたんだ。
そんなんじゃ、助かるモンも助からねーよな?」
「………どうしたの?それから?」
「それに気がついたらよ、なんかムカついてよ。なんつーか………自分の不甲斐なさってヤツに、ムカついたんだよ。
で、腹を決めて、無理を承知で片手で何とか木によじのぼって………朝まで熟睡してたってワケだ」
「………なんか京一らしいよね?」
「そうだな。そこで自分に腹が立つってアタリが特にな」
「ウルセーな。でもよ、本当に面白いのは、翌朝の事なんだ。目が覚めたらもう昼くらいでよ。
よくよく見たら………登山道から、たった2〜30メートルしか離れてない場所だったんだ。
我ながらアホらしくなったぜ。オレはこんな場所で死ぬだの何だのって怖がってたのかよ………ってな。
つくづく思い込みってのはコワイよな?」
「そうだね。その少しの距離が、京一の明暗を分けたんだもんね」
「そういうこった」

 そこまで言うと、不意に背後を振り返って、京一は薄暗い教室の奥に向かって話しかけた。

「勝てないのにはそれなりの理由ってモンがあるんだ。この場合は、そう思い込むことで、自分の力に勝手に壁をつくっちまってるんだ。
オレも師匠に良く言われたんだけどよ………勝てない相手だって思い込んだら、ある筈の勝ち目まで見失っちまうんモンなんだってよ?
そう思いこんだら………そこで終わりって事なんだぜ?芳野さんよ?」
「え?」

 そう問いかけた教室の闇の中から、いまだ胴着姿のままの芳野が姿をあらわした。
もしかすると、京一は始めから気がついていて、この教室で、この話しをしたのかも知れない。

「………気が、ついてたの?」
「たりめーだろ?オレは剣道部の伝説の主将と呼ばれる男だぜ?」
「いや、それは剣道とは関係ないと思うぞ?
それに伝説の主将っていうのも、本当にいるのかどうか分らないくらい部活にこないから、そう名づけられたんだろう?」
「ヒトの良い話しヘンなオチつけんなよな………ったく」

 折角の良い話しもこれでは台無しである。
そんな二人を尻目に、苦笑を浮かべた芳野に抱きつくようにして、小蒔は話しかけていた。

「芳野!よかったー。無事だったんだね!?」
「小蒔………御免ね。心配かけて」
「ううん。こっちこそ御免ね。ボク、芳野があんな風に思ってたなんて………」
「いいのよ、小蒔。私も今の話しを聞いて、なんだか自分に腹がたってきたわ。
そうよね。自分が負けを認めない限り、負けた事にはならないんだもんね?」
「芳野………」

 そこには、負けず嫌いで、いつも柔らかな笑みを浮かべていた数ヶ月前までの芳野の姿があった。
もうその顔に、先ほどまでの疲れたような………無理をして浮かべた笑みが欠片もない。
そのことに、小蒔は涙が出そうな程、嬉しかった。

「一応、一件落着か?」
「そーだな。けど、肝心な事が残ってるぜ?」
「肝心な事だと?」

 そう問いかけた醍醐に答えず、京一は芳野に向かって再度問いかけた。

「で?どーすんだ?もうこんな時間だけど、勝負すんのか?それとも日を改めてって事にするか?」
「思い立ったが吉日っていうものね。これから私と勝負してくれる?小蒔?」
「うん。よろこんで!」

 その日の夜。弓道場で二人は数週間ぶりに勝負をすることになった。
結果は、残念なから、芳野の負けではあったのだが………。

「やっぱり小蒔は上手いわね。けど………私も、そうそうは負けないわよ?」

 その顔には、もう寂しさも悔しさもなかったのだった。





 翌日の放課後。

「小蒔、迎えにきたわよ?さっさと準備していきましょう?」
「うん。チョット待ってて。すぐ用意するからさ」

 HRが終ると、小蒔は迎えに来たらしい芳野と一緒に早々と教室を後にした。
そんな昔(といっても数ヶ月前の話しではあるのだが)のように仲の良い二人の様子に、京一と醍醐は心地よいものを感じていた。

「ライバルってのは良いもんだよな………醍醐?」
「そうだな。それにひきかえ………」
「あいつはなんで、ああなるのかねー」

 そんな二人の呆れ顔の先では………。

「だ・か・ら!なんでオレがズルいって言うんだよ!?」
「武術を始めてたった1年足らずの人に、僕があそこまで無様な負け方をするはずがないだろう!?
それに、あんな方法はズルイよ!今度こそ正々堂々と立ちあってもらうよ!?」
「だーかーらー、不意打ちっていっても勝ちは勝ちだろう!?」
「なんで、僕達の戦いで、あんなモノを使うんだよ!?」
「勝てば良いんだよ!勝てば!」

 昨日、小蒔達と同じく雌雄を決したはずの二人が何やらモメていた。

「何があったんだ?」
「なんでも、不意打ちで目潰し食らわして、上着を顔に被せて、チョークスリーパーで締め落としたんだってよ」
「………酷いな」
「だな。まあ、現役のアサシン相手に正々堂々やって勝つつもりなんてなかったんだろーけどよ。
壬生の望んでた正々堂々ってのからは、相当かけ離れてたのは確かだろうな」

 そんな理由で、今日こそはまともな勝負を!とばかりに、乗り込んできたらしいのだが………。

「キミは勝ちさえすれば、それで良いのか?」
「トーゼン」
「見下げ果てた人だね。キミって男は。キミみたいな男が、同門だと思うと無性に悲しくなるよ」
「なにー………そういうお前だって………そのポケットのふくらみはなんだ!」
「あ!こら!勝手にヒトのポケットを………って、返さないか!」
「ああ!なんだよ!これ!」

 そう言って目の前に突きつけられたのは、チカン撃退用スプレー。目潰しには最適な一品。どうやら同じ穴のムジナだったようである。

「そ、それは………チカン撃退用に………」
「うそつけ」

 プシュー。

「わあ!いきなり、なにするんだ!」
「うるさい。ひきょーモン!」

 プシュー。プシュー。プシュー。

「わ!わわ!キミにその言葉をいう資格はないよ!」

 プシューーーーー。

「わあぁああ!テメー!もう一本持ってやがったな!」

 プシュー。
 プシューーー。
 プシューーーーーー。

「醜いな………」
「そうだな………」

 表裏の龍の醜い争いは、それから数時間にも及んだとか………。
そんな二人の呆れたやりとりに『ライバルってのにも色々あるもんだ』と心の中で呟く京一であった。



<おわり>